16. 宿屋の食事
「これがメニュー、宿泊客には少し割引があるよ」
志岐は木の板にかかれたメニューをじっと見た。
「この、本日のお薦めというのは、どんな料理ですか?」
「今日仕入れた食材で作った料理さ。今日のところは、簡単に言うと肉料理」
おかみさんはそう説明してくれた。
志岐にとってはどういう肉なのか説明してもらってもさっぱり分からないので、
何となくわかればいいかと思った。
「ではお薦めでお願いします」
「料金は200クレスだけれど、大丈夫だよね?」
一泊の宿泊料金が朝食付きで100クレスだと思えば、かなり高く感じるが、
見歩いていた店の値段からすると安い方だと感じた。
「はい、大丈夫です」
「泊り客は200だけれど、そうでないお客には350クレスだよ。
もっともここの料理は美味しいよ、期待しておくれ」
食堂内の様子を見ると、何人かが席に座っていた。
ほとんどが黙々と食べている人達で、見た目からは冒険者だろうと志岐は思った。
「はい、お待ちどうさま」
おかみさんがテーブルの上に木の器をいくつか置いていった。
スープと少量の野菜サラダと水が入ったカップ。そしてメインの肉料理が載った皿とパンの入った皿、フォークとナイフは金属製で、木のスプーンがあった。
一つ一つ味を確かめながら、食べていると食べ終わった人の話し声が聞こえてきた。
「生野菜のサラダが出るなんて、珍しいな」
「ああ、この辺では生野菜は貴重だし、この店ぐらいしか見かけないよ」
志岐が食べているように、話している人もお薦め料理を食べたのだろう。
そう思いながらも、サラダを見ると、それほど野菜の種類があるわけでもない。
葉野菜とトマトのような赤い野菜が入っているだけのものだった。
大賢者の屋敷の居た時には、時々出ていたからあまり気にしていなかったが、
他の店では生野菜は出ないのだろうかと少し気になった。
「手間がかかるし、輸送する費用もかかるから新鮮なのはお目にかからないな」
「貴族の屋敷だと自前の畑で作っているという噂だよ」
「まあ、税で一番に納めないといけない地域も多いだろうし、大変だよ」
「この大陸でもどこでも収穫できるってわけでもないし」
「水が大量に必要らしいからな、それならばもっと楽なのを植えるだろうよ」
志岐はそういうものかと思いながら、貴重なサラダを食べながらも、ステーキに
ナイフを入れて口へと運んだ。
ものすごく大きいステーキというわけでもなく、志岐にとっては手頃なサイズで、
味もジューシーでかかっているソースのせいか、しつこくはない。
幾らでも食べられそうな気がするけれど、今までそんなにステーキばかり食べているわけでもないし、
歩いただけだから、これ1枚食べるのがやっとだった。
パンは柔らかいが、料理長が作ってくれたパンの方がやっぱり美味い。
口にはもちろん出さないけれど、美味しい食事を食べていたのだなと改めて思った。
食べ終わってそろそろ席を立とうかと思ったところ、一人の冒険者が入ってきた。
「ほら、おかみさん、これ頼む」
手に下げているのは肉の塊だろうか、男がおかみさんの前に突き出すと、
調理場の方なのか、扉の奥を手で示した。
「うちの人がいるから、あっちで交渉しな」
男はそのまま言われた扉の奥へと肉をもって入っていった。
少しそちらを見ていると、また男が戻ってきて、近くのテーブルに座った。
先ほどの肉の塊がないところを見ると、調理を頼んだのだろう。
志岐はそこまで見ると、席を立ちあがっておかみさんのところまで行った。
「支払いを済ませたいのですが?」
「こっちへ来ておくれ」
おかみさんは、食堂の外の宿屋の受付のところへと歩いていった。
志岐は大銅貨を2枚手渡した。
「美味しかったです、ごちそうさまでした。それで、一つ質問なのですが、
先ほどの方は肉を持ち込まれていたようですが? あれはどういう用途ですか?」
おかみさんは志岐の顔を見て少し考えていたようだった。
「冒険者にはなったところかい? 肉を持ち込んで料理代を浮かせる場合と、
持ち込んだ肉を調理して欲しい場合と、宿泊客の場合は、宿泊代金の代わりにする場合といろいろだね」
「そうですか」
「もちろん捕った獲物をそのまま持ち込んでもらっては困るよ。解体して必要な部位だけ
持ってきてくれた場合にだけだね」
「わかりました。ありがとうございます」
志岐は笑顔でお礼を言うと、そのまま部屋へと戻った。
手元に持っていた木の札の裏側をひっくり返してじっと見つめた。
パッと見ただけでは分からないが、木の色とほとんど変わらないような細い細い線で、
文字のような図形のようなものが書かれているのに気が付いた。
「ひょっとしてこれが魔道具の元かな?」
志岐はそう呟くと、テーブルの前に座り、空間収納の中から筆記用具を探した。
リストの中から羽ペンを選んで取り出すと、想像した物よりも軸が太い物が現れた。
薄い羊皮紙を取り出すと、羽ペンで書きだすと、文字が書けるのが分かった。
じっとペンを眺めると、やはりそこにも文様が見えた。
木の板の裏の図形を羊皮紙に写し出した後、羽ペンと羊皮紙を片づけた。
たぶんこれと対になるものが、扉の横の箱に記されているのだろうと志岐は考えた。
しかし外に出て図形を写すのは時間帯を気にする必要があった。
志岐はこれを悪用するつもりもないけれど、他の人に見られたらどう思われるかは
今の様子では分からない。
魔道具について調べようと決めた後、志岐はもう一度空間収納の中身のリストを
取り出して、その中の内容を確かめた。
志岐が頼んだ料理や、大賢者やゼノからもらった武具などは解っているけれど、
ざっと必要な物の中にまとめられた物には何があるのか知らないものもある。
このリストも検索できたのを思い出して、『狩りに必要な道具』で検索をかけてみると、
『はぎ取りナイフ』も中に入れられていた。
冒険者初心者セットというようなまとめた品物が、実際には売られているわけではないが、
その辺はこの世界の常識として持っておくものだろう。
志岐にとっては空間収納へとそのまま獲物を入れれば、全部内部でやってくれる仕組みだ。
それは大賢者もよく知っているだろうし、屋敷の人も薄々は感じているだろうから、
ナイフは省かれていても無理はないのだが、必需品という事なのだろう。
志岐はそう考えながらも、調理道具一式も用意されていたのに気が付いた。
今の感覚では、魔物を狩ってその素材をはぎ取ったあと、肉を料理するという事は、
到底考えられないけれど、でもあれば便利なはずである。
他にも何かいろいろと用意してくれているけれど、まだ志岐にはあまり実感がない。
ナイフがあっただけで、満足してリストを消した。
初心者講習に出なければ、依頼を受けられるランクにはならないという事は、
裏を返せば、依頼を受けるのに必要な事を教えてもらえるという事だろう。
志岐は洗浄魔法を使うと、着替えるのはやめて、そのままベッドへともぐりこんだ。
寝ている間に何かが起きて欲しくはないけれど、でもいざという時に、
外へと出られない服装だと困る。靴だけは脱いで、空間収納へと仕舞った。
部屋の中に置いているのは何もない状態で、志岐はようやく眠りに落ちた。