第31話
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アイと楓は塔子に連れられ、学食へとやってきていた。
「うぅ……先輩……私たち、めちゃくちゃ見られてますよ」
「本当。すごく歓迎されてるみたいね」
好意を向けられることに不慣れなアイと、その感情を正確に分析しつつも"数"に圧倒される楓。
300名ほどが収容できる大きな食堂であるにも関わらず、すべてが生徒たちで埋め尽くされ、そのほとんどがアイたちに"そういった"気持ちをぶつけていているのだから、戸惑うのも仕方がない。
「これでも生き残った全校生徒の約半数ですわ。食堂に収まりきらない方たちの食事は後ほどになりますの」
『生き残った』という部分を口にする際、複雑な感情を垣間見せた塔子だったが、務めて明るい表情でアイたちを席に促す。
そうして全員が席についたタイミングを見計らって、塔子がよく通る声で朗々と語り始めた。
「すでに皆様方もご存じのとおり、わたくしたちは人知を超えた状況へと放り出されてしまいました」
生徒たちだけが校舎ごと異界に飛ばされたこと。
学校と外を繋ぐのは、人間を襲ってくるコボルトが徘徊するダンジョンだけであること。
そのコボルトと有賀たちの暴走により、生徒たちの何割かが還らぬ人となったことに話が及んだ際は、男子女子問わず、泣きだす者が後を絶たなかった。
「――ですが、コボルトを遥かに凌駕する力を持ち、有賀たちを退けてわたくし達を助けてくださった方々がいます」
そこでアイと楓は『事前に塔子に申し含められていたとおり』立ち上がってぺこりと頭を下げる。
中学生たちも、既にアイたちの活躍を塔子と晃、さらに"もう二人の女子"から聞き及んでいたため、割れるような喝采を送ってくる。
――なにあの子、すごく可愛い! 天使なの? それとも妖精!?
――あんな子が妹だったら、毎日着せ替えを楽しめて最高なのになあ。
――うぅ、連れ帰ってモフモフ抱きしめながら、あの綺麗な赤毛を梳りたいわ。
など、女子たちは高校生に対する憧れと言うより、妹とかペットとか、そういう愛玩動物的な目で見ているような気がしてならない。
実年齢は高校一年のこっちの方が上だし、義体の肉体年齢も15歳だから、最低でも中学三年以上の扱いを受けてしかるべきなのに。
ちなみに隣にいる楓に対しては、『お姉さま』だとか『綺麗』とか、いかにもな態度や歓声なのだが。
かたや男性陣だ。
いまのアイの服装は、楓と同じく借り物の体操服とブルマ。
気絶(睡眠)中に、本人の意思を無視して楓が着替えさせてくれたものだ。
異物が無いおかげでぴっちりした股間と、細くしなやかな太もも、ほどよい肉づきのお尻。
しかし、男子中学生の視線を一身に集めているのは下半身ではなく上半身――ぶっちゃければおっぱいだ。
ヒップサイズはともかく、アイの大きな胸にジャストフィットする体操着を持っている女子など中学生の中にはいない。
アイに次いで立派なモノを持っている塔子の体操着を着せられているのだが、カップ差(Gカップ対Fカップ)はいかんともしがたい。
結果として、胸周辺が一回り小さい服を着ているせいで、必要以上に胸が強調されているという訳だ。
――うおおおお、あの童顔にアンバランスな巨乳、たまんねえぇぇ。
――俺、さっき合宿所でアイさんの下着姿を見たんだぜ。これでずっと"オカズ"には困らないよな。
――いいなあ、畜生。あー、あの豊満な胸で"挟まれたい"なあ。
というのが男子連中の主な反応。
ちなみに、アイではなく楓の方に意識を集中させている"分かってる"男もいるが、しっかり顔を覚えて釘をさしておいた方がいいかもしれない。
楓のことをリスペクトする目は許せても、彼女に色目を向ける一部の男子は要注意人物として、心のメモに書き記す。
……とまあ、そういう具合にアイと楓はその優れた容姿と強さに基づく実績によって、中学生たちの心を瞬く間に掴んでいた。
塔子はその機を逃さず、話を進める。
「彼女たちは、やはりわたくし達のように異界に召喚された金剛高校の方々と、とある事情により袂を別ち、いまこの場におりますわ」
『袂を別ち』という部分に、今度はアイと楓が反応を見せ、その複雑な心境を隠すかのよう、どちからともなく"恋人繋ぎ"で手を握る。
「彼女たちはダンジョンを攻略するための"拠点"を求めており、わたくし達はコボルトを効率的に倒せる"戦力"を欲しております」
塔子本来のアイディアである、
『普通のエサを使ってコボルトを檻に閉じ込め、安全にレベルアップしてAPを稼ぐ』
『最低限生徒全員を賄えるだけの人数分、【食料品召喚】【生活必需品召喚】などの技能を習得する』
を実践するにあたり、最もネックになるのが効率だ。
下準備をなしに単独でコボルトを屠れるアイと楓が手を貸すことにより、数多くの生徒たちのレベルアップを飛躍的に促すことができる。
もっとも、塔子が効率の"利"を説くまでもなく、中学生たちは自分たちを救ってくれた二人の少女に心酔しており、異を唱える者はいない。
そしてアイたちとしても、事前に塔子によって『比叡中学校に留まって欲しい』と懇願され、それを受け入れているため、異存はない。
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――『礼節を尽くすために本音でお話しますわ。わたくしは打算的な考えから、アイさんと楓さんを欲しておりますの』
休んでいた女子寮の一室に迎えに来た塔子が、アイたちを食堂へ案内する前に交わした会話だ。
戦力として。
そして、有賀という悪を倒したことで、生徒たちの憧れを一身に受ける偶像として、彼ら、彼女らの心の支えになってほしい。
アイとしては、塔子のその考えが"比叡中学校の生徒たちのため"であることを理解していたので不満はない。
むしろ一切の誤魔化しをせず、腹を割って打算的な観点と言ってくれたのはさっぱりしていて、心が男であるアイにとっては気持ちいい。
『それだけじゃ足りないわ。あたしは比叡中学校の生徒会長としてではなく、貴真志塔子という個人の本音を聞きたいの』
だが、楓にとってはまだ不足なようだ。
『あたし……ううん、あたし達は塔子と一緒に行動したことで、あんたの人となりを知って気に入ったわ』
楓はそこで言葉を区切り、アイの方を見る。
アイはその通りだと軽く頷く。
『若干の歳の差があるけど、塔子のことはもう友達だと思ってる』
『…………』
塔子は楓の言葉の続きを待つ。
『だから、打算とかそういうのを抜きにして、"友達"の力になりたいし、逆にこっちが困ってるときは迷惑をかけられないと思いつつ、本音では助けて欲しいと思う』
そのうえであんたの考えを聞かせて、と楓。
『友達……わたくしが……わたくしに友達ができるなんて……』
――あ、こいつ俺と同じで、今まで友達と呼べる奴がいなかったのか。
塔子の性格から考えれば意外でもあり、妙に納得もできる。
きっとそれなりに人気はあるんだろうけど、自分自身が常に"立場"で考えて行動してしまうから、他人の反応も塔子本人ではなく、その"肩書き"に対するものとして受け取ってきたんだろう。
『楓さん、アイさん』
『何?』
『はい』
『わたくしは一人の人間として、そして友人として、貴女たちを受け入れたいと思いますわ』
ですから、と塔子。
『わたくしに友として、力をお貸しいただけますか?』
そう言ってほほ笑む彼女は、今日一番の笑顔を見せる。
もし楓と出会う順が逆であったなら、塔子が自分の中で一番になったかもしれない、と思ったほどだ。
そんな塔子に対し、アイと楓は同じくらい眩しい笑顔を浮かべる。
『もちろんよ!』
『これからお世話になります』
『ありがとうございます。ふふっ……友達……いい響きですわね……楓さんとアイさん。友達が二人もできるなんて、本当に嬉しいですわ』
何だろう、このほっこりと気持ちは。
異界に飛ばされて生き抜いた激動の一日。
その"殺伐さ"が、さっきのシャワー(記憶に無いが)で洗い流されたかのようだ。
――あ、これって、俺からしてみても塔子という友達ができたってことだよな。
ふと気付くと、アイは楓と塔子と手を取り、黄色い声を出してはしゃいでいた。
ぼっちだった頃の"鉄雄"は、いまの自分たちのように教室ではしゃぐ女の子たちを、『何がそんなに楽しいんだよ、クソ共が』と思いながら、醒めた目で見ていた。
実際に女の子になってはしゃいでみても、やはり何が楽しいのかは分からない。
……分からないのだが、間違いなく楽しいと断言できる。
しかし、姦しくはしゃぎながらも、アイの心には引っ掛かるものがあった。
性別を偽るという重大な秘密を抱えたまま、塔子と『友達』としてやっていけるのか。
「あの……」
言うべきか言わざるべきか。
口にした瞬間、拒絶されるのではないかという恐れがある。
だが、『友達』だからこそ、言わなければならないという思いがある。
「あっと、いけませんわ。浮かれるあまり本題を忘れるところでしたわ」
アイが逡巡している間に、塔子は思い出したとばかりに手を叩き、『食事会』の段取りの説明をはじめる。
こうなってはもう、話を切り出せる雰囲気ではない。
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「……と、そういう具合でお願いしますわ。それでは食堂へ向かいましょう」
そうして先頭を歩く塔子の後ろで、アイが楓にアイコンタクトで会話を試みる。
(俺はぼっちだったんでいまいち分からないんですが、友達っていうのは基本、隠し事とかはしないですよね?)
(場合によるわ。友達だから隠し事をしたくないっていうのもあるし、逆に、友達だからこそ本当のことを言えない、ってケースもあるのよ)
無責任なようだけど、どちらが正しいっていうのは無いと思うわ――と楓は難しい顔をする。
聡明な彼女は、アイが何について悩んでいるのかピンと来たらしい。
(ただ、あたしの意見としては……)
(いえ、これは"俺"が自分で考え、結論を出さなければいけない問題だと思うんです)
楓を信頼してないとか、彼女の考えをないがしろにする、とかいう訳ではない。
しかし、こればかりは人に頼ってはいけない気がする。
(分かったわ。なら最終的な判断は"鉄雄"に任せる。前にも言ったかもしれないけど、あたしだけは何があっても最後まであんたと一緒に行くから)
いまはそれで十分だ。
この問題はじっくり時間をかけ、慎重に考えよう。
朝から何も食べてないせいですっかり腹が減ってしまっている。
たらふく食って腹が膨れれば、いい考えが浮かぶかもしれない。
などと考え、アイは足早に歩き、先頭を進む塔子の横に並んだ。
――そして時系列は、食事場面へと戻る。
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