第20話
ふと視線を動かすと、楓と目が合った。
『あたしはこっちをやるわ』
アイコンタクトで通じ合うとか以前に、楓はすでに狙いを定めて丸太を振りかぶっているから実に分かりやすい。
この巨漢二人は有賀の手下その一、二の剣道部員というところだろう。
中学生といえ全国トップレベルの剣道技術に加え、コボルトと戦ってレベルアップしていようものなら、かなり厄介な相手だ。
しかし、この奇襲で先手は取れるはず。
とにかく最初の一撃で、相手の力を大きく削いでやれば……。
「がっ!」
「ぐはっ!」
「きゃっ!?」
「えっ?」
最初の悲鳴は、アイの回し蹴りを受けた巨漢一のもの。
つぎは、回し蹴りで吹き飛ばされた巨漢一にぶつかられ、一緒に吹き飛んだ巨漢二のもの。
三つ目は、獲物(巨漢二)が目の前から消えて驚く楓のもの。
そして最後は、"自分自身"に驚いたアイのものだった。
蹴りを放った瞬間、スカートから放つ足技の難しさに『ヤバっ』と思ったものの、体が泳ぐことなく――具体的に言えばおっぱいの遠心力に振り回されることなく――綺麗に決めることができた。
『ちゃんとした下着をつけておっぱいをホールドしてやれば、かなり戦いやすくなるはずよ』
脳裏に楓の言葉が蘇る。
現状でも義体を十分に使いこなしているとは言えないし、胸が動きを阻害することも"軽減"されただけで、完全に無くなった訳ではない。
しかし、ブラジャーをつけるだけでこうも違うのか?
「会長、大丈夫ですか?」
「っ……ゲホッ……ありがとうございます……これくらい、生徒の皆さま方の痛みに比べれば、なんてことはありませんわ」
どうやら晃はアイと楓が仕掛けるのと同じタイミングで、塔子を庇おうと割って入ったようだ。
「会長、僕がダンジョンに入っていた数時間の間に、学校に何があったんですか?」
「それは……」
「言えば確実に部外者である私たちを巻き込んでしまう――そう考えているのでしょうが……」
「こうなった以上、あんたが黙っててもあたし達は首を突っ込むわよ」
ダンジョンの入り口がある昇降口前に張り詰めた空気が流れる。
「……分かりました。全てをお話しますわ。ですがその前にお尋ねいたします」
しばらく逡巡していた塔子は、昏倒した巨漢二人をちらりと見る。
「ダンジョンを抜けてここまで来たことと言い、いまのお手並みと言い、もしかして、貴女方は犬人間に対応できますの?」
「犬人間じゃなく、コボルトね」
どうやら楓はここでもコボルトという名称を広げたいらしい。
呼びやすくていいから、あえて反対はしないが。
「コボルト一匹が相手なら、私と先輩の二人がかりで挑めば、ほぼ無傷で倒せます」
二匹以上は同時に相手をしたことがないので分からないが、胸の動きづらさが劇的に改善されたいま、それ以上の数でも勝てそうな気がする。
「レベルが4の時点でそれだったから、5に上がったいまならもっと楽に戦えるわよね」
楓はそう言って、丸太を軽々と取り扱ってみせる。
その安定感たるや、当初は丸太に振り回されていたのが嘘のように思えるほどだ。
「こんなに太くて重そうな丸太を片手だけで振り回すなんて、どんな握力をしていますの!?」
「今日の半日だけで、あたしの握力は劇的に鍛えられたのよ」
手を握ったり開いたり、さらに"わきわき"とさせる楓だが、その動きには見覚えがありすぎる。
「先輩! それって私の胸を揉むときの手の動きですよねっ!」
まさか彼女はハンドグリップよろしく、レベルアップではなく胸揉みでパワーアップしたというのだろうか?
「女の子が……女の子の胸を……ううっ……これはキましたわ!」
何か塔子の様子がおかしくないか?
目を爛々と輝かせ、鼻血を堪えるように悶える塔子。
その姿は胸を揉んでいるときの楓と同様、"変態オーラ力"に満ち溢れているように見える。
「い、いえ。いけませんわ。いまは私欲に流されいる場合ではありません」
かぶりを振った塔子は立ち上がり、ダンジョンの入り口へと足を向ける。
「とにかく時間がありませんので、道すがらお話いたしますわ」
*
「私はてっきり校舎にいる有賀をブッ飛ばすと思ったのですが、何故ダンジョンに入っていくのですか?」
「アイの言うとおりよ。あのキツネ目が悪い奴だってんなら、真っ先にアイツを狙うべきじゃないの?」
「たしかに最終的にはそうするべきですが、いま優先しなければいけないのは『こちら』の方ですわ」
アイ、楓、晃、そして塔子の四人は、ダンジョンを急ぎ足で進んでいた。
方角は、アイたちがやってきた方と反対側。
東西南北で表すなら、アイたちはダンジョン南側にある金剛高校から西側の比叡中学校にやって来て、今度は北側に向かっているという具合である。
「そうだ。塔子、あんたタブレットは持ってる?」
「これですわよね?」
楓は塔子のタブレットを確認すると、赤外線通信を使って彼女をパーティへと誘う。
塔子は手続きにとまどいながらも、誘いを受け入れた。
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貴真志塔子
性別:♀
レベル:2
HP:13
MP:10
力:2
速さ:5
耐久:7
魔力:4
所持AP:10
取得技能:【食料品召喚】
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「あんたのステータスって、体力と耐久力があたしのレベル4の時点と同じじゃない!」
「でも、力がやたら低くありませんか?」
驚く楓のタブレット画面を、アイが横から覗きこむ。
アイの補正なしステータスと楓のステータス数値が同一なだけに、塔子のステータスの歪さが目立つ。
強いて言うなら塔子は防御力に特化しているという感じに見受けられる。
「いや、それ以前に会長がすでにレベル2だったり、技能を取得していることに驚きましょうよ」
冷静に指摘する晃。
しかし、その視線や口調からは、どういうことなのかという好奇心が見て取れる。
「そうですわね。わたくしの経緯を説明した方が早そうですわね」
塔子は頭の両脇についているフランスパンのような縦ロールを指先で摘みながら、口を開いた。
*
「今朝からずっと生徒会室にこもって一人で仕事をしていたわたくしは、比叡中学校が異界に飛ばされ、このダンジョンの入り口が現れていたことを、昼近くになるまで知りませんでしたの」
百歩譲って授業に出ず、生徒会の仕事をしていたのはいいとしても、異界に飛ばされれば普通は気付くと思うのだが。
「わたくしは仕事や勉強をするときは、雑念を払わなければ集中できないタイプですの」
作業用BGMやラジオなど言語道断。
さらに生徒会室の窓はすりガラスになっている為、窓から広がる風景が雄大な大自然から、原色ギトギトの不気味な空間に変わっていたことに気付かなかったらしい。
「窓から射し込む光の質で気付かなかったとしても、誰かが異変を知らせには来なかったのですか?」
「有賀の奴が、意図的に情報を遮断してわたくしの動きを封じていたのですわ」
異界へ招かれ、地下への入り口が現れた直後、好奇心旺盛な中学生たちはこぞってダンジョンへと足を踏み入れた。
――そこらへんの経緯は、晃が説明してくれた。
「もしわたくしがその時点でダンジョンのことを知っていれば、侵入を規制して慎重案をとったと思いますわ」
つまり、有賀はダンジョンがどういうものか把握するために、邪魔な塔子を生徒会室から出てこないように暗躍し、一般生徒たちの好奇心を利用して調査させたらしい。
その結果、足を踏み入れた数百名のうち、逃げ帰ってこれたのはほんの一握りだという。
「僕もアイさんたちに助けてもらわなければ、今頃は……」
「でも、ここに来る途中に出会った遺体は、ほんの数人だったわよ」
「あ、もしかして……」
思い当たる節のある晃が何かを言いかけるが、周囲の地形を確認した塔子によって遮られる。
「そろそろ目的地が近いので、諸々の細かい説明や『なぜ』『どうやって』は後回しにして、わたくしがここまで来た目的をお話しますわ」
――有賀は配下の剣道部員を使い、生徒を餌にしてのコボルトの捕獲を行っています。わたくしはそれを食い止めるために『ここ』に来ましたの。
*
塔子いわく、比叡中学校からまっすぐ北に向かって、この先にある『広間』までの道中にコボルトは出没せず、また『広間』に一匹だけいるコボルトは、排除して数分もすると、同じ場所に姿を現すとのこと。
RPGで言えばリポップに該当する"システム"に、言及する者は誰もいない。
そのようなことがささいに思えるほど、十数メートル先の『広間』の光景が、アイたちの理解を超えていたからだった。




