騎士の学校 ~心の距離~
「ん?」
目が覚めると、視界がぼやけていた。俺は目をこすると。
「涙……ああ、そうかまたあの夢を見たんだ……でも」
ふと夢の光景が思い出される。あの事件の夢は騎士学校に入学してから毎日見ていたのだが、今日のはいつもと違いよりリアルだった。
そしてその夢で俺は、モヤがかかって思い出せない兄貴の最後の言葉にやっと届きそうだった。でも届かなかった。
「あと少しで……くそっ」
これもすべて俺の心がまだどこかで記憶に鍵をかけているからなのか。試しの儀でトラウマを克服できたように思えたが、あれではまだダメなのか……。
自分の心の弱さにイライラがつのる。
なにげなく時計を見る。
「10時半か、今日が学校休みでよかっ……ってマズイ」
まだ春の肌寒い朝、俺は駅に急いで向かっていた。
「俺から誘っといて、遅刻とか最低じゃねーか」
俺は息を切らしながらも待ち合わせ場所に向かって走り続ける。
待ち合わせ場所に俺が着いたのは、約束の11時を15分ぐらい過ぎてからだった。
「夏陽すまん、少し遅れ……」
俺が声をかけると、夏陽はすぐに振り向く。俺はその夏陽の姿に一瞬目を奪われる。
オシャレな服にミニスカートで大胆に露出した足、普段の凛々しい制服の姿や、幼少期の男っぽい服装の時とは全然違っていた。
「遅いじゃない、お礼をされる側の私が待たされるってどういうこと」
「それは本当にごめん! でも夏陽こそ、その服装はどうしたんだよ?」
「なにって、私がこんな格好したら似合ってないっていうの?」
「別にそういうわけじゃ……」
「じゃあなに?」
夏陽の幼少期の男っぽい服装は、今考えると夏陽の親父の趣味だったような気がしてきた。今は一人暮らしで自分の好きな服をきているのだろう。
とかなんとか考えていると俺はなんて言ったらいいかわからなくなり、最初に見て思ったことはそのまま口にだした。
「いや、すごく似合ってると思うよ」
俺がそう言うと夏陽はすぐに後ろを向いた。そして小さくつぶやく。
「急にそんなこと言わないでよ」
「え、なんだって?」
「なんでもないわよ。あと寝癖ついてるわよ」
「あ、急いで出てきたから」
「ちょっと動かないで、今直してあげるから」
夏陽が背伸びして俺の髪に触れる。
「……」
「急に黙らないでよ……ほら直ったわ。ほら早く団子屋案内しなさいよ」
「……おう、そうだな! あそこの団子屋昼近くになると混むらしいし」
「あそこ二日前にできたんでしょ? やけに詳しいわね」
「情報を制す者が勝てるからな」
「なにそれ」
夏陽は苦笑した。そんな風に、夏陽と俺はたわいない会話をしながら団子屋に向かう。
「夾也、そういえばその肩から下げている鞘に入った剣はなに?」
「ああ、これは木剣だよ」
俺は鞘から木剣を引き抜いてみせる。
「なんで木剣なんて身につけているの?」
「俺さ次元刀を召喚できないだろ。だから最低限身を守れるものを身につけておきたくてさ」
「でも妖魔には次元刀以外効果ないんじゃ……」
「たしかに妖魔に効果はないけど、襲ってくるのは妖魔だけとは限らないだろ?」
「人間……」
「そうそう、王都や騎士学校周辺は騎士がたくさんいるから治安はいいが、この国の多くの場所は治安がいいとは言えないからな」
「たしかにそうかもね。でもそうしてると自警団みたいね」
「それこの前も言われたよ。最近帰りによってる安いパン屋のおっちゃんにも自警学校の生徒かい? って聞かれてさ、俺の状況説明するのも面倒だったから「そうですよ」って言っちゃった」
「自警学校の制服と私たちの制服って似てるもんね。まあいいんじゃないの」
自警団とは、妖魔の絡んでない人間同士のいざこざを解決するための組織であるり、自警団員は、次元刀を召喚できないため剣を用いて戦う。
また自警団はアストランド騎士団の下位組織という位置付けにあり、騎士団と同じように将来の自警団員を育成するための自警学校も存在する。
俺と夏陽は団子屋にようやく着いた。
「やっぱりまだ混んでないな」
「そうね、でもこれが今からそんなに混むなんて想像できないかも」
「見てろって、昼過ぎには混んでくるから。とりあえず注文しようぜ! じゃあ夏陽席とっといて、俺買ってくるから」
「わかっ、あっ待って、お金出してない」
俺は財布を持った夏陽の手を押し返す。
「いいって俺が全部出すよ、それに夏陽に出してもらったらお礼じゃないだろ」
「そう、ならいいけど」
「すぐ戻ってくるから、待ってて」
「うん」
※※※
――夏陽視点
夏陽は自分の心がよく分からなくなっていた。なんであいつと話していると恥ずかしくなるんだろ。
今日風邪でも引いているのかしら。自分のほっぺたを触る。外は肌寒いはずなのに。
「……熱い」
※※※
俺は夏陽のところまで買ってきた物を持っていく。
「あっ、温かい紅茶まで買ってきてくれたんだ」
「まあな、肌寒い日にはやっぱり温かいもの飲むと、なんか得した気分になるし」
「なにそれ」
夏陽は笑う。
夏陽が笑うと俺も温かい気持ちになる。それは昔から変わらない。
「団子も紅茶もおいしい」
夏陽がそう言ってくれて、俺は一緒にこれて良かったと改めて思った。
「夏陽がよければ、また何度でも連れてきてやるよ」
「えっ、んぐっ!?」
俺がそう言うとなぜか分からないが夏陽は盛大に喉を詰まらせる。
「夏陽大丈夫か、ほら紅茶」
夏陽が無理やり喉に紅茶を通す。
「死ぬかと思った……夾也急に変なこと言わないでよ!」
「変なこと、俺なんか言ったか?」
夏陽がなぜか顔を赤くする。
「うっ……なんでもないわよっ」
そんなこんなで俺と夏陽は団子を堪能した。俺たちが団子を食べ終わった昼過ぎにはやはり情報通り……。
「本当に混んできた」
「早めに来て正解だっただろ」
「うん、この列はさすがに並ぶの大変そう」
「そろそろ行くか」
俺と夏陽は団子屋を後に、流れでそのまま王都にある出店を二人で見て回る。
途中夏陽が出店にあった安いネックレスをじっと見ていたので、夏陽はいいと言ったが買ってあげた。夏陽には昔からいつも助けられていたので、お金は惜しくない。
こっちに来る前に少しだけお金を貯めていて良かった。まあこのペースで使い続ければすぐなくなりそうだが……。
「私行きたいところがあるんだけど……ついてきてくれる?」
夏陽は急に頼みごとをしてきた。
汽車にほんの数十分だけだが揺られる俺と夏陽、景色は次々に変わっていく。すると懐かしい景色が見えた。
黄昏時に見えたその景色は、俺が、俺たちが、5年前に住んでいた町の景色だった。
王都の西端に位置するその町は、王都中心部ほど発展はしていないが、昔ながらの町の美しさがある。
その美しさは今も変わっていなかった。でも変わったものも存在する。それは……。
「変わったのは俺たちだけか……」
「……」
夏陽は黙って聞いていた。
「降りるわよ」
「……」
汽車を降り、俺は黙ってついていく。
「ここ、覚えてる?」
「ああ覚えてる。俺と義朝、そして夏陽、3人でよく一緒に遊んでいた公園だ」
「そうだな……」
突然木の陰から声が聞こえ、義朝が現れる。
「義朝、なんで?」
「私が義朝を呼んだの。3人で話したいことがあったから」
「話したいこと?」
「5年前のあの日、誕生日は凍也さんに旅行へ連れて行ってもらうって夾也話していたから、その次の日、お祝いしてあげるって私と義朝で言ってたの覚えてる? ちょうど今ぐらいの時間に待ち合わせしていたよね」
「……覚えてるよ」
「でも、夾也は現れなかった」
義朝が口をはさむ。
「ああ……」
「あの時私たちすごいショックだったから、次学校であったらとっちめてやろうって思ってたんだ……」
「でも、夾也はそれから俺たちに姿を見せなかった。つい最近までな」
「夾也がいなくなってしばらくしてから私たちは……凍也さんのことを知ったの」
「騎士団側が大々的に報じたからな、詳細については分からなかったが」
「それで私たちやっと分かったの、夾也の身に起きたことを」
「それで俺たちは夾也の住んでいた集合住宅の管理人さんに無理言って聞いたんだ。そしたら夾也は生きているってことだけは教えてもらえたんだ」
「夾也教えて、あの日なにがあったの?」
夾也の脳裏にあの事件の、血にまみれた兄貴の姿が思い出される。
「ほっといてくれよ、そんなことお前らには関係ないだろ」
俺は声を荒らげ、夏陽と義朝に背を向けて歩き出す。
すると夏陽が走ってきて、俺の背中に頭を預ける。
「教えてよ……夾也がそのことで、今までずっと悩んできたことは分かってる。人にそのことを話したくないことも分かってる、でも……それを知らないと……夾也に……触れられないよ……」
夏陽の言葉が胸に刺さる。
大事な友達をこんなに心配させて、俺なにやってんだ……拳を強く握りしめる。そして決断した……話すことを。
「高等妖魔に襲われて、兄貴は、俺を守るために死んだ」
「……」
「……」
夏陽と義朝が思わず息を呑む。
「俺がいなかったら兄貴は今も……俺が兄貴を……殺したんだ……」
「だから……夾也は、自分を責めて……」
ーー ーー ーー
「面白い話をしていますねー。それであの青騎士が死んだと。もう死んでるけど、先輩達やりますねー。くっくっく」
いつのまにか後ろに立っていた奇妙な男に急に話しかけられる。
俺たちは振り向き、その奇妙な男からすぐさま距離をとる。なぜなら、黄昏時にも関わらず、その奇妙な男には影がなかったからだ。