第18話
腰まで届く赤色の髪と対になるような純白の下着。
上の方も下の方も余計な装飾はほとんどない。
かろうじてショーツの前面上部に小さなリボンがついているものの、特徴と言えるのはただそれだけの、ごくシンプルな形状だ。
このブラジャーもショーツも、単なる合成繊維の布切れにすぎない。
だというのに、それを女の子が肌につけているというだけで、なぜこうも心をかき乱されるのか。
下着姿の自分自身と、自分(女の子)が身につけている下着。
果たして自分を魅了しているのはどちらだろうか。
*
「ちょっと、アイ? アイってば!?」
「え……あっ……ど、どうしたんですか先輩?」
「どうしたはこっちのセリフよ。あんた、どれだけの時間呆けていたか覚えてないの?」
「え? あ、あれ!? いつの間に!?」
たった今まで下着姿だったはずが、気付けばセーラー服姿になっていた。
濃紺のスカートと同色の襟。
上着部分は薄地の白色で、胸の中央部分には赤いタイがついている。
金剛高校の夏服(長袖仕様)だ。
ちなみに足部分は、ブーツと一体化になった白のタイツを履いている。
涼しげな夏服には不釣り合いだが、靴の替えはないのだからどうしようもない。
「いくら話しかけても反応が無いし、仕方ないからあたしが制服を着せてあげたんだけど、本当に覚えてないのよね?」
「う……す、すいません」
「女のあたしから見てもそれだけ可愛いんだから仕方ないと言えば仕方ないけど、下着姿でコレだと裸を直視したらどうなることやら」
「それはなってみないと何とも。正直言って、自分の姿でこんな風になるのは想定外でした」
今回に限って言えば興奮や欲情と言うより、芸術品を目の当たりにしたような魅入られ方だった。
初見ということもあっただろうが、次に自分の下着姿を見たらどう感じてしまうだろう。
(って言うか、あんたを巡るライバルが女の子のあんた自身っていうのもどうなのよ)
まただ。
たまに楓は、こちらに聞き取れないほどの小声で呟くことがある。
彼女が何を言っているのか興味があるが、聞かれたくないからこその呟きなのだろう。
「晃、着替えが終わったからもういいわよ」
「ぷはぁっ! ゼェ……ハァ……」
楓の言いつけを律儀に守っていた晃が、ようやく解放されたとばかりに胸に酸素を吸い込む。
そしてふと、視線をこちらに向けた状態で―ーまるで石化したかのようにぴしりと硬直してしまう。
「はぁ……あんたもなのね」
楓のため息が、赤の部屋に充満した。
*
――比叡中学校。
生徒数は約800名で、1学年あたりのクラス数は8ないし9。
私立中学校である強みと言うべきか、部活動に力を入れている学校だ。
建物は本校舎の他、複数の体育館、野球専用、サッカー専用などのグラウンド、柔剣道場やテニスコート、プールといった設備はもちろんのこと、合宿場やトレーニングジム、果ては部活動に集中して取り組むために、専用の寮まで備わっている有様だ。
また、部活動も支援に見合った結果を収めている。
ほとんどの部活に全国大会出場経験があり、なかでも男子剣道部は毎年、全国の優勝争いにからむほどだ。
「……と言っても、僕みたいに部活に入っていない生徒も大勢いるし、そういう人たちにとっては普通の学校なんですけどね」
それぞれ別の中学校に通っていたアイと楓は、そんな晃の説明を聞きながら階段を昇る。
もっとも同じ学区内ということもあって、ある程度のことは知っていたのだが。
「金剛高校みたいにダンジョンの出入り口がバリケードで封鎖されてなくて良かったですね」
「待ってアイ。出口のところに誰かいるわ」
「見張りでしょうか?」
階段を上がってすぐのところ。
昇降口で待ち構えていたのは、比叡中学校指定のスカートとブラウスを纏った一人の女子生徒だった。
異界に飛ばされているといえ、いまは六月。衣替えの移行時期だ。
晃や"鉄雄"のように冬服の者もいれば、アイ、楓、そして彼女のように夏服の者もいる。
やがて階段を昇り切ったアイたちの頭に、相変わらずとなる不思議な声が響いた。
【ファストアクション 他拠点訪問 ボーナスAP9】
楓 AP40→49
アイ AP27→36
晃 AP5→14
「パーティを組んだ恩恵といえ、僕がこの条件で貰えるのは何かおかしくないかな?」
そんなツッコミを入れる晃であったが、立っていた人物の顔を確認して、ボソリと言う。
「……会長?」
晃の声に、彼女がぴくりと反応し、ひどく緩慢な動作でアイたちを観察する。
「貴方は……ウチの生徒ですわね。そしてそちらは……金剛高校の方々……ですの? いえ……ですが……まさか」
お嬢様然とした口調に、これ見よがしな金髪縦ロール。
独断と偏見で言うなら『オーッホッホッホ』という高笑いが似合いそうな容姿なのだが、彼女から漂う"生活に疲れた中年"のような空気が色々と台無しにしている。
しかし、それも一瞬のこと。
彼女は一回深呼吸すると外見に相応しいオーラを放ち、アイたちが何か言うより早く口を開いた。
「わたくしはこの比叡中学で生徒会長を務めさせていただいている、貴真志塔子と申します。お見知りおきを」
と、スカートの両端をつまんで軽く一礼。
「金剛高校一年の葉鐘アイです」
「えーと、僕はこの学校の二年生の早乙女晃です」
それに合わせ、アイ、晃と自己紹介をし、さらに、
「金剛高校二年の八月一日楓よ」
――先輩。いま塔子の胸に対してお辞儀をしませんでしたか?
たしかに彼女も中学生にしては立派なモノをつけているのは認めよう。
しかし、大きさは自分の方がいくらか上だ。
形や肉体年齢的な"張り"は互角と仮定しても、こちらには楓にわずか半日で数百回は揉まれたという実績がある。
だからあんなポッと出のおっぱいになど負ける訳には……って何で俺、嫉妬してんだよ!
何が悲しくて、本物の女の子と胸で張りあわなきゃいけないんだよ!?
など、アイが激しい自己嫌悪に陥ってる間に、
「この度は遠路はるばる、わたくしたちの中学校までお越しいただいたところに恐縮ですが――お引き取りくださいませ」
と、塔子は有無を言わさぬ口調で言い放った。
「ちょ、ちょっと待ってよ! いきなり『カエレッ!』はないでしょ!?」
「せめて私たちが陥った状況について、情報交換だけでもしませんか?」
「わたくしにはそちらとお話することは一切ありませんわ。一刻も早くここから立ち去ってくださいまし」
取りつくしまがないとはこういうことか。
楓とアイが塔子につめよるも、彼女は煩わしげに眉を少し動かしただけだ。
「会長! アイさんたちは僕の命の恩人なんです。いきなり追い返そうとするなんて酷いですよ!」
「早乙女君と言いましたか。ずいぶんと彼女たちに懐いていますのね」
アイには、塔子の瞳が一瞬だけ揺らいだように見えた。
「彼女たちの肩を持つのでしたら、早乙女君もここから出ていってもらいま……」
塔子はその言葉を、最期まで言うことはできなかった。
一瞬で沸点に達したアイが、拳でドゴン、と左側にある靴箱をひしゃげさせ、
同じ気持ちを抱いたであろう楓が、丸太を振り回して右側の靴箱をズガン、と倒した為だ。
「おいコラ。よそ者の俺たちに出て行けってのは分かるが、もともとここの生徒だった晃まで追い出そうってのはどういう了見だ?」
感情的になったあまり"素"が出てしまったが、構うものか。
晃のためと言うより、同胞を切り捨てようとする塔子の態度が気にくわない。
敵としてみなす価値すらなかった金剛高校の"みんな"と違い、明確な敵意をもってて立ちはだかってくれるのは、実に分かり易い。
塔子はアイと楓の"火力"に目を大きく見開き、次いで縋るような眼差しを向けてきたようが気がしたが――やはり気のせいだろう。
「……わたくしを許せないのでしたら、どうぞ殴ってくださいまし。ですが、それが済みましたら、ここからすぐに出て行ってもらいますわ」
「上等だ」
彼女が敵だというのなら、容赦はしない。
いまの自分の性別も、女の子を殴るという意味では非常に都合がいい。
アイはゆっくりとした歩みで塔子に近づき、胸と胸がぶつかる距離で向かい合う。
いや。
実際に互いの巨乳が押し合ってひしゃげているのだが、さすがの楓もこの状況では性的にではなく、怒りによって興奮している。
アイは拳をぎゅっと握り、弓弦のように後ろへ引いたが――どうしても鉄拳を放つことができない。
「……くっ」
敵は徹底的に叩き潰す。
いまさらその大前提に迷う事はない。
たとえ、彼女が人間だとしても、そして女の子だとしても、それは理由にならない。
――なら、何で俺はコイツを殴れない?
まるでいじめられっ子の"サイン"のように、ちらほら見え隠れする塔子の不審さ。
それを察知感じたアイの義体そのものが、『彼女は敵じゃない』と訴えているかのようだ。
晃はオロオロとうろたえている。
楓は位置的にも距離的にも、塔子のサインを受け取るのが物理的に不可能だったようで、怒気に任せて『処する? 処する?』と訴えてきている。
そういった状況の中、振り上げた拳の下ろし場所を逡巡していたアイの背中に、やたら軽薄そうな声がかけられた。
「サ~セン。お姉さんたち、そこらへんで勘弁してくんないっスかぁ? ウチの会長、ちょ~っと疲れてんスよぉ」
迷った末に、今回は下着描写をあえて簡略化して話を進めました。
TS系イベントばかりだとくどくなるかなと思ってのことですが、イベントそのものを放棄した訳でなく、また改めて発生させたいと考えています。
ちなみに新キャラの名前については、とあるセリフがもとになっています。
(キャラクターの名前と性癖には、一切の関連性はありません……多分)
※2015年2月23日 一部脱字を修正しました。
※2015年2月25日 一部誤字を修正しました。