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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第33話

……ふう、落ち着いた。やっぱり回復魔法ってのは凄いな。


瀕死に近かったせいか、1度の回復だけでは状態万全とまで言いきれない。

タブレットからステータス画面を見てみても、HPは半分ほどしか回復してない。


しかし、少なくともこのままポックリ、なんて事態だけは免れたようだ。


「鉄雄……よね?」


「そうですよ、先輩」


楓がこちらを見上げてくる、というのが凄く新鮮だ。


アイのときは背丈が楓より低かったため、常に彼女を見上げるような形だった。

が、鉄雄に戻ったことでその関係が逆転している。


いや、変わったのは身長(視点の高さ)だけではない。


常に視界に入って煩わしかった赤毛がなくなり。

体全体から放たれていた花の蜜のようないい匂いが、血と汗の臭いに戻り。

物凄く重かった胸が解放され、弊害の肩凝りも消えうせ。


……その代わり、体全体に鈍重さを覚える。


こうして比べてみると、アイの体は扱い(バランス)が難しい反面、いかに軽くしなやかだったかが良く分かる。


「よかった……それに……会いたかった」


ぽふっと胸元に飛び込んできた楓を、残された右腕一本で抱きしめる。

本日何回目かのハグ。


――これは……ヤバいな。


アイとして楓と抱き合ったときは女同士だったが、鉄雄と楓では男と女だ。

さっきまでつるっとしていた股間に戻ってきた"ナニ"が、ムクムクと自己主張を始める。


鉄雄は自分の体が男に戻ったことを改めて思い知らされ、沸き上がってきた男の欲望そのままに、楓を押し倒したいという衝動に駆られる。


と、抱きついたままの楓が顔を上げ、こちらの顔をぺたぺたと触り始めた。


「こうして見ると鉄雄あんたの顔って本当に地味よね。目は片方、耳は両方無いからすごく印象的なはずなのに」


「うぅ……」


「でも、男は顔じゃないっていうのが本当だって思い知らされるわね」


楓は言って、抱きついたまま腰をグリグリと押しつけてくる。


「せ、先輩……その……これって」


"何か"を期待する眼差しの鉄雄に、楓は潤んだ瞳で頷く。


「女同士から女と男に戻ったことで我慢できなくなったのは、あんただけじゃ……ないのよ」


さすがにここまでされて楓の気持ちに気付かないほど、鉄雄は鈍くない。


こうなった以上、"男"として『ケジメ』だけはしっかりつけよう。


「先輩。貴女のことが好きです」


何の飾りっ気もない、無骨な……しかし、それ故にシンプルでストレートな告白。


「あたしもあんたが好き。アイとは沢山触れあったし、こうして鉄雄と抱き合うことで確信したわ――あんたが男だろうと女だろうと、あたしの気持ちは変わらない」


互いの気持ちを確かめ合ったことで、タガの外れた鉄雄は楓と唇を重ね合わせる。


「先輩……先輩ッ!」


「ん……ちゅ……」


ファーストキスはとても柔らかく、熱く、そして鉄の味がした。


――そういえば俺、全身血まみれだったな。


傷口は塞がったといえ、それまでに流れ出た血は体中に付着している。

いや、それだけではなく、床や楓の体まで血で汚してしまった。


「あ……あれ?」


「きゃっ!」


鉄雄は楓を巻き込んでベッドにぽふんと倒れ込む。


「ちょ、ちょっと。せめてシャワーを浴びてからに……でも、あんたが今すぐしたいなら……その……いいわ……よ」


違うんです、先輩。

ああいや、貴女を抱きたいのが違うという訳じゃなく、血を流しすぎた状態で股間に血が集まったので、その……頭から血の気が……それに意識が……。


          *


簡単に言えば、鉄雄が陥った症状は貧血だ。


楓がその結論に至ったのは、自分がベッドに押し倒されてから3分後。

鉄雄が何もしてこないのがもどかしく、そして切なく。

――焦らしプレイにも程があるわよ、と、いい加減叫び出しそうなタイミングだった。


口から心臓が飛び出すくらいドキドキし、今か今かと待ち望んでいた自分自身。

それを思い返すと酷く恥ずかしくなり、穴があったら入って蹲りたくなる。


「冷静に考えると、"そういうこと"ができる状況じゃないわよね、コレ」


【回復1】のおかげか鉄雄の容態そのものは安定しており、さっき(精神的疲労時)と同様、ただ寝ているだけのように見える。


しかし、鉄雄の体から流れ出た血は、床や服、そして倒れ込んだベッドや楓自身を真っ赤に染め、まるで殺害現場のようなありさまだ。

加えて、ツンと鼻につく血の臭い。


ただ、今日さんざん嗅がされた他人やコボルトの血液臭と違って不快に思わないのは、好きになった少年の体から流れ出た"血潮"だからだろうか。


本来であればすぐ血を拭き取ったりと掃除すべきなのだが、今日は色々あり過ぎたから"面倒くさい"。

明日の朝、早く起きて鉄雄と二人で綺麗にしよう、と楓は心に決めた。


「色々……本当、"色々"ありすぎたわよね」


異界に飛ばされ、殺し、殺されかけ。


――現実と虚構の境界。次元の境目。

――生と死の狭間。


――そんなところに閉じ込められた複数の学校の生徒たち。


「【狭間の牢獄】ってのはよく言ったものね」


たった一日前。

平穏な日本の学園生活が酷く懐かしい。


だけど、もし昨日に戻ってやり直せるとしても、やはり楓は普通に登校し、同じように校舎ごと異界へ飛ばされる未来を選んだだろう。


「そうしなければ、コイツと出会うことができないからね」


自分が正しいと思う行動を取った結果、友達だと……仲間だと思っていた全てに見捨てられ、絶望した。

だけど鉄雄だけは、じぶんの在り方を肯定してくれた。


楓は間違ってないと――自分がその身をもって証明すると誓ってくれた。


今の楓には、鉄雄と出会えず……そして彼に"救われないまま"一生を過ごしていくことなど考えられないし、考えたくもない。


「ほんと、のんきにグースカいびきをかいちゃって」


楓に全てを委ねるように、安心しきった(ように見える)顔で寝息を立てる鉄雄の頬をそっと撫でる。


鉄雄とアレをナニすることはできなかったのは残念だが、よくよく考えれば焦る必要なんてどこにもない。


自分は鉄雄に気持ちを伝えたし、鉄雄も自分を好きだと言ってくれた。

今はそれだけで十分だ。


もちろん彼が求めてくれば――時間と場所さえわきまえたうえで――いつでもどこでも応える覚悟はできている。

逆に、彼が清く正しい交際を望むのなら、いつまでも待ち続ける覚悟もできている。


「ふああああああ。なんだかあたしも眠くなってきちゃった」


それから時計の秒針が3周もしないうちに、楓は安らかな寝息を立て始めた。


          *


比叡中学校が異界に招かれた翌日早朝。


塔子は女子寮の廊下を歩いていた。


「アイさんも楓さんも、もう起きておりますかしら?」


朝から彼女たちの部屋を尋ねる理由は、今日から本格的に行うコボルト狩りの仔細を打合せするためだ。


「ノックしても返事がありませんわね」


何気なしにドアノブを回すと扉が少しだけ開いた。

どうやらアイたちは鍵をかけずに寝てしまったらしい。


本来であれば出直すべきだが、そこでふと魔が差してしまった。


アイと楓の仲の良さは、塔子から見ても普通ではない。


仲が良い同性という枠を超え……あるいはそれだけでは説明できない"秘密の関係"――もっと言えば塔子の大好物(百合百合)的な関係にあるのではないだろうか?


だとすると、1つのベッドに仲良く同衾し、手を繋ぎながら――あるいは抱き合いながら無防備な寝顔を晒しているとしたら?


「うう、すごく見たいですわ……ですが、人の部屋に無断侵入するなどあってはならないこと……でも……」


塔子の迷いは行動に直結していた。

扉をさらに開こうとしたり、逆に閉じようとしたり。


そんなことを繰り返しているうちに、塔子は室内の異変に気付いた。


「あれは血……ですの!? しかも床に大量に飛び散って……ッ! アイさん、楓さんっ!?」


下心はどこかに吹っ飛んでしまった。

そして見てしまった以上、もう迷ってはいられない。


女子寮の廊下全体に響き渡るほどの塔子の絶叫。

すでに起きだして廊下を歩いていた女生徒数名が「どうしたんですか!?」と聞いてくるが、塔子はそれに答えずアイたちの部屋に飛び込む。


まず目についたのは、ドアの隙間からも見えた、床に撒き散らされた大量の血。

そして……ベッド上であおむけに倒れている楓と、その上に覆いかぶさっている隻腕の少年。


――あの男は誰ですの? それに男と楓さんが血まみれになっておりますわ!?


血染めのうえボロ切れのようになっているが、少年が着ているのは金剛高校の制服だ。

彼がダンジョンを抜け、比叡中学校に辿りつき、女子寮に忍び込んで眠っている楓を刺した?


無理心中?

それとも抵抗されての相討ち?


何がどうなってるのか分からない。

しかし、現状から考えればそうとしか考えられない。


「楓さん、しっかりしてくださいな! 楓さんッ!」


「あー、もう朝からうるさいですね。どうしたんですか?」


塔子の叫びに反応し、不審者が身を起こして寝ぼけ眼をこする。

この少年は隻腕というだけでなく、目も片方開かず、さらに両耳も失われている。


そして見た限り、怪我らしい怪我はしていない。

だとしたら、この血痕は誰の物なのか?


この少年が楓の手によって重傷を負い、【回復1】で自らを癒したのか。

それとも彼は元から"こう"で、この夥しい血は楓のものなのか?


「あなたはどこのどなたですの!? それに楓さんに何をしましたの!」


「ふあああああ。一体何言ってるんですか、塔子?」


「気安く人の名前を呼び捨てにしないでくださいまし!」


それだけではない。

この不審者の口調がアイに酷似していることで初めて気付いた。


あの愛くるしい赤毛の少女がどこにも見当たらない。


かなり早い時間に部屋から出て、学校内のどこかにいるのか。

あるいはこの不審者に何かされたのか。


「いずれにしろ、あなたには詳しい話を聞かせてもらう必要があるようですわね」


この男が何者だろうと、自分を友達と言ってくれた二人の少女に危害を加えた以上、ただで済ます気は毛頭ない。


「会長、どうしたんですか?」


「アイさんと楓さんに何かあったんですか!?」


「嫌っ! 何、この血の跡は!? それにこの男はだれなの!?」


そこに、先ほど塔子の悲鳴を聞いて駆けつけた少女たちも室内へとやってくる。


「え? 男……ああああああああっ!?」


不審な少年が、自分の体をぺたぺた触り、"何か"に気付いて驚愕するが、そんなことはどうでもいい。


塔子は掌を少年に向け、【氷華1】を放とうとする。


「やべっ!」


しかし少年はその気配を敏感に察知。

俊敏な速度で室内の窓を破り、寮の外へと逃げ出してしまった。


「会長、今の男は?」


「不審者ということしかわかりませんわ。子都ねとさんはただちに全校生徒に連絡を! 校内放送は普通に使えるはずですわ」


「あいよ!」


「あ、私、今の男の顔を写メに収めてるわよ」


「でかしましたわ! では真朽まくちさんは生徒会室のパソコンから彼の写真をプリントアウトし、手配書を作成してくださいまし」


メールで一斉送信できれば楽なのだが、異界ではさすがに携帯の電波が届かないため、その方法はとれない。


「相手の身のこなしを見るかぎり、レベルはそれなりに高いと思われますわ。決して単独行動をせず、見つけたら皆で取り囲んでください!」


「了解!」


テキパキとした塔子の指示を受けた女子たちは、各々の目的を携えて校内へと散っていく。


そして一人残った塔子は楓の安否を確認するため、ベッドに近づく。


「良かった。どうやら楓さんに怪我は無いようですわね」


それどころか、規則正しい寝息を立てている。

豪胆というか何と言うか、楓はこの騒ぎに関わらず普通に寝ているだけのようだ。


「塔子!」


そこに、赤毛の少女が息せき切って飛び込んできた。


「アイさん、ご無事でしたか!?」


ここに来るまでに誰かに話を聞いたのだろうか?

彼女の妖精のように愛くるしい顔には、追い詰められた犯人のような焦りの色が浮かんでいる。


「ええ。無事と言うか……その……何と言うか……」


どうにもアイの歯切れが悪いが、いまの塔子にはそんなことを気にかけている余裕はない。

一刻も早く不審者を探しだし、捕縛しなければならないのだ。


塔子は戦闘能力に長けたアイに助力を求めるため、一連の流れをまくし立てるかのように説明する。


          *


「はは……はは……そんなことになっちゃったんです……ね」


「ええ。もうそろそろ、情報が校内中に伝わるはずですわ」


「まだだ……誤解を解けばまだ間に合うはず……あ、あの……」


アイが何かを言いかけるが、その力ない言葉は、先ほど室内を出て行った女生徒――子都の校内放送によって遮られた。


『校内放送、校内放送。テメェ等、耳の穴をかっぽじってよく聞け。

 アイさんと楓さんが不審な男に襲われて血まみれになっちまった。

 そいつの特徴は隻腕、隻眼、両耳無しの、金剛高校の制服を着た男だ。

 詳しい人相は追って手配書を貼りだすから、そっちを見とけ。

 ……いいか、テメェ等も知ってのとおり、アイさんと楓さんはオレたち全校生徒の恩人だ。

 その二人に危害を加えた以上、不審者は絶対に生かしちゃおけねぇ。今すぐ全員で草の根分けて探し出せ!

 そしてソイツを見つけ次第ブッ殺せ!』


彼女の放送内容は一部事実と違う部分もあるが、迅速を優先としたため致し方ない。

全校生徒を煽るような言い方は気になるが、アイと楓に手傷を負わせるほどの"危険人物てだれ"として伝わっているから良しとしよう。


(はは……ははは……俺終了のお知らせ……もう鉄雄としては、中学生の前に出られねえよ)


アイががっくりと膝をつき、聞き取れない声量でぶつぶつと言う。


(こんなことになるなら、塔子に俺の正体を明かしておくべきだった……)


そんなアイの呟きと、未だ寝こけている楓の寝息が、血まみれの部屋に静かに木霊した。

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