第19話
「有賀ッ!」
「ありゃりゃ。オレには"君"をつけてくれなんスか? 寂しいっスねえ」
廊下の奥から昇降口に姿を見せたのは、三人の男子生徒だった。
有賀と呼ばれたのは先頭に立った少年で、細身でキツネのような目をしており、ヘラヘラした笑みが印象的だった。
その後ろには、腰に木刀を挿したゴツい少年が二人。まるで有賀の護衛のように立っている。
「ま、別にい~んすけど、っと。そうそう、お姉さんたち、なんて名前なんっスかぁ?」
「人に名前を尋ねるときは、自分から名乗るのが筋ではありませんか?」
この闖入者のおかげで、塔子への憤りはある程度抑えることができた。
しかし、有賀の人を小馬鹿にしたような態度や、こちらの顔や胸やあそこを"食い物"でも見るかのように嘗め回す目が気に食わず、アイは冷たく言い放つ。
「ついでに言わせてもらえば、年上に対する態度も、女の子に接する態度もなってないわよ、あんた」
「「女ァ! 貴様、有賀さんになんて口を利いておる!」」
巨漢二人がステレオのように一言一句違わず楓に怒鳴るが、有賀はまぁまぁ、と彼らを手でたしなめる。
「ん~、赤毛さんは文句なしにSランク、こっちのポニーテールさんは……」
有賀は楓の顔を見て、
「ギリギリでS……」
腰を見て、お尻を見て、スカートに見え隠れする太ももを見て、そして最後にぺたんとした胸を見て。
「……いや、やっぱ総合でAランクっすわ」
「あんた、今あたしのドコを見てランク付けしたのよ! 言えっ! 言いなさいよッ!」
あのキツネ目は節穴か。
胸の大きさを審査点に入れたとしても、楓はSランクの美少女だろうに。
ああ、でも悪癖があるからなあ……"総合"だと……うーん。
いやまあ、それを言うなら中身が男の"アイ"は、ランク外になるんだろうけど。
*
「んでオレ、生徒会副会長で剣道部主将もやってる有賀っス。よっろしくぅ~」
相変わらずのチャラいセリフと薄っぺらい笑み。さらに横ピースには正直イラッと来たが、名乗られた以上名乗り返さない訳にもいくまい。
「……金剛高校の葉鐘アイです」
「……同じく、金剛高校の八月一日楓よ」
「あ、えと、僕はこの学校の二年で……」
「野郎の紹介はイラネ。興味ないし~。どうせ犬人間のエ――」
「有賀ッ! お黙りなさいっ!」
と、そこまで黙っていた塔子が慌てて口を挟む。
「だ~か~ら~、黙るのは会長の方っスよ。"野郎と女の子の扱い"、それに"可愛い女の子の扱い"は、さっきの臨時生徒総会で決まったじゃあないっスかぁ~?」
「あんな茶番を生徒総会と呼べる訳がありませんわ!」
塔子は目の前のアイから意識を逸らし、この場に現れた少年と言い争いを繰り広げる。
もっともがなり立てているのは塔子だけで、少年の方はおどけるような素振りを見せるだけだ。
「大体にして、彼女たちは比叡中学校の生徒ではありませんのよ! 今すぐにこの学校から追い出すべきですわ!」
「この人たちは迷宮の中を、犬人間から逃げながらここまで必死でやってきたんですよぉ。それを門前払いなんて可哀想じゃないですかぁ?」
「バカにしないでよ! あたしたちはコボルトを蹴散らしてここまでやって来たのよ! ほら、この丸太が見えないの!?」
「「女。貴様が『自分たちは戦えますからここに置いてください』などアピールせんでも、寛大な有賀さんは保護してくださるおつもりだ。感謝するがよい」」
……各々の思惑が絡み合って好き勝手言ってるようだが、少し整理してみよう。
生徒会長の塔子は、晃を含む自分たちをここから追い出したがってる。
逆に副会長(兼剣道部主将)の有賀は、自分たちを受け入れたがっている。
そして、この二人は反目し合ってる、と。
ついでに、楓は有賀の態度にムカついていて、巨漢二人は有賀のイエスマンみたいだが……まあ、これはとりあえず置いとくか。
普通に考えれば有賀の申し出の方がありがたいんだが、どうにも引っ掛かるんだよな。
塔子と有賀。
どっちの態度も露骨に怪しく、何かを隠してるように見える。
アイは、楓、塔子、有賀が三つ巴のようにぎゃあぎゃあ言い合ってる隙に、晃に小声で話しかける。
(この状況に何か心当たりはありますか?)
(いえ。僕にも何がどうなってるのかわかりません)
聞き方を変えてみるか。
(晃が知っている限り、生徒会長と副会長はどんな人間ですか?)
(会長は生徒のことを第一に考える立派な人で、副会長は権力や剣道の実力を鼻にかけ、好き勝手しているイヤなヤツです)
『副会長は誰々を妊娠させたとか、誰々をいじめて自殺まで追い詰めたとか、常に黒い噂が耐えないんですよ』と晃は付け足す。
(有賀の方は、よくそんな具合で副会長を続けていられますね)
(会長は学校から追い出したいみたいですが、なまじ剣道の実績があるから難しかったようなんです)
晃は苦虫を噛み潰したような表情になる。
剣道部は全国大会でも常に優勝候補だと言うし、仮に"噂"が本当だとしたら、スポーツに力を入れている学校側が悪事を隠ぺいしていたということか。
……ん? となると、有賀はあんな見た目と性格だけど、メチャクチャ強いってことだよな?
(かくいう僕も、仲のよかった友達が数日前に登校拒否になってしまって、その原因を調べ始めた矢先に……)
(学校ごと異界に転移されたという訳ですか)
話を聞けば聞くほど有賀に対して憤りを覚える。
もちろん裏付けや証拠もなく、晃から聞いただけの話だ。
しかし、先ほど有賀が向けてきた、"女を食い物のように扱う視線"を浴びた身として言わせてもらえば、あながち間違ってないように思える。
有賀は女の子を人間としてではなく、性のはけ口という"道具"として見ているようで胸糞悪い。
だから楓も、あそこまで敵意を剥き出しにしているのかもしれない。
(さて、どうするかな)
いまのところ、アイや楓が有賀から直接的に何かをされた訳ではない。
アイとしては正義の味方を気取るつもりはないし、有賀が敵として立ちはだからないのなら、積極的に介入していく理由はない。
だが、ここで不干渉を貫くことが正しいとはどうしても思えない。
自分が孤独と絶望に苛まれているとき、楓に救われたように。
虐げられる者の気持ちが分かるからこそ、"理不尽に"苦しんでいる人がいるなら何とかしてやりたい、と考えてしまうのは偽善だろうか。
――自分が生きるため。楓を守り抜くため。
その目的から逸脱しない限り……せめてこの手が届く範囲であれば、困っている人の力になってやりたいという思いは、"人として"生きることに繋がるのではないだろうか。
*
「それじゃオレはA級ちゃんを2人待たせてるんで行きますけどぉ。後は分かっるっスよねぇ?」
「…………わかりましたわ」
力関係は有賀の方が上らしい。
スキップでもしそうな足取りで一人去って行く有賀を、塔子はまるで親の敵のような目つきで見送る。
「さて、高校生の女どもはこっちで」「小僧はこっちだ」
有賀に付き従っていた巨漢の一人がアイと楓の前に、もう一人が晃の前に立つ。
その様子は校舎を案内するというより、咎人を処刑場まで連行する水先案内人のように見える。
「……やっぱり見過ごせませんわ! 三人とも、理由はきかずに逃げてくださいまし!」
「この金髪女が!」「"あ奴ら"がどうなっても構わぬと言うか!」
「きゃっ!?」
塔子が巨漢二人の足にすがりつくも、大の男の力に敵うわけもない。
いともあっさり振り払われ、床に倒される。
しかし、巨漢はそれで済まさず、腰の木刀を抜き放つ。
「武士の情けだ。"今回も"顔は狙わずにおいてやろう」
床に蹲った塔子のブラウスの隙間からは、無数の打撲傷が見えていた。
「もう迷う必要はありませんね」
アイは感情の赴くまま、巨漢の一人に狙いを定めた。
※2015年2月27日 一部文章を変更しました。
また、塔子の服装のミス(セーラー服からブラウス)を修正しました。




