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イチモンジセセリ

作者: 猫山つつじ

 今朝、ベランダの千日紅の花に、一匹のイチモンジセセリが遊びに来ていました。

 茶色で地味なその蝶は、私が触れようとしても逃げませんでしたが、捕まえるのはやめておきました。



 子供の頃のある夏の日、私は田舎のおばあちゃんの畑でカボ捕りに夢中になっていました。

 カボというのは方言でイチモンジセセリのことです。

 おばあちゃんの家には毎年夏休みに遊びに行っていたのですが、その年はいつもの年よりカボがたくさん発生していました。


「カボなんか捕まえても、何の役にも立たないよ。それより、おばあちゃんと一緒にテレビで高校野球を見よう」

 おばあちゃんは言いましたが、私は構わずにカボ捕りに出掛けました。

 おばあちゃんは私のことを何でも一回は否定する癖があるので、いちいち聞く必要はないのです。


 おばあちゃんの小さな畑は、家から歩いて五分くらいの所にあって、トマトやキュウリのような野菜のほか、仏花にするための百日草や千日紅が植えられていました。

 地方の小都市の市街地のはずれ、住宅と田畑が混在するエリアで、カボ捕りには絶好のポイントです。


「これで十五匹め」

 カボはコツをつかむと素手でも捕まえることができます。

 私は次々に捕まえると、黄緑色の小さなプラスチックの虫かごにカボを押し込んでいきました。

 夏休みも終わりに近づき、午後の太陽は少しずつ秋の色が混ざってきています。それでも地面の照り返しはまだまだ厳しくて、私は汗だくになりながらカボを捕まえつづけました。

「これで三十匹め」

 三十匹めのカボを虫かごに押し込んだとき、私は軽いふらつきを覚えて、目の前が一瞬真っ暗になりました。 


 少しずつ戻ってくる光の中、半分開いた虫かごの中から、一匹のカボが恨みがましくこちらをじっとにらんでいるのが見えました。

 少し傷んだ羽をして、他よりくすんだ色合いをしたそのカボの目が、なぜかおばあちゃんの目と同じに見えて、私は恐ろしくなって虫かごを投げ出して、おばあちゃんの家へ逃げ戻りました。


「どうしたんだい?」

「カボが……カボが私をにらんでる!」

「カボが? そんなわけないよ」

「でも、ほんとににらんでるだよ!」

 私は泣きじゃくりながらおばあちゃんに訴えました。

 私はおばあちゃんの手を引っ張って、強引に畑に連れて行きました。


 私が投げ出した虫かごが、口を開けたまま地面に置き去りにされていました。

 おばあちゃんは虫かごを拾い上げると、中を見ました。

「大丈夫だよ。お化けカボなんていないよ」

 そう言って私に虫かごを手渡しました。

 私が中をのぞくと、逃げ出さずに残ったカボが一匹だけいました。私はカボと目が合いました。

 さっき私をにらんでいたカボだということは、すぐにわかりました。

「まだいた!」

「え?」

「おばあちゃんのうそつき! まだいるよ!」

 私はおばあちゃんに虫かごを投げつけました。

 おばあちゃんは悲しい目をしながら虫かごを拾い上げると、中をのぞき込みました。

「おかしいねえ。おばあちゃんには何も見えないよ」

 おばあちゃんの鼻先から、私をにらんでいた最後の一匹が、天に昇ろうとしているみたいに上へ上へと飛び去って行きました。

 

「きっと暑すぎて疲れたんだよ。うちへ戻ろう。キョーちゃんの大好きなスイカ牛乳を作ってあげるよ」

「いらない。おいしくないもん」

 私はふてくされてそう言うと、それから無言のままでおばあちゃんといっしょに家に戻りました。

 私は冷蔵庫から勝手にサイダーを取り出して飲んで、そのままふて寝をしてしまいました。


 その年はおばあちゃんが元気だった最後の年で、おばあちゃんの家で過ごした最後の夏休みになりました。



 私はさっき思い立って、こま切れのスイカにたっぷりのハチミツと牛乳をかけて、スイカ牛乳を再現してみました。

 おいしいのですが、なにかが足りない気がしてなりません。でも、何が足りないのか、確かめる術はもうありません。

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