第35話
昼食を終えたアイと4人の少女たちの、午後のコボルト狩りも順調に進んだ。
倒したコボルトは通算15匹。
少女たちが無事レベル6になったことで、パーティメンバー入れ替えのため、アイたちは一度地上に戻ることにした。
地図機能を持っている楓と晃がいないこともあり、前もって【地図表示(狭間の牢獄)】を買っていたので、道に迷うことはない。
――葉鐘アイ AP185+2(レベル6→7ボーナス)-5(地図購入)=182
ちなみに、アイがレベル6から7に上がったのは、コボルトを12匹倒した時点だった。
こちらのレベルが高くなったことで、コボルトからもらえる経験値が少なくなったのだろうか?
あるいはレベルアップ時にもらえるAPボーナスが2に増えたことがひとつの境目なのか。
まあ、考えてもわからない以上、この問題は後回しにしよう。
どうせしばらくはコボルトを狩り続けるのだ。
と、問題はそこで起こった。
「す、すいません……ちょっと……待ってくれます……か」
アイが下腹部を抑え、内股でモゾモゾし始める。
アイが自分の異変に気付いたのは食事を終えた直後で、へその下あたりにモヤッと何かが満ちるような感覚を覚えた。
性別が違っても感覚そのものには覚えがありすぎたが、現実を認めるのが嫌であえて気付かないフリをした。
しかし、時間の経過と共に"それ"はどんどん強烈になり、ついにはアイほどの肉体でも動くのがままならないほど明確な『尿意』となって押し寄せてきた。
"鉄雄"の経験則では十分我慢できると思っていたが、女体の限界はそれより遥か手前のようだ。
何かの本で見た限りだと、女は男よりおしっこが我慢できないらしい。
尿道の長さが男の3分の1ほどしかないからとか……ってそんなことを考えている余裕も無くなってきた。
――クソッ、学校までもちそうにない。
一応、楓から『やり方』は教わっていて、ティッシュもタブレットに収納してある。
だが、トイレじゃないところで……そして、
「アイちゃん、すごく顔色悪いけど……大丈夫?」
「え、ええ……だいじょ……うぅ……」
女の子として初めての"お花摘み"を彼女たちの近くでするということは、男として大切な何かを失うような気がする。
せめて鉄雄として立ちションするなら『恥ずかしい』程度でガマンできると思うのだが、ダンジョン内では赤部屋でなければ肉体を切り替えることができない。
それ以前に、アイと鉄雄の肉体は別扱いだ。
いくら鉄雄になったところで、アイの肉体で発生した尿意を解決できるわけではない。
あくまでもこの体のメンテナンスは、アイ本人がやらなければならないのだ。
――ええいくそっ! 少しの間だけでも、この子たちを遠ざることができれば……。
しかし目を離している隙に彼女たちがコボルトに襲われるようなことがあれば、引率者として……そして、何だかんだで"楽しく"弁当を食べ合った仲として、いくら悔やんでも悔やみきれない。
――いくらコイツ等がスポーツで体を鍛えていたりレベルが6になったといえ、敵と"命のやりとりを行える"かどうかは別問題なんだよな。
そんな具合に八方ふさがりで途方に暮れていたアイに、女の子の一人が声をかけた。
「アイちゃんゴメン。私、ちょっとお手洗いに行きたいんだけど」
一人がそう言うと、我も我もと少女たち。
「あ、わたしも急にもよおしてきちゃった」
「みんなで一緒に行こっか」
「でも、トイレがどこにもないわよね」
「そこでいいじゃない。この右手の通路先って袋小路だから、前だけに気を付けてればコボルトにも対応できるわよ」
「じゃあ、一人が用を足してる間、他の子が見張るようにしよう」
「さんせー、アイちゃんも行くわよ」
「え、あうっ……そんな急に手を引っ張ったら……もっとゆっくり……はううっ」
*
アイの心臓は激しく脈を打っている。ともすれば楓に告白したときより緊張しているかもしれない。
いかに互いに背中を向けているとえ、すぐ背後で"水音"が聞こえてくれば冷静でいられるはずもない。
大体にして彼女たちは平気なのだろうか。
いかに姿形が女の子といえ、実質的には男と扉すら隔ててない場所と距離で"こんなこと"をして。
「ふう、スッキリした。次は誰がする?」
用を足し終えた少女は平然を装っているが、顔を熟れたトマトのように赤く染め、涙声になっている。
やはりそうだ。恥ずかしくない訳がない。
にも関わらずこんなマネをするのは、『恥ずかしいのは皆一緒だから』『皆で恥ずかしいマネをすれば大丈夫よね?』という心遣いなのだろう。
まったく、それくらいなら俺を"鉄雄"として扱ってくれればお互い楽なのに。
アイを辱めると同時に自分も恥辱に染まるのなら、痛み分けではないか。
でもまあ、これは男にも女にもなれる――そしてダンジョン攻略のため、女に"ならなければいけない"少年に対する、彼女ら流の受け入れ方なのかもしれない。
……性別的な意味合いで恥ずかしがって距離を取って不干渉を貫くよりも、自分も相手もダメージを受けながらも触れ合って絆を深めることを選ぶという。
――だとしたら、俺が取るべき行動はこれしかないか。
「では、私がよろしいでしょうか? 実はさっきから我慢して……その……もう限界なんですよ」
アイはそそくさと通路の隅に陣取ると、ブルマに手をかけ、ショーツごと勢いよくずりおろす。
途端、密閉された布地で蒸らされた空気と汗と"何か"が混ざった女の子の香りが解放され、むわっと立ち昇ってアイの鼻腔を刺激する。
――ダメだ。自分のいまの性別を頭から追い出せ。背後の子たちの気配も意識するな。
くらくらと脳髄に染みこむ香りに堪えてそのまましゃがみこみ、いつものように下腹部から股間へと力を流し移すように込める。
勝手が違うので最初は戸惑ったが、ようやく生理現象を行うことができた。
自分の大きい胸が視界を塞ぎ、下半身がどうなっているのか見れないことは幸いだったかもしれない。
無事用を足し終えたアイは"適切な処理"をし、立ち上がりながら下ろしていたブルマをやはりショーツごと穿き直す。
「…………」
すぐ傍の待機場所に戻ると、すでに用を足し終えていた子が、健闘を称えるようにぎゅっと手を握ってきた。
「あ、二人とも手を洗ってないのに……」
「バカッ、空気を読みなさないよ!」
三人目の子の"水音"をBGMに、まだの二人はそんなやりとりが行い、経験済みの二人は……。
(ねえ、どうだった?)
(正直、このまま消えてしまいたいほど恥ずかしかったです。ですが……)
その先を言いよどんだアイに、少女がはにかみながら言う。
(……少しだけ、興奮しなかった?)
(……う……はい)
このまま変な趣味に目覚めてしまったらどうしようと思ったが、健全な男子高校生ならむしろ当たり前だよな、とアイは無理に自分を納得させる。
いずれにしろ、ひとつの大きな山場を乗り越えたことで、次からは何とかなるだろうという妙な自信だけがついたのは幸か不幸か。
*
さて、無事学校に戻り、今度のメンバーは男が4人。
晃に輪をかけて大人しい連中ばかりのため、セクハラ的な発言や行動に悩まされることはなかったが、常に胸元やら腋やらお尻を視られていることを感じる。
男として、女の子の際どい部分をつい目で追ってしまうのは分かるが、注意してやるべきだろうか。
いや、言ったところですぐにどうにもなる問題じゃない。
(借り物の)体操服とブルマという、いかにもなスタイルのせいだろう。
もう少し露出を控えた服にすべきだった。
けど、この服は動きやすくていいんだよな――などと考えながらも素手で次々とコボルトを倒していく。
……こちらが順調に進んでいると、気になってくるのは他の班(主に楓)のことだ。
いまの楓の強さなら、コボルトが敵じゃないことはよく理解している。
しかし、それと心配するかどうかは別問題なワケで。
――グルヴァァァァァァ!
「ひ、ひいいっ!」
「っと、失礼」
気もそぞろになったところに、コボルトがパーティメンバーの1人に襲い掛かる。
アイの感覚では余裕すぎる距離とタイミングだが、襲われる方にしてみればたまったものではないだろう。
彼らにしてみれば、自分だけが頼りで命綱なのだ。
楓のことは気になるものの、彼女を信じて今は中学生たちのPLに集中しよう。
*
2組目がレベル6に到達したのは午後3時半すぎ。
今日の探索打ち切りは午後5時までと塔子が決めていたため、半端な時間だ。
地上に戻り、中学生たちに話を聞いたところでは、楓の2班はとっくに2組目のPLを終え3組目を率いてダンジョンに。
晃と塔子の3班は少しペースが遅く、1時間ほど前にようやく2組目のPLを開始したとのこと。
ちなみに皆が皆、他の班のリーダーのことを気にしていたらしく、その光景を想像すると嬉しく思えてくる。
「さて、どうしましょうか」
「アイさんが大丈夫ならコボルトをブッ殺しに行こうぜ。オレ、早く強くなりてえんだよ」
独り言のような呟きに反応して声をかけてきたのは、3組目のパーティメンバー予定の少女――子都だった。
アイと同程度の長さの黒髪を、動きやすいよう後ろで無造作に束ねている。
服装もアイと同じ、動きやすさを優先したブルマと体操服で、手には長さ30センチほどのコンバットナイフを持っている。
昨日、楓を人質に取った剣道部員が所持していたものだ。
「私は構いませんが、貴女は……その……大丈夫なのですか?」
「ああ、ようやくアソコに何かが挿れられているような感覚にも慣れたからな。問題ねえよ」
彼女は胸の寂しさに目を瞑れば、塔子と張り合えるくらい見目麗しい少女だ。
そして、その美貌に目をつけられた有賀によって――乱暴されてしまった。
「ですが……体は大丈夫でも……心が……」
「気にし過ぎだっつーの、いいからホレ、残りの連中ともパーティを組んで出発しようぜ」
子都と同じ目に遭わされた少女のほとんどは精神を病んだり、鬱になってしまったりで引きこもっている。
そういった精神状態を鑑みれば、彼女を連れて行くべきではないのだが。
……結局、子都に押し切られるような形でアイは三度ダンジョンへ赴いた。
今回から暫定的に、活動報告の方に「その話数に登場したメインキャラクターのステータス」を掲載してみます。
もし数値的な部分に興味のある方がいらっしゃいましたら、そちらも参照くだされば幸いに存じます。




