騎士の学校 ~再会~
目の前に光の世界が広がっている。歩いていると、遠くに大好きな兄貴の笑う姿が見えた。
俺は兄貴の下までかけていく。やっと兄貴にたどり着いた瞬間、突如世界が黒に塗りつぶされる。
また視界が開けた時に見えた兄貴の姿は、血で真っ赤に染まっていた。そして俺はその血まみれの兄貴を抱きかかえ、どうすることもできずにただ泣いていた。
「はっ……はっ……」
ひどい汗をかき、俺は夢から目覚めた。
「なんだよこれ……こんなの今日までなかったのに」
俺は衛上夾也。
今日俺は、アストランド王国にも4箇所しか設置されてない騎士学校の内の1つ、東領騎士学校に入学する。
この日のために俺は猛勉強し、入試の筆記試験と騎士適性診断を受け合格し、なんとか入学を許されたのだ。
汽車を降り、少し迷いそうになりながらも、東領騎士学校の校門までなんとかたどり着いた。
「ここに昔兄貴も……!」
俺は左手の拳をギュッと握りしめながら、大きな校舎を見上げる。すると突然声をかけられた。
「あれ、夾也じゃね? 久しぶりだな!」
俺は声をかけてきた、懐かしい声の持ち主の方へと振り返る。やっぱりあいつだった。
「義朝、やっぱりお前か、元気そうだな」
こいつは神木義朝、俺の幼馴染でよく二人でやんちゃをした仲だった。五年前俺が転校する前までは、俺と同じ剣術道場に通っていた。
「ようよう、久しぶりだな! たしか最後に会ったのが10歳の時だから、5年ぶりくらいか。身長伸びたな」
「それは5年もあれば変わるよ。それに前は同じくらいだったのに、義朝のほうが伸びたんじゃないか?」
「かもな。おまえもいろいろあったから心配してたんだぜ、あの事件のあとすぐに転校しちまうし」
「あの事件……うっ」
朝の夢が一瞬フラッシュバックする。
「大丈夫か?」
「ああ……大丈夫だ。続けてくれ」
「それならいいんだが……ところでさ、夏陽にあったか? あいつもこの学校に入ったみたいだぜ。さっき偶然校門近くで見かけてよ、声かけようとしたが急いでどっかいっちまった」
小泉夏陽、こいつも俺と義朝の幼馴染でよく一緒に遊んだ仲だった。
「夏陽も来てるのか。まあ来てるんじゃないかとはうすうす思ってはいたが」
しかし正直ここであまり会いたくなかった。夏陽は昔から文武両道で正義感が強い女の子だった。そんな完璧だった夏陽に、今の悩んでる俺を見られたくないと心のどこかで思っているからだ。見られたら絶対失望される、そんな考えが心にのしかかった。
「ところでさー夾也、おまえ何クラスに入ったんだ?」
「……下位クラス」
東領騎士学校には学年毎にクラスが3つ設置されている、しかもそれは入試試験の点数や騎士適性診断で総合的に判断され、成績上位25名が上位クラス、26位から50位までが中位クラス、51位から100位までの成績下位者が下位クラスとなっている。クラスが高いほど高等な技術を学べたり、待遇が良かったりする。
「夾也なら上位クラスだと思ったんだけどな」
「そういう義朝はさ、何クラスなんだよ?」
「俺はお前と違って上位クラス……と言いたいところだが、奇遇なことに俺も下位クラスだ。試験は自信があったんだけどな。騎士適性診断で、ちょっとひっかかっちまってな」
「ともかく下位なら、俺と一緒だな」
予鈴が鳴った。
「やべっ、入学式はじまっちまうぜ、夾也急ごうぜ」
「たしかに、それが賢明だな!」
俺達は急いで体育館に向かった。
体育館につくと、生徒がクラス毎に出席番号順に並んでいて、俺と義朝はそれぞれの座るべき席に向かい椅子に座る。前日緊張であまり眠れなかったので、式が始まってすぐ俺は眠りに落ちてしまった。眠りに落ちたまま式が終わるかと思ったが、意識が覚醒した。懐かしい声で。
「夏陽……」
凛とした声、他者には絶対に負けたくないという思いすら感じられる澄み切った声。その声は俺の意識を覚醒させるには充分なものだった。俺は小声でつぶやく。
「新入生代表って、あいつ1位かよ」
新入生代表の言葉を言い終え、長い金髪をなびかせながら戻ってくる夏陽を俺は見ていた。すると偶然夏陽と目が合う。夏陽は一瞬目を輝かせたように見えたが、そのあとすぐに俺から目を背けた。
義朝は入学式が終わるとすぐに、なんの用事かはわからないが先生から呼び出されて職員室に行ったので、俺は一人で下位クラスに向かった。黒板に貼られた座席表を確認して、俺はとくに周りを見ずに席に座る。
つんつん。
「ん?」
今背中をつつかれながら声をかけられたような気がしたが、気のせいだろう。義朝が職員室に行き、夏陽が上位クラスな以上、この下位クラスには俺の知り合いがいるはずはないのだから。とかなんとか現実逃避している間も背中をペンでつつかれ続けている気がする。疲れているのかなとか考えていると。
「ねえねえ君ってば、聞こえてる? おーい、起きてますかー?」
今のは聞こえた。誰だ? と思い振り返ると。柔らかく膨らんだ茶色の髪を肩まで伸ばした少女がこちらを見ていた。一瞬誰だか分からなかったが……。
「あー! お前はさっきの、お前も東領騎士学校の生徒だったのか。そういえばたしかにこの学校の制服を着てたような気が……」
「お前じゃないよー、私には遠川由良って名前があるんだから! ってそういうことじゃなくて! さっきは財布ありがとね」
※※※
――回想
俺は今朝、一本早い汽車に乗って東領騎士学校へ向かおうとしていた。
汽車に乗る直前、財布を落とす少女を見て財布を拾い渡した。しかし渡した瞬間ドアが閉まり、そのせいで俺は一本早い汽車に乗れなかった。
※※※
その時財布を落としたおっちょこちょいな子が、今俺の目の前でしゃべってる遠川由良って子らしい。
「遠川由良か、由良って呼んでいいか? 俺あまり同級生にさん付けとかで呼ぶの好きじゃないし」
「キミはいきなり馴れ馴れしいなー、別にいいけど。ところでキミのことはなんて呼んだらいい? まだ名前教えてもらってないよ!」
「俺の名前は衛上夾也、夾也でいいよ」
「衛上、夾也……じゃあ夾くんって呼ぶね」
「……はじめてそんな風に呼ばれたかもな。じゃあ、それでいいよ」
「じゃあこれで決まりね、夾くん! よろしくね!」
「おう! よろしく!」
ちょうど俺と由良の自己紹介が終わった頃、義朝が下位クラスに戻ってきて席に座るのが見えた。
そのすぐあとに、担任の先生と思わしき人がドスドスと教室に入ってきた。体格が良くて片目を眼帯で覆ってて、いかにも強そうな感じだ。
「やあ下位クラスの諸君、入学おめでとう! と言いたいところだが、まだ君たち下位クラスの生徒全てが、この学校に本当の意味で入学できたわけではない。君たちには約一時間後に"試しの儀"を受けてもらい、"次元刀"を召喚してもらう。これは年に一回1時間しか行えない特別な儀式で、この時間内に次元刀を召喚できなかった者には……退学してもらう」
下位クラスの生徒はどよめく。しかし尚も担任の厳しい言葉は続く。
「なぜならば、妖魔を斬ることができる唯一の存在である次元刀を召喚できない者は、騎士になる資格なぞ一生ないからだ。そしてこれは余談だが、成績上位者である上位クラスや中位クラスでは"次元刀召喚失敗者"はほとんど出ないが、この下位クラスからは毎年10人ほどが召喚に失敗し退学していく。覚悟するように、以上だ」
楽しい入学式ムードは吹き飛び、下位クラスの生徒全員に緊張が走った。