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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第16話

「ちょ、ちょっと。晃、あんた今何をしたの?」

「い、いえ、何だろなこれ? って軽い気持ちで見たことのないアイコンをタップしただけですよ!」


楓と晃が驚いた理由は、今まで見たことの無い画面がタブレットに表示されたからだ。


これまではパーティメンバーはもちろん、自分自身のステータスすら確認する方法は無かった。

かろうじて、技能取得アプリケーションで自分が買った技能を確認できるだけだった。


「タブレットのプログラムにはバージョンがあるみたいだけど、基本OSが更新されて機能が増えたのかしら?」

「もしかしたら別々の地点からスタートした僕らがパーティを組んだことで、ステータス確認が解放されたのかもしれませんよ」


「理由がどうあれ、ある程度進まないと自分のステータスすら確認できないなんて、これがゲームだったらクソゲーもいいところね」


楓の言葉に晃が同意とばかりに頷いた。


「そもそも、まともな状況説明チュートリアルが無い時点でゲームバランスを取る気がありませんよね」

「ルールの説明が無くて許されるのはデスゲームぐらいよね」


楓の不満はさらに続く。


「最初の赤い扉は無視しても話が進むわ、ダンジョン内に点在する赤い扉の部屋は制限時間を過ぎたら二度と入れなくなるわで……」

「赤い扉の部屋って時間制限で追い出されても、少し時間を置いたらまた中に入れるようになりますよ」

「本当!?」


「ええ。最初の赤部屋みたいに15分の滞在制限なら、追い出された後15分待てば吊り天井が元に戻って再び入れるようになります」

「……1回どこかで色んなシステムを再確認したくなってきたわね」


セーラー服の少女と学生服ブレザーの少年が"システム"の談義をしている傍ら、レオタードの少女は全く別の理由で驚いていた。


――何で俺の名前がアイで表示されてんの?


慌てて自分のタブレットを取り出すと、そこにも現在時刻と共に葉鐘アイという表示がなされていた。

タブレットを手に入れた直後はもちろん、この体になってもずっと、鉄雄という本名で表示されていたはずなのに。


いやまあ、たしかにアイという少女として他人と接するなら、こちらの方が都合がいいのだが。

実際、鉄雄表示のままだったら、晃にいろいろ追及されたかもしれないし。


「アイさん。この【戦闘用義体♀】ってどういう技能なんですか? 戦闘系ステータス150%っていう特殊能力と何か関係があるんですか!?」


……結局、どうであっても晃は根ほり葉ほり聞いてくるのか。

というか、何故目を輝かせて興奮気味に聞いてくる?


「【戦闘用義体♀】というのは、女性用の戦闘プログラムなんですよ。"この体"にインストールすることで力や速さが強化される、という訳です」

「そうなんですか!」


戦闘能力に長けた女の子の体を貰える技能です、など正直に言えるはずもない。

『すごい技能だなー』と純粋に感心する中学生を騙すのは気が引けるが、男だいうことをひた隠しにするためには仕方がない。


「それにしても、アイさんも楓さんも凄いんですね。技能を沢山持ってるし、レベルも高いし、何よりコボルト相手に戦えてるし」

「技能については、たまたま運が良かっただけです」


あるいは、運が悪かったからかも知れないが。

とにかく憧れに近い眼差しを向けられるのに慣れておらず、居心地が悪くてぶっきらぼうに答えてしまう。


「レベルについても、敵を殺して強くならなければ、生きていけない状況に追い込まれましたからね」

「強く……ですか。僕も二人みたいになれますかね」


――グルヴァアア!


「きゃっ!」


目前の通路脇からコボルトが飛び出して楓に襲い掛かろうとし――驚いた彼女が突き出した丸太に打ち据えられ、そのまま動かなくなる。

完全な出会い頭といえ、弱めのコボルトなら楓一人でも対応できるようだ。


【八月一日楓 レベルアップ 4→5 ボーナスAP1】 所持AP:40

【葉鐘アイ レベルアップ 4→5 ボーナスAP1】 所持AP:32

【早乙女晃 レベルアップ 1→2 ボーナスAP1】 所持AP:10


「よかったですね、晃。強くなれましたよ」

「いまひとつ釈然としないんですけど……」


しかし楓は物理的にはともかく、精神的に危ういところがある。

そのことを知っているアイは、心の中で晃に詫びながらも彼をいじる方向で、楓の気を逸らしてやる。


そんなアイの気遣いが功を奏したのか、それとも殺すことに慣れてきただけなのか。

楓は平然とした素振りで通路の先を指さす。


「向こうの方に赤い扉が見えてきたわね」

「あの先が、僕たちの中学校に続いてるんですよ」


比叡中学に着いた後、実際にどうするかは全く決めていない。


情報交換だけに留めて、楓と二人で探索の続きに戻るか。

あるいは最初から異物として拒絶され、門前払いをくらうか。


中学校に居座って拠点にできればダンジョン探索の大きな助けになるのだが、元ぼっちの少年という経験上、どうしても他人に受け入れられるビジョンが想像できない。


せめて最低限の身だしなみを整えて、相手の心象を良くするか。


……ん? 身だしなみ?


「あ、あの、すいません」

「どしたの、アイ?」

「ダンジョンの中はコボルトだけだから気にしなかったんですけど、他人と会うのに私の格好は……その……」


土埃やコボルトの返り血はどうしようもないとして、このレオタード姿はあんまりだろう。

晃はすんなり丸めこむことができたが、こんな恰好の女の子が突然表れれば奇異の目で見られること間違いない。


「僕、一足先に学校に戻って体操服を持ってきましょうか?」

「お願いしてよろしいですか?」


体格で言えば、晃は中学二年の男子の平均ほど。

しかし、アイの体はそれ以上に小さいため、彼の体操服はサイズが合わないなりに何とか着れるだろう。


「あ、ちょっと待って。どうせならコレを試してみない?」


楓の手にはタブレットが握られており、その指は【生活必需品召喚】のアプリケーションを示していた。


          *


アイ、楓、晃の3人は、比叡中学校の目の前にある赤い扉の部屋の中にいた。

理由は、先ほどのようにコボルトの奇襲を防ぐためだ。


「それじゃ、生活必需品を召喚してみるわよ」


アプリケーションの使用に合わせ、楓のタブレットが光り輝く。

そして画面の中から、三つのポリエステルの塊が飛び出してきた。


「おおっ、寝袋ですよ、寝袋! サバイバル生活になった場合、これがあると無いとじゃ大違いですよ!」

「凄いや。こんなことができる技能もあるんですね!」


寝袋を手に入れたことに喜ぶアイと、技能そのものに驚き感心する晃。

対照的に、楓は渋い顔のままだ。


「たしかに寝袋も有りがたいけど、欲しいのはコレじゃないのよ。こうなったらもう一回……」


しかし、【生活必需品召喚】が使えるのは、一日一回だけだ。


「よければ僕も【生活必需品召喚】を覚えて使ってみますか?」

「待ってください。晃のAPは晃のものですから、使い方は自分で決めるべきです」

「アイの言うとおりよ。さすがに行きずりのアンタにAPを使わせるわけにはいかないしね。という訳でアイ、あんたが【生活必需品】を習得すべきよ」


俺のAPなら勝手に使ってもいいのか、と言いたくなるが、楓から”アイとはそれだけ親しい仲”と言われているようで嬉しくなってしまう。


「待ってください。そもそも僕が所持しているAPは、二人に出逢わなければ貰えなかったものです」


それに、と晃。


「純粋にこの技能は今後のために取っておきたいな、って思ったから気にしないでください」


晃はそう言うと、ためらいも無く【生活必需品召喚】を習得し、使用する。


晃 AP10→5


そして出てきた物は。


「おおおおおお! 衣類が召喚されましたよ! 比叡中学の男子用ブレザーが三着と、金剛高校のセーラー服が……六着?」

「へえ、予備も含めて一人あたり三着分なんて気が利いてるわね……どうしたの、アイ。念願の着替えが手に入ったのに浮かない顔して」


いえ、先輩。

今更かもしれませんが、”俺”がシステム側にも女の子と認識されてる事実にやるせなくなったんですよ。


晃がいなければ、そうグチを漏らしていたところだ。


「さて、と。あたしが本当に欲しい物じゃなかったけど、これ以上贅沢は言えないし、着替えましょうか」

「着替えるって、コレにですか?」


男の俺が? スカートを履いてセーラー服に?


「あの、すいません。せっかくですので私も【生活必需品召喚】を習得して使ってみますね」


贅沢を言ってるのは分かってるが、せめてズボンにして欲しい。

アイは楓が止める間もなく、別の衣類が召喚される可能性に縋って、手早くタブレットを操作する。


アイ AP32→27


果たして、そこから出てきたのは三つの箱だった。

それぞれアイ用、楓用、晃用ということなのだろう。


何の警戒心もなく、鼻歌混じりで箱を開ける楓。

彼女はポニーテールを揺らしながら中を覗きこむなり、


「でかしたわ!」


とサムズアップ。


サイズから考えるにアイが希望したズボンではないようだが、それでも楓のお目当ての物のようだし、よしとしよう。

そんな気持ちで箱を開けたアイは、ぴしりと固まった。


やたらカラフルなバリエーションで、レースや刺繍がついたメガネのような形の布が七枚。

同じくポップな色合いに、やたら手触りのいい逆三角形の布が七枚。


「うわぁ。Tシャツとトランクスが七枚も入ってる」


Tシャツもトランクスも男物の下着だ。

男の晃にそれが入っていたということは、女としてシステムに認識されている自分の箱に入っている物体は……。


「ショーツとブラが一週間分かあ、よくやったわアイ! やっぱり女の子としては、どういう時も下着は履き替えたいのよね」

「は、はは。良かったですね、先輩」


やっぱり女性用の下着だったのか。


「なに他人事のように言ってんのよ。あんたもコレを身に着けるのよ!」

「む、むむむ無理ですよ! スカートですら恥ずかしいのに、女の子の下着なんて……」


※2015年2月20日 誤字を修正しました。

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