第45話
単純にブチ切れて敵に突進する葉月と、冷静で周りが見えていながらあえて戦いという選択肢を選ぶエリカ。
真に脳筋と言うべきはどっちなんだろう。
――ギチチ……ギチ。
「毒液にさえ気を付ければ、大ムカデさんはエリカの敵じゃないの。だけど来たるべき赤毛牛との戦いに備えて、エリカの"力"の糧になるの」
赤毛牛とかホルスタインって、間違いなく俺のことだよな。
恐らくオッパイが大きいことを揶揄してんだろう……などと考えてる間にエリカが動いた。
真正面から突貫するかと思われたエリカだが、壁を蹴り、三角飛びの要領で高さ4メートルほどの天井付近まで飛び上がる。
さらにダンジョンの天井を蹴りつけ、無防備なムカデの背中に急降下。
「汚物を撒き散らすのっ!」
アイの手刀ですらほとんど傷つかなかった硬い甲殻を、身長140台半ばの童女もどきの斧が軽々と破壊する。
――アアアアァァァ。
やはり大ムカデの生命力は並ではない。
胴体を真っ二つに切断されたに関わらず、巨大節足虫が暴れに暴れ、その上半身がこちらへ向かってくる。
「やばっ!」
鉄雄はとっさに腰に差した日本刀(彗星)を抜こうとするが、遠近感の狂った片目では鍔を上手く握れない。
ようやく鍔を握っても、片腕では鞘を抑えれず、抜刀が巧くできない。
「くっ、このっ!」
戸惑う鉄雄の前に、大ムカデの顔面に備わった鋭い顎肢が迫る。
無防備な鉄雄の胴体が、ハサミのような顎肢に挟まれる寸前……。
「なの!」
十数メートル先にいるエリカから放たれた斧が高速で飛来。
大ムカデの頭部を貫通し、鉄雄の鼻先をかすめるように通過して壁へと突き刺さる。
「一体どれほどの腕力があれば、こんな芸当ができるってんだよ」
一歩間違えれば自分の顔面がグシャグシャになっていたという事実に、背筋が寒くなる。
【葉鐘鉄雄 レベルアップ 10→11 ボーナスAP2】 所持AP:2
【皇エリカ レベルアップ 17→18 ボーナスAP2】 所持AP:37
ずっと戦い続けていたと言うだけあって、エリカのレベルは異常なほど高い。
レベル差補正が大きいということもあるが、それを差し引いてもタブレットに表示されたエリカのステータスは"力"の数値がズバ抜けている。
「これで【斧】技能なんて覚えられた日には、アイでも"今のままじゃ"勝ち目がないぞ」
こちらもレベルアップして能力差を詰めるまでは、手のつけられようがない。コイツに何かしら弱点はないかと思った矢先……。
「ふああああ。いっぱい暴れたからもうおねむなの。エリカは大人だから、ちゃんと寝ることで"びぼう"に気を遣うの……zzzzzzz」
エリカがこてんと横になり、数秒と経たずに安らかな寝息を奏で始めた。
「いくら何でもフリーダムすぎだろ!?」
いやまあ、たしかに夜の11時を過ぎた現在、睡魔に襲われるのはやむなしだろう。
さっきまで元気いっぱいだったエリカが、本物の子供のように――電池が切れたみたいに突然眠りはじめたのも、ある意味彼女らしく微笑ましいとさえ言える。
だけど、時と場所を選んでほしい。
「おい、起きろ! こんなところで寝たら二度と目を覚ませなくなるぞ!」
鉄雄は言いながら、昔からコイツはこんなんだったな、ということを唐突に思い出した。
とにかく一度寝たら、"MP切れになったかのように"目を覚まさないのだ。
「ったく、たしかに戦闘力という意味じゃ申し分ないけど、"隙"が多いって言うか雑すぎるだろ。こんなのに一人で探索させるなよ」
「……こちらの監督不行き届き。申し訳ない」
「うおわああっ!?」
唐突に背後から話しかけられ、驚きのあまりタブレットを取り落としてしまう。
エリカに引きずられはじめてから地図を見ていなかったから、その間に接近されたのだろう。
……って、この声は!
「先輩! 無事だったんですか!? 良かった……会いたかった!」
振り向いた先に居たのは、猫のような大きな瞳が印象的なポニーテールの美少女だった。
感極まった鉄雄は、右腕一本で彼女を抱きしめる。
……あれ? 抱き心地が昨日と違うような?
密着している胸にかかる圧力というか弾力に差がある気がする。
具体的に言うと、おっぱいが大きい女の子を抱いているような感触だ。
違和感と言うには明らかな差異に鉄雄が首をひねっていたところ、彼女の方もこちらに腕を回し、臀部をさわさわと撫ではじめた。
「うわひゃいっ!?」
「……兄ちゃん、いいケツしてるなうひひひひ」
棒読みのように抑揚のない声。
感情を一切なくしたようなその顔も、よくよく見ると楓そのものでありながら楓ではないことがハッキリと理解できる。
さらに彼女の服装もエリカと同じ榛名女学院のもので、胸元は楓では絶対ありえない程に膨らんでいる。
「まさか……先輩……ええと、楓さんのお姉さんの桜……さん?」
「……そう」
「し、失礼しました!」
鉄雄は彼女から慌てて離れ、床に頭を擦りつけて土下座をする。
いかに双子ゆえの人違いだったと言え、彼女からしてみれば見ず知らずの男に抱きつかれた訳だから、しっかりと謝罪はしなければいけない。
「……ん、許す。その代わりケツをもっと触らせて」
「いや、あの……」
さわさわ。
さわさわさわさわ。
「……私は巨乳だけが好きな愚妹と違い、女の子の『お尻』でも、男の『ケツ』でもいける違いの分かる女」
――ああ、やっぱりこの人は先輩のお姉さんだ。
顔とか声とか以前に、根本的な部分で理解する鉄雄であった。
*
ひとしきり鉄雄の"ケツ"を堪能した桜は、床に転がっていた鉄雄のタブレットを拾い、手渡してくる。
「ありがとうございます。ええと、俺の名前は……」
「……エリカの幼馴染で、テッちゃんこと葉鐘鉄雄」
こくりと頷く鉄雄。
どうやらこの寝こけているツインテールから、前もってこちらの話を聞いていたようだ。
「……それでは、改めて話を色々聞かせてもらう」
「え? うわっ!?」
正対していた楓が鉄雄の背後に回り、草刈りなどで使う鎌をこちらの首にあててくる。
その動きはゆったりとしたもので、片目しかない鉄雄でもしっかり見えていたにも関わらず、全く反応できなかった。
「……愚妹と間違えて私に抱きついたということは、鉄雄は愚妹と何かしらの関係にあるということ……洗いざらい話して」
「分かりました。その代わり条件二つがあります」
明らかな"敵意"を放ってくる桜に、鉄雄は一歩も怯まずに言う。
「まず一つは、俺が説明するのは桜さんにだけです。そこの通路の影に潜んでいる人たちは遠慮してもらいます」
恐らく桜の連れなのだろうが、どんなに上手く隠れていても【電探】は誤魔化せない。
先ほど返してもらった鉄雄のタブレットには、人間の存在を表す"緑"の光点が2つ、そこの角の位置に表示されている。
「……分かった。彼女たちが聞き耳を立てないよう、少し遠ざける」
圧倒的優位にいるにも関わらず、桜は素直に条件を受け入れてくれた。
彼女が顎で合図すると、タブレット画面で緑の点が少し遠ざかるのが見えた。
「……もう一つの条件は?」
「楓先輩のことを愚妹と言うのは止めてください。失礼を承知で言わせてもらいますが――腹が立ちます」
「……分かった」
桜の害意が明らかに和らいだ。
桜の態度を鑑みるに、彼女は妹の楓を大事に思っていることは間違いない。
これなら桜を信用し、エリカのときより詳細な説明をした方がいいかもしれない。
鉄雄は楓ともども金剛高校を追い出されたことから始め、比叡中学校の世話になっていること、罠のせいで楓たちとはぐれ、地下2階を一人で歩いているときにエリカを"保護"したことまでを説明。
その最中、【戦闘用義体♀】を持っていることや楓と共に有賀を殺めたこと、さらに楓と恋仲であることもすべて正直に告白した。
*
「……そう。愚ま……楓が世話になった」
一通り経緯報告を受けた桜は、拘束を解いて頭を下げてきた。
どうやらこちらの言うことを100%信じてくれたようだ。
「……人が嘘をつくときは、微細な挙動がお尻の筋肉に現れる。鉄雄にはそれがなかった」
真偽のほどは定かではないが、それで話をしてる間、ずっとこちらの尻を触っていたのか。
「……私は基本、他人を信用しない。けど"楓が選んだ男"なら話は別。それにすべてを包み隠さず"誠実に"語ってくれたのも好感度が高い」
そして桜は再び頭を下げる。
「……あの子は気丈そうに見えてメンタルが弱いから、しっかりと支えてやってほしい」
「はい!」
楓の肉親に認めてもらえたという事実は、思った以上に鉄雄の心を高揚させてくれる。
それにしても、もともとそういう精神構造なのか、あるいはこういった非常時だからか。
桜は鉄雄たちが"禁忌"を犯したことに追求してこない。
それどころか……。
「……恐らく私がその場にいても、有賀という男を"処刑"していた。程度の差こそあれ、好き勝手に振る舞って団体の和を乱す"バカ"はどこの学校にもいる」
と、グースカいびきをかくエリカを睥睨する桜。
「……鉄雄の恋人として、自分自身を身代わりに立てたのはいいアイディア。おかげで楓にとばっちりが行かずに済む」
「エリカが俺に変な執着心を抱いているみたいで、申し訳ありません」
「……悪いのは鉄雄ではなくエリカだから気にしなくていい。それでも悪いと思うのなら、今度アイの"お尻"を触らせてくれればそれでいい」
「ええと、鉄雄=アイというのは、桜さんが先輩のお姉さんだから明かしたのであって、できればこのことはオフレコで……」
「……分かってる。榛名女学院の生徒たち――特にエリカには口外しないと約束する。では改めて……」
桜は淡々と続ける。
「……門限を過ぎても帰ってこないばかりか、勝手に地下2階の探索を始めた"バカ"のせいで、私も色々計算を狂わされた」
「あー、お察しします」
狭間の牢獄の地図(完全版)を見た限り、榛名女学院の配置(スタート地点)なら、ボスや一方通行が無いまま地下2階まで行くことができる。
恐らくエリカは深く考えることなく、階段を下りてここまで来たのだろう。
「……本来なら拠点で指示に集中すべき私が、エリカ捜索のために【帰還】を買わざるを得なかった。便利すぎる技能を手にしたせいで、今後は私も探索班に回らざるを得ない」
「え? 桜さんが【帰還】を買ってたんですか!?」




