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1話 プロローグ前編

 そこから少し離れているところに黒の森と呼ばれる森がある。

 生息環境の違いにより、黒の森に生い茂る木々は遥かに大きく、森の中では日の光が届くことはなく、全体的に暗い色をしている。

 また、魔物が多く生息していることから、人々に忌み嫌われ、立ち入り禁止の場所となっている。

 

 しかし、ある時、危険極まりない黒の森の中に二人の人影があった。


 片方は身長が180近くある白髪の男性で、歳は21といったところだ。

 黒色でローブを身に着けており、左側の腰にはいかにも高価そうな剣を二振りを下げている、

 ローブのフロントにあるトグルとそれに対するループは灰色に色づけられている。

 

 もう片方は背が低く、小学生中学年のような背丈。髪は光沢のある綺麗な銀色で、それを自然に流している、ロングヘアーと言われる髪形をしている。

 その髪の上には黒のカチューシャがついていた。

 目は透き通った水色で、あまりに無垢な目をしているから、宝石のような輝きを放っているように思えた。

 服装は、貴族や芸術家が着るような白いワイシャツで、襟を黒い紐でリボン状に閉じている。

 下半身は黒色と白色の格子模様が入り混じったサスペンダースカートを履いている。


 前者の名前はカナタ、後者はレノという。


 この二人の出会いによって、世界が絶望と恐怖によって包まれることになるが、この時はまだ誰も予想できなかった……





 ◇◆◇




 先程から降り続けている雨のせいか、まるで泥が堆積した地面の上を、転倒しないよう腰を落とし、慎重に進んでいく。

 


 (久し振りの雨だな……)

 カナタは心の中でそっと呟く。

 雨が降るとどうしてもあの日のことが頭に浮かんでしまう。

 脳裏にこびりついた忘れることのできない記憶を元に、カナタは回想する。

 あの日、カナタの運命は大きく左右されることになった。


 カナタは精霊教と呼ばれる精霊信仰の宗教を信仰している親の元で生まれた。

 しかし、当時のライザー王国の国王は精霊教を迫害し、次々と信者を処刑していった。

 カナタの両親も例外ではなく、カナタが物心がついた時にはもうこの世にいなかった。

 そんな中、国王が急死。新しい王が即位し迫害も収まってきた頃、迫害の生き残りを擁護するという新国王の方針で、幼いカナタは有力な貴族であるラディーリーツ公爵の元へ引き取られた。


 公爵家で教育を受け、カナタはメキメキと学力を付けていき、ライザー王国の諸学園の進度を超えるぐらいの知識を身に着け、カナタの歳が16近く頃。


 カナタはラディーリーツ公爵と相談し、王国一の学園である王立メイルザーレス学園の転入試験を受けることになるが、見事合格。

 転入試験の成績が良かったことにより、学園の教職員内でも一目置かれる存在になった。

 そのおかげか、転入の手続きが済み、制服や教科書などの用品も早急に用意することができた。

 試験の一週間後には正式に転入し、初めての学校生活が始まった。

 そして、半年が過ぎ、カナタはついに運命の日を迎える。




 ◇◆◇




 王立メイルザーレス学園の敷地内にある、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下。

 外は雨で、床はすごく滑りやすくなっている。

 両手で抱えている大きな荷物が邪魔で、足元が見えない。

 そのため、少し遅く歩かざれば負えなかった。

 

 「ちょっと、もう少しペースを上げてもらっていいかな?」


 視線を下から上へ向けると、そこには水色のポニーテールをした少女が、すこし不機嫌そうな表情をして、こちらを見ていることに気づく。


 「すみません、アルフェ先輩。地面が滑って危ないので速度を落とした方が……」

 「それでは今日の生徒総会に間に合わないじゃないか」

 「そんなことを言われましても……」


 目の前の女性の名はアルフェ・レイザ・ポイルス。

 三年生にして学園の生徒会長。カナタの先輩である。

 無感情でド直球な話し方だが、性格はとても良く、自分の決めたことは必ずやり遂げるというような信念を貫き通す生き方をしている。

 さらに文武両道で顔も美人であることから、生徒みなの憧れといった人である。


 そんなアルフェに、なぜカナタがこき使わされているかというと、転入生であるカナタに興味があるらしい。

 転入生なのにテストの成績は学年トップ層であり、何より出身のこともあり、それも含めて好奇心を抱いている。

 また、別の理由もあるらしいが、それはまだ明らかになっていない。

 とりあえず、表向きはカナタの腕を買って手伝わせているというわけだ。


 内心は少し不満だが、任された仕事は最後までやろう、とカナタは気合を入れなおしてさっきより速く歩き出す。

 (先輩も先輩で忙しいのだろう、僕が頑張らないとな)


 

 しばらく歩き続けると、突然アルフェの足が止まった。

 それを不審に思い、カナタは問いかけた。


 「先輩?」

 「やらかした……」

 「やらかすって、何を?」

 「生徒総会のスピーチで使う原稿を忘れてしまった、そこで待ってくれ!」

 「いや、へ?」


 アルフェはそう話すと全力で三年生の教室の方向に走り出した。

 (廊下結構滑るんだけどな……大丈夫かな)

 アルフェが転倒しないかを心配しながら、両手で持っている木箱を下に置く。

 渡り廊下の天井を支える柱の一つにもたれつき、一息つく。

 前にもこうなることはあった。

 アルフェはいくら優秀でも完璧ではない。

 この前もテストに名前を書き忘れて再試になったこともある。

 そのことはカナタも十分承知しているから、別に大して驚きはしない。

 それがほっとけないから、カナタ自身も手伝いを断れないところがあるのかもしれない。


 

 することもないので、下に置いてある木箱を品定めするように見回す。

 (それにしてもこんな大きな木箱に何が入っているんだ?生徒総会で使うって聞いたが、何に使うか全く見当がつかないんだが……)


 その時、向かい側にある、体育館の倉庫からガタンと物音がした。

 カナタは物音に気付き、その音が発したであろう倉庫の扉を見る。

 今は昼休みで先生が物を取りに来てもおかしいことではないが、どうも気になる。

 扉が覗けと言わんばかりに少しだけ開いている。

 誘惑に乗り、カナタは好奇心と探求心を満たすために中を覗く。

 すると――

 

 「――――――」


 倉庫の中は電気もついておらず、とても暗かった。

 その中には良く知っている少女と、担任の教師がいた。

 しかも、教師が横になっている少女の両手を片手で掴み、少女の腹部に顔を擦りつけていた。

 荒い息遣いに、むせるような熱気。

 男から汚らわしい水音が聞こえ、吐き気を誘う。

 実に衝撃的光景である。


 「ああレセシルぅ……肌もこんなに柔らかくて……私はなんて幸せなんだ!」

 「うっ……やめ……」


 レセシル・テル・ラディーリーツ。

 ラディーリーツ公爵の一人娘で、カナタの兄弟ともいえる存在だ。

 不器用なところもあるが、人格は聖人並みに良く、誰にでも優しく平等に接する。

 特にカナタが公爵家に引き取られて間もない時、レセシルが親切に接してくれたおかげで、人見知りだったカナタも他人と打ち解けることができた。

 だから、レセシルはカナタにとって最も大切な人の一人であり、誰よりも守りたい存在なのだ。


 気色悪い声が部屋中に響き渡る。

 さっきの探求心や好奇心は目の前の光景に一瞬で搔き消される。

 カナタの頭は真っ白になり、何も考えられなかった。

 今、この瞬間に見えているものがとても信じられないもの、信じたくないもので、頭が全力で否定しているから。

 でも、現実は現実だ。受け入れざる負えないのだ。

 カナタはそれを再認識し、ゆっくりとだが頭が回り始めた。

 

 しかし、思考を巡らせ、すべての可能性を網羅しても疑問が出てくるばかりで、この状況の打開策を見つけることはできなかった。


 その瞬間、カナタはレセシルと目が合った気がした。

 いや、確実に目が合った。

 いつもの輝きは失われ、涙を流し、今にも息が止まりそうな、そんな衰弱しきった目と。


 「助けて……」

 

 目が合った直後、レセシルから弱々しく放たれた言葉が、再びカナタの脳を空白で埋めた。

 よって、カナタは考えることをやめた。

 だって、もう頭は使えないから。

 それに、別の打開策とも呼べるものを見つけたから。

 熱くも、(おぞ)ましい感情が胸の奥で騒いでいる。

 そして、自分に任せてくれと、言ってるように思えた。

 カナタは目を閉じ、そしてその感情に身を任せた。



 「今更なぜ救いを求めるんだね?私がこんなに愛してあげているのにぃぃぃぃぃ!」


 教師は声を荒げ、不快な口調で訴えた。

 喋るたびに口から唾が飛び、少女に掛かる。

 男の額からいくつもの汗粒が頬をつたう。

 

 「はぁ、はぁ、まあいい。それじゃあ次のステップに進もうか……いよいよレセシルと一つに!」

 「い、や……」

 

 男は荒い息遣いで、身に着けているベルトを外しズボンを下ろしている。

 

 「ああ、レセシル……やっとだ、やっと――」


 背中に強烈な蹴りが入り、鈍い衝突音と共に男は勢いで倒れる。

 言いかけていた言葉も、蹴られた衝撃で言えなかったのだろう。


 背骨にひびでも入ったのか、男は立とうとするがいまいち上手く立てずにいる。

 歳をとっていることもあり、相当体が応えているだろう。

 頭を振り返り、今の状況を確かめようとする。


 「だれ――」

 「黙れ」


 言葉を発した瞬間、更にもう一撃。

 先程と逆の足で横から首に蹴りを入れる。

 男の首から、骨が折れたような感触がした。


 男は口から血を流し、その場に倒れ込んで意識を失ったようだ。


 「お前の声はもう二度と聞きたくない」

 

 ゆっくりと少女の方に近づき、話しかける。


 「レセシル……大丈夫か?」

 「カナタ……う、うぅ……」


 レセシルは一気に緊張がほぐれたのか、声を出して、カナタに縋り付いて泣き始めた。

 彼女を優しく包むように背中に手をまわし、頭と腰に手を当て、静かに抱き寄せた。


 「ほんど、は……もっと早く誰かに相談ずればよがったのに……うっ、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 「大丈夫だ、大丈夫……誰も責めないよ」


 嗚咽でうまく喋れないレセシルの背中をさすり、慰める。

 それが自分の唯一できることであるから。



 時間も経ち、レセシルも泣き止んできた頃、カナタは淡々と言う。


 「そろそろ行こう、レセシル。昼休みはそろそろ終わりだ。人も来ると思うから君は早くここから離れて。迷惑をかけたくない」

 「そんな……できないよ、カナタのせいじゃないし、こうなったのは、私にも責任があるから」

 「お父様や、ラディ―リーツ公爵家の名に傷がついてもいいのか?」

 「それは――」

 「いいから早く行ってくれ、お願いだ」


 本心ではないが、カナタの提案を受け入れ、半脱ぎになっていた乱れた制服を着直し、扉の前で心配し、もう一度カナタを見つめる。

 カナタが頷くのを見て、心残りありながらも教室から飛び出した。



 カナタは棚に寄りかかって座り込む。

 人を殺したのは初めてで、その罪悪感と恐怖が一気にカナタへ襲い掛かる。

 体が震えだし、心臓の鼓動が速くなる。

 後悔もあると思うがもう戻れない。

 人は一生を背負って生きていく、これがこの世界の(おきて)なのだから。 


 「これからどうするか……」

 「安心していいぞ、お前に今日より先の未来はないのだからなぁ?」

 「っ‼」


 急激に胸に鋭い痛みが走り、そこからじわー、と何かが広がる気がした。

 体から力が抜け、上半身が横に倒れ、地面に打ち付けられる。

 頭に響く鈍痛に、酷く悶絶する。

 せき込み、自分の奥から何かがこみあげ、それを思うように吐き出す。

 口の端に血泡がごぼごぼと浮かぶほどの吐血。

 目は焦点が定まってあらず、視界はぼんやりとしているが、その大半は赤で埋め尽くされていた。

  (これ、全部僕の血なのか……)


 「まったく、お前には失望したぞ?カナタ・レイテス……」


 この声には聞き覚えがある。先程足で首を折ったはずの教師の声のはずだ。

 頭を動かそうにも、体が反応してくれない。

 まるで信号を妨害されているみたいだ。


 「な、に……」

 「……本来学校で無断に魔法を使うことは禁止されているが、私に罪が着せられるのはごめんだ。一人で死ね、私に歯向かった罰だ」

 

 体の血をすべて溢れ出るような、そんな感覚に陥りながら、痛みの元を探るように、右手を動かし、胸にある穴を捉えて納得する。

 首を絞められているように、頭と体の連結が途絶えているような気がして、息苦しくもなってきている。

 やばい、これは本当にやばい、とカナタは思う。


 「そうだな、あの女にバラされる可能性もあるから、この後はあいつを殺しにいこう」

 「おま……え」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

 胸に焼けそうなほどに激痛が走る。


 悔しいが目を動かすことすらできなかった。

 体からどんどん血が溢れてもう考えることすらできなくなっていく。

 床が自分の血で赤く染まっていくのを見ることしかできない。


  ついさっきまでは焼けるように熱いはずなのに、なぜか寒く感じてきている。

 ああ、神経がおかしくなったんだな、と心の中で思う。


 「レセシル……」

 

 意識の首根っこを掴み、なんとか消えてしまわないように先に延し、時間を稼ぐ。

 

 「ぜった……に、まも……てみせ……」

 

 (絶対に君を守って見せる――) 


 次の瞬間カナタの意識は遥か彼方へ消え、息絶えた。


 カナタ・レイテスの物語はこれで終わりを迎えた。

 ……いや、迎えるはずだった。

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