11. 心遣いはありがたいものの……
「若様、それらの武具だけでなく、もう少し服も用意させて頂きました。
若様の空間収納には幾らでも入ると伺っておりますので、全部お持ち下さい」
志岐はありがたく感じていた。
「何があるか分かりませんからね、若様もこの世界に不慣れでしょうし、
予備として多めに持たれておいた方が、ご安心でしょう」
志岐は用意された武具をしまいながらも、置かれた服へと近づいた。
前に用意された服もいろいろあったが、今回のは活動的な服が多く、
数枚の上着に色違いのシャツ、そういった普段に着る服以外にも、
皮製の鎧や、繋がったチェーン製の服のようなものもおいてあった。
「これ、使い方がわからないけれど、どうすればいいでしょう?」
ゼノは簡単に答えた。
「若様のお持ちの空間収納に納められれば、そこから使い方などの説明が
表示されると伺っております。確かめてみられればいかがでしょう?」
志岐は皮鎧や、細かいチェーンの服を入れてみた。
使い方と念じると、透明のパネルが空間に現れて、そこに図解での説明があった。
「ゼノ、ここには何もない、見えないのですよね?」
志岐は目の前に出ているパネル部分を手で示して尋ねた。
「はい。何もございませんよ」
ゼノはそう言いながら、透明パネルのある周辺に手を持っていって動かした。
「何もあたりませんし、何も感じません。もし何かあるとすれば若様だけが
わかる仕様かと思います。旦那様もそう仰せでしたから」
志岐はゼノの察しの良さに感謝しながらも、ホッとしていた。
「ありがとう。世間の人が見たらどう思うか知っておかないと、困りますから」
志岐はパネルに向かって、もう少し詳しく、と念じてみた。
するとパネルの図解は、漫画のようにわかりやすい絵で手順が出てきた。
横に説明書きもついていた。
「これなら何とかなりそうかな……」
ゼノは、志岐の様子をじっと見ていた。
「後で、騎士たちに鎧の付け方を説明させましょう。一度お付けになれば、
もっとわかりやすいのではないでしょうか?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
志岐はお礼を言った。
何より安全第一である。この世界では何があるかわからないと聞いているし、
実践で動物を仕留めたこともないわけじゃない。
でもそれも経験豊かな指導者が横について、いざとなれば助けてもらえる環境での話だった。
一人ならばそうはいかない。
本当に大賢者の息子だったら、このゼノの態度も理解できる。
でも志岐はそうではなく、いきなり現れた異世界人に過ぎない。
だから本当に親身になっていろいろとしてもらえる事で助かっていたから、
どこまでも目上の人に対する話し方を貫いていた。
置かれた物を空間収納の中に入れてしまうと、何となく気分が沈んだ。
これだけ多くの物を見れば、困らないようにと気遣われているのはわかる。
しかしそれをすべて片づけてしまえば、もう外に出る支度は出来た。
若干残っている物があるようにも思うけれど。
ここまでお膳立てされて、出かけるのがいやだというつもりはないし、
この世界の事も教えてもらったし、一応は大丈夫だという保証ももらった。
何の不安もないといえば嘘にはなるけれど、でも日本で旅行するのとは事情が違う。
もしも……という疑問。
疑ってはいけないと思うけれど、本当に……帰ってきていいのか。
帰ってきたときに怪訝な目で見られたら、見知らぬ世界でたった一人になる。
いきなり現れた志岐を温かく迎え入れてくれた大賢者や、屋敷の使用人の人達がいる事で、
どれだけ志岐が異世界で守られて過ごせていたのか気が付いてしまっていた。
二年間一緒に生活をしていたけれど、本来の大賢者がどういう人なのかは、
志岐の常識の範囲内だと、とても良い紳士的な人だとは思う。
でも本当にそれだけ、だろうか?
魔法などでたくみに隠された事情があったとしても志岐には理解できるはずもない。
至れり尽くせり用意されれば、ここで外に放り出されたとしても、一人でやっていく事も可能だし、
そう言われても仕方がない。
保護されて、いろいろと教えてもらって独り立ちできるだけの助力をもらった。
そうなのだけれど……。
でもまたたった一人になってしまったら、一度温かい環境を知ってしまっただけに、
余計打ちのめされるような気がしていた。
そんな口に出せない不安を感じている志岐にいつものゼノの声が届いた。
「若様、料理長が呼んでいますよ、きっとお持ちになる料理でしょう。
早く行って受け取られて下さい。そのあとで一言お話ししたい事がありますから、
こちらに戻ってきて下さいね」
ゼノの言葉に志岐は小部屋から出て調理場へと急いだ。
「ああ、若様。腕によりをかけて作っておきましたよ。出しますからどうぞ」
体格のよい料理長は笑顔で志岐に向かっていろいろな食糧を出してくれた。
志岐は出来上がった料理を鍋や大皿ごと、空間収納へと入れていきながら、
好きだと思った料理が多いのに気が付いた。
「若様の好みはだいたい把握しました。他にも旅先で気に入った料理があれば、
ぜひ教えて下さいね、それと同じ、いやもっとおいしく仕上げてあげますよ」
志岐はお礼を言って受け取った。
「いつご出発ですか? 予定が決まればここの料理人の誰にでもお言付け下さい。
では夕食も期待して下さいよ」
志岐は調理場から、ゼノを探して歩き出した。
廊下を歩いていると、目の前にゼノの姿があった。
「若様、私どもも若様のお帰りを心よりお待ちしておりますからね。
一人っきりだと思わないでくださいよ。ここも若様の帰るべき屋敷ですからね」
ゼノは志岐の方へと近寄ってきた。
「旦那様も我々も、若様のお帰りを待っているのは事実です。だってようやく
現れた待望の旦那様の後継者ですよ。我々がいるとはいっても旦那様はただ一人。
塔でお暮しになられていました。でも今は若様がおられる」
ゼノはそう言って志岐の顔をじっと見つめた。
「本当に嬉しそうに様々な物をご用意されておられました。だから心配なさらず、不安になったら、
すぐにでもお帰り下さい。こちらではお帰りになるとわかるようになっておりますから、
大丈夫ですよ」
「…………」
志岐はゼノの表情をじっと見つめた。
「ありがとうございます」
それ以上何も言わずに志岐は塔の中の自分の部屋へと戻った。
夕食に呼ばれてそのあと、いつも訓練をしてもらっていた騎士より、皮鎧やチェーンメイルなどの
付け方を教わった。
そして自室へ戻って一息ついた時に大賢者が部屋へと現れた。
「シキ、これを渡しておこう。お小遣いと当座の費用だ。すぐにお金を稼ぐ必要もないし、
宿に泊まるのならば少しは必要だろう」
大賢者は上品な革袋ともう一つ色の違う布の袋を差し出した。
「すみません、ありがとうございます」
大賢者は志岐が受け取るのを見て、安心したように感じた。
「私の息子なのだから当然の事。それに未成年だから遠慮しなくていい。
月々のお小遣いも貯めてあるのだけれど、それはまた折々に渡そう。
中を確かめるといい。足りないならばもう少し用意するがどうだ?」
そういわれれば中を改めるしかない。
志岐は革袋の方の紐をほどいて中を開けてみた。
大きな白い光るお金がいくつかと金色の硬貨が何枚か入っていた。
「おじいさま、これはひょっとして白金貨ではありませんか?」
白金貨は、1枚が100万クレス(お金の単位)だったと習ったと思う。
ごく一般的な宿屋に泊まるのに1日500クレスぐらいだったと聞いていたのだが、
これではあまりにも多いのではないだろうか。
「そうだが。シキのお小遣いはそれが四度の月の巡り分だ。それだけでも私は
少ないと思うのだが、あまり多く持っていても困るだろうと思って、な」
四度の月の巡りという事は、一か月分という事だろう。
「それに塔での書物を読む仕事もしているわけで、もらえて当然の分だよ」
志岐は何枚入っているのかは数えるのをやめて、また紐を結んだ。
もう一方の布の袋の方を開いてみると、こちらは色が違う硬貨が多く入っていた。
「私も白金貨をすぐに出せるとは思っておらぬからな。今回の外出用の分だ。
そちらは自由に使うといい」
志岐は一瞬言葉に詰まったが、断って返す事はできないと思った。
「無駄使いはしないように努めます」
大賢者はじっと志岐を見つめた。
「シキ、命の危険があれば、塔が動くだろう。どう動くのかは説明できないが、
たぶん自動的にこの塔の中へと転移させられる。それだけの力はあるようだ。
塔の管理をする事がシキの本来の仕事だからな」
志岐が呆然としていると、いつのまにか大賢者に抱きしめられていた。
「大事な、大事な我が息子よ。気をつけて行ってくるのだよ」
志岐が驚いて何も言えないうちに、大賢者は離れていった。
「ありがとうございます。おじいさま。では明日出かけたいと思います」
もうこれで忘れものはないと思うし、資金も頂いた。
たぶんきっと大丈夫、かな?