1巡目:敗戦
世界を創った神がいました。その神は次に生命を創りました。しかし神は愚かで幼かったので、生命に知能を与えませんでした。それを後悔した神は、最後に人間を生み出して世界の果てに消えてゆきました。
これは≪Shining Fantasy on-line≫というネトゲの中のある国家に伝わる神話の冒頭だ。このゲームは10年以上サービスが続いている人気ゲームで、独特な世界観や自由性の高いアクションが特徴だ。それによって中高生やオタク、外国人の廃プレイヤーを輩出するゲームとしても有名だ。三十路間近の投資家である俺もそのプレイヤーの一人で、ある都市ではちょっとした有名人。プレイ中にも関わらず得意げになっていると
「加賀さん、神殿入りますよ」
と声がする。この声の主は、ネトゲ・リアル共に知り合いの佐上だ。職場の元後輩でうちのパーティーメンバー。ジョブはタンクで、なよなよした声とはかけ離れた脳筋プレイヤーだ。今一緒にダンジョンの一種である≪神殿≫に来ていた。その中でも最高難度を誇るエンドコンテンツ≪不知火神殿≫を攻略する約束をしていたのだ。
「おう、行くか」
軽めに答えると、型通りの隊列を組んで動き始めた。パーティーはタンク二人とDPS四人、ヒーラー二人の八人構成で、タンクを先頭、ヒーラーを殿とした形での行動を基本とする。
「来ましたよ」
佐上からの声がかかり、道中に沸く雑魚敵を片付けていく。ここの雑魚敵とは名ばかりで、中難度のダンジョンのボス級が現れることが多く、雑魚と侮ってパーティー壊滅といった例は枚挙に暇がない。だから気は抜けない。俺はヒーラーでの参加なので常に味方の体力には気を遣っているが、やはり減り方が違った。なるべく効率良く回復をかけて攻撃にも参加するようにしなければならなかった。
戦いながら道を進んでいくと、ギミックのある空間へと辿り着いた。ここのギミックは、『自分に割り当てられた色の敵のみに攻撃を加えて一定時間が経過するとその色の中ボスが現れ、討伐次第色が変わっていく』、というもの。四周分準備されているので攻略の長時間化の原因とも言える。今俺が担当する色は赤で、他に佐上とDPS二人だった。残った四人は青で、これを交換することになる。
「やりますか……」
DPSの柳が呟き、佐上がヘイトを稼ぎ始めた。DPS二人が火力を底上げした装備でぶった切り、俺は佐上の回復とDPSの補助を行う。出てくる敵は先ほどと変わらず、一周一周確実にこなしていき次へと足を運んだ。
この道中の敵はおらず、代わりに厄介なギミックが組み込まれていた。『ランダムに発生する地面からの光に接触すると、そこに穴が開き、体力を奪う気体が噴出する』ものと、『奇数回光に触れると最奥への道が、偶数であれば宝物庫への道が現れる』ものの二つだ。このゲームは、技能さえあれば入手した装備をその場で使用するのが可能なシステムを採用しているので、宝物庫で強力な武器を手に入れてから攻略することも出来る。皆が宝物庫を優先したがっているが、相方のヒーラーは「宝物庫からは攻略前線に戻れない」という事実を伝え、光との接触回数を計算して最奥への道を開いた。
道は広く、神々しい雰囲気を醸し出していた。しかし長い道なので、目が疲れる。移動速度強化のアクションを起こして駆け抜けていくと5分程度で最奥の間に着いた。扉がひとりでに開き、中に入るとそこには大きく角ばっている鏡や煮え立った紅い液体が。そして天から黒い光とともに、人型の何かが降りてきた。大きさは人間程度で、おおよそ190㎝だろうか。いずれにせよこの空間には見合わない大きさなことは確かだ。
「ようこそ、我が巣へ。歓迎しましょう」
不意にかけられた声はとても美しかった。しかし明らかな敵意が込められており、その証拠に『宣告』という解除不能のデバフをかけてきた。このデバフは制限時間内に一定ダメージを与えなければ即死、といったものだ。気にする暇があるなら攻撃、でなければ壊滅だ。
「ウォールの展開、お願いします」
言われるがまま、物理魔法耐性30%アップの魔法をかける。直後、タンクの二人はヘイトを全て受け、俺達ヒーラーは設置してある魔砲を放つ。DPSの四人は手にした刀やトンファー、放たれる魔法を巧みに当てていく。大体一割削ると、人型の腕から黒い光が放出されてゆき、『煌夜討伐戦』の文字が浮かび上がる。どうやら煌夜という名前を持つらしい。俺はこの名前に覚えがある、いや、この名を持つものは世界中で一柱しかいないのだから当然であった。彼女は世界の神だ。至高神だ。神話における、愚かで幼い神だ。気分が高揚してしまう。
「これからが本番ですね」
佐上ではない方のタンクが珍しく喋った。新鮮な気持ちで戦闘を開始すると、黒い光を纏っていた腕が振り下ろされ、漆黒の龍が現れた。異形の龍で、煌夜とは連携を取らずに暴れ始めた。龍に気を取られていると煌夜が狂気的な目をして剣を振り回してくる。それは柄の前後に刃を備え、高い連撃力と広い攻撃範囲を持つ双刃と呼ばれる剣だった。煌夜の素早く重い一撃一撃に身を刻まれ、龍の圧倒的な火力に心を折られ、それでもなお回復を絶やさなかったが。
全滅してしまった。