表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
塔の管理人に選ばれました  作者: 白銀美月
9/27

09. なかなか格好良くはいかない

目が覚めると、気が急いていたのか、まだ外は薄暗いようだった。

志岐に与えられた寝室は、志岐の動きに合わせて、明かりを点けたり消したりする。

とっても便利な仕組みなのだが、とんでもない時間帯に明かりが点ると、

繋がった屋敷の方でわかるらしく、志岐の事を心配した世話係の人が

様子を見にやってくる場合があった。

もちろん志岐が扉を開けなければ、様子を見ることもできなければ、

当然のことながら、室内へと入ってこられることもない。

志岐が声をかけなければ、大賢者が呼ばれることになってしまう。

この塔に来た当初は、それがわからなくて、何度も迷惑をかけてしまった。

どちらかといえば、ついつい書物に読み耽ってしまって遅くなったのだが、

一旦寝てしまっただろう大賢者が起きてきて、志岐の様子を確かめに来られたので、

さすがに志岐も夜遅くまで書物を読むのは止めていた。


だから早くから起き上がってしまうと、部屋の明かりが点いてしまう。

ベッドの中に入ったままで、志岐は魔法の手順を考えていた。

思いっきりぶっ放していいとは言われても、精度は高めておきたい。

志岐にとって自分の中で魔力がどう動いているのか、よくつかめていなかった。

書物で読んで仕組みは理解して、勝手に発動した感じが強い。

やってみればできてしまったという感じだろうか。


イメージは問題ないとしても、使用する魔力量が多すぎるのが問題のはず。

手から湧き出る魔力をもっと感じることができれば調整もしやすいのだが、

魔法は感覚で捉えるものらしく、そこは大賢者でも説明しづらいようだった。

そんな事をつらつらと考えていると、外が明るくなってきたのが分かったので、

志岐はベッドから起き上がって用をすますと、扉がノックされる音が聞こえた。


急ぎ足で扉に近寄って開けると、従者の人が立っていた。

「起きておられましたか、これにお着換え下さい」

そう言って一組の着替えを差し出した。

志岐はお礼を言って受け取ると、そのまま部屋の中の衝立の向こうで着替えた。


それから従者に連れられて簡単な朝食を食べると、玄関の方へと案内された。

こちら側の世界へと通じる玄関から、志岐は今までに外へ出たことがない。

いつもは中庭側から出られる扉から出て、訓練や練習などをしていた。

塔につないであると言われても、実際に何かが見えるわけではない。

大賢者の言葉を信じるしかないのだが、このまま塔に戻れないのは、

やはり困るだろうなとふと考えてしまっていた。


「用意はできたようだな、行くぞ、シキ」

大賢者が護衛の騎士を連れて近づいてきた。

「お待たせしてすみません、おじいさま。よろしくお願いします」

大賢者は一度だけ志岐の肩に触れて手を動かした。

「念のためにもう一度、魔法をかけておく、大丈夫とは思うが、な」

志岐は大賢者と護衛の騎士、いつも武術指導をしてくれる人物だが、彼と一緒に歩きだした。

大賢者については、おじいさまと呼ぶようにと言われているが、実際の年齢は尋ねたことがない。

しかし志岐よりも足取りは軽く、とても日本の感覚の老人とは思えなかった。


「もう少しで着く。シキは緊張しているのか、それとも疲れているのか。

もっともこの程度で根を上げるわけでもないだろう、どうだ?」

志岐は大賢者に問われて、どう答えようか迷った。

「ここは世界が違うと聞いていますし、おじいさまの言葉を信用しないわけでもありませんが、

やはり塔に戻れなくなったらどうしようかと思うと、慎重になってしまって……不安です」

志岐の答えを聞くと、大賢者は軽く頷いて、少しだけ声を出して笑った。

「そうか、そうか、確かにな。初めての経験だから仕方あるまい」


そんなやり取りの後、しばらく歩くと、目の前にかなり開けた土地が見えてきた。

「旦那様、あそこの土地です」

護衛の騎士の言葉を聞いて、大賢者と志岐は立ち止った。

「ほう、なかなか良い場所だな。それで問題はないのだな?」

護衛の騎士は軽く頷きながら答えた。

「はい、すでに購入してございます。どうなろうと文句は言われません」

今の言葉によるとこの荒れた土地を大賢者は購入したらしい。

大賢者はそこから数歩ほど移動していろいろと何かを確かめているようだった。


「このあたりがいいだろう、シキ、こちらに来なさい」

志岐は言われた通りの場所へと移動した。

「では思い切って発動してごらん」

全力を込めて魔法を発動していいという意味なのは解っている。

しかし威力を強めるのか、広範囲に広げるのか、どちらにするか迷っていた。

「はい、ストレス発散も込めて、いきます」

野球のボールを投げるような構えで、炎系の魔法を発動させた。

イメージでいえば、ろうそくの先の炎の部分だけを投げたような感じだろうか。

炎が大地に届くかどうかという時に爆音と共に大きな火柱が立った。


志岐はその様子を確かめると、続いて呪文を唱えながら片手を振り上げた。

すぐさま火柱の地点だけに豪雨が降り注いだ。

先ほど立ち上った火柱はみるみる消えていくが、湿気交じりの熱風がやってきた。

大賢者も護衛の騎士も志岐も無言で火柱が消えるまで待っていた。


あたりの様子がわかるようになると、大きく焼け焦げた大地が広がっていた。

わずかに雑草が生えていた程度でこの状態という事は、土が焦げたという事だろうか、

そう考えた大賢者は少しだけ眉をひそめた。

「おじいさま、もう少しいいですか?」

志岐は大賢者に尋ねた。

大賢者は一瞬だけ呆れた表情になったが、すぐさま表情を変え、頷いた。

「気が済むまでやればいい。ここには巻き添えになるものはないから」


志岐がイメージを整えて風の魔法を打ち出すと、焼け焦げた大地が剥がれるように、

ある程度離れた場所へと、カーペットを丸めるような感じで飛ばされていった。


それから志岐はまた手を胸元から前へと動かすと、今度は地面が持ち上がるように、

少しせり上がって、平らになって止まった。

続いて志岐は何やら手を軽く震わせるように動かした。

大地が揺れ動いたので、土関係の魔法を使ったのだが、騎士にはわからなかったようだった。


「若様、今の魔法はどうされたのでしょう?」

思わず疑問に思って声に出たようだった。

「いえ、その、土壌を整えただけです。耕したともいえるのかもしれませんが」

志岐の言葉を聞いて、大賢者は振り向いた。

「つまり土地を耕したというのか?」

志岐はゆっくりと頷きながら答えた。

「はい。同じなら有効利用できる土地に変えられるか試したかったものですから。

ではもう一つだけ続けさせて頂きます」


志岐は続いて両手を下から上へと持ち上げるような感じの動作をしてから、

その両手を左右へと広げた。

実際のところこういう手を動かす必要はないかもしれないが、イメージをはっきりとさせるために、

そしてここには志岐が知らない人はいないだけに、やってみていた。


少し待つと、緑の芽が出てきた。

その範囲は志岐が耕したといった地面の半分ぐらいの規模だった。

「えいっ」

志岐がそう呟くと、緑の芽は伸びて若木ほどになった。

「適当な木々をイメージしましたので、この辺にしておきます。

いろいろと楽しく感じました。ありがとうございます」

志岐がそう言って軽く一礼すると、頭の上に大賢者の手が乗った。


「シキ、お前はいろいろと気にしすぎじゃ。まあ、それもお前なのだろう」

大賢者の手は志岐の頭を撫でてからゆっくりと離れた。

「気が済んだなら戻るか。ここへはまた来ればいい。練習しに、な」

大賢者の言葉で志岐と護衛の騎士は館の方へと歩き始めた。


「そうだな、シキ。お前は塔の中へ先に戻るといい。やってみなさい」

「はい」

志岐は塔の自分の部屋を強くイメージした。

たちまち志岐の体は光に包まれたかと思うと、その場から消え去った。


「成功したようだな」

大賢者と護衛の騎士は急ぎ足で歩いて館まで戻っていった。


部屋の中へと戻った志岐は、そのまま手近な椅子に座り込んでいた。

希望通りに魔法を発動できたかというと、それはそれで微妙なところだ。

いくら開けた荒れた大地だとはいっても広さには限度がある。

何も考えずにぶっ放せるぐらいならば、これまでこんなに悩んだりはしない。

たしかに今までより大きな威力は出せたとは思う。

でも……状況を判断して最善の結果を出そうとしたのは間違いない。

それでストレス発散できたかといえば……微妙なところだった。

今まで志岐の事はまるっきり考えずに、好き勝手いう女の子の相手を

嫌というほどしてきた。

だからどうしても周りの状況などを気にして、少しでも迷惑をかけないようにと

努力する癖がついていたからだった。


そんな事をつらつらと考えていると、志岐の部屋の扉がノックする音が聞こえた。

志岐は椅子から立ち上がって扉を開けた。

「おじいさま……。本日はありがとうございました」

扉の向こうに立っていた大賢者に志岐はそうお礼を述べた。

「シキ、今日のところは満足の……まあいい。一つの経験ができただろう。

そろそろ頼んでいた武器が届くようだ。それまでは好きに過ごすとよい。

今夜はさっさと休むように」

志岐は大賢者の言葉を静かに聞いていた。

やはり満足できていないのには気づかれたようだった。


「はい、おじいさま、おやすみなさい」

志岐は『おじいさま』というような柄じゃない。

小さい頃は確か、『おじいちゃん』と呼んでいたような気はする。

でも大賢者にはそこまで親しみがあるわけではないし、軽々しく呼べるような間柄でもなく、

西洋人風の見た目からも、丁寧に呼ばないといけないように感じていた。

「ああ、おやすみ」

大賢者はそういうと、扉をゆっくりと閉めた。

志岐は風呂場に行きバスを使うと、すぐさまベッドに飛び込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ