第5話
「なるほど、たしかに戦闘用というだけあるな」
ほんの少ししか激しく動かしてないが、普通の体(鉄雄本体)とは明らかに『違う』ことがわかった。
100メートルを走れば10秒を軽く切るだろうし、リンゴどころか野球の硬球ですら握りつぶせるだろう。
「これだけの力があれば……何でもできるんじゃないか?」
倒れ伏した犬面人を見ながらボソリと呟く。
その声色は、可憐な少女の口から零れたと思えないほど暗く濁っていた。
常日頃から鉄雄をどうでもいい者とみなして、クラスの一員としてまともに扱おうとしなかったクラスメイトたち。
そのクラスメイト数人を圧倒した犬の怪物。
その怪物を、ただの一撃で戦闘不能に追い込んだ戦闘用義体―ーになった自分。
この少女の体があれば、クラスメイトたちを見返してやることなど造作もない。
圧倒的な『暴力』を目の当たりにした連中は、絶望の表情を浮かべ、さぞやいい声で哭くだろう。
その光景を想像するだけで、顔がだらしなくニヤけてしまう。
「力を手に入れれば人は豹変するって言うけど、今の俺ならそれがよく分かるな」
鉄雄は床に倒れた犬面人に近づき、手刀を作って振りかぶる。
「まずはお前だ。さんざんやってくれた礼をさせてもらうぞ」
―ーキュウウン。
その弱々しい姿に、鉄雄を半死半生にした野獣の威厳は微塵も感じられない。
しかし鉄雄は命乞いをするような犬面人の眼差しを無視し、並の武器より強力な手刀を振り下ろした。
―ーギャウン!
獣の両脚の爪すべてをヘシ折る。
牙はさっきの掌底ですべてボロボロになっているから、これでコイツは無力化できたはずだ。
「なあ、人間の言葉が分かるか?」
脚と顎から血を流し、文字通り負け犬の目をした犬面人に顔を近づける。
「言葉が分からなくても、これで『分かった』ろ? 人間様を襲えばどうなるかって事をな」
言葉と眦に思いきり力を込めて見下してやる。
この可愛い顔ではイマイチ迫力がでないだろうが、それでもこちらの意図は伝わったはずだ。
―ークゥーン、クゥーン。
犬面人は腹を見せ、前脚後脚を曲げるという服従のポーズをとっている。
完全に心を折ってやった。
コイツが獣であるからこそ、自分より格上の生物に対する畏怖には敏感なはず。
爪が再び伸びてくることがあったとしても、この脅しを刻み込まれたコイツは、もう人を襲おうと思わないはずだ。
「さすがに殺すまではしたくないからな」
いかに自分が殺されかけたといえ、それはそれ、これはこれだ。
いや、殺されかけたからこそ、命の重さと尊さは何物にもかえられないということを理解している。
さて、次はどうするか。
「中途半端に終わった『システムの把握』を続けながらも、クラスメイトたちへの復讐計画を練るかな」
もとはと言えば、クラスの連中が俺を探索係に選ばなければ。
そして、幸田たちが俺を置き去りして逃げなければ、死にそうな目に逢うことはなかったんだ。
だから俺には復讐する権利があるし、そのための力もある。
クラスの連中がどんな目に逢おうと、自業自得だろう。
ククク、面白くなってきた。
ヤツらには生まれたことを後悔するぐらいの苦痛と屈辱を与えてやらなければ気が済まない。
真っ先に思いつくのは、公開処刑だ。
俺が犬面人にやられたことを、そっくりそのまま幸田や利根川たちにお返ししてやる。
目を潰し、両耳を落とし、腕を切り落とし……っていうのは可哀想か。
やはり暴力は良くない。
俺自身死ぬかと思ったし、自分がやられてイヤなことは人にやるべきじゃないよな。
うーん、幸田たちへの復讐はひとまずおいといて、クラスのバカ女共だ。
アイツ等ときたら自分は安全なところから動こうとしないくせに、人をこんな危険地帯に送りこみやがって。
いくら許してくれと泣いて懇願しても決して手を緩めず、無慈悲な鉄槌を振り下ろすべきだ。
その為の手段として……やはり女が相手なら、レイプが定番だな。
例えば付き合ってる男がいる女を、彼氏の目の前でさんざん犯して白濁液まみれにするのはどうだ?
ああいや、でも俺、エロゲーやエロマンガでも、強姦モノとか嫌いなんだよな。
特に寝取り(寝取られ)モノなんて、男に感情移入して鬱になるし。
やっぱエッチは和姦に限るよな。
いやまあ、もちろんエッチできる相手なんていない。
それ以前に、今の俺にはアレがついてないんだよな……。
胸が大きく真下が見えないが、ぺたりとしている股間部分を思いだして鉛のようなため息をつく。
「こうして考えると復讐って意外と難しいな」
大胆なことを思いついても、それを実行に移せるほどの胆力もない。
つくづく自分は小物だと思い知らされる。
「こんなんだから、クラスの連中からぞんざいな扱いを受けるのかな……」
いままでの扱いを思い出したら、また悲しくなってきた。
気付けば視界が滲み、涙がとめどなく溢れてくる。
「ああくそっ、なんでこんな……女の子って涙腺が緩すぎだろ……」
「大丈夫? このハンカチを使っていいわよ」
「あ、ありがとうございます……ぐすっ……ひっく……」
「気にしないで。それより落ち着いてからでいいから、あんたに聞きたいことがあるんだけどいい?」
「はい、俺に答えれることでいいなら……え?」
泣いている間に近づいてきたんだろうが、ダンジョンの真っただ中で女の子と遭遇するなんて思いもしなかったので驚いてしまう。
ウチの高校のセーラー服をきて、髪の毛をポニーテールに結わえた活発的そうな少女だ。
よくよく見るとこの人、見覚えがあるな。
えーと、たしか……。
「八月一日……先輩?」
「え? なんてあたしの名字を知ってるの?」
先輩と同じ学校の生徒だからです、と言いかけて口をつぐむ。
向こうはこちらの事など覚えてもいないだろうが、鉄雄にしてみれば、彼女はキレ芸で自分を陥れて『こうなった』原因を作ったうちの1人だ。
いわばクラスメイト同様、復讐すべき対象であると言える。
しかし、いざ向き合ってみればどう接していいか分からない、というのが本音だ。
「何であたしの名前を……ああ、分かった。あんた、榛名女学院の一年生ね」
ちなみに榛名女学院というのは、鉄雄たちが通う金剛高校と同じ学区にある、県内でも有数のお嬢様学校だ。
何故その学校名がここで出てくるのか。
「あたしのことを、榛名女学院に通っている双子の姉と勘違いしたんでしょ? アイツはそっちで生徒会長をやってるから有名でしょうしね」
「いや、あの……」
「あたしはアイツの双子の妹で、金剛高校に通ってる八月一日楓よ」
鉄雄が黙ってるのをいいことに、勘違いした楓がマシンガンのようにまくしたてる。
「ウチの高校の天文部が、『望遠鏡でまだら模様の空間を観察していたら、遠くに榛名女学院が見えた』って言ってから、もしかしたらと思ったけど……」
「え、ちょ……ちょっと待ってください! この異空間に放り込まれたのって、俺たちの高校だけじゃなかったんですか!?」
「きゃ……ちょっと、痛い痛い! あんたどんな腕力してんのよ!?」
「あ、す、すいません」
慌てて彼女の両肩を掴んでいた腕を放す。
危ない危ない。義体の腕力だと、普通の女の子なんて簡単に潰すことができるからな。
力加減には気を付けないといけない。
「謝罪は受け入れるけど、気を付けてね」
「本当にすいませんでした。それで話の続きですけど……」
「ええと、そうそう。少なくとも確認できてるのは、あたしの通う金剛高校、あんたの通う榛名女学院――」
未だ楓は鉄雄のことを榛名女学院の生徒と勘違いしているが、その誤解はあえて訂正しない。
「それに比叡中学校と、ヤンキー高で有名な霧島義塾が『こっちの世界』に飛ばされてるみたいね」
「どれも俺たちの街の学校ですね」
最初は、自分たちの高校(金剛高校)だけが異世界にトリップしたと思っていたが、どうにも違うらしい。
だとすると、仮説だがこのダンジョンの『入口』は複数あるのではないだろうか?
金剛高校、比叡中学、榛名女学院、霧島義塾。
それぞれの学校にダンジョンへの入り口があって、この【狭間の牢獄】を進んでいるうちに合流する仕組みになっているのではないだろうか?
楓も同じような予測を立てたからこそ、鉄雄のことを榛名女学院の生徒と勘違いしたのだろうし、見知らぬ少女がダンジョン内にいることに疑問を抱かなかったのだろう。
「それにしてもあんた」
と、楓。
「あたしのことをあの女(榛名女学院の生徒会長)と勘違いしてたけど、そんなに似てる?」
「ええと、それは……」
楓の姉のことなんて当然知らないから答えようもない。
……いや待て。さっきの楓の口ぶりなら、間違えられるくらいには似ているはずだ。
「え、ええ。ソ、ソックリデスヨ」
「ふーん、そう。あんたはそう思ってるのね」
楓の機嫌が悪くなっている気がする。
もしかして、決定的な何かを間違えたのだろうか?
「それってイヤミ? ねえ、イヤミなのよね? そうよね?」
貧乳の楓が、ジトっとした視線をこちらの巨乳に向けてくる。
「たしかにあたしとアイツは双子だけあって、顔も声も体の大きさも瓜二つかもしれないけど、決定的に違うところがあるでしょ? あるわよね? ねえ?」
「え、ええと……胸の大きさ……デス……か?」
楓は嫉妬としか言いようのない感情をダイレクトにぶつけてくるので、すごく分かり易い。
だが、正直に答えたのは失敗だった。
「ぴんぽーん。正解賞として、あんたの胸を揉んであげるわ」
「え? え? え?」
目が据わった楓の動きは素早かった。
ともすれば犬面人よりも俊敏なのではないか? と思う速度で鉄雄の背後に回る。
「なんで! 同じ双子なのにあたしの胸はぺったんこでアイツはばいんばいんなのよ! ムカつくわねっ! このっ、このっ!」
「や、やめてください! なんでお姉さんがムカつくからって……あっ……俺の胸を……んうっ……揉むんですか……やぁっ……」
「それはあんたのおっぱいが大きいからよ!」
「理由になってねえええええええええええ!」
そんなやりとりをしているから、2人とも気づかなかった。
―ー彼女たちの背後に、折られた爪を瞬時に伸ばした犬面人が迫っていたことに。
今回登場した各学校の名前の元ネタは、お察しのとおりです。
ようやく登場したヒロインその1の楓。
今回は彼女がどういった性格かと、鉄雄の掘り下げをしてみたのですが、上手く表現できたか不安です。
ともあれ、次回で楓がダンジョンに入ってきた目的に触れます。