感謝と願い
「ふふっ」
開かれた口から出たのは罵声でも侮蔑でも怒りでもなかった。笑顔と共に出されたそれは紛れもない笑い声。
決して本心を隠すようなものでは無い、新底幸せそうな声だった。もしもその声を作り物と疑う様なものが居るとするのならば、その者はきっと…否。絶対に、幸せというモノを知らない、いわば可哀想な者なのだろう。彼の声は、笑顔はそれほどまでに満ち足りたものだった。
「はい?」
神にとってその答えは全くの外のもので、間の抜けた声を出すのがやっとだった。
「いや…、ふふっ…だってねぇ。神様は僕らの死ぬ間際の様子をたんでしょう?ならわかるじゃあないですか。僕らは貴方を憎んでもいないし、怒りすらも覚えちゃいない。それに――――――」
「何故そんな事が言えるんですか!!私は!!私は……。貴方の人生を滅茶苦茶にした存在なのですよ!?
人生を滅茶苦茶にされて挙句それさえ仕組まれたものだも知らされて、何故そんな顔で笑えるのですか!何故その理不尽さへの怒りを!憎しみを!誰にも向けずに自分の中に留める事が出来るのですか!」
胸を抑え、涙を流し、苦しげな表情で血を吐く様に彼女は叫んだ。
「貴方の目の前に居るのは神様です、理不尽への怒りをぶつけるに最も相応しい神様です。だからどうか……お願いします」
神は怒りを覚えないと言った目の前の青年の言葉を理解できなかった。私が彼に憎まれないなんてことは有り得ないのだと、寧ろ憎んで欲しかった、怒って欲しかった。そうでもされないとこの胸に長きに渡り深く抉りこまれた罪悪感は褪せることなくこの先永遠と自分の心を締めつけるだろう。
我ながら勝手な話だ。人を救うはずの神が世界を救うためとはいえ犠牲にした青年に救いを求めたのだ。笑えてくる…本当に、惨めだ。
「神様、貴方は僕の…いや、僕らに仕組まれた人生を送らせたと言いましたよね?」
青年は相も変わらず穏やかな笑顔を浮かべている。その笑顔が、感情が、私には理解出来ない。だからこそ、恐ろしい。
「だったら尚更僕には怒る理由がない。だって仕組まれていたのなら最期の時、恋人に…渚に会えた事だって初めから約束された演出なのでしょう?あの時渚に会えたから僕は彼女の声を聴けた、顔を見れた。それで、それだけで僕の全ては報われた。大団円というヤツです。ハッピーエンドの約束された人生だったんです。感謝さえすれど怒るなどという事が何処に有り得るのです?」
そして夜月は思い出した様に軽くため息を吐き
「渚にも余り恨みを持たないようにって言われてますしね。どうにも逆らえんのですよ、これが」
そう、冗談も交えて恥ずかしそうに頬をかく。
神は驚きに呆然として…
「私は、許されていたのですか…」
呟くように…
「恨んでもいないのでわかりませんが…まぁそうなりますね」
「貴方は救われたのですか…」
確かめるように…
「えぇ、あなたの干渉が無ければ、僕は1人血の海に沈んでいたでしょう」
「私は…神であれたのですね」
「言動は少しアレでしたが、確かに貴方は僕らにとっての神でしたよ。」
「これは…少し参りましたね…」
僅かに頬を桜に染めて、小さく漏らすように…
静かに神は青年の一言一句を胸に刻み込んんだ。
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「………」
「………」
(クネクネ)
「………」
「………。」
(クネクネ)
――以下略。
僕は内心の冷ややかさを隠すべく懸命に穏やかな笑顔を向けたまま目の前の神を見つめていた。
当の彼女は先程から顔を赤らめクネクネと身体をくねらせている。それだけで既に十二分に奇怪だがたまにこちらを見て「キャー」とか騒ぎ出すのでまぁ訳わからん。
という訳で段々と笑顔の仮面が剥がれ無表情になっていくのは許してほしい。
――で
「まだ一応本題には入ってないんだけど?何用で僕をここに連れてきたのです??」
「え?」
神様はまだ夢の中なのか返事もどこか上の空だ。
「いや、だから本題ですよ。本題」
「ふぇ?本題?あぁ、婚約ですか?えぇ大丈夫ですよ、寧ろよろこ―――」
「そんな話しを今の今までした事ありました?早く帰ってきてくだっさいっ!っと」
「ブフッ!?」
言いつつ目の前の神様…もう少女でいいか。少女の両頬を同時に叩く。
口の中の空気が一気に押し出され、少女の出して良い音とは到底かけ離れたものが聞こえたけれども気にしない。そこは気にしては負けなのだ。
「はぁ、まぁわかってましたし、わかってもいますよ。では早速入りますね。柊 夜月さん、貴方は最期以外はまぁいわば不遇の人生を送ってきたわけですが、あっ渚さんと沙羅さん関係はおなかいっぱいなのでいいです」
「……」
少し抗議しようとしたが先回りされたので開きかけた口を閉じる。
途中あった沙羅と言うのは我が愛すべき妹だ。僕の人生は渚と沙羅、2人のためにあったと言っても過言では無いどころか寧ろ言葉足らずまだある。
「話しを戻して。えぇとですね、人生を少しやり直してみませんか?夜月さん!勿論今度は平和な世界、本当の日本で!」
「嫌だ!」
「なんでさ!」
「2人のいない世界に生まれても一生を過ごして、ソレをやり直したと言えます?」
確かにやり直せるのならやり直したい、寧ろやり直さなければならない。最期の時渚は言ったのだ。
『もしも、もしも万が一神様がいて、第二の生を与えて下さるのならどうか貴方は幸せに生きてください。貴方にはその権利がある。出来るのなら私達もその隣に居たいです。ですがそれは恐らく叶わない。だからこそ貴方は私達よりも自分の幸せを、平穏を求めてください。それと、今有り得ない事と思いましたよね?残念ながらこの世界ではなら有り得るかも知れないのです。だってほら、夢の中で見る夢という物は大抵は叶うものでしょう?』
見事に今の状況をピタリと当てられた、つくづくあの慧眼には驚かされる。もしかしたら彼女は初めから知っていたのだろうか?
どちらにせよ彼女のみが知る話なのでわかりはしないけれど。
渚がこの状況を望んだのだから僕は何としてもそれを叶えなければならない。
でも…これだけは譲っちゃあいけないだろう。
「自分は日本に行きたい。争いのない日本で今度こそ、静かに、 平穏な日常という者を送ってみたい。普通に部活やって、受験して、あの時に叶わなかった事をやってみたい。叶うなら渚と沙羅と一緒に。それが彼女の願いなのだから」
それが紛れもない渚の、そして自分の願いなのだ。だからこそ静かに、そして最大限の意を込めて少女に言った。
少女は静かに聞いていた。
先程までとは打って変わって。
そして最初に会ったような静かな威厳を込めて
「分かりました」
ただ一言だけ、そう言ったのだ。
異形って名前変えようかしら