第42話
結論から言えば、レバーを下ろしても何も起こらなかった。
だが、あくまでも鉄雄周辺での話。
知覚できないほど遠くで何かが変化しているという展開は、RPGなどでは決して珍しくはない。
敵がいきなり沸いていた、という可能性も考慮して慎重になりつつ、鉄雄は来た道を引き返す。
*
「……途中に何の変化も見られないまま、一方通行の壁まで戻ってきちまったな」
いまもこの壁の向こうには、楓たちがいるのだろう。
『行ってきます』(キリッ)――などと旅立ってすぐ、まるで出戻りのように顔を見せるのはどうにもバツが悪い。
けど、こっち(青通路)側に変化が見られないとしたら、向こう側(赤通路)の方としか思えないんだよなあ。
と、鉄雄はレバーを下ろした経緯と共に、自分の予測を壁に向かって伝えてみる。
赤い光を放つ通路の方は、罠の警告が2回――すなわち罠は2つということだ。
先ほど体験したパーティ強制離脱と、もう1つはこちらと真逆、つまり男子禁制という仕掛けなのは想像に難くない。
一往復したこともあって、向こうのメンバー(楓、塔子、葉月プラス1)なら、再度赤い通路の探索もできるはずだ。
「今度は、こっちが先輩たちを信じて待つしか……って、痛っ!」
その場に座り込もうとしたところまではよかったが、いつも通りに正座を崩して座る――ぺったんこ座りをしようとしたところ、お尻が床につかないうえ、ひざ裏や股関節に痛みが走った。
「あー、そっか。女の子の体じゃ楽々できたことでも、男の体じゃそうはいかなんだよな」
むしろ、無意識のうちに女の子としての行動に馴染んでいた自分自身に気付いて、若干気落ちしてしまう。
そんな具合に待つこと十数分。
青い通路の先の方で、何がか動く音がした。
「どうやら先輩たちも上手くやってくれたみたいだな」
確信はあったものの、事実としてこちらの声なり姿なりが無事向こうに伝わっていたことに一安心する。
「よしっと、それじゃ、再びこっちが気合を入れて行くか」
*
さきほど行き止まりだったレバーのある壁までたどり着くと、予想どおりの展開が待ち受けていた。
壁の一部が隠し通路のようにせり上がり、先へ進む道が開けている。
「まだ青い通路が続くみたいだな」
鉄雄は幅4メートルほどの通路を歩き、やがてT字路へ差し掛かった。
「んー、どっちが正解なんて分からないし、とりあえず左に行ってみるか」
T字路の先は、両方ともすぐに90度に曲がっているため、どっちも何があるか進んでみないと分からない。
だから勘を頼りに左に曲がり、さらに進んで角を曲がろうとしたところで……。
――ヴルルルルルル。
「うおおおおおっ!?」
獣臭さや荒い呼吸に気付いたときには、コボルトの凶爪がすでに目の前に迫っていた。
「待ち伏せかよ!?」
スウェーバックすることで、顔面を狙って突き上げるように放たれたコボルトの爪から身を守る。
「うわっ、とっとととと……」
――グルアアアァァァァ!
右、左、左、右。
鉄雄はコボルトの連続攻撃を前にたたらを踏む。
いまのレベルならコボルトの速度はさして脅威ではないが、死角(失った右目)の方からの攻撃は、見えづらく避けるのに一苦労だ。
逆に左側から攻撃されることに対しても、左腕が無いために腕を使ってガードや受け流しができない。
「んのおっ、いつまでも調子にのるな!」
――ギャンッ!
アイのときは一撃必殺だった手刀も、力や速度、鋭さが劣る鉄雄では単なるチョップにしかならない。
とは言え、まったく効かないわけでもなく、コボルトの動きを鈍らせるぐらいの効果はある。
「このっ、このっ! うおっと、くらえっ、当たるかよっ! くたばれっ!」
コボルトを殴り、蹴り、その合間に噛みつかれ、爪で裂傷を負い。
そんな泥仕合のような勝負に決着がついたのは、戦闘を開始して5分後のことだった。
「……ゼェ、ハァ。レベル10をナメんなよ、クソが」
疲れた。
大きな傷こそ負わなかったものの、とにかく疲れた。
このまま座り込みたいが、二度と立ち上がる気力が無くなって、休んでる間にリポップしたコボルトに殺されそうだ。
鉄雄は立ったまま前かがみなって膝に手を置き、呼吸を整える。
やがて動ける程度に回復した後、ゆっくりと進み始めたが、すぐに行き止まりに突き当たってしまった。
「こっちの道はハズレだったか」
先ほどのT字路に引き換えし、今度は右側を選択。
また通路の物陰から襲われることを十分に警戒して角を曲がるが、今度は何事もなく先に進むことができた。
――そのまま百数十メートル。
「またかよ……」
うんざりとする鉄雄の前に、再びT字路が立ちはだかった。
それぞれの先は、例によって進んでみるまで分からないような造りになっている。
「もしかしてコレ、ハズレなら敵に襲われたあげく行き止まり。当たりなら敵がいなくて先に進めるとかじゃないだろうな?」
もしそうだとしたら、一体あと何回、この二択を繰り返せばいいのか。
想像しただけで心が折れそうになる。
「こんなの無理じゃないか……いやいや、弱音を吐くな、俺」
何があっても絶対に生きて楓のところに帰ってくる、と彼女に約束したじゃないか。
「近づいてみるまで正解のルートかどうか分からないんだから、戦闘になってもいいように気を引き締めていこう」
*
「うおっしゃあああああ! やったあああああああああああ!」
あれから3時間。
鉄雄は身も心もボロボロになりながらも、辿りついた"赤い扉の部屋"で歓喜の雄叫びをあげていた。
「途中から3分岐で外れルートが2つに増えたときはどうしようかと思ったが、出てくる敵が全部コボルトだったのが救いだったな」
言って、壁のタイマーを見やる。
この部屋に滞在できる時間は10分。
技能を買うには十分すぎる。
「唯一の難点は、未だアイになれないことなんだよな」
あれからずっと青い通路が続いており、このセーフティルームもその影響下にある。
そのため、【義体管理アプリケーション】は効果を発揮してくれない。
とどのつまり、この部屋で買う技能はアイではなく、鉄雄の肉体に付随するということだ。
「けど、この赤部屋を逃したら次のチャンスがあるか分からないし、サクッと【帰還】を買って先輩たちと合流するか」
鉄雄は胸元に手を置き、念じることで体内からタブレットを取り出す。
すでに慣れっこになってしまったが、本当にどういう仕組みになってるのか。
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技能取得アプリケーション Ver1.02
※バージョンアップにより、新たな技能が追加される場合があります。
※今回のバージョンアップで予定していた戦闘技術系・ステータス強化系については不具合が見つかったため、導入を見送らせていただきます。
葉鐘鉄雄
性別:♂
♂♀:レベル:10
♂ :HP:17
♂ :MP:17
♂ :力 :12
♂ :速さ:12
♂ :耐久:11
♂ :魔力:11
♂♀:所持AP:198
<装備>
武器:なし(属性:素手)(攻撃力補正+3)
防具:ぼろぼろの学生服(防御力補正+0)
※素手の攻撃力はレベル×2/3。
(但し隻腕・隻眼・両耳無しのペナルティで、攻撃力がさらに1/2)
<取得技能>
♂♀:【戦闘用義体♀】希少度:1
♂♀:【生命+1(戦闘用義体♀に付随)】希少度:5
♂♀:【アイテムボックス拡張+1(戦闘用義体♀に付随)】希少度:∞
♀:【食料品召喚】希少度:1,000
♀:【罠感知】希少度:150
♀:【生活必需品召喚】希少度:1,000
♀:【拳1】希少度:500
♀:【地図表示(狭間の牢獄)】希少度:400
<特殊能力>
♀:【戦闘系ステータス150%】希少度1
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相変わらずば絶望的とも思えるほど低いステータスだ。
仲間たちと比べても、これはあまりに酷過ぎる。
秀でた特徴はないものの、すべてが一定以上の水準でまとまっているという、バランスタイプの楓。
そのバランスタイプに、150%の戦闘力補正がかかったアイ。
HPと防御力に特化した塔子。
速さがやたら高い葉月。
そして晃の奴も、MPや魔力の値が他のメンバーより一回り高かったはずだ。
「俺の能力値の低さって、腕や目が片方無いせい……だよな?」
そう思い込まないかぎり、色々と切なすぎる。
「っと、ブルーになってる暇があるならさっさと技能を買うか」
【購入可能技能一覧】
<戦闘技能系>
拳1 AP3
蹴り1 AP3
刀1 AP3
剣1 AP3
短剣1 AP3
槍1 AP3
槌1 AP3
弓1 AP3
丸太1 AP3
斧1 AP3
盾1 AP3
<戦闘魔法系>
火焔1 AP5
轟雷1 AP5
烈風1 AP5
氷華1 AP5
土砕1 AP5
<回復系>
回復1 AP5
範囲回復1 AP20
解毒 AP10
【売り切れ】 AP150
<補助系>
アイテムボックス拡張+1 AP1
<探索系>
地図(狭間の牢獄) AP5
照射 AP5
出口表示 AP5
入口表示 AP5
罠感知 AP10
罠解除 AP30
解析 AP50
全表示 AP50
電探 AP70
【売り切れ】 AP100
<生活生産系>
ろ過1 AP10
加熱1 AP10
冷却1 AP10
布・革加工 AP10
木材加工 AP30
金属加工 AP90
食料品召喚 AP5
生活品召喚 AP5
武器防具召喚 AP50
<特殊系>
生命+1 AP100
義体♂ AP130
(付随:生命+1 アイテムボックス拡張+1)
義体♀ AP130
(付随:生命+1 アイテムボックス拡張+1)
忘却 AP150
【売り切れ】 AP200
【売り切れ】 AP300
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ん?
んん?
んんんんんん?
最初は何がおかしいのか気付かなかった。
ただ、何かがおかしいとしか分からなかった。
驚くべきポイントは2つ。
「バージョンアップして技能が増えてる!」
これだけなら、特定人物のためだけに用意されたような【丸太1】という技能に激しくツッコミを入れるところだが、もう1つの問題があまりに大き過ぎる。
「何で【帰還】が売り切れてるんだよおおおおおお!」
――仲間の誰かが買ったのか?
彼女たちはそれぞれ、最低でもこれだけのAPを持っている。
楓:203
塔子:156
葉月:19
だから買えないことはないだろうが、それをやったら鉄雄が取り残されることが分かっているはずだ。
「あるいは晃が勝手に動いた……は考えられないか」
地下1階の『巨大空間』から戻れなくなった"アイ"たちは、PTを再編成する直前、晃とパーティ状態にあった塔子のタブレットを使って彼に指示を出している。
――もし自分たち全員が地上に戻れなかった場合、晃が中学校の皆をPLして導いてやってくれ、と。
その晃が、こちらの足を引っ張るような【帰還】の購入を行うとは考えられない。
「って、よくよく見ると売り切れてるのは【帰還】だけじゃないぞ!」
【欠損補填】と【戦闘用義体♂】が売り切れている。
「まさか、他の学校の連中が技能を買ってるのか!?」
比叡中学校の主要メンバーは、楓が【欠損補填】を使えることを知っている。
【欠損補填】はたしかに強力な技能だが、1人が習得していれば十分な代物だ。
だから仲間がコレを買うとは思えない。
「榛名女学院に霧島義塾……あるいは丸一日以上たって、ケツに火がついた金剛高校の連中が動きだしたのかもしれないか」
ファストアクションがある以上、どこかの誰かがAPを大量に入手することは決して不可能ではない。
自分たちがそのいい例だ。
「いまの問題は誰が買ったかじゃなく、残った技能をどう買って俺が生き延びるか、だよな」
タブレットに目を落として思案していると、まず【忘却】が売り切れになり、次いで【義体♂】が売り切れになる。
さらに一泊遅れて【義体♀】が売り切れに。
「おいおい、まるで競って買い物しているみたいじゃないか」
【忘却】って何?
とか、
【義体♀】って、俺の【戦闘用義体♀】から戦闘ステータス補正だけを抜いたようなものなの?
とか、気になることはいくらでもあるものの、この状況では悠長に考えていられない。
どれもこれもすぐ売り切れるレア技能ばかりではないと信じたいが、それでも数に限りがあることに変わりはない。
鉄雄は現状の所持APと技能名から推察される効果を考え、生きるためにもっとも効果的だと思う技能を次々と購入した。




