第28話
「アイ!? 無事だった? あたし……間に合ったの!?」
「ええ。大丈夫です。私も先輩も――」
綺麗な体のままです……そう言おうとしたが、部屋の隅にヤリ捨てられた女の子たちに配慮して、ただ『大丈夫です』とだけ繰り返す。
「よかった……ぐすっ……あたしの軽はずみな行動のせいで、あんたが酷い目にあってたらどうしようかと思ったわ」
楓がトテテテと駆け寄り、ぎゅっと抱き着いてくる。
すごく暖かくて柔らかくて安心する匂いだ。
こうやって女の子と気兼ねなくハグし合えるというのは、(肉体的には)女の子の特権か。
いや、女の子でしかできないことがもう一つあった。
アイは楓に目配せひとつ。
それだけで意図を察した彼女は、昏睡しているときに自分がそうされたように、有賀を羽交い絞めにして起き上がらせる。
「こ、このクソアマがァァァ。オ、オレのナニが使い物にならなくなったら、どう責任取るんだよォォォォ!?」
苦痛と怒りで顔を醜く歪める有賀。
その姿にかつての余裕はなく、自分が置かれた現状すら理解できていない。
もっともアイからしてみれば、"この状態"で喋れるというだけで十分凄いと思うのだが。
だがまあ、感心ばかりもしていられない。ここからが本番だ。
アイは壁際の女の子たちを見やり、彼女たちの尊厳が傷つけられた姿をしっかり心に焼き付ける。
心が壊れかけた子もいれば、口を利けないほど衰弱してはいるが、はっきりとした意思を持って言外に訴えてくる子もいる。
女の子の体になっているからこそ、彼女たちが受けた痛みに同調することができる。
そして、もとが男だからこそ、男を苦しめるためには何が一番効率的かを知っている。
「えいっ」
アイは軽快な声で、澄み渡るような笑顔で、一切の手加減なしに有賀の股間を再度蹴り上げる。
さっきの膝蹴りではひしゃげるだけだったが、今度は確実に砕いたという感触が、白タイツと一体化したブーツの甲に刻まれる。
「あば……うご……」
「おや、口から泡を吹いて白目を剥いてしまいましたね」
仮に鉄雄のままだったら、他人であろうが"玉が潰れる"ということ自体に体が怯み、手加減をしていたかもしれない。
しかし、自分の体にアレがついていないからこそ、手心を加えることなく女の子たちを辱めた"元凶"に制裁を加えることがきる。
「ふふっ、痛いですよね? その痛みはよく分かりますよ」
ズボンの上からでも分かるくらいドス黒い血を股間から流す有賀に言ってのける。
有賀にしてみれば、連続の急所攻撃でさらに潰されたんだから、こちらの言葉なんて聞いている余裕はないか。
(ねえ、金的ってどのぐらい痛いの?)
有賀の尋常ではない苦しみように興味を持った楓が、アイコンタクトで聞いてくる。
んー、何て言えばいいんだろう。
痛みには間違いないんだが、痛さを超越した痛み?
なんで自分はこの世に生まれてきてしまったのか、と哲学に浸りながらも後悔するような痛み?
よく知ってはいるんだが、あえて言葉にするとなると難しいな。
(ショック死してもおかしくないレベルの痛みです)
とだけ言っておく。
("あの日"の痛み……はちょっと質が違うみたいだし……出産の痛みとどっちが辛いのかしら?)
(知りませんよ)
性別を超えてまで痛み比べをするほどマゾっ気にあふれてない。
それ以前に出産なんて絶対にしない。
……だけど有賀のせいで、望まない妊娠をしてしまう子もいるかもしれないんだよな。
ますますもって、有賀を許す訳にはいかない。
「ねえ、このクズ野郎に乱暴された女の子だけど、もしかしたら【欠損補填】で綺麗な体に戻せるかもしれないわよ」
楓が『もう触れていたくない』とばかりに、羽交い絞めにしていた有賀を手放しながら言う。
アイは『どういうことですか?』と尋ねるかたわら、崩れ落ちる有賀の顔面を、サッカーボールのように蹴りつける。
「ぎゃふっ!」
ゴロゴロと転がり、壁にぶつかって止まる有賀。
「この魔法は失った手足を再生させるだけじゃなく、元から備わってる四肢や臓器とかも新しいものに入れ替えることができるのよ」
「なんで先輩がそんな事知ってるんですか?」
「さっき、実際に使ってみることで分かったのよ」
自転車の乗り方みたいに、知識じゃなく体験として使い方を理解したの、と楓。
「とにかく【欠損補填】を使えば、あの子たちの"ゴニョゴニョ"とか"ゴホンゴホン……膜"を、乱暴されてない状態に作り替えることができるわ」
「すごいじゃないですか! さすが希少度3の魔法ですね!」
良かった。本当に……良かった。
「希少度1の体を持ったあんたが言うのもなんだけどね」
楓はそこで言葉を区切り、アイを真正面から見据える。
「そんな訳だから、"鉄雄"の体に【欠損補填】を使うのは後回しにするわね」
その表情には後ろめたさや申し訳なさは無く、さも当然という感情が浮かんでいた。
「もちろん構いません」
ここでそう言える彼女だからこそ、自分は惹かれたんだ。
「あ、でも【回復1】ならMPが戻り次第、鉄雄にかけるわ」
【欠損補填】はMPを強制的に0にしてしまうが、【回復1】なら消費MPが6で済む。
【回復1】を鉄雄にかけてもらえば、両耳、右目、左腕こそ失ったままだが、瀕死状態からは脱却できる。
もっとも瀕死の"鉄雄"を見せたら、また楓は取り乱し、こちらを優先して完全回復してしまうかもしれない。
そこは気を付けないといけないか。
……いやまあ、そういう部分にも魅力を感じている訳だが。
「でも……」
場にほんわりとした空気が流れかけるが、楓が空気を変えるように半裸の女の子たちを見やる。
彼女たちはこちらと有賀を見比べ、感謝の意を浮かべたり、怯えたり、呆けたままだったり、泣いたままだったりと様々だ。
「でも……心の傷まではどうにもできないのよ」
それだけで理解してしまった。
場には10人ほどの女の子がいるが、そのほとんどはトラウマ持ちになるか、あるいは壊れたままになるかもしれない。
「やはり、有賀を捨て置くことはできませんね」
「ヒイッ! ゆ、許してください!」
心と玉を砕かれた有賀は"殺意"を向けられたことを悟ると、股間の疼痛に悶えながらも平身低頭で許しを乞うてくる。
「ほ、ほら。オレはもうココを潰されたんです。もう女の子をレイプした罰を受けてるんですよ!」
「そうですね。あなたが乱暴した女の子全員が『許す』と言ったのなら、考えないこともありません」
口を利けない状態の女の子もいるから、ハナッから無理難題なのだが。
それ以前の問題として、意識がしっかりしてる子すら、謝り倒してくる有賀に『ふざけんな、殺してやる!』って目をしてるしなあ。
「アイってば、えげつないわねー」
と言いつつ、楓も干渉する気はなさそうだ。
「それに、あなたがしでかしたことは、女の子たちへの乱暴だけではありませんよね?」
「え? な、なんことだかオレには……はは……ぐあっ!」
楓が丸太を自在に操る腕力で、無防備な有賀の頬を全力ビンタする。
その拍子に歯が何本か折れて飛び散ったが、知ったことではない。
「あんた、一体何人の生徒を檻に入れてコボルトに差し出したのか、覚えてる?」
その罪状があるからこそ、有賀には彼ら・彼女らと同じところへ"逝って"償ってもらわなければならない。
でなければ、こんなクズの毒牙にかかった中学生たちが浮かばれなさすぎる。
「い、いや。それは違うんです。オレは冗談で言っただけで、コイツらが勝手にやったんですよ」
「な、何を言ってるんですか!? 有賀さんがやれって命令するから……僕は本当は嫌だったのに!」
「うるせえ! 余りモノのBランクを抱かせてやるって言ったら、お前『豚は出荷よー』とかノリノリだったじゃないか!」
うわあ。
ダメだコイツ等。
アイと楓が色んな意味で"感心"するさなか、有賀と剣道部員は互いを指さして「悪いのはコイツです」となすりつけ合う。
「ハァ、もうあなた達はどうしようもありませんね」
アイは有賀と剣道部員が使っていた日本刀とコンバットナイフを拾い、それぞれの目の前に置く。
「コイツ等に殺し合いでもさせるの?」
さらりと怖いこと言いますね、先輩。
正直その発想はありませんでした。
「いえ、自分の手で自分の人生を終わらせてもらおうと思いまして」
「え? そ、そんな!?」
「お願いします。命だけは助けて……」
「駄目です。そうやって命乞いをしてきたであろう生徒を、あなた達はどう扱いましたか?」
アイは涙ながらに訴える有賀と剣道部員に、ぴしゃりと言い放つ。
「好き勝手に生きてきたんですから、死ぬときも好きな方法を選ばせてあげます。喉を突くもよし、腹を切るもよし。なんなら介錯をしてあげ……」
「フザけるなああ! 何でオレが死ななきゃならないんだよ、オレが何をしたって言うんだよ、ちょっと可愛い女の子を喰ってムカつくヤツにヤキを入れただけじゃねえか! ただそれだけでオレは悪くない。悪いのはオレを興奮させた女どもやオレをイラつかせたバカ共だ。そうだ、こんなのは間違ってる。大体にしてこんな訳の分からない世界に飛ばされること自体が普通じゃないんだ。そう、狂ってる、世界は狂ってるんだよ。だからオレは間違ってない。オレは死ぬ必要がないし間違ってないしオレが……」
「最後まで下衆を貫いたのは、ある意味立派ですね」
有賀は逆上し、日本刀を持って切りかかってくる。
そう来ると確信していたアイは十分に溜めを作り、ひねりを乗せた回し蹴りを有賀のキツネ面に見舞わせる。
――グシャッ、メキッ。
骨と共に、目に見えない"何か"を砕く手(足)ごたえ。
さらにまったく同じタイミングで、楓の丸太が有賀の胴体を激しく打ち据えた。
2人分の攻撃エネルギーを受けた有賀は回転しながら、大広間の窓を突き破って外まで吹っ飛ぶ。
そのまま十数メートル先にある、切り立った崖のような"宙に浮かぶ学校と空の境目"も超え、まだら模様の空間へと落ちていった。
【ファストアクション プレイヤー殺害 AP150】
たくさんの生徒を生贄にした有賀たちではなく、自分たちにこの声が聞こえたのは、直接手を下したからだろう。
有賀をはじめとした剣道部員たちの所業は、あくまで"コボルトが"檻に入れられた生徒たちを殺した、とシステム側は認識したのか。
楓がふと、アイの小さな掌をぎゅっと握ってくる。
アイもまた、楓の手を優しく握り返す。
ただそれだけ。
そう。有賀という外道を手にかけたことに対する二人の反応は、ただのそれだけだった。
*
アイと楓が有賀を敷地外まで吹き飛ばした直後。
「い、いやだ。僕は死にたくないいいいいいいいい!」
一人残された剣道部員が穴の空いた窓から飛び出し、屋外へと逃げ出した。
アイはすぐに追いかけようとしたものの、追撃の必要は無いと判断。
――なぜなら。
「だ、だれか助け……うああああああああああああ!」
恐怖のあまり周囲が見えなくなっていた剣道部員は、まるで有賀の後を追うように、敷地の崖から何もない空中へとダイブしてしまったからだ。
金剛高校しかり、ここ比叡中学校しかり。
例えるなら天空の城や浮遊大陸のように空中に浮かんでいる。
その学校からみて大地が何百メートル下にあるのか、そもそも大地そのものが存在するのかは分からない。
しかし、足を踏み外した以上、絶対に助からないだろう。
「これでひと段落……ですね」
「後始末というか、アフターケアが沢山残ってるけどね」
手を繋いだまま、楓はそれが自分の義務であるかのように言う。
アイとしても、もちろん異存はない。
異界への召喚? から始まった長い長い一日は、まだまだ終わりそうになかった。




