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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第27話

「エーッヒャヒャヒャヒャ、これで形勢逆転っスねえ」


「この……卑怯者ッ!」


あまりにテンプレートなセリフだが、自分がその立場に陥ったことで、何故そのセリフが使いまわされているかということがよく分かった。

実際、そういう言葉しか口をついて出てこないからだ。


「先輩! 目を覚ましてください、先輩、楓先輩ッ!」


起きてさえいれば、楓ならあの程度の暴漢はあっさりとねじ伏せれるはずだ。

MPが回復しない限り決して目を覚まさないと知りつつ、アイは剣道部員の手に落ちた楓に呼びかける。


「ようやくクールな顔が崩れたっスねえ。いまの赤毛さん、さっきパニクってたポニーテールさんと同じような顔してますよぉ」


「うるせえ! 先輩に傷ひとつでもつけてみろ、テメェ等全員ブッ殺してやる!」


頭に血が昇るあまり、口をついて出る罵倒もボキャブラリーが貧相なものばかりだ。


――クソッ、有賀はこれを狙っていたからこそ、塔子が先輩を連れ出すことを阻止したという訳か。


もっとも、それが分かったところで後の祭りでしかない。


とにかく剣道部員の手から、楓を救いださないと……。


しかし、有賀は『羽交い絞め程度の拘束ならすぐに制圧されてしまうから』と、剣道部員に楓を寝かせ、その薄い胸にコンバットナイフをいつでも刺せるよう備えておけ、と指示を出す。


彼我の距離は十数メートル。

これではいかにアイが速く動いても、反応される前に楓を助け出すのは不可能だ。


「優しい赤毛さんはぁ、まさかポニーテールさんを見捨てたりはしませんよねぇ?」


「クッ……」


ちらりと時計を見ると、現在時刻は午後の6時。

日付が変わって楓のMPが完全回復するまで、あと6時間もある。


可能性は低いがそれまでの間耐えることができれば――再び盤面をひっくりかえせるかもしれない。


「本来なら降伏の証として武器を捨てろと言うべきところなんスけど、人間凶器の赤毛さんには意味ないですし~。とりあえずストリップでもいっとくっスか?」


アイはその下卑た命令に対し、血が出るほどに唇を強く噛みしめながらも、セーラー服のファスナーに手をかけた。


          *


「【轟雷1】!」


――ヴァアアアアアアア!


晃の指先から飛び出した稲光がコボルトを直撃する。


「よし、これで残り2匹……うっ……くっ……」


不意に目がかすみ、立ちくらみにも似た症状に襲われる。

MPを消費するということは、これほど精神に負担をきたすということか。


だけど、こんなことで膝を折るわけにはいかない。


「このっ! わたくしの目が青いうちは、生徒たちに傷ひとつつけさせませんわ!」


MPが尽きかけて精神的にガタガタのはずなのに、その体を盾にし、必死に2匹のコボルトを食い止めている塔子の前で弱音を吐くわけにはいかない。


塔子は常人であれば一裂きで肉を深くえぐられるコボルトの爪に耐え、一噛みで意識を持って行かれる牙も堪え、怪物の意識と暴力が、そこら中に転がされている生徒に向かないよう踏み止まっている。


「会長、伏せてください! 【轟雷1】!」


晃はボヤける目をこすって無理やり照準を合わせ、3発目となる雷鳴を撃ち込んでコボルトを倒す。


「はぁ……ふぅ……これで残り……1匹」


自分の中から何かが抜けていくのを感じるが、2つの意味でまだ"終わり"じゃない。

計算上はMPが10→7→4→1で踏みとどまっているから、楓のように昏睡まで陥っていないし――コボルトはまだ1匹残っている。


受ける重圧が半分に減ったといえ、塔子は耐えるのが精一杯で、コボルトにダメージを与えるどころではない。

それどころか、


「きゃっ!」


コボルトの剛腕に弾かれ、床に倒れ込んで隙だらけとなってしまう。


――だから、僕がコボルトを倒すしかないんだ。


魔法が使えないのなら物理で殴るしかない。


晃はコボルトめがけて体当たりを試みるが、あっさりと防がれ、塔子と同じように転がされてしまう。


レベルが3になっても肉弾戦で簡単にあしらわれるなんて、これがアイの言っていた強い個体なのだろうか。


「くそっ!」


コボルトの爪が塔子に振り下ろされるのを、晃は黙ってみているしかできない。


そのとき。


「会長をこれ以上傷つけさせないわ!」


塔子のすぐそばに転がっていた女生徒が、手足を縛られて満足に動けないにも関わらず、コボルトの足に噛みつく。


――グアアアアア!


その生徒を鬱陶しげに蹴りつけたコボルトが、再度塔子を切り裂こうと爪を構えるが……。


「会長……ぎゃあああああ!」


また別の男子生徒が、塔子に覆いかぶさり身を呈して庇う。


「み、皆さん!? 危険ですから離れてくださいまし!」


突然の出来事に目を白黒させる塔子だが、二人とも塔子の言うことを聞かない。


「会長もそっちの男子生徒(晃)も、私たちのために頑張ってるのに、ただ見てる訳にはいきません!」


「そうだそうだ!」


「例え手足が縛られていても、皆でかかれば……」


それはまさに異様な光景だった。

タイトルを付けるとすれば、『巨犬に挑む芋虫の群れ』か。


床を這ってコボルトに近づいた生徒たちが次々と毛むくじゃらの足に噛みつき、転ばせ、その上にのしかかって自由を奪う。


「きゃああっ!」


「ぐっ……これくらいで!」


無論、生徒たちも無傷という訳にはいかない。

コボルトの体制が不十分なおかげで致命傷こそ免れているものの、決して浅くない傷を負って脱落する者が続出する。


しかし、それ以上に新たな生徒が這い寄っては塔子と晃の盾となり、また矛となってコボルトに噛みつき攻撃を見舞う。


――ガル……ルル。


「生徒たちが一丸となって困難に立ち向かう……これこそわたくしが目指し、そして見たかったものですわ」


体中から噴水のように血を流しながらも、妙に元気そうな素振りを見せる塔子。

やはり彼女は偏っているステータスが示すとおり、肉体的にも精神的にも頑丈にできているのかもしれない。


「だけど、いつまでも感動に浸っているわけにはいきません。こうしている間にも、アイさんはレベルがひとつ上の副会長と戦っているんですから」


「そうですわね。昏睡状態の楓さんがご一緒なのですから、そこを有賀に突かれれば厄介なことになるでしょうし」


ん?

レベル?


その瞬間、晃の脳内にひらめくものがあった。


――たしか僕がレベル2になると同時に、アイさんと楓さんがレベル5になったんだよね?


『僕も強くなれますかね?』

   ↓

楓が単独でコボルトを撲殺

   ↓

晃・アイ・楓がレベルアップ

   ↓

『よかったですね、晃。強くなれましたよ』

『(僕が何もしないで強くなるのは)いまひとつ釈然としないんですけど……』


……そんな会話を繰り広げていたから印象に残っている。


そこから1匹……ダンジョン『広間』の捕獲用檻のそばに"沸いてきた"コボルトをアイが倒し。

さらにこの第二体育館で、自分が【轟雷1】で1匹倒した時点で、晃と楓がレベル3になり、その後も自分が2匹を倒した。


現状は、晃と塔子がレベル3になってからコボルトを2匹倒し、アイと楓がレベル5になってからコボルトを4匹倒している。


レベル3から4になるためにはコボルトを後1匹倒す必要があり、レベル5から6に上げるためには"恐らく"コボルトを後1匹倒す必要がある。


――なら、目の前でみんなに袋叩きになっているコボルトを僕か会長が倒せば、"全員レベルが1上がる"という事だよね?


100メートルほど離れている合宿場と第二体育館で、経験値が共有できるかは分からない。

だけど試してみて損することはないはずだ。


「レベルが6になれば、アイさんもかなり楽になるはずだよね?」


晃はその考えを塔子にも伝え、弱り切ったコボルトの止めを自分たちに刺させるよう、生徒たちにお願いする。


「僕にはこれくらいのアシストしかできないけど、頑張ってください、アイさん」


……実はこのとき、晃か塔子がシステムを完全に把握して"あること"に気付いていたなら、この第二体育館にいる生徒たちは余計な怪我をせずに済んだかもしれない。


しかし、結果的には怪我と引き換えに生徒たちの心は一つにまとまったし、必死に戦っていた晃と塔子が"あること"にまで考えが及ばなかったのは仕方ないと言える。


――ただ一つ言えることは、晃のアイデアはアイにとって、アシストどころかMVPと言っても何ら遜色のない物だった。


          *


「ヒューッ。じらすなんて、赤毛さんは分かってるっスねえ」


そんなつもりはない。ただセーラー服の脱ぎ方が分からなかっただけだ。


などと、下着姿になったアイは心の中で悪態をつく。


――大体にして、横についているファスナーを上げ、そこから頭を出し入れするなんて男の俺に分かる訳ないじゃないか。

着るときは、呆けている間に先輩が着せてくれたしさ。


「しかしまあ、色気がない地味なブラとパンツだってのに、着てる女の子が極上ってだけでこうも興奮するもんなんスねえ」


前と後ろ――有賀と剣道部員から、コールタールのようにドロドロと濁った視線が向けられてきて、吐きそうになる。


「うう、もう我慢できねっス。とりあえずヤることヤらせてもらいますかぁ」


股間を滾らせて近づいてくる有賀がおぞましい。

つい楓のことを忘れ、憎悪と嫌悪のままに有賀をくびり殺してやりたくなってくる。


「少しでも変な動きをしたらどうなるか――分かってるっスよね?」


「……ああ」


性欲をぶつけてくる有賀を仕留めるのは容易いが、それと引き換えに楓の体は取り返しのつかないこととなってしまう。

だったら……ひたすら耐えるしかない。


有賀の指示に従い、敷かれた布団までのそのそと歩いて横たわる。

アイの上に、股間をギンギンに膨らませた有賀がのしかかり、ブラジャーに指を伸ばそうとしたところで、その声が頭の中に響いた。


【八月一日楓 レベルアップ 5→6 ボーナスAP2】 所持AP:45

【葉鐘アイ レベルアップ 5→6 ボーナスAP2】 所持AP:35

【早乙女晃 レベルアップ 3→4 ボーナスAP1】 所持AP:6

【貴真志塔子 レベルアップ 3→4 ボーナスAP1】 所持AP:2


――晃と塔子はすごいな。コボルトを都合4匹倒したのかよ。

それに引き換え俺ときたら……レベルが上がってステータスが増えて強くなっても……ん?


いま、何かが引っかかった。

レベルが上がって増えるステータスの中には、たしか……。


『MPはレベルアップと同時に、増加した分だけが回復する』


『MPが0になれば即座に気絶してしまい、"MPが増えるまで"は決して目を覚まさない』


楓がレベルアップをしたということは、MPが増えるということ。

MPが増えるということは……。


「ぐはっ!」


広間の反対側から野太い男の悲鳴が聞こえたことで、アイは盤面がひっくり返ったことを悟った。


何が起こったのか理解してない有賀の股間に、渾身の力でひざ蹴りをかます。


アイはぐにゅっ、っと何かがひしゃげるような感触を膝に覚え、有賀は声にならない悲鳴と同時に床を転げまわる。


「先輩!」


立ち上がったアイが見たものは、剣道部員を丸太でフルスイングし、壁に吹き飛した楓の姿だった。

※2015年3月10日 カギカッコの位置がおかしかったのを修正しました。

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