騎士の学校 ~目覚め~
「眩しい、ここは……」
朝の光が病室に差し込む。俺はベッドで横になっていた。
俺は眩しさに顔を片手で覆う。
ズキっ。身体がきしむ。
「痛っ」
俺はその痛みで自分の状況を思い出す。
俺生きてる。そしてあの漆黒の次元刀を顕現してみようとするが……うまくいかない。
普通、次元刀は一度召喚に成功するといつでも顕現することができると聞いていたが、それも俺には当てはまらないようだ。
なら、俺が召喚した次元刀は一体なんだったのか。
俺が召喚したあの次元刀はまるで兄貴の……。
「……そうか、また……」
なんとなく分かった。あれは兄貴の力だ。しかしなぜ兄貴の力が使えたのか、そこまでは分からなかった。
とにかく一つ言えることは、俺一人の力だけだったら、あの時俺たちはあの高等妖魔に全員殺されていたということだ。
「救われてばっかりだ俺、なのに」
なのに、俺は兄貴になにも返すことはできない。
はっ。俺は体の痛みを抑え、身体を起こす。
「夏陽、義朝っ」
一瞬クラッとするがそのまま立ち上がる。俺は病室を出て看護師さんを見つける。
「あの!」
「ああ、057号室の衛上さんですね、もう大丈夫なんですか?」
「俺はもう大丈夫なんですけど。たぶん俺と一緒に運ばれた、夏陽や義朝……じゃなくて、小泉夏陽さんや神木義朝さんは無事ですか?」
「はい、二人とも命に別状はなかったですよ」
「良かった……」
「神木さんは今日の早朝目を覚まされて、衛上さんと、小泉さんの病室に寄ったあと、退院していきました。小泉さんは病室にいますよ、まだ目を覚まされてないけど。たしか病室は、そうそう047号室ですよ。……大丈夫ですか?」
「え……」
俺の目から一筋の涙がこぼれ落ちていたようだ。自分では流しているつもりではなかっただけに驚く。
「どうしたんですか?」
「えっと、なんでかな……とにかく、ありがとうございました」
俺は流れた涙を手で拭き取る。二人とも無事でほんとに良かった。
でも夏陽がまだ目を覚ましてないのが気になる、義朝はもう家に一人で帰ったほどだから大丈夫だとは思うが。
「047号室、ここか」
ノックしたほうがいいよな、いちおう夏陽は女の子だし。
コンコン、二度ドアをノックする。返事がない……ってそれもそうか、目を覚ましてないって言ってたし。普通ならここで勝手に病室に入らない選択肢もあるんだろうが、俺は決心して病室に入った。
「夏陽、入るよ」
夏陽はやはり眠っていた。動かない夏陽を見て一瞬、もうこのまま動かないのではないかと思いビクッとしたが、スゥースゥー。すぐに夏陽のほんとに小さな寝息を聞いて、俺は胸を撫で下ろす。
最後に見た夏陽のあのボロボロの姿をこれで上書きすることができた。俺はベッドの横にあった椅子に座る。
「跡……」
椅子に座ったことで、服の隙間から見えた首に、昨日あの高等妖魔に掴まれてできたであろう跡があった。
昨日の光景をまた思い出す。自分でも昨日のできごとは夢のような感じがしていてあまり実感がなかった、次元刀を召喚してからはただ無我夢中だったこともあって特にそうだった。
コンコン、ドアが2度ノックされ、返事をする前に大人たち数人入ってきた。
「衛上夾也君だね君は、ここにいると聞いたから、入らせてもらった。神木君からはもう話を聞いている。君からも話を聞かせてもらうよ。ここは病室だからちょっと出てもらえるかね」
「はい……」
俺は指示に従う。
「私たちはアストランド騎士団の諜報部だ。神木君から聞いたが、高等妖魔に襲われたというのは本当かい?」
「……はい」
「神木君は最初に高等妖魔の攻撃で意識を失い、夏陽君も意識を失い、君も倒れていた。なら、なぜ君たちは生きている? 君が高等妖魔を倒したのか?」
「俺は倒してません」
俺が倒したことはなんとなくは覚えていた。しかし、あの時の自分は自分であって自分でなかった。今あの妖魔が俺に襲ってきたら俺は確実に殺されるだろう。だから俺はそう答えた。
「ならなぜ?」
「わかりません、夏陽と義朝が倒されて、俺もやつに向かっていったのですが、歯が立ちませんでした。そして胴に蹴りを入れられ、気を失いました」
「つまり、なぜ生きているのかわからないと?」
「……」
俺は黙ってうなずく。
「そうか、高等妖魔は騎士団でも一人で倒せる者はそう多くない。奇跡だ。運がよかったな」
「はい……」
騎士団の諜報部の人たちは帰っていった。夏陽が起きたらまた来るのだろう。
俺はそれからも黙って夏陽が起きるのを待ち続ける。
「夾也……私生きてる」
「夏陽……おはよう」
夏陽が目を覚ます。そして俺の方を不思議そうに見てくる。
「夾也があいつを倒したの?」
※※※
――夏陽視点
その質問で一瞬、ほんの一瞬だけ夾也の表情がこわばる。それを私は見逃さない。
「違うよ、俺も夏陽のあと一発くらって意識を失ったけど、生きてるってことは、あいつが見逃してくれたんじゃないのかな。ははは」
私は夾也の目を見て気付く。まただ、またあの目をしている。嘘をついている時の目だ。
「そうなんだ……ラッキーだったね」
「そうだよ」
「うん」
しかし、あえて私はそのことを指摘はしない。夾也が嘘をつくときはいつも何かを抱えている時だと知っているからだ。昔からいつもそうだった。
夾也は自分の両親が事故で死んだことも最初は決して言わなかった。ある日目をたらふく腫らして学校に来て、私と義朝がなんど理由を聞いても。
「寝不足だから」
としか言わなかった。あの時も今と同じ目をしていた。だから、指摘しない、夾也が自分で話してくれるまで。あの時のように。
※※※
「義朝は無事なの?」
「義朝は無事だよ、真っ先に退院して家に帰ったらしいよ。あいつ体のつくりが頑丈だからな」
「良かった。でも義朝はショックを受けてると思うわ……まったく歯が立たなかったんですもの。義朝はプライドが高いから特に」
「そんなもんかな」
俺よりも夏陽は義朝を知っていた。この時の俺は、義朝のことを知っているつもりで全然知らなかったのかもしれない。
窓の外にさっきの騎士団諜報部の姿が見える。戻ってきたようだ。
「夏陽、身体はもう大丈夫なのか? 痛みはない?」
「もう大丈夫よ。明日には学校に戻るわ」
ドアが二度ノックされる。また騎士団の諜報部がぞろぞろ入ってくる。
「起きているようだな、我々は騎士団の諜報部である、では小泉夏陽君に昨日のことを話してもらう。衛上君は出て行ってもらえるかね? 話し足りないことがあれば話しは別だが」
「ありません、すぐ出ていきます。夏陽じゃあ俺帰るよ。明日学校でまた」
「うん、またね」
俺は病室から出て、一人帰路に着いた。