第1話
「隕石でも降ってきて世界がメチャクチャにならないかな」
葉鐘鉄雄のそんな呟きは、彼にしてみれば特段珍しいものではない。
存在感が薄く友達がいないぼっちの高校生男子としては、そういった妄想に耽ることは日常茶飯事だ。
「けど、まさか本当になるとはな……これって俺のせいじゃないよな?」
教室で頬杖をつき、窓の外を眺める鉄雄。
そこに広がる光景は見慣れた街並みなどではなく、異空間だ。
赤や青、黄色や緑など、原色をぐちゃぐちゃにかき混ぜてうねったような風景。
建物はおろか生き物の気配すら感じさせないその空間に、自分たちが通う高校だけがぽつんと浮かんでいる。
この高校を残して、世界そのものが原色の海に沈んでしまったのか。
あるいは逆に、高校だけがこの気色悪い空間に転移してきたのかは分からない。
ただ、気付いたときには『こうなっていた』
それ以外に説明のしようがない。
「ね、ねえ、僕たち全員で夢でもみてるのかな?」
「携帯も繋がらないわ!」
異変に気付いたクラスメイトたちがざわめき立つ。
「これって集団幻覚……ってヤツなの!?」
「信じたくないが、こら現実やで」
「やだ、あたし怖い……」
「大丈夫だよ、俺がついてるさ」
仲の良い友達同士が固まって互いを慰め合う様を、鉄雄は冷めた目で遠巻きに見つめる。
あんな風に慣れ合ったところで、事態が好転するわけでもないのに。
……いや、本心はそうじゃない。
他人と不安を共有したいと思っても、その相手がいなくてやさぐれているだけだ。
思えば昔からこんなだったな、と鉄雄は一人ごちる。
別段イジメを受けている訳ではない。
日常会話をしたり、何気ないやりとりをする程度にはコミュニケーションが取れている。
しかし、仲の良い友達同士で班を作れと言われたら必ずあぶれ、数人のグループで遊びに行くときは声をかけてもらえない。
向こうが困ったときは『俺たち友達だよな?』と近づいてくるくせに、こちらが助けを欲しいときは『あ~、ゴメン。今、ちょっと……』と都合良く利用される関係。
それが鉄雄とクラスメイト達の距離感だった。
そして、学校が不可思議な空間内で孤立しているという異常事態においては、誰も鉄雄のことなど気にも留めない。
その孤独感が強いからこそ、鉄雄の心は逆に平静を保っていた。
*
どれくらい時間が経過したか。
ほんの数分だったかもしれないし、数十分だったかも知れない。
除湿のために回っていた空調はいつの間にか止まっていて、息苦しさを感じる。
「な、なあ。いつまでもこうしていられないし……外の様子を見に行かねえ?」
誰かがそう口火を切った。
「そうよね。いつまでもここでじっとしてる訳にはいかないし」
「でも、学校の外は『あんな風』なのよ? 危険はないの?」
「けど、校舎の中なら絶対安全って言えないよね?」
「ああ。だから安全を確かめるためにも探索しなきゃいけないと思うんだよ」
「それじゃ男子を中心に、外に出るグループを決めようぜ」
なるほど、その考え自体は正しいのかもしれない。
こうしている次の瞬間にも、このまだら模様の空間にぽつん浮かぶ校舎が突然落下を始めたり、空間そのものに飲み込まれてしまう可能性だってあるのだから。
ただ、問題は……。
「それじゃあ行くか。鉄雄、お前が先頭な」
「ちょ、ちょっと待てよ。俺は探索するなんて一言も言ってないだろ」
「まあまあ、いいからいいから。危なくなったらちゃんとフォローするからさ」
さも当然のように自分を一番危険な最前線に立たせようとする、クラスメイトたちの浅ましさだ。
「葉鐘ってば酷くない?」
「そうよそうよ、何が起こるか分からなくて怖いのはみんな一緒なんだから、自分だけ安全な場所にいるつもりなの?」
同行する気はまったく無い女子が、和を乱すな、空気を読めと勝手なことを言ってくる。
何を言っても無駄だと悟った鉄雄は、仕方なしに首を縦に振る。
「……はぁ、わかったよ」
「うっし、じゃあ行くべ」
鉄雄が了承したことで、探索係は男子4人となった。
鉄雄の他に探索を了承(あるいは買って出た)のは、クラスではお調子者で目立ちたがり屋の連中だ。
大方物事を深く考えず、ただ単にヒーロー扱いされたいから参加するのだろう。
「頑張って!」
「無理すんなよ」
「何があるか分からないんだから、危ないと思ったらすぐに帰ってきてね」
居残り組が壮行式のように励ましの言葉を次々に口にするも、鉄雄に向けられた言葉はただ一つとしてない。
露骨に無視されているという訳ではない。
だが、ごく自然にスルーされているからこそ、かえって虚しくなってくる。
せめて他の同行者のように心配する『フリ』だけもされたなら、少しはやる気が出るのかも知れないが。
*
クラスメイトたちに見送られて外に出た鉄雄たちは、まず校門前へと向かおうとする。
しかし、
「おい、校庭の隅に人が集まってんぞ」
「あっちって資材置き場の方だよな?」
「行ってみんべ」
自分たちと同じように校舎から出てきていた生徒たちが集まっているのを見つけ、そちらへと足を向けた。
先客は、十名ほどの二年生の男女だった。
「どうしたんスか?」
「おう、一年か。ちょっとこれを見てみろよ」
声をかけるクラスメイトと答える先輩たち。
鉄雄たちは先客が指し示した先に視線を移す。
「これって……」
「地下への……入り口?」
それは、周囲がやたら仰々しい装飾で彩られた石造りの門扉だった。
その扉は開け放たれ、続く階段が地下へと伸びている。
「おいおい、何だよコレ」
当然のことながら、この資材置き場にこんなものは存在してなかった。
部室等の修繕用に、大小様々な鉄骨や丸太が置かれているだけだったはずだ。
しかし、この門扉は最初からここにあったかのように―ーさも当然のように口を広げて侵入者を待ち構えている。
「なあ……誰か中に入ってみろよ」
先輩の誰かがボソリと言う。
しかし、それに同意する者はだれもいない。
イヤイヤ連れだされた鉄雄はもちろん、目立ちたいからという不純な動機でここまで来たクラスメイトたちですら、沈黙を保っている。
階段の下からは、それほどまでに禍々しい空気が染み出てきていたからだ。
例えるなら、唸り声が聞こえてくる猛獣の檻。
例えるなら、いたるところに地雷が埋め込まれた紛争地帯。
階段を下った先は何が起こるか分からない不気味なエリアなどではなく、確実に何かが起こる危険な場所であることがひしひしと伝わってくる。
だからと言って、この奇妙な空間に閉じ込められている以上、この下り階段を見て見ぬふりはできない。
どう危険なのかを確かめるためにも、誰かが中に入って調査しなければならない。
だが、リスクを背負う『誰か』になりたくはない。
そんな薄い感情が見え隠れして二十名近くの生徒が尻込みするなか、一人の上級生がしびれを切らした。
「いい加減にしなさいよ。これだけ人数がいてビビってるなんて情けないと思わないの?」
「ほ、八月一日さん?」
「誰もいかないなら私が入るわ!」
女生徒が一歩前に出た。
身長170センチの鉄雄より少し低い程度か。
彼女は長い黒髪をポニーテールに束ね、背丈のわりにあまり発育のよろしくない胸を突き出すようにふんぞり返る。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「そうよ、楓ちゃん! この中は間違いなくヤバいって!」
八月一日楓というのが彼女の名前らしい。
楓が腕まくりをしながら大股で階段へ近づくが、彼女のクラスメイトと思わしき先輩たちが慌てて止めに入る。
「離してよっ!」
「ああもう、いいから落ち着けって!」
「オイコラ一年坊、先輩が率先して中に入ろうとしてるのに、お前らは見てるだけかよ!」
「彼の言うとおりよ、あなた達が楓の代わりに階段の下を調べてきなさいよ!」
何でそんな理屈になる?
「いや、それとこれとは関係ないでしょう?」
「ああん?」
「うるせえな、上級生の言うことが聞けねえのかよ!」
「そうよ、早く中に入りなさいよ!」
鉄雄は抵抗するものの、二年生たちは聞く耳をもたずに睨みつけてくる。
「ちょっと待ちなさいよ。あたしはそんなつも……モガッ……ングッ……」
「はいはい、八月一日さんはちょっと黙っててね」
ああ、そういうことか。
楓は最初から一年生に探索を押しつけるつもりで、わざと『自分が行く』と言いだしたのだろう。
言いだしっぺ(楓)がキレることで周囲の二年生がそれを止め、ドサクサ紛れに俺たちに貧乏くじを押しつける。
鉄雄は『そういう空気』を意図的に作り出す奴に何度もハメられた経験から、逃げ出せないことを理解し、
クラスメイトたちは『そういう空気』を意図的に作り出し、何度も鉄雄をハメた経験から、逃げ出せないことを理解した。
*
「仕方ない。階段の下がどうなってるかだけを見て、さっさと校庭に戻ろうぜ」
「んじゃ、先頭は任せるからな、鉄雄」
「イヤだよ。なんで俺が先頭なんだよ?」
「いいからいいから」
「そうそう、こうなったら腹をくくるしかないだろ」
ヒエラルギーの低い一年生グループの中で、さらに最下層に位置する鉄雄は不満を漏らすが押し切られてしまう。
押しに弱いからこそ、こういう立場に甘んじているのかもしれない。
そんな自分の性格に嫌気に差しながら、階段を降りきった鉄雄は第一歩を踏み出した。
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「え?」
「おい、何立ち止まってんだよ、前へ進めよ」
「いや、いま妙な声が聞こえなかったか?」
「訳の分からないこと言ってんなよ」
焦れたクラスメイトたちが、鉄雄の背中をドンと押し出す。
彼らに聞こえなかったということは、緊張感や恐怖が生み出した幻聴なのだろう。
「うわっ、とっと……って、え?」
背中に衝撃を受け、数歩分つんのめった鉄雄だったが、何とかバランスを取って顔を上げる。
そして、周囲の光景に絶句した。
読んでくださった方がた及び、ブックマークを付けて下さった方がたに深く感謝いたします。
あらすじの内容にあたる部分を極力早く更新し、序章に繋げれるよう頑張る次第です。