第44話
――メキッ。
「あああああ、俺の携帯がぁぁぁぁぁ!」
いくら異界で電波が通じてないといえ、カメラ機能を使った撮影だとか、さっきみたいにメモ機能を使うとか、色々用途はあったのに。
「安心するの。赤毛のロケットおっぱいの顔は、敵としてしっかりエリカの脳内に刻み込んだの」
「いや……そういうことを言ってるんじゃなくて……はあ、もういいや」
何とかこちらの嘘を信じてくれたようだし、これ以上は望むまい。
あの状態だと『俺に彼女なんていない』と言っても絶対信じてくれず、徹底的に追求されて楓が恋人だとバレたろうし。
それくらいなら、本人公認でアイを偽の彼女に仕立てあげた方がよっぽどマシだ。
「ふふ、ふふふ。テッちゃんを寝取った罪は万死に値するの。
この斧で赤毛ホルスタインを十七分割したあげく、悪魔超人にそれぞれの肉片を持たせてやるの。
ムダに大きいおっぱいだけはエリカの鞄に入れて、常に持ち歩いてやるの」
「落ち着け、色々混ざってる!」
エリカの前では絶対にアイにならないようにしよう……鉄雄はそう心に誓った。
*
ある程度安定を取り戻したエリカは、ようやく鉄雄の右目と左腕が無い事に気付き、驚きの声をあげる。
対して鉄雄は単純に、コボルトにやられたとだけ説明。
同級生にハメられただの見捨てられてだののくだりは、この場で言うとややこしくなると思って省略した。
その際クレイジーロリが、
『いいなあ。エリカもテッちゃんの腕が欲しいの。テッちゃんの右手を使って行う自慰行為は、気持ちよさそうなの』
と、実に猟奇的かつ変態的なことをおっしゃってくれたが……冗談だよ……な?
「……とまあ、そんな訳で楓先輩――ええと、俺と同じ高校の仲間なんだが――彼女の【欠損補填】を使えば元に戻るから、あまり気にしないでくれ」
「楓ちゃんって、さっきの写真で赤毛牛と腕を組んでいた、桜ちゃんにそっくりな女の子なの?」
「桜ちゃん? そっくり? ああ、先輩の双子のお姉さんか。榛名女学院に通ってるって言ってたっけな」
人の縁というものは、どこで繋がっているか本当に分からないものだ。
などと鉄雄がしみじみとしていたところ、エリカが唐突にうめき声をあげて膝をついた。
「どうした、おい!」
「ぐっ……さっきムカデさんの液体を浴びてから、体の調子が悪いの」
どうやら彼女は毒をもらって体力が減ったから、こんなとこで倒れていたようだ。
先ほどまとめ買いをした赤い部屋で、"こんなこともあろうかと"【回復1】ともども買った【解毒】を使う機会がさっそくやって来たか。
――鉄雄AP150→【回復1】AP10と【解毒】AP10を購入→残AP130――
「とりあえず毒を消してやるから俺とパーティを組むぞ。ほら、タブレットは出せるか?」
「なの」
タブレット同士の赤外線通信を使ってパーティを組む。
片手で10インチサイズのタブレットは扱い易いといい難いが、異様なほど軽いので持ちづらさだけに注意する。
その際ステータス画面を見ると、思った通りエリカの名前の横には毒の表示がついていた。
「それじゃあ【解毒】っと」
「ふおぉぉぉ。すごいの、テッちゃん、感謝するの!」
……こうして無邪気な笑顔を見せている分には、見た目が幼すぎるけど普通の可愛い女の子なんだけどなあ。
ちなみに、鉄雄の時のみ使える技能(♂マーク)と、アイの時のみ使える技能(♀マーク)が同時に表示されるのは鉄雄のタブレットだけだ。
エリカのタブレットには、鉄雄として使える技能しか表示されない。
――それでも【戦闘用義体♀】は表示されるんだよなあ。
『鉄雄からアイに肉体を切り替える』という観点から、【戦闘用義体♀】は鉄雄でも使える技能として認識される。
だから今まで晃や塔子に聞かれたように『テッちゃんの技能にある【戦闘用義体♀】って何なの?』と追求されたらどう誤魔化すべきか。
「……あれ?」
「テッちゃん。エリカのタブレットをじっと覗きこんでどうしたの?」
「ああ、いや、何でもない」
――エリカのタブレットに【戦闘用義体♀】が表示されてない、だと?
たしかに鉄雄=アイという正体を隠したい場合はこのうえなく便利だし、『こういう仕様にしてほしい』と望んだこともある。
しかし、こうも都合よくことが運ぶのは逆に気味が悪い。
あえてスルーしていたが、武器技能に【丸太】などというモノが追加されている時点で、こちらの要望がフィードバックされているとしか思えない。
「どうせこっちの意見を反映するのなら、皆で元の世界に戻れる技能を1APで追加してほしいもんだよな」
*
鉄雄はさらにエリカといくらか話をし、彼女を榛名女学院まで送り届けることにした。
エリカが鉄雄と別れることを断固拒否したうえ、鉄雄自身も彼女が危なっかしくて放置できなかったから。
さらに疲労が溜まった状態で比叡中学校まで長い道のりを歩くより、距離的に近い榛名女学院に行って休ませてもらった方が堅実だと思ったからだ。
女子校に男が足を踏み入れさせてくれるかどうかは分からないが、そこはエリカにうまく口を利いて貰おう。
とにかくこっちとしては、モンスターに襲われない場所であれば、校庭に野宿でも構わないのだから。
「野宿なんてさせないの。テッちゃんはエリカの部屋に永遠に保護してあげるの」
「……ッ!」
「なあんて冗談なの。いくらエリカでも、そこまで非常識じゃないの」
「おいおい、驚かすなよ、はは、ははは」
一瞬だけ感じたエリカの"本気"は気のせいだったのだろう。
たしかにいまのエリカからは、そういう"ヤる気"が見受けられない。
(ただ閉じ込めても逃げられるだけなの。エリカの部屋の窓に鉄格子をはめ、床、天井、壁に鉄板を仕込んだうえ、"邪魔者"を排除してからゆっくりテッちゃんを飼いならすの)
「ん、今なんか言ったか?」
「なの?」
不信感丸出しのエリカであったが、鉄雄はそれ以上追及しなかった。
このとき鉄雄の頭の中は、別のことで占められていたからだ。
――先輩のことは気がかりだけど、生きて再会するって『約束』したから、向こうのことを信じよう。
鉄雄の"地図"で見る限り、楓たちが通った男子禁制のルートは、行き止まりが解除されて先に進めるようになってすぐのところに上り階段がある。
それを使えば隠し通路から比叡中学校の近くに出られるようになっているから、ダンジョン内で迷ったり詰んだりすることがないのは"分かっている"。
と、そんなわけで苦手ではあるものの、見捨てられない程度には情を抱いている幼馴染様だ。
エリカのステータスを見る限り、レベルや能力値がいろいろと"はっちゃけてる"くせに、技能を1個も買っていないなど非常識にもほどがある。
事実、鉄雄が運よく発見しなければ、エリカはこのまま毒で息絶えていた。
「地図すら買わずに、地下2階をソロで探索してるなんておかしいだろ」
こちらのことはとりあえず棚に上げる。
鉄雄の場合パーティからはぐれたのが理由だが、話を聞くかぎり、エリカは終始ソロで活動で技能を全く買ってないのだ。
「今日は戦いに夢中になってたから、技能を買うことをすっかり忘れてたの。と言うか、斧のない技能なんて興味ないの」
あれ?
そう言えば、【斧】の技能もさっきのバージョンアップで追加されてなかったか?
「それに、地図が無くても迷子になることはないの。エリカには帰巣本能があるから、どこにいても学校(榛名女学院)に帰ることができるの」
「お前、本当に人間かよ!?」
鉄雄は呆れながら、タブレット画面を凝視しながら先頭を歩く。
「テッちゃん、そっちは遠回りなの。ウチの学校(榛名女学院)に行くなら、こっちを右に曲がった方が早いの」
本当に帰巣本能が備わっているのか、単に道を記憶しているだけかは知らないが、エリカはたしかに帰り道を把握しているようだ。
「ああ。たしかにこっちの方がいくらか遠回りになるけど、敵に遭遇しないで済むんだよ」
「?」
鉄雄は手にしたタブレット画面をエリカに見せる。
"分かる者"なら、そこに表示された画像がどれだけ反則じみているか理解しただろう。
AP5で買う地図は所有者が通過することで地図に表示され、未踏破の部分は黒表示というオートマッピング形式になっている。
しかし鉄雄の地図は、踏破未踏破に関わらず、通路の全てが表示されているのだ。
「それだけじゃないぞ。地図に赤い点が複数表示されてるだろ? 何と、半径500メートルの敵が全てコレに表示されてるんだ」
これもまた、他人の地図には見られない特徴だ。
「ねえねえ、そんなことより、何で遠回りしてるの?」
「俺の話聞いてた!? コレがあればダンジョンで迷わずにどこにでも行けるし、敵に出会わずに探索できるんだよ!」
*
先ほど赤い部屋で技能を買い漁っていた際、罠関係の次に鉄雄が目をつけたのが、<探索系>にカテゴライズされた他の技能だった。
それ以外のカテゴリーに属する技能――例えば、<生活生産系>の【武器防具召喚】などは名前から効果が予測できる。
しかし、名前から効果が想像できる技能には、ダンジョンの中に一人取り残された無力な少年が、無事帰還するために必要な技能があると思えない。
だから鉄雄としては、未知の技能に賭けるしかなかった。
鉄雄残りAP130
地図(狭間の牢獄) AP5
照射 AP5
出口表示 AP5
入口表示 AP5
【購入】罠感知 AP10
【購入】罠感知2 AP20
【購入】罠解除 AP30
解析 AP50
全表示 AP50
電探 AP70
まずAP5で【狭間の牢獄の地図】を購入――これにより、"鉄雄"がこれまで歩いてきた道が表示された。
しかし、引き返すことはできないのだから、これだけではどこを目指していいか当然分からない。
次に【入口表示】を購入――これはハズレ技能だった。
単にマップの地下1階、比叡中学校の位置に黄色い光点がついただけだったのだから。
この時点で残るAPは120。
鉄雄はもういっそ『APが高い方を買っちまえ』と【電探】と【全表示】を購入して残APが0に。
すると、鉄雄の地図の未踏破部分がすべて表示された。
『おおおおお、やった。大当たりだ!』
【全表示】というのはマップ全ての"塗りつぶし"のようだ。
ご丁寧に上り階段、下り階段のアイコンも表示され、一方通行は矢印で。男子禁制、女子禁制ゾーンはそれぞれ青と赤で塗られている。
さらに地図には赤い光点が複数灯っているが、これは……。
『もしかしなくても敵の配置だよな、コレ?』
そう言えば、【電探】というのはレーダーのことだったか。
この技能が敵との距離や方向を明らかにしているのだろう。
『ったく、これらの技能を最初から買ってれば、こんな苦労しなくて済んだのにな』
とは言え、仲間とはぐれる前の自分しかり、仲間しかり、そして買い漁りを行っていた謎の人物しかり。
技能を買う順番にはどうしても優先順位がある。
少ないAPで買える物として、学校単位といえ孤立無援となった異界で生活基盤を整えるための、食料品や生活品の召喚。
敵と戦ったり、戦いで負ったケガを治すための戦闘および回復技能。
ダンジョンを探索するための地図――など、これらは真っ先に買うべきものだ。
さらに大量のAPを手にしてしまうと、人間の目は"レアもの"に向いてしまう。
<特殊系>というカテゴライズや、必要APから推測される希少性。
加えて、貴重そうな物ほど『早く買わなければ他人に買われてしまう』という焦燥感が、人の意識を"中堅どころ"から背けてしまう。
『実際、俺だってこんなことにならなきゃ【電探】や【全表示】を買おうとしてたかどうか』
【電探】は希少度が1。
【全表示】は希少度が2。
希少度は、その技能を買える上限人数だ。
つまり、【電探】の能力は鉄雄以外に誰も使うことができないし、【全表示】の方も、買うことができるのは数千人のうち残り一人だけだ。
どっちも希少度の数字と効果から考えれば、安い買い物をしたと言わざるを得ない。
結果論であるが、【帰還】が売り切れだったことに感謝したいくらいの性能なのだから。
*
と、未知のダンジョンを進むにあたり、考えようによっては戦闘用義体より反則じみている【電探】と【全表示】なのだが……。
「俺の話聞いてた!? コレがあればダンジョンで迷わずにどこにでも行けるし、敵に出会わずに移動できるんだよ!」
「よく分かったの。つまり敵さんと戦うためには地図の赤いところに向かえばいいの。学校までの近道だし、一石二鳥なの」
何故そうなる!?
しかし、エリカは鉄雄の一本しかない腕をガシッと掴み、赤い光点のポイントを目指してズンズン進んでいく。
「ダメだコイツ、根本的にズレてやがる!」
鉄雄はズルズルと引きずられながら、
『そういえばコイツ、昔っから人間相手のケンカとか野犬狩りとか、とにかく何かと戦うのが好きな奴だったよな』
ということを思い出していた。




