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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第32話


「それにしてもこれは……ずいぶん凄いわね」


楓が目を見開いたのも無理はない。


食堂に並べられた料理はバイキング形式になっている。


人間がすっぽり入る大釜がいくつも並べられ、その中には白飯と炊き込みご飯が湯気を立て。

その他炭水化物として、様々なソースで彩られたパスタが各種。


数千個・数千枚単位で山盛りになった焼肉やから揚げ、トンカツ。

魚は塩焼きと煮物が水族館もかくやと思うほどの数を誇り。


副菜やサラダ、漬物もよりどりみどり。

さらにデザートは和菓子から洋菓子、果てはホールケーキが丸ごと置かれている始末だ。


たしかに比叡中学校はスポーツに力を入れているので、体育会系の食事事情を鑑みればこれくらいの質や量のストックには驚かない。

しかし、一度にこれほどの量を提供するというのは、いささかやり過ぎではないか。


「塔子、飲食料品の備蓄はどのくらいですか?」


「【食料品召喚】を使わなければ、節約して後一週間ほどですわ。ちなみにガスや発電機ガソリンは約二週間分ですわね」


「それぐらいしかないなら、"こんな時"に大盤振る舞いしちゃダメじゃない!」


アイが訪ね、塔子が答え、楓がもっとな意見を口にする。

ちなみにアイのすぐ隣に楓が座り、塔子はひとつ隣のテーブルに陣取っている。


「こんな時だからこそ、ですわ」


どういうこと? と顔を見合わせるアイたちに塔子は言う。


「先ほどわたくしが生徒の皆さまに語ったように、今日は沢山のことが起こりました」


塔子はそこで一息。


「そういったときに食事量まで制限されれば、明日以降も続く過酷な日々を耐える気力が萎えてしまうと思いませんこと?」


「つまり、この豪勢な食事は"ガス抜き"という訳ですね」


たしかに数値上だけなら、貴重な食料を一度に消費するのは愚挙でしかない。

しかし、そこに人間の気力や感情を計算要素に加えた場合、これが最適解だと塔子は判断したのだろう。


事実、食事をとりながら歓談する生徒たちの雰囲気に、余裕がでてきているように見える。

それに自分自身も、ホクホクと湯気が上がる山盛りご飯や、脂がたっぷりの肉を見ていると心が弾む。


何せこちとら一般庶民。しかも育ち盛り? の男子高校生だ。

懐石料理だとか世界三大珍味だとかのテレビでしか見たことのない高級料理よりも、こういう"いかにも"な食事の方が嬉しい。


「なるほど。そういう訳でしたら遠慮なくいただきます」


「どうぞ、たくさん召し上がってくださいな……と言っても作ったのは、調理部と各部のマネージャーの方々ですが」


アイはドンブリに山盛りのご飯をよそおい、から揚げを5個、トンカツを2枚、タクアンを一本丸ごとなど、取り皿いっぱいに盛りつけて自席へと戻る。

周囲の何か言いたげな視線もどこ吹く風。

『いただきます』という言葉に、料理を作ってくれた人への感謝の気持ちを乗せ、箸をとる。


朝から飲まず食わずで戦い続けてきたのだ。

これまで抑え続けていた腹の虫を解放して、目いっぱいごちそうを掻きこもう。


パクッ……モグモグモグモグ……ゴクン。


パクッ……ポリポリ…………ポリポリポリポリ…………くぴっくぴっ。


「くっ……」


食事をはじめて十数分が経過。

アイは食べても食べても減らない料理に悪戦苦闘していた。


"鉄雄"だったら余裕で腹に落とし込めるのだが、アイの小さな胃袋は、料理を3分の1も食べないうちに限界を訴えてくる。


――この義体からだ、燃費が良すぎだろ!


さっきの周囲の視線は『そんなによそって食べきれるの?』という類のものだったのか。


正直『ごちそうさま』を宣言したいところだが、それはバイキング形式のマナーに反するし、作ってくれた人にも失礼すぎる。

一度皿に取ってしまった以上、食べ残して残飯にするという選択肢は有りえない。


何時間かけてでも少しずつ消化して食べきらねば、と悲壮な決意を固めたところで、救いの声がした。


「あのー。もし良かったら、俺が代わりに食べましょうか?」


小太りの男子生徒がアイ達の所にやって来てそう言う。


おお、これはありがたい申し出だ。

他の人であろうと、食べてくれるのなら料理自体は無駄にならずに済む。


「助かります。それでは申し訳ありませんが、私の料理を……」


「ちょっと待った! 食べ残しについた美少女の唾液を摂取するのはオイラだ!」


「そうはいかん! アイたんと間接キスするのは俺だ!」


「いや、僕だ!」


いつの間にか、アイを取り囲むようにして自分の空き皿を差し出してくる男子連中。

などほど、コイツ等の目的は下心丸出しの"それ"だったのか。


「ぬうう。こうなったらジャンケンで決めるか?」


「アイさんの食べかけの料理は皆に譲るね。代わりに僕は彼女の皿と丼、それに箸をもらってペロペロするから」


ダメだコイツ等、早く何とかしないと。


直接的被害が無いといえ、自分の"使用済み"が男子連中にねぶられるというのは、いい気持ちがしない。

周囲の女の子たちも、この様子には引いてるし。


――俺の食べ残しを女性陣に押し付ける訳にはいかないし、あえてと言うなら、この変態どもよりは晃の方がまだマシか。


という訳で半日苦楽を共にした少年の姿を探すが、晃は少し離れたテーブルで沢山の男女に囲まれ談笑していた。


聞くところによると、晃と塔子は第二体育館に捕らえられていた沢山の生徒の前で、獅子奮迅の活躍を見せたとのこと。


ちなみに近くのテーブルでは、塔子が晃と同じよう、大多数の男女に囲まれてねぎらわれている。

生徒たちの中には、アイと楓より、直接自分を助けてくれた晃と塔子に感謝や憧れを抱いている者も少なくないということだろう。


「むうぅ、困りました。あの様子じゃ晃は動けそうにありませんね」


「まったくもう。"今までの体"とは何から何まで勝手が違うんだから、気をつけなきゃ駄目よ」


横合いからにゅっと箸が伸び、アイの皿に乗っていたトンカツが一枚消える。


「せ、先輩。その……大丈夫ですか?」


(もとから"お代わり"をしようと思ってたから平気よ)


と、口をもごもごさせている為、目で答える楓。

彼女の皿はアイ以上におかずが山盛りとなっており、それが次々と口内へ消えていく。


しかも不思議なことに、ガツガツとかムシャムシャという擬音が聞こえてきそうなハイペースであるにも関わらず、その食べ方に下品さは感じられない。


あくまでも女の子らしく上品に優雅に。

だが、量と速度が伴っていないため、悪い冗談でも見ているような光景だ。


(次はから揚げをもらうわね)


スッ。


(ごはんも丼ごとちょうだい)


ヒョイッ。


こうして、アイの唇(間接的)が男子生徒に奪われることは防ぐことができた。

その代わり、楓に捧げることになったのだが。


(まったく、どいつもこいつも間接キス程度で騒ぎ過ぎなのよ)


無言でそう訴える楓であったが、彼女はハゲタカのようにアイの食べ残しを狙う男子生徒たちを『シャー!』と威嚇し続け、最期まで料理を自分以外に明け渡そうとはしなかった。


          *


深夜2時すぎ。


「ただいま」


「どうでした、先輩?」


割り当てられた部屋で一人待っていたアイは、二段ベッドの下段に腰かけたまま、帰ってきた楓に首尾を尋ねる。


「バッチリよ。【欠損補填】は上手くいったわ」


楓は有賀によって暴行を受けた少女のところに赴き、暴行を受けた古い臓器を上書きするかのように、新しい臓器を造り終えて戻ってきたところだった。


「今まで時間がかかったのって、やっぱり【欠損補填】を使った女の子を慰めてたんですよね?」


楓が件の少女のところに赴いたのは午後11時45分。

日付が変わる前に【欠損補填】でMPをすべて使い果たし、楓が昏睡。

日付が変わればMPが完全回復して楓が目覚める。


だから何ごとも無かったのなら、0時直後に楓が戻って来ていたはずだ。


アイの問いに、楓は頷く。


「さっきも言ったけど、有賀に乱暴された痕跡は消すことができても、"事実きおく"は消えないのよ」


そう。

この問題があるからこそ、【欠損補填】を使う順番には悩んだ。

心をしっかり保っている少女でもなく、心を完全に喪失してしまった少女でもなく。

最終的に精神状態が一番不安定な少女を優先させた。


アイは楓に同行するか最後まで迷ったが、結局付いて行かないことにした。


肉体的な意味では被害者の女の子たちに同調できるものの、やはりアイの精神構造は男なのだ。


だから、いくらこの体が被害者の子や楓と同じ少女といえ、『男に乱暴された女の子を、女の子としてなぐさめる』のに自分は場違いであり、かつ立ち入ってはいけない儀式のように思えたからだ。


「さーて、と。MPも完全回復したことだし、"鉄雄"の本体に【回復1】をかけて出血だけでも止めるわね」


「え……あ、はい」


何故だろう。ようやく男の姿に戻れるというのに、どうにも気分が高揚しない。


「必要以上に彼女たちに入れ込み過ぎてもダメよ、あんたのせいじゃないんだから」


楓には見透かされていたらしい。

アイはそうですね、と苦笑いを浮かべ、体からタブレットを取り出す。


【義体管理アプリケーション起動】


戦闘用義体♀を収納しますか?

はい/いいえ


「先輩、俺は血まみれ状態になってるから、絶対に驚いたりテンパったりしないでくださいよ」


「……分かってるわよ」


楓は目をつぶり、大きな深呼吸を二回。

そして彼女のGOサインが出たところで、アイは【はい】をタップした。


「……う、くっ」


ぐにゃりと視界が歪み、吸い込まれるような眩暈を感じる。


しかし、二度目ということで気を失うまではいかない。


否。正しくは体中を駆け回る激痛が、気絶することを許してくれない。


「いやあああああ! し、しっかりして、アイ! ……じゃなく鉄雄!」


鉄雄の両耳はコボルトによって奪われたが、鼓膜そのものは無事だ。

声や音は聞き取りづらいだけで、完全に聞こえないわけではない。


ましてや楓は、誰かが駆けつけてもおかしくないほどの大声量で絶叫しているのだ。

彼女の声を決して聞き洩らしたりはしない。


――まったく、あれほど冷静になれと言ったのに。


おびただしい流血のせいで真っ赤に染まった視界の先には、パニックで今にも泣きだしそうな楓の顔が見える。


でもまあ、鉄雄に戻っても、アイのときと同じように取り乱してくれることに充足感を覚える。

その満たされ具合といったら、このまま死んでもいいと思えるくらい……。


――って、このままだと俺、本気で死んじゃうじゃねえか!


瀕死状態のまま時間を止められ、時計の針が再び動き出した以上、あまり悠長にしていられない。


「……せん……ぱ……ガハッ! か、いふ……ゴホッ……を」


「あ……わ、わかったわ! 【回復1】!」


その瞬間。

鉄雄のくりぬかれた右目、削ぎ落された両耳、切断された左腕。

そして何か所もコボルトの爪で貫かれた胴体の出血が止まり、傷口も綺麗に塞がった。

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