12. とりあえず町まで行ってきます
翌日、志岐は朝食を食べた後、服装を整えて塔から外へと出かける事にした。
塔の入口には大賢者が見送ってくれるらしい。
「気をつけて。シキの一番心配な点は、村か町まで歩いてたどり着けるか、だが。
たどりつけなければ、飛んで戻ってくればいい」
歩けなくて途中で力尽きるというのはあまりにも恰好悪いけれど、途中で行き倒れになるわけには
いかないのも事実。
「ではおじいさま、行ってまいります」
志岐は挨拶をして、入口までの階段を下りていった。
塔の扉で見送る大賢者に手を振ってから、志岐は街道に向けて歩き出した。
この年になっての見送りというのは、子供じゃあるまいしとも思うが、過保護そうな大賢者の為にも、
志岐は恥ずかしいのを耐えて手を振っておいた。
日本ならば、自分の家族とならば、もうしない事だけれど、ここは異世界だからと思う事にした。
塔の出入り口の扉から主な街道までは私道で、石畳ではあるが、木々の中を少し歩いていく。
ここは結界におおわれているので、街道側からは木々や高い塔の存在は見えても、
石畳の道が続いている事は分からないらしい。
ようやく街道にたどり着くと、ホッと一息ついた。
それからどちら側に行くのか、考えて右側に向かって進む事にした。
どちらに向かっても町はあるらしいが、右側の町の方が少し距離は短い。
この世界の様子をまずは確かめてみるのが目的なので、近い方を選んだ。
用意されていた服装は、地味な色合いのシャツに同系色の上着に、上着と同色のズボン。
靴は登山靴のような形で、一番上に着るようにとフード付きのマントであった。
登山靴のような靴だが、魔法が組み込んであるらしく、足にぴったりで、疲れにくいらしい。
今のところは気候も良いし日差しも強くないので、フードはかぶっていない。
大賢者が用意してくれたものだから、ただのマントというわけでもなく、
いろいろな魔法が組み込まれているようだったが、どういう機能かは知らない。
その他にも志岐は、冒険者用のカバンを片方の肩から下げて歩いていた。
膨らんだ三日月のような形で、背中から背負う事もできるし、付属のベルトを調節すれば、
腰に巻き付ける事もできるようなものだった。
このカバンは、冒険者用として売り出されている物らしいのだが、見た目の容量よりも、
かなり多く入り、重さも感じないような魔法陣が付けられた物だった。
このカバンを利用すれば、空間収納を使っても傍目からは解らないはずだった。
志岐はこの道が、街道と思っているけれど、舗装されているわけではなく、平らな土の道が続き、
一定の感覚で車の轍の後がついている。
荷馬車が通るのか、馬車が通るのかはわからないけれど、志岐の歩いている時間帯には
運がいいのか、悪いのか、馬車どころか人ですら誰も通っていなかった。
志岐の感覚で一時間ぐらいは歩いたかなと思うところで立ち止った。
街道から少し離れたところに大きな木があったので、そこに近寄って木の幹にもたれた。
空間収納の中身は強く念じると、志岐の手の中に現れる。
肩に下げていたカバンに手を入れて、果実水を念じて取り出した。
木のコップに入った果実水を、一気に飲み干すと、まだ冷たいままだった。
そのコップをカバンから空間収納の方へと片づけると、ぐるりと回りを見た。
遠くの方には木々が生い茂った林のようなものがあるし、他は草原が続いている。
この辺に魔物が出るのかどうかはわからないけれど、今は見かけなかった。
近くの草を見ながら、そういえば、と思い出して「鑑定」をしてみた。
目の前に透明パネルが現れてそこに次のような文字が表示された。
『薬草A:傷薬の原料、そのまま食べても、つけても少量の効果あり』
Aという記号が気になったが、他の草も鑑定してみた。
『薬草F:回復薬の原料、効果は小、加工して使用』
どうも同じ薬草でも効能が違うらしい。
志岐はその辺が気になったので、持ってきていた植物図鑑を取り出した。
そのまま木の根元に座り込んで、薬草についての記述を読んでみた。
それによると薬草には特に個別につけられた名前があるわけではなく、効能に応じて
記号で分類されているようだった。
例えば薬草Aと薬草Dまでは傷薬の原料に使われるのばかりが集められており、
次の記号Eからは回復薬の原料といった感じで集められているようだ。
つまり使用目的が分かりやすくするために名付けられたのだろうと感じた。
志岐は他の草にも鑑定をかけてみた。
『毒消し草A:10本で効果あり。緊急時はもみほぐして汁を患部に塗布。
通常は毒消し薬の主だった材料』
記号がつけられているから、これも同種の草があるのだろう。
志岐は毒消し草を10本をひと単位として、また薬草を何束か採取した。
薬草と取り出していた植物図鑑を空間収納に片づけると、街道へと戻った。
これからどれだけ歩けば人の住むところに出るのかはわからない。
大賢者の話だと、どちらの町でも2時間か3時間歩けば着くだろうという事だった。
すくなくても日が暮れるまでにはどこかに着いていたい。
そう考えた志岐は再び、やがて出てくるだろう町か村に向かって歩き出した。
途中で魔物や動物に出会う事もなく、町か村のような場所に着いた。
入口には誰かが特にいるわけでもなく、トーテムポールのような彫刻を施された木材が2本、
間隔を開けて建てられていたから、門だろうと思ってそこをくぐった。
何となく身体に空気がまとわりついてきたように思ったが、特に変わった様子もない。
門をくぐって辺りを見回すと、道の両脇にいろいろな建物が並んでいた。
絵のついた看板がかけられているので、それを見ながら歩き出した。
宿屋も探さないといけないのだが、まず先に大賢者や訓練してくれた騎士から聞いていた冒険者ギルドというものを探そうと思っていた。
文字が書かれた看板や表示があればわかりやすいのだが、あいにく絵しかない。
誰かに尋ねるしかないかと思って一つの建物の前に立っている人に、
志岐は思い切って声をかけた。
「すみません、冒険者ギルドがあると聞いてきたのですが、どこでしょう?」
「ああ、ここから5軒目の右側の建物だよ」
買い物の途中らしいおばさんは親切に教えてくれた。
志岐はお礼を言って、ギルド目指して歩き出した。
教えられた建物の看板は、盾に二本の剣を交差させたような絵だった。
その建物の両開きの扉の取っ手を握り、手前に引いて開けると、中へと入った。
受付があるかどうか見回すと、窓口のようなところが目に入った。
そちらへと近寄ると、ようやく志岐に気が付いた係が声をかけてくれた。
「冒険者ギルドへ、ようこそ。どういうご用件でしょうか?」
志岐は冒険者として登録したいと説明した。
茶色い髪を後ろでくくった受付の女性は、志岐を見てほんの少し表情を和らげたが、
志岐は全く気付いていなかった。
「ではこちらに登録用紙がございますので、ご記入下さい。文字は書かれますよね?
代筆もできますけれど?」
志岐は用紙を受け取ると、横に置いてあったペンをとって書き始めた。
名前は『シキ』だけにしておいて、得意なものは『魔法』にしておいた。
それ以外は特に書かなくてもいいような事が登録用紙に書いてあった。
用紙を差し出すと、女性は一つの磨かれた石のような道具を出してきた。
「ここに手をあてて頂けますか? 犯罪者ではないか調べますので、ご協力お願いします。
犯罪歴があると残念ながら登録はできませんので」
志岐は手を石の上に置いた。
「はい、大丈夫ですね」
女性職員は登録用紙をもう一つの器具に差し込み、志岐の方へと差し出した。
「ここに先ほどと同じように手を載せて頂けますか? カードを作成しますので」
志岐が手を載せると、こんどは淡い光が放たれて消えた。
「はい、もういいですよ」
女性職員は器具を引き寄せ、中から一枚のカードを取り出した。
「これがギルドカードとなります。いつも持参して無くさないようにして下さい」
カードとはいっても薄い板状になった金属で、片隅には穴が開けられていた。
日本でよく使われているカードよりは大きめの手のひらサイズぐらいの物だった。
さっそくカードはカバンを通して空間収納の中へと入れておいた。
女性職員はギルドカードの説明をしてくれた。
それによると、依頼を受ける時にも、完了報告をする時にでも、素材を換金する時にでも、
ギルドに用事がある時にはいつでもこのギルドカードを提出するらしい。
また身分証明書としても使える事が分かった。
「ではギルドランクについて説明しますね」
志岐のカードに表示されているランクは『F』
最初は誰でも『F』からのスタートだが、依頼は受けられない。
ギルドで行われている初心者講習を受けると『E』になる。
いろいろな依頼はEランクから受けられるという話だった。
もちろん上には上があり、上位のランクに上がるためには、それなりの試験や条件があるようだった。
「それで初心者講習は明日ありますが、どうされますか?」
志岐はすぐに申し込んだ。
「初心者講習は2日間の日程で行われます。全部受けられると終了証書と共に、
Eランクにあがりますので、途中で抜けたりされませんように」