ハワイ攻略戦 1
ハワイ攻略戦への参戦。
家に軍人どもが押し掛け、そのまま軍艦に乗せられて、長旅の末に下された命令がこれだ。
皇家から軍人どもに従うようにという指示は受けていた。同時にこの艦隊の司令官が自分に対し、”攻撃対象の指定”、”攻撃の開始”、”攻撃の終了”に対する決定権を与えられているとも伝えられている。ただ、その指示があったからと言って、これまでの扱いを認められるわけではない。
自分はあくまで皇家の意思に従う武器だ。だが、人間でないなどと言うことは決してない。艦に乗せた直後から一室に閉じ込め、食事はドアの隙間から差し入れられ、トイレは備え付けの桶。上から何を聞いてきたのかは知らないが、捕虜でもない自国の人間にこの扱いはなっていない。
今目の前で、作戦の中核を構成する部隊の隊長格に対して、その説明を行っている司令官が自分に対して命令を下すことが出来る回数は三回。それ以上の回数命令に従う義務はなく、加えて言うなら、今自分がここで話を聞いている義務もない。なぜなら皇家の使者が自分に与えた指示は、軍人について行って艦に乗れ、そして、三回指示をこなせ、それだけなのだから。
それでも自分が部屋でおとなしくしていたのは、神殺しという存在を戦争に引っ張り出そうとしている軍が何を考えているか見極めるためであり、同時に部屋を脱出するだけでも、余波でこの艦を沈めてしまいそうだったから。今ここでおとなしく話を聞いているのは、曲がりなりにも士官という地位を与えられており、実務経験はなくとも知識があるために、何を目的とした行動なのか興味があったから。
「作戦目標はハワイの制圧である。現在、我らは敵警戒網に発見されないまま、予定地点まであと三時間の距離まで迫っている。作戦は三段階。まず、…」
”ハワイ制圧”辺りでどよめきが起こるが司令官はそれを無視して話を進めている。情報封鎖にしても自分がどこにいるかというのは大体理解していたはずだ。ならばその目的にも薄々だろうが勘付いていてしかるべきだ。むしろ、その想像が悪いものだったからこその驚きだろうか。とりあえず、作戦の流れとしては、航空戦力の漸減、海上戦力の撃破と水際防衛戦力の殲滅、基地施設の制圧、となるだろうか。流れは理解した。しかし、現時点で自分の名前は出てきていない。ならば、自分は関係ない。
必要な時に、必要な場所で、その力を振るう。それが自分の役目なのだ。それ以外のことに口を挟む必要はない。だから、その時が来るまでただ黙するのみ。
結局、その場で、その時が来ることはなかった。後から思えば当然のことであるが、各戦隊の戦隊長程度の格で自分の存在、その役割を知れるわけがない。そもそもこの艦隊の司令官が知っていることですら異常なのである。そこに考えがいたると、ここ数日の自分に対する扱いも納得できるところがあった。よくわからないが偉い人が、同じくよく分からない人を連れてきているのである。加えて少なくともこちらには無駄に話すなというような釘は刺されている。相手にも同じように釘が刺されていると考えるべきだろう。
そこに納得を得て、さて自分はどこで力を振るうことになるかと考えたところで司令官は解散を指示した。最後にしていた話の内容は飛行隊の割り当て、艦隊運動のスケジュールだったはずだ。
自分も帰ろうと席を立ちかけたところでお呼びがかかる。命令ではない。どちらかというと、その命令を下すためのお願いだ。
「一時間後、艦長室に来てくれ」
頷いたところでその話も終わった。
きっちり一時間後、艦長室で下されたのは「命令」だった。
時間は第一次攻撃隊と同時、場所は第一次攻撃隊の攻撃目標でもある敵艦隊、及び敵港湾施設、そして、そこを壊滅させる。これが一つ目の命令だ。
次いで二つ目の命令と三つ目の命令は、攻撃対象が異なるだけ。二つ目の攻撃対象は敵陸上戦力・敵陸上基地、三つ目の攻撃対象は敵航空戦力だ。三つ目の対象には行きの航空部隊へ攻撃を加える部隊も含まれる。
そして、攻撃の終了宣言。これはハワイ制圧の終了、または司令官からの攻撃終了命令が下されるまでとなった。どちらにしろ、この男が「やめろ」と自分に言うまでは好きに動いていいという話だ。ただし、攻撃対象に非戦闘員は含まれていない。基地内に存在する人間はともかく、市街地を対象に含んだ攻撃を行ってはならない。これは攻撃対象の指定に付随する命令だ。
だがまあ実質、際限なく暴れてよいという命令でもある。元からアメリカの物量に機械兵器を中心とした質で挑むという方向性であることは知識として知っているし、今回の作戦が先制攻撃によって敵の正面戦力をそぐことを目的としたものであることは先ほどの作戦説明の時に聞いた。
そして、自分に下された命令の内容は、その敵の正面戦力を正面から打ち破ること。ならば相応に暴れさせてもらう。女の身にこれだけの拘束を与えたのだから、鬱憤晴らしとさせてもらう。少し作戦開始が楽しみになった。
半弧を描く口元と、同時にあふれ出した濃密な殺気は、日露戦争に従軍し、多くの人の死を見てきた経験を持つ艦隊司令官にして恐怖を覚えさせるほどのものであった。
しかし、彼女はその空気の変化に気づかぬままに部屋を辞し、廊下ですれ違った兵たちにもまた恐怖を埋め込みながら、力を振るう時を待ち、笑顔はさらに深くなる。
同世代の神殺しの比べ、常識人を自称する彼女であるが、その本質は何ら変わらない。即ち、一族から”カグツチ”の名で畏れられる、神殺しとしての闘争本能である。
これが、神殺し三家、天の光、太陽を司る神凪境の初陣であった。
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作戦開始時刻は、体感時間としてはすぐに来た。自分は戦闘機に同乗し、目的地に向かうらしい。未だ、半弧を描く自身の口元には気づかず、自身が興奮していることも理解していない。だがそれでも、やっと、力を振るうことが出来るという実感だけはあった。
実際に戦闘機に登場する段になっても誰かと言葉を交わすことはない。指示はなく、ただ司令官が自分の手を引き、戦闘機までの誘導を行う。異様な雰囲気にのまれ、結果、ほかの整備員や搭乗員たちも普段と比べて異様に言葉少なになっている。だが自分には関係ない。そう考えたところで、自分が興奮していることを少しだけ理解した。心拍数が上がっている。それだけの変化だが、戦場に赴くにあたり、自分がちゃんと興奮できていることを実感し、無意識の半弧がさらに深まった。
前席に座り、戦闘機を操縦するのは飛行隊長の一人だったはずだ。ただし名前までは覚えていない。そもそもからして、戦場に出ている人間の名前など、覚える意味がない。それこそいつまで生きているかわからないのだから。覚えるべきは皇家の名前と強者の名前のみ。その強者の名前をこの戦争で一つでも増やすことが出来れば重畳だ。
発艦の準備が終わったようだ。思えば機械に頼って空を飛ぶのは初めて経験である。安全のためと言われて、指示のままにベルトを締めたが、自分にとっては邪魔以外の何物でもないことに今更ながらに思い至る。まあそれも趣というものだろうと思い、発艦の加速に身を任せた。
飛行開始から数分は、自分の力に頼らない飛行というものをなかなかに楽しめたが、それもすぐに飽きてしまった。自分一人で飛ぶよりも遅く、他人に飛行をゆだねるというのも安心できない要素だ。ただまあ、散歩としては丁度良いかもしれない。時間は過ぎ去り、次に興奮を覚えたのは敵航空部隊との接触だ。敵基地まであと数分というところで敵の航空戦力に捕捉されたのだ。宣戦布告同時攻撃。現段階で警戒網が強化されているのだから、それは正しく実施されたようだ。
しかし、その現状に前席のパイロットは気付いていない。おそらくはこの大編隊を構成する全員がそうだろう。だから、乗って初めて声をかける。
「敵、下方、数は五十。」
「何!?」
「その後方にさらに百、あとその後ろにも。」
「何を…」
最低限の情報を伝えたのち、ベルトを外し、次いで風防を開ける。前席で何か言っているが風の音ですでに聞こえない。それに、戦いへ赴くというのがこれほど気持ちの良いものだとは思っていなかった。これでは他家の者どもと何も変わらない。ただまあ、初陣ということで許してほしいと自己弁護をしてしまっている自分がいる。
「空の散歩を楽しませてくれたお礼に、今いる敵は私がやるよ。」
聞こえていないことはわかっているが、それでも、自分がこれからする行動を口に出す。
風防を開き切ったところで立ち上がる。そのまま飛び降りようとしたところで、風防を開けっ放しだとまずいなと思い直し、風防の外に出てからそれを閉め、ついでにここまで連れてきてくれたパイロットに敬礼をし、風に身を任せる。敬礼が帰ってきていることを視界の端に見、戦う仲間というのも悪くはないものだと認識を改める。次があれば、少し話そう。そう意識にとどめておく。
空を飛ぶのはやはりいい。機械兵器というのは自分たちにとっては無粋なものでしかない。だが、先ほどまでの散歩はなかなかに面白いと思えるだけ物があった。だから、少しはその評価を上方修正する。それに、自らの力で空を征くことのできない唯人が、それでも空を目指すために作り上げた翼だと考え、それを体感すると、悪いものではなかったという感想が残る。
だがやはり、自分にとって空は、自分の力で征く場所だ。空を吹く風と、そして自らの力に身を任せ、戦場の空に身を躍らせる。
加速。原理などどうでもいい。ただその力に任せ、たやすく音の壁を越えて見せる。そして自分をここまで導いてきた大編隊を追い越し、下方、敵航空部隊に目を向ける。編隊は航空戦を望まず、迂回して目的地を目指すことを選択したようだ。敵もその姿に気付いたが、もう遅い。
命令の中の攻撃対象の一つ、”敵航空戦力”。その殲滅だ。本来であれば基地上空で自らが解き放たれた後に振るわれる対象となるはずだったが、今の自分はそれなりに気分がいい。戦いに向かい高揚もそうだが、ここまで散歩を演出してくれた、自分と国を同じくする者たちに対して、ちょっとした応援をしても罰は当たらないだろう。
この世界に神はいない。己の先祖がそれを成した。
神がいない世界で己が何をすればいいのか。その疑問は自分が生まれ、自我が芽生え、家のことを知ったときにはすでにあった。だがその疑問は少しは解消されそうだ。
この世界に神はいない。しかし、その”世界”は今まで日本という島国だけだった。その狭い島国にすら神はいたのだ。ならばそれより広い”世界”にもいるだろう。そうでなければ自分と同じ、神を殺すための人間兵器か。どちらにしろ、何も考えずに自分を研ぎ澄ますだけの時間は終わった。
後は、戦いの中で、自分をより高みへと。
戦いに臨む高揚もある。しかし思考は戦いへと最適化される。
そして、自分の存在を示し、鼓舞する言葉を己にささげる。
「神殺し、神凪境、参る!」
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基地から飛び立った航空隊のパイロットに対して、その”異常”は上から来た。
何が起こったかもわからぬままに、その最初に放たれた五つの熱線により、五機の戦闘機とその搭乗員は蒸発した。
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「ハハハ、ハハハ!」
”カグツチ”
神話において生みの親であるイザナミを焼き殺し、冥府へといざなった神の名前だ。
そして、神凪の一族において、それは現当代を示す名でもある。
本人は女性で太陽神でもあるアマテラスと呼ばれたがっており、事実、これまで秀でた力を持っていた神凪の当代には、その名前で呼ばれていたものも少なくはない。だが、今の彼女を示す名として、”カグツチ”ほどふさわしいものはないだろう。少なくとも、”アマテラス”などと言うおとなしい名前は、今の彼女に似合わない。
笑い声と共に飛び回り、自らの背後から数多の熱線を吐き出し、その一撃で一機以上の航空機を確実に消滅させる。加えて、近くにいる航空機に飛び乗り、エンジンを爆発させ落とし、そして風防を素手で突き破りパイロットを焼き殺し、そして同様に、航空機の胴体に手を打ち込み、その内側から焼き尽くす。炎を支配し、空を支配する彼女は、同時にこの戦場を支配していた。
どこからともなく笑い声が聞こえる。
これだけの高空で人の笑い声など聞こえるわけがない。しかし確かに女の笑い声が鼓膜を震わせている。
今、この戦場において、それは死神の高笑いにしか聞こえない。笑い声とともに熱線が降り注ぎ、機体もろとも蒸発する。そうでなければ薙ぎ払われるように放たれる熱線により、まとめて消し飛ばされる。両機が何かにぶつかって、内側から炎に食い破られる姿は衝撃的に過ぎるものだった。今、自分が生きているのは奇跡のような偶然の積み重ねだ。その偶然の積み重ねによって、自分とごくわずかな運のいいパイロットだけが生き残り、運の悪い僚機はすべて失われた。
地獄。
こちらの攻撃は一度も成功していない。そもそも姿すらまともに見えていない。笑い声から女だと判断しているに過ぎない。ドイツの誇る”魔王”ルーデルや”空の王”ハルトマンは男であるから、この声の主がそう言った名のある化け物でないことは確かだ。しかし、それが分かったからと言ってどうしようもない。
アメリカでいう特記戦力。
ドイツの”魔王”、”空の王”が確認されたことに端を発し、各国がそれに対抗するために存在を示した人外ども。先の大戦においてドイツの特記戦力を食い止めたイギリスの”円卓”、フランスの”魔女組織”を一度は壊滅に追い込んだイタリアの”聖騎士”。
アメリカとロシア帝国にそう言った人外戦力は存在しない。だからこそ、そういった特記戦力を中核とする質に対抗するために量をそろえ、策を練ってきた。基地の司令官は確かにそう言っていた。
まず第一陣の五十機、次いで準備ができた本隊百機。そして後続に数波にわたる計三百機。迎撃戦力としては十分以上であるはずだった。空母に乗るような航空機で陸上から飛び立つ大型かつ高性能の戦闘機にかなうわけもない。奇襲であればともかく、宣戦布告を行った後の正面から、補足されたうえでの攻撃。第一次世界大戦で確認されたような特記戦力が居ようとも対応できるだけの戦力があると、そう訓示を受けたばかりだった。だが、この声の主はそんな程度の存在ではない。
遊ばれている。声の主の放つ熱線は、ここ数分の間明らかにわざと外されている。何かを狙ったものとも思えない。そもそもこの空域にはすでに、自分と、もう一人の部隊長しか飛んでいない。生き残るために、二人は飛び続けるしかなかった。
”神殺し”として神器に頼らなければならないような存在は意味がない。それでは逆だ。神器があるから神殺しなのではない。神殺しだからこそ、今、我らの手に神器があるのだ。神器なしで神殺しをなしたからこそ”神殺し”なのに、神器なしでその力を示すことができないのでは意味がない。これに対して「厳しい」といったものも一族にはいた。だが、過去形だ。力こそすべて。その力があるからこそ、今の神殺しとしての地位があるのだ。だからこそ、今、自分が神殺しとしての力をふるうのに神器は必要ない。ただ人の身で空を舞い、機械を追い抜き、機械よりも高みにあり、そして、太陽の炎を奔らせ、焼き尽くす。
いい動きをしているのが二機。それでも、その程度では障害になりはしない。ただ、興奮の度合いが上がっていることは自覚できる。だから、その二機との舞に、少しだけ付き合うことを決めた。時間はまだある。ならば自分の状態を高めるほうが有意義だ。
その舞は、確かに人が、人を超えたものに、何かをささげる舞であった。
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「奔れ、天炎。」
満足の対価として、最後まで残った二人は、その機械の翼を打ち抜くだけにとどめた。運が良ければ、いや、あれほどの人間なら何もしなくても助かるだろう。これは神殺しとしての直感だ。加えて言うならば、機械の翼などに頼らなければ、より高みへ向かうことが出来たかもしれないとも思う。
正しく戦闘のために自分の状態を高め続けた結果、おそらく生まれてからこれまでの時間の中でももっとも調子が良い。気分がいい。だからこそ、神器を開放する。
自分の中に存在する自分以外の存在。それを認識し、そこに意識を集中し、自分の思い描く形を与え、外の世界に顕現させるために、その名前を口に出す。
「八咫鏡。」
声に出し、自らの内から神器を取り出す。少なくとも神薙の家において、神器はすでに元の形を残しておらず、当代のその体と一体化している。実体を与えられた際の姿は確かに鏡。だが、元の小さな鏡とは似ても似つかない、彼女の背後に浮かぶ直径二メートルほどの白く輝く鏡だ。しかし、そこに映るのは目の前に在る女性の姿ではない。水面か海面、波打つ蒼い面がそこに映る。
神器は当代の体と一体化している。しかし、順番としては逆だ。神器に認められ、体に取り込むことができるものが当代となる。そこに年齢は関係ない。同時にその移り変わりに当代が生きていようが関係ない。一族の中により強大な力を持つ者が現れれば、その瞬間に神器との一体化は失われ、そして当代は入れ替わる。これはどこの家の神器も同じ。神殺し三家に求められているのはただその力のみ。これまでの歴史にそのような当代や皇家がいたという話はないが、極論、そこに意思は関係なく、力をふるうことさえできれば赤子だろうと問題ないのだ。
その神殺し、神凪における神器の開放。神殺しは神器なしでその力を行使する。ならば神器の役割は何か。それは、神殺しの力の強化。それだけだ。ただ、それだけではあるが、その範囲は非常に広い。八咫鏡においては特に。神凪の家の持つ神殺しとしての力は太陽フレアの召喚とその制御だ。そして、神器がつかさどるのは「うつす」こと、その本質は空間の制御となる。神器の開放は結果として、その召喚能力の拡張という形で発揮される。即ち、召喚対象と召喚位置の拡張だ。それを人は転移と呼ぶ。
ごくわずかな時間の集中ののち、天にあった彼女の姿は掻き消える。
そして、その直後、ハワイの湾内に、太陽が出現した。
後にハワイの惨劇、あるいは真珠湾の悪夢と呼ばれる戦いは、まだ始まったばかりである。




