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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第29話

          *


――榛名女学院。


その歴史は古く、戦前まで遡る。

かつては華族の・そして現在では名家や大企業の令嬢のみに門戸を開かれた、伝統と格式を誇るミッション系の女子校である。


生徒総数は約200名。


そのすべてが全寮制の生活を送っているが、それもそのはず。

学園は山奥に建てられているからだ。


少女たちは人里はなれた山の中に隔離され、雄大な大自然で神に祈りを捧げながら、純粋で穢れなき学園生活を送っている。


……と、表向きには思われている。


その榛名女学院の生徒会室。

部屋の主である八月一日桜ほずみさくらは会長席に座り、一人の女生徒と会話をしていた。


桜は猫のように大きな瞳が印象的な美少女で、伸ばした髪の毛をポニーテールに結わえている。


ちなみに彼女には顔がまったく同じ双子の妹がいるのだが、その両方に一度でも会ったことのある者は、絶対に姉と妹を間違えることはない。


その理由の一つが表情だ。

妹の方は喜怒哀楽がはっきりしていてコロコロと表情が変わるのだが、姉の桜の方は感情表現が乏しく、常時無表情と言っていいくらいだ。


そしてもう一つが胸の大きさ。

膨らみが皆無な妹に対し、桜の胸はやたらと大きい。


妹は桜の巨乳を羨ましがっていて、一緒に暮らしていたときやたまに会うときなど、隙あらば揉みしだこうと狙ってくる。

しかし、桜に言わせればその心境が分からない。


こんな物は単なる脂肪の塊でしかない。

本当に崇高で崇め奉るべき対象はこんな乳袋ではない、ということが妹には何故分からないのだろう。


「会長、B1班からC5班まで、全員レベル6になりました。B班には【食料品召喚】を、C班には【生活必需品召喚】を習得させようと思っているのですが……」


「……了解。許可する」


桜は報告する少女の方を一顧だにせず、『赤い部屋』で手に入れたタブレット画面を見ながら返事をする。


「ありがとうございます。それでは失礼します」


報告した少女は桜に背を向け、退室しようとする。


桜はそこではじめて顔を上げ、去りゆく少女の後ろ姿を、穴が空くほどに"ガン見"する。


「あの……会長、何か?」


喰いつかんばかりの視線を体の一部に浴びた少女は、振り返ろうとするが、


「……なんでもない」


桜の返事を受け、戸惑いながらも退室した。


「……失敗した」


無言で臀部を凝視していたことに、彼女は確実に気付いていただろう。


『……姉ちゃん、いいケツしてんなうひひひひ』


と褒め言葉のひとつでもかけてやるべきだったか。


そこに部屋のドアがノックされ、さっきとは別の少女がやって来る。


「報告します。D班およびE班、対犬人間用毒エサの作成が終わりました。これよりダンジョンの"ポップ地点"に置いてきます」


「……コボルト」


「はい?」


報告した一年の女子が聞き返してくる。


あの怪物にはかいちょう自らコボルトという名称を付けたのに、何故それを使おうとしないのか。


桜は訂正を促しつつ、自身の機嫌が悪いことを言外に伝えようとする。

しかし、能面のような無表情と抑揚のない声のせいで、どうにも上手くいかない。


「……犬人間じゃなくコボルト。間違えないで」


「あ、はい。すいません」


「……夕方になっても空の明るさが変わらないせいで感覚が狂っているけど、18時を過ぎている。これ以上は集中力の乱れ具合が大きくなるため、今日の探索は打ち切る」


生徒全員が過酷な状況に追い込まれるのは"いつものこと"だが、今回は常識から外れている分、勝手が違う。


毎度毎度、自分たちに生き地獄を味あわせておきながら、デッドラインをギリギリで見極める教師シスターたちはいない。

死ねばそこで終わりである以上、石橋を叩いて渡るよう、堅実に物ごとを進めていかなければならない。


「了解しました。それにしても、さすがは榛名女学院が誇る生徒会長ですね」


「……何の事?」


彼女が自分の何に感心しているのか、本気で分からない。


「怪物が徘徊する迷宮を探索しなければならない状況に置かれたにも関わらず、全校生徒を纏め上げて的確な指示を出してくださったことです」


なんだ、そんなことか。


自分はこの立場せいとかいちょうに祀り上げられ、こなせる能力があるからやっているだけにすぎない。

『冷静に全体を見通して的確な指示を出している』と言えば聞こえがいいが、自分も含めて人間を『駒』としてしか見れないからできるだけ。


本音を言えば、自分のような人間は生徒会長トップとしてふさわしくないと思う。


人の上に立つ人間は、体を張って他人の為に尽くせるような者こそが相応しい。

統率能力"しかない"自分はトップの補佐として、助言に留めるのが組織の理想的な姿ではないだろうか。


……そんな考えを口に出さない程度に空気の読める桜は、『……ありがとう』とだけ言う。


「……それと、あの戦闘狂を見かけたら、ここに来るよう伝えて」


「ああ、エリカちゃんのことですね。わかりました。探して声をかけておきます」


今度は退室しようとする少女の後ろ姿を凝視したりはしない。


なぜなら彼女のお尻はイマイチだからだ。

ボリュームが失われ、平たく横広がりになっている扁平へんぺい尻であることが、制服のスカートの上からでも良く分かる。


「……家柄や血筋がよくても、お尻の美しさに直結しないのは残念」


お尻というのは、ただ大きければいいというものではない。

大切なのは形と質感だ。


じっと凝視していると、ハート、あるいはハートを逆さにした形に見えてくるのが、真に美しいお尻と言える。


さらに質感だが、こればかりは触ってみなければ当たり外れが分からない。


胸についた駄肉と違い、柔らかさの中に混じった若干固めの肉が与えてくる重厚感。

掌で押せばずぶりと沈むのではなく、尻肉に埋もれながらも抵抗を持って押し返そうとするのが最高の尻だ。


ちなみに妹の尻は、桜にとって理想に近い美尻と言える。


『お尻を揉ませるなら胸を揉ませる』と妹には言っているのだが、彼女の方はこの交換条件が呑めないらしい。


そのくせ一方的にこちらの胸を揉もうとしてくるのは、いささかムシのいい話ではないか?


(胸を)揉むなら(尻を)揉ませろ。

(尻を)揉まれたくないなら(胸を)揉むな。


ギブアンドテイクとはよく言ったものだ、など考えていたところ、ノックも無しに生徒会室のドアが乱暴に開けられた。


どう見ても小学生にしか見えないツインテールの女の子が入ってくる。


「桜ちゃん、エリカのこと呼んでたって聞いたけど、どうしたの?」


やって来た少女――エリカは、やたら甘ったるい声でイラッとするような口調で言う。


「……定時報告はきちんとしろと伝えておいたはず。何故それをしなかったの? エリカ」


「ごめんねえ。ワンちゃんたちを……」


「……コボルト」


「ワンちゃんたちを相手に……」


「……コボルト」


「…………ワンちゃんたちを相手にしてたら、ついつい夢中になっちゃったの」


「……コボルト」


「あー、桜ちゃんうるさいの。どっちでもいいの!」


「……どっちでもいいのなら、あの怪物をコボルトと呼ぶのは確定的に明らか」


会長席の机を挟んで睨みあう桜とエリカ。


先に目を逸らしてため息をついたのは、エリカの方だった。


「ぶー、いいもん。エリカは大人だから折れてあげるの」


エリカは童顔にやたら似合っているツインテールを、左右に揺らしてかぶりを振る。


「桜ちゃんに言われたとおり、いつも愛用してるこの"大斧"で、ひたすらにコボルトさんを殺しまくったの」


「……私が指示したのは威力偵察のはず。無双しろと言った覚えはない」


いかに榛名女学院で最強を誇る少女といえ、彼女に単独行動を許したのは間違いだったかもしれない。


「まあ、細かいことは気にしないの。とにかく報告なの」


レベル1から2になるにはコボルトを1匹倒す。

レベル2から3になるにはコボルトを2匹倒す。


そういう調子でトントンとレベルを上げていったが、ボーナスAPが1から2に増えたレベル6以降は大変だったとエリカはぼやく。


「レベルが6から7になるには12匹、レベル7から8になるには21匹、8から9に上げるには……ええと……」


「……32匹?」


「そこらへんから面倒になって数えるを止めたんで曖昧だけど、多分それくらいなの」


レベル6→7になるためには、倒すコボルトがいままで必要だった6匹×2倍の12匹。

レベル7→8になるためには、7匹×3倍の21匹。

よってレベル8→9には、8匹×4倍で32匹と踏んだのだが、大方そんなところだろう。


「……コボルトの強さはどう?」


「ムラがあるけど一番強いのでも、たまに学校を襲いにくる野生の熊さんよりちょっと弱い程度なの」


コボルトという種全体が"その程度"なら、戦闘能力に長けた者で編成したB班C班はもとより、レベル1の一般生徒でも数人がかりなら普通に倒せるだろう。


一人前の淑女レディにするという名目で、ハートマン軍曹のように自分たち生徒全員を"指導"してくれた鬼婆シスターども。

そんな彼女たちに復讐しようと誰かが用意していた"毒"は、温存しておいた方がいいかもしれない。


「……コボルト以外のモンスターは?」



「今のとこ会ってないの。ただ、ダンジョンの床下から虫さんが這う気配を感じたから、地下2階はそういうお化けさんがいるかもしれないの」


コボルトの返り血で修道女のような制服を真っ赤に染めたエリカは、あっけらかんと言い放つ。


「だから新しい敵さんに備えてもっと強くなりたいのに、【斧】スキルが無いのは納得いかないの。『解せぬ』なの」


この戦闘民族が。


「……他の学校の生徒には会わなかった?」


ぽつんと宙に浮かぶ榛名女学院の遥か彼方には、金剛高校と思わしき校舎が見えていた。と、"視力"に優れている生徒からの報告があった。


「桜ちゃんの妹の楓ちゃん……だったっけ? 残念ながら会ってないの」


「……だれもあんな愚妹のことを言ってない」


そんな桜に対し、エリカはポンと手を叩く。


「そういえばぁ、ダンジョンで血まみれの金剛高校の生徒手帳を見つけたの。それには桜ちゃんそっくりの顔写真が貼り……」


――ガタッ!


「なーんて嘘なの。桜ちゃんって楓ちゃんのことになると、無表情が崩れるから面白いの」


イラッ。


「ごめんねえ。謝るから無言で弓矢を向けるのは止めてほしいの」


彼女は体の発育だけではなく、頭の中身も小学生のまま止まってるのではないか、と、ついぞ思ってしまう。


自分と妹には、超能力と言うほど優れてないが双子特有の不思議な繋がりがあり、互いの安否程度なら漠然と・そして何となくだが分かる。

にも関わらずエリカに乗せられて焦ったということは、少し疲れているのかもしれない。


「それにしても、八月一日って名字は夏を連想させるのに、姉は桜で妹は楓って季節感がなってないの」


春のイメージのあね、秋をイメージさせるいもうと

本当に両親はどういう意図で名前を付けたのか。


まあ、自分の桜という名前はともかく、妹の楓という名前は綺麗な響きで、彼女に似合っていると密かに思っているのだが。


「それで話を戻すの。エリカと同じ学校の子たち以外には会わなかったの」


状況的に、ダンジョン内部で絶対に金剛高校と繋がっているはずだ。

エリカがまだ探索してない範囲で繋がっているのか、それとも隠し通路でもあるのか。


「そんな訳で、コボルトさんしかいない地下1階は飽きたから、明日は地下2階に行ってみようと思ってるの」


「……駄目。地下1階の探索が最優先。楓……ではなく金剛高校の生徒とも合流したい」


桜の指示にエリカは抵抗するかと思いきや、意外にもあっさり首肯する。


「分かったの。エリカも大切な幼馴染が金剛高校に通っていることがつい最近分かったから、まずは行けるところを探索してみるの」


エリカは外見相応の無邪気な笑みを浮かべ、手にした大斧を弄ぶ。


「待っててね、テッちゃん。エリカがすぐに拉致……じゃなく"保護"して飼ってあげるの」

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