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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第26話


          *


「いやああああ、誰か、助けて!」

「ひいいいっ! こ、こっち来るな、化け物ォォォ!」


晃が塔子と共に辿りついた第二体育館は、阿鼻叫喚の嵐だった。


手足を縛られてイモムシのように転がされている生徒たちの間を、コボルトが荒い呼吸をしながら行ったり来たりしている。


「迷い箸とは、マナーがなっていませんわね」


「でも、"よりどりみどり"状態だからこそ逆に、誰もコボルトの犠牲になっていませんよ」


晃は体育館にいた生徒の中でただ一人、血まみれでこと切れた剣道着姿の少年を無視して言う。


彼が倒れているのは、コボルトが入れられていたと思わしき予備の檻のすぐ傍。

恐らく有賀の指示を受け、コボルトを解き放った直後、一番身近にいた弱者エモノとして狙われたのだろう。


彼に対して可哀想だ、とか気の毒だ、とは思うが、どうしてもその死を悼む気にはなれない。


「とにかく、手早く終わらせてアイさんたちのところに戻りますわよ――コキュートス!」


そんな魔法は無い。あくまで塔子が使うのは【氷華1】だ。


【氷華1】は対象に冷気を放ち、ダメージを与えて凍結させる魔法だ。


晃からみれば、見た目や破壊力からせいぜい『ダイヤモンドダスト』といったところ。

コキュートスはあまりにも名前負けしていると思うのだが……まあ、それが塔子の"センス"なのだろう。


むしろ問題は塔子のネーミングセンスなどよりも……。


「え? 魔法が発動しませんわ!?」


生徒たちの窮地に勇ましく登場し、流麗な仕草で異形の怪物に手をかざして『コキュートス』と叫ぶ"だけ"の金髪縦ロール生徒会長(ついでに巨乳)。


生徒たちは自らが置かれた立場も忘れ、あまりにも"痛い"少女から目を逸らしたり、憐みの視線をぶつけてきたりする。


「MP切れ……じゃないでしょうか?」


レベル2の塔子の最大MPは、自分と同じ10。

そこからあらかじめ行った【氷華1】の試し打ちで残MPが7。

さらにアイに【回復1】を使ったことで残MPが1。


これでは消費MPが3の攻撃魔法は発動できない。


MPは減れば減るほど精神的疲労が大きくなると楓が言っていたはずだが、塔子はそれで気付かなかったのだろうか。


「うう……生徒の皆さま方の前で華麗に決めるつもりが、とんだピエロですわね。仕方ありませんので、その役割は早乙女君に譲りますわ」


精神疲労していることなど微塵も想像できないほど余裕ぶる塔子。

その理由は、晃が完全にMPを温存しており、魔法を3発放てるからだろう。


晃としても是非も無い。

いままでさんざんだった分、コボルトを倒すことでアイの役に立ちたいという気持ちがあるし、それ以上に自分と同じ恐怖を味わっている生徒たちを解放してやりたい。


晃は右手で指鉄砲を形作り、設定したキーワードを叫ぶ。


魔法を発動させるための条件は大きく分けて二つ。

タブレットの【魔法管理アプリケーション】から直接魔法を選択するか、魔法ごとに好きなモーションやキーワードを登録して『ショートカット』発動させるかだ。


ちなみに晃は暴発を防ぐため、攻撃魔法には指鉄砲と魔法名そのものをキーワードとして、発動条件に設定していた。


「【轟雷1】」


――ギャアアアアアアアア!


晃の指先から紫電が迸り、狙いどおりにコボルトを直撃する。


「や、やった……」


今頃になって、心臓がドクンドクンと大きく鳴動を始める。


無我夢中だったが『コボルトを倒してみんなを助けることができた』という、晃にしてみれば偉業に匹敵することを成し遂げたという事実に、自分自身興奮してしまう。


【早乙女晃 レベルアップ 2→3 ボーナスAP1】 所持AP:5

【貴真志塔子 レベルアップ 2→3 ボーナスAP1】 所持AP:1


「レベルアップしたっていうことは、僕がコボルトを……殺した……ってことだよね?」


思ったよりも簡単で、思ったよりも実感がない。


立ち会ってただけと言え、ヘタレなりに場数を踏んできたせいか。

はたまた、魔法という飛び道具特有の手ごたえの薄さが、いい具合に作用したのかは分からないが、晃はそんな己を分析するだけの余裕はなかった。


なぜなら。


――ヴルルルル。


――グルァァァァァ。


――フシュルルル。


「攻撃魔法を使えるのが後2回でコボルトが3匹って、ヤバくない……かな?」


          *


『有賀さん。指示どおり捕らえていたすべての犬人間を解き放ちました』

『これでワシらの命を助け……ぐああああああ!』


有賀のタブレットから聞こえてきた声には覚えがある。

たしか、自分アイたちが比叡中学校の昇降口でノックアウトした巨漢その一、その二だったか。


「こういうとき、何て言うんでしたっけ? ああ、そうそう……一体いつから捕らえていた犬人間が一匹だけだと錯覚していた?」


通話を終えた有賀がタブレットを体に仕舞い込み、アイはその様子に舌打ちする。


あの野郎、再び距離をとったと思ったら、あんなことを狙っていたのか。


たしかにアイにも油断があった。


有賀を相手に一進一退の攻防を続けていた最中。

パーティを組んでいる晃と塔子のレベルアップアナウンスが脳内に流れたことで、向こうが一段落したと思って気を抜いてしまったのが原因だ。


「自分の手下すら使い捨てるなんて、絵に描いたような下衆ゲスさですね」


堪忍袋の尾はとうの昔に切れている。

アイはその愛らしい顔に似つかわしくない冷徹な無表情で吐き捨て、有賀の呼吸に合わせて距離を詰めた。


「っ……くっ……はあっ……やるっスねぇ」


「あなたでは絶対に私に勝てません」


横薙ぎに放たれた日本刀を、頭を低くすることでギリギリ避ける。

斬られた赤毛が数本、はらりと宙を舞うが、アイはおかまいなしにしゃがみこんで横に一回転。足払いを仕掛ける。


「っ、とォ」


転ばせるどころか骨を折るほどの力と速度を持った足技を、有賀は跳ぶことでかろうじて躱し、空中からアイの顔面めがけて突きを見舞う。


アイはそれをあえて掌で受け、刺し貫かれたところを有賀の拳ごと握りつぶしてやろうと画策。

しかし、その目論見を読んだ有賀がとっさに突きを逸らし、結果としてアイの右肩が浅く傷ついた。


「ヒィ……フゥ……しんどいっスね。って言うか赤毛さん、当たれば致命傷の刀が怖くないんスかぁ?」


口調こそ軽快だが、有賀の顔には汗がびっしり浮かんでいる。

ズル賢いキツネのような糸目から、焦りの色がありありと見て取れる。


――有賀にしてみれば、アイは"力と速度"が異常であるものの、あくまで戦いの素人だ。

攻撃モーションや目線から、どこを狙っているのか手に取るように分かる。

さらにアイの狙いを逆手にとって攻撃を繰り出しているのに、怯えることなく果敢に攻めてくることに重圧を受けているのだろう。


「直撃すれば"終わり"なのは私の攻撃も同じだということを、これまでの攻防で思い知ったはずですよね?」


これは、命中すれば相手を必ず殺すほどの威力を持った、必殺にほんとう必殺すでのぶつかり合いだ。


広い合宿場で、1対1で行われているのは命のやりとり――生と死のせめぎ合い。


コボルトを相手に"死"を間近なものとして感じ、怖れ、足掻き、生きぬくことのできたアイ。

かたや有賀は、安全な所から経験値も命も一方的に搾取するだけ。自らの生死をチップに賭けたことすらない"ド素人"だ。


故にアイは有賀の刀をコボルトの爪同様、意識しつつも過剰に恐れず。

有賀はアイの手足を必要以上に警戒し、腰が引けたり踏み込みの甘さに繋がって。


          *


戦いの天秤は、次第にアイの方へと傾いていった。


「さすがにこれはマズいっスねえ。本当なら、そこの壁際でぐったりしてる女たちを人質に取りたいとこなんスけど……」


卑劣な有賀のことだ。

アイもその可能性は十分にありうることとして考慮していた。


「そう思うなら試してみてはいかがです? 案外『何の罪もない女の子を犠牲にはできない』と、あなたの軍門に下るかもしれませんよ」


あえて挑発するように言う。


「それは意味ないっスからねえ。だって赤毛さん、イザとなったら人質を見捨ててでもオレに攻撃するつもりっスよね?」


実際のところ、有賀が本当に彼女たちを人質にとったら、アイはどう行動するか自分ですら分からない。

頭ではどうすべき分かっていても、こころがそれに追従するかという意味でだ。


それでも最後の最期。

自分と楓の命を最優先にするという事項が脅かされるようならば間違いなく――。


そんなアイの決意を汲取った訳でもないだろうが、有賀が日本刀の腹で自らの肩をぽんぽんと叩く。


「ですけどォ、ポニーテールさんが人質に取られたらぁ、どう出るっスかねぇ?」


「何を馬鹿なことを言ってるんですか? あなたにそれができるとでも?」


たしかに戦闘のさなか、昏睡状態に陥った楓に攻撃が及ばないよう立ち回りには細心の注意を払っていた。

その甲斐あって楓はかずり傷ひとつ負ってないし、いまこうしている間も、有賀に"それ"を許すつもりはない。


「んー、たしかに"オレ"が赤毛さんの攻撃をかいくぐって、ポニーテールさんを人質にするのは難しいっスねえ」


やたら『オレ』を強調する有賀。


『有賀には無傷の仲間があと二人いますの』


不意に塔子の言葉が蘇る。


そのうち一人は、第二体育館でコボルトを解き放った。

なら、もう一人はどこにいる?


「先輩!?」


少しずつ戦闘区域から遠ざけ、今や大広間の反対側――十数メートル先で倒れているはずの楓の方を振り返る。


そこには、いつの間に忍び寄ったのか、楓を羽交い絞めにしている剣道部員の姿があった。

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