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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第2話


左右の壁や天井、足元はどうやら土壁のようだが、有り得ないことにそれ自体が発光している。

おかげで明かりのない地下であるにも関わらず、遠くまで見渡せることができる。


さて、その見渡せる光景といえば、自分たちが下ってきた階段が突き当りに位置し、そこから数十メートルほどまっすぐ伸びている。

左右の幅は2メートル半ほど、大体学校の廊下と同じくらいか。


「なあ。俺たちの学校に地下1階ってあったっけ?」

「んな訳ねえだろ。何ボケたこと言ってんだよ」


鉄雄はそんなやりとりをするクラスメイトたちとは全く別の感想を抱いた。


「これって……ダンジョン……なのか?」


つい最近までハマっていた、3DダンジョンRPGのマップ画面を連想してしまう。

まさかと思うが何かのゲームが具現化したり、逆にゲームの世界に閉じ込められでもしたのだろうか。


「う、うっし。それじゃ進んでみるか?」

「あ、ああ、そうだな」


不思議なことにいざダンジョンに降りてみれば、充満しているはずの死を孕んだ空気がまったく感じられない。

外で感じたあの恐怖は、まるでダンジョンに入るのを躊躇わせるためだけに存在したトラップとしか思えないくらいだ。


「ん? そう考えると、頭の中に響いた言葉の意味って……」

「ごーごーごー」

「うわわっ!」


空気が変わったことで緊張の糸がほぐれたクラスメイトたちが、鉄雄をどんどん押して前へ進ませる。

やがて辿りついた直進の終点には、土壁の迷宮に妙にマッチした赤い扉が鎮座していた。


ちなみにその左右はT字路のように先に続いているが、だれもそちらに意識を向けはしない。


「この扉は何だ?」

「よし、入ってみるか」


クラスメイトの1人、比野が言い終わる前に、扉のレバーに手をかける鉄雄。


放り込まれた異空間で、忽然と現れた謎のダンジョン。

いかにもゲーム的な展開だからこそ、ダンジョンに入って真っ先に目につくこの部屋は、重要な意味を持っているはずだ。


しかし、鉄雄のそんな思惑はいともあっさり流される。


「いや、右に行ってみようぜ。利根川もそう思うだろ?」

「幸田の言うとおりだな。得体の知れない扉より、この先に何があるか確かめようぜ」


比野もその言葉に頷く。


「ちょっと待てよ。この扉の先の方が、どう考えても重要そうだろ?」

「うるせえな。鉄雄のくせに生意気だぞ」


もしかしてコイツら、俺が率先して赤い扉の中に入ろうって言ったのが気に食わなくて、反発してるだけなのか?


さすがにこれにはイラッと来た。


鉄雄は無視して赤い扉を開けようとするが、幸田、利根川、比野の3人に抑え込まれ、右側の通路に連行されてしまった。


          *


「なあ幸田、次はどうする?」

「んー、そうだな。さっきは右だったから、今度はひだ……」

「左に行ってみないか?」

「チッ……おう、右に行くぞ」


あれから何度か分岐に差し掛かったが、幸田たちの選択はひどいものだった。


何せ、そのときの気分で決めてるとしか思えないほど無作為に右、左、直進を選択しようとするのだ。

ダンジョンの全体像を把握しようとか、この先の展開を予測してルートを選択しようという意図は見てとれない。


それどころか、入ってきた階段までまっすぐ戻れるのかすら怪しい。


鉄雄は幸田たちの反発心を利用して誘導を試みるが、完全には成功してない。


いっそ戻り道を記憶しているうちに、ワザとはぐれて単独行動した方がマシかもしれない。


そんなことを考えながら歩いているうち、曲がり角の向こうから黒い影が飛び出してきた。


―ーグルゥアアアアアア!


「え?」


先頭を歩かされていた鉄雄がその一撃を避けることができたのは、幸運以外の何物でもない。

たまたまくしゃみをして頭が動いたところに、たった今まで頭部があった位置を鋭い何かが通りすぎたのだ。


「何コイツ?」

「なんかボロ切れを着た犬が、2足立ちしてるな」

「人面犬……じゃなく犬面人って言えばいいのか?」


突然の展開と、自分たちのすぐ傍に着地した相手の姿に脳の処理が追いつかない幸田たちが、やたらのんびりとした声を出す。

一方鉄雄は文字通りの間一髪で躱したといえ、短めの髪をいくらか切断されたことで事態の危険性を認識していた。


頭の中に【ファストアクション 接敵 ボーナスAP2】という言葉が浮かび上がるが、いまはその意味を深く考えている余裕はない。


「バカ、逃げろっ!」

「え?」


間の抜けた比野の顔面に、下から突き上げた犬面人の爪が突き刺さる。


「ぎゃっ!」


潰された蛙のように短い悲鳴をあげ、両手で顔面を抑える比野。

その指の間から、赤黒い液体がボトボトと零れる。


―ーフーッ! フーッ!


そして間合いを取った犬人間の前脚の爪には、ピンポン玉ほどの白くて丸い物体が突き刺さっていた。


「コ、コイツ……比野の目玉をくりぬきやがったのか……」


一歩間違えれば自分自身がああなっていたかという思うと、背筋に冷たい物が走る。


「比野!?」

「痛てぇ……痛てぇよぉ……な、なあ……これって夢だよな?」


コイツはこの期に及んで何を言ってるんだ?


「だってこんなことある訳ないじゃん。目が痛いしさあ、【ファストアクション 被弾 ボーナスAP3】なんてワケのわかんない声が聞こえてくるしさあ」


ははっ、と乾いた笑い声を出し、棒立ちで犬人間と向き合う比野。

冷徹な狩人は目玉だけでは満足しないとばかりに、体毛に覆われた腕を突き出す。


鉄雄はただその光景を、呆然と見ているしかできなかった。


何とかしなければいけないと理解はしている。

だが、唐突に訪れた理不尽と圧倒的なまでの暴力に晒された人間の本能が身体を硬直させる。


「このっ!」


それが幸田と利根川、どちらの声だったかは分からない。


ただ事実として、そのどちらかに背中を強く押され、犬面人の前に飛び出してしまったということだ。


「あれ?」


左肩にまず熱が走り、少し遅れて痛みがやってきた。


訳が分からず顔を横に向けると、犬面人の4本の爪のうち、2本が自分の肩を貫通しているのが見て取れる。


「な、なあ、お前ら……」


現状は十分に把握していたつもりだが、それでも身に降りかかった出来事が理解できない。


説明してもらおうと振り返った鉄雄が見たものは、比野の手を引いて逃げす幸田と利根川の姿だった。


「俺、比野の身代わりに差し出された……のか?」


――グアアアアアアアアアッ!


鉄雄が放心する傍ら、怒り狂ったのは犬面人だ。


せっかくの獲物が3匹も逃がしてしまった。

こうなったら残った1匹(貴様)を徹底的に嬲り、ウサを晴らさせてもらうと狂気を孕んだ瞳で鉄雄に訴える。


          *


あれからどれくらいの責め苦を受けたのか。


刀のように鋭い爪で切り裂かれ、ノコギリのようにギザギザの歯で食いつかれ。


比野のように右目もくりぬかれたし、左腕も切断された。

耳は両方とも削ぎ落されたし、胴体には爪で貫かれた穴が何か所もついている。


両足はかろうじてくっついているものの、これは犬面人が手加減しているからにすぎない。

あえて鉄雄が動ける程度に手を抜いて、逃げまどう様を嘲笑いながら少しずつ痛めつけているのだ。


しかし、鉄雄は絶望的な状況におかれても諦めはしない。


体の至るところから血を流し、数十歩進んでは肉を喰われ、倒れ込んでは骨を削がれる。

全身の至るところから走る激痛が諦めて楽になれと訴えてくるが、決してくじけずに起き上がり、獣人から逃げるように歩きだす。


今の鉄雄を支えているのは、『このままでは死にたくない』というシンプルな思いだ。


――結果から言えば、鉄雄のそんな生き汚さが幸いした。


          *


「あれ、なんだこれ?」


どこをどう歩いたか覚えていない。

気が付いたら目の前には赤い扉があった。


すでに意識は朦朧としていて、明らかに見覚えがあるこの扉をどこで見たのか思い出せない。


鉄雄はほぼ無意識的に扉にもたれかかり、体重を預けるようにレバーを倒して『その中』へと倒れ込んだ。



――グルル?


どうやら犬面人には赤い扉とこの部屋が見えていないらしい。


向こうにしてみれば、鉄雄がいきなり壁の中に消えたように見えたのだろう。

開け放たれた扉の前で、首を捻りながらキョロキョロしている。


「ふう。なんとか助かったか」


鉄雄はそのことを不思議と思うこともなく、そのまま近くの壁に背を預け、ズルズルと座りこんだ。


「まさか、こんなことになるなんてな」


荒い呼吸でボソリと呟く。

息を吐くたび、生命力そのものが喪失しているようだ。


自分を陥れた幸田たちに対する怒りは沸いてこない。


命のかかった局面で自分の命を最優先するのはもとより、大して親しくないクラスメイトより仲のいい友人を優先するのも分かる。

考えようによっては、何も出来なかった自分より、比野を助けようと行動した幸田たちの方が立派だと言えるかもしれない。


だが、友人を救うために生贄にされた身としては、こう思わざるを得ない。


「これはあんまりじゃないか?」


――不思議と怒りは沸いてこない――その代わり――悲しい―ーそして――悔しい。


自分が犠牲にされたのは、彼等にとって鉄雄という人間に価値が無いからだろう。


いや、幸田たちだけではない。

クラスメイトの連中も、俺のことなんかどうでもいいのだろう。

例えこのまま死んだところで、誰も涙の一滴すら流してくれないに違いない。


その事実を理解できるのが悲しい。

誰の気にも留められず、1人で寂しく死んでいくのが悔しい。


「このまま死んだら……俺が可哀想すぎるだろ……畜生ッ」


――幸せになりたい。


他人から必要とされる人間になりたい。

他人に俺の価値を認めてほしい。


だからまだ死にたくない。


……だけど、もう手遅れだろう。


生きてるのが不思議なくらいの苦痛を受け。

生きてるのが不思議なくらい肉体が欠損し。

生きてるのが不思議なくらい血を流してしまった。


視界がじょじょにぶれ、意識が薄れてきた。

安全地帯に逃げ込んで気を緩めたことが、逆に良くなかったのかもしれない。


「くそっ、このままじゃ……もう……」


そのとき、部屋の奥に光る物体を見つけた。

すでに意識を消失しかけている鉄雄は、かがり火に誘われる虫のように最後の力を振り絞って近づく。

――全てが閉ざされた闇の中で、進むべき光を見つけたように。



何とか次回更新分でTSシーンに持っていけそうです。

次回も早目の更新を目指して頑張ります

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