18. 初心者講習 その2
昼食を食べ終わったころに、またトーマスが現れた。
「これから実技用の調査を行う、あとについてきてくれ」
そう言われて向かった先は、ギルド専用の訓練場で、階段から下に下がった地下に作られていた。
ここは常時、ギルドの職員が監視している場所らしい。
「ここはギルドに所属する人ならば、誰でも訓練は出来るが、危険な状況に陥らないように、監視状態にある。対人訓練時には実際の武器は使用禁止だ」
訓練場の簡単な説明が終わると、二人の職員が現れた。
「これより本当に戦えるかの模擬戦闘をする。予め戦えない者は申告してくれ」
冒険者の依頼には討伐ではなく、採取依頼や、探し物の依頼などもある。
ギルドランクを上げるのでなく、身分証明書や簡単な依頼目的での登録者ならば、
そういう事もあるのだろうと志岐は考えた。
「申告者はなしか。では一人ずつ得意な戦闘方法を述べて、我々と戦ってもらう。
ではそこの君から」
トーマスの一番近くに居た若い女性が選ばれた。
「残りのみんなは壁際で見学するように。何かの参考になるかもしれないからな」
女性は弓を使うらしく、近くの的を射る様子を診断されるようだった。
「ここから向こうに走りながら射ってみろ」
何本かの矢を放った後にそう指示があった。
「獲物は止まっているとは限らないからな、練習だと思ってやってみろ」
ためらっている女性に指示がとんだ。
女性は走りながら、的に向かって弓を放った。
さすがに移動しながらは初めてなのか、弓は的から大きく外れて飛んでいった。
「的から目を離すな」
それからは一人の職員がついて女性に弓の指導をしているようだった。
「次、そこの君」
もう一人の女性が呼ばれた。
ローブを着ており、手には杖を持っている事からも魔法を使うのだろう。
彼女用のまた別の的が用意された。
志岐は真剣に彼女の放つ魔法を見ていた。
大賢者以外に魔法を見るのは初めてで、彼女の魔法と同じぐらいにできれば、
問題ないだろうと思ったからだった。
「ファイアーボール」
彼女の放った小さな火の玉は、木の的に当たって少し焦がして消えた。
「まあまあだな」
それから別の職員がその女性になにかを言い始めた。
その様子を見ると、個別にどういう注意をすべきなのか指導してくれるようだった。
志岐は彼女の魔法を見て、自分では到底無理だと早々と諦めた。
剣の場合は、職員と模擬戦闘をするのだろう、木の剣を手に戦い始めた。
「もっと力を入れて」
「踏み込みが遅い」
「ほら、回避して」
いろいろな指示が飛んでいたが、剣の腕前も初心者なのか、振り回されていた。
一通り、剣を打ち合って様子を見た後、また解説をしているようだった。
次にようやく志岐が呼ばれた。
「得意なのは魔法だったか?」
志岐のフード付きのマントを着ている様子をみてか、そう尋ねられた。
「そうですけれど、剣でお願いします」
ギルド職員は不思議そうな表情になった。
「魔法は、制御が苦手なもので、きっと大惨事になっても困るので、
剣でお願いします」
志岐は真剣な表情で言った。
「大惨事って……」
「聞かない方がいいと思います。私はここを壊しても弁償できませんから」
職員は納得いかないような表情だったが、それでも木剣を手渡してくれた。
「では、かかってこい」
志岐は騎士団長に訓練をつけてもらった時の事を思い出して、フェイントを交えながらも、相手の隙を見て打ちかかった。
「おっと」
さすがに一度では、身体に打ち込むことは無理らしい。
何度か様子を見ながらも、志岐は職員からの剣を一打も受けずに、相手に二打、三打と打ち付けた。
「ほう、なかなかやるな」
それから魔物相手の戦いで大事な点を注意された。
今までは対人での模擬試合は多くても、魔物相手にはそれほど多く戦っていないから、
このように剣の振るい方を教えてもらえてありがたかった。
その場にいた八人が全員何らかの指導を受けた後、今日は終わりとなった。
「明日は実技編に移る。外に出かけるから昼食をもってくるといい。
冒険者用カバンと採取の道具、狩りの準備も忘れずに、な」
志岐は少し質問があったので、他の人が帰るまで待って、トーマスに話しかけた。
「少し聞きたい事があるのですが、いいでしょうか?」
講師のトーマスは志岐の方を振り向いてくれた。
「あまり時間は取れないが、少しならいいぞ」
「私は冒険者が初めてなのですが、冒険者用のカバンというのは、簡単に買えるものなのでしょうか?」
「そりゃ初心者だから初めてだろうな。冒険者になって依頼物を持って帰れないようでは困るからな、手頃な値段で買えるぞ。もちろん容量が大きめの物は高額だが」
「そうなのですか。では片手剣も安いのがありましたけれど、その理由も?」
「ああ、そうだな。初心者用のはいずれも安く手に入る。その上となると、
ぐっと値段が上がるが、しばらくはそれで大丈夫だろう」
「宿の値段も?」
「まあ、基本的に長く泊まって欲しいならば、この町での長期滞在用の宿は比較的安いな。
つまり冒険者になり立ての奴はみんなお金をこれから貯めるわけだからな」
「そうですか、ありがとうございました」
「おう、明日は遅れるなよ」
トーマスと志岐は話しながら、冒険者ギルドの一階まで上がってきていた。
「はい、では失礼します」
一礼すると、志岐はギルドから外に出て行った。
「やっぱり、どこかの貴族の若様とかかね、あの仕草とか見たらな」
トーマスはカウンターに居た職員に声をかけた。
「そうかもしれませんね。でも初心者の一人ですから特別扱いはありませんよ」
「ああ、もちろんだ」
そんな話題がギルド内で交わされていた。