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男と女の1人2役で異界のダンジョンに挑んでみた  作者: 味パンダ
第1章 狭間の牢獄
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第15話

「かなり熱があるみたいですが、風邪ですか?」

「い、いいえ。それは風邪なんかじゃなく……あううっ……」


アイは白魚のように細い指で、晃の前髪を掻き分けておでこ同士をくっつける。

互いの吐息がかかるような距離で、晃の方から汗にまみれた臭いが漂ってくる。


男の汗って、こんなにも獣臭さが混じったような臭いだったのか?

それに何というか、脳が揺さぶられたように軽くクラッとしてしまう。


体や性別が変われば、色々と感じ方も違うということか。


          *


「たしかに女の子として振る舞えって言ったけど、あそこまでやれって言ってないわよね」


楓は湧き上がるイラつきを抑えつつ呟いた。


「アイの思惑は何となく想像がつくし、ズレているといえ、悪意が無いことも分かるんだけど……」


女の子に慣れていない晃とコミュニケーションを取るために、体を張って女体に慣らそうとしている、というところだろう。


だが、明らかにアレはやりすぎだ。

彼女(彼)は、自分の体が可愛い女の子であることを『分かっているつもりで分かっていない』


普通は『自分が行動した結果、相手にどう思われるか』を大なり小なり考えてしかるべきだが、男女関係に限って言えば、アイはその意識が著しく欠如している。


女の子に額をくっつけられて熱を測られたら、『コイツ、俺に気があるのか?』と男の方は思ってしまう。

逆に、女の子がそういうことをするときは『気があると思われても構わない』時だ。


男に意識してほしくて、そういうことをする女。

男に意識させること自体が楽しくて、そういうことをする悪女――あるいは小悪魔。


アイの場合はそのどちらでもなく、無意識で男を振り回している。


晃に気があると思われたくないにも関わらず、『自分は晃に気がある』と思わせる行動をとっている。


これはある意味、悪女よりタチが悪い。


「そのことをアイに教えてあげなきゃいけないわよね」


女の子が無防備に迫って額同士をくっつけるのが、男にとってどれほど深い意味があるかを。

その危険性を分からせるためには、アイが鉄雄に戻ったときに同じことをしてみせればいい。


――その結果、鉄雄という少年が、楓という少女をどう思うか。

その意味を十分に『理解している』楓は、うんうんと頷いた。


          *


一緒にダンジョンに入った仲間を、学校まで連れ帰ってやりたい。


それが晃の要望だった。


「仲間とはぐれてしまったんですか!?」

「なら、すぐに探して合流しないと! コボルトに襲われたらひとたまりもないわよ」


驚くアイと楓に、晃は首を横に振って答える。

そうか、彼の仲間はもう……。


「ねえ、アイ」

「はい」


楓の意図を汲んだアイは、タブレットに収納していた4つの生徒手帳を取り出す。

そのすべてが血で汚れていた。


「そ、それです……僕の仲間たちは……うっ……うああああっ……みんな……ごめん……ごめんなさい……ああああああああん!」


生徒手帳を受け取った晃は、その場に突っ伏してボロボロと泣き出す。


(今度は晃に母性を意識させちゃうけど、さすがにコレをダメって言えるほど空気が読めなくないわよ)


楓が誰にも聞こえないようにそう呟き、アイと顔を見合わせ、互いに頷く。


『アンタがなぐさめた方がいいと思うわ』

『分かってます』


というアイコンタクトを経て、アイは晃の頭をそっと包みこみ、抱きかかえる。

ただそれだけで、アイは何も言わない。

何を言えばいいのか分からないというのもあるし、何も言わないのが正解ではないかと思う。


「……怖くて……みんなが犠牲になってる間に……僕だけ……逃げ出して……本当に……ごめん……なさい……」


その嗚咽を聞いたアイは、激しく動揺した。

幸田たちに置きざりにされた自分自身の姿が脳裏に蘇る。


『お前は最低だ!』

『自分が助かるために友達を犠牲にしやがって』

『その友達はお前に殺されたようなもんじゃねえか!』


激情のまま、そうなじってやりたい。

しかし、すでに反省して悔いている少年に、追い打ちをかけることがどうしてもできない。


――結局のところ、"本当の意味"で晃をなじることや許すことができるのは、置き去りにされた当事者だけなのだ。


晃が置き去りにした仲間たちは死んだ。

それは揺るぎようもない事実。


晃がいかに許しを願っても、彼を許す資格を持った人たちは、もう何も言うことができない。

故に晃は生きているかぎり、友達を見捨てたという十字架を背負って生きていなければならない。


「本当に皮肉なものですね」


友人を見捨てたことは、容易く許せるものではないし、容易く許してはいけない。

しかし、自分の行いを省み、後悔することができる優しさも持ち合わせているからこそ、一生苦しみ続けなければいけない。


これがもし、他人を生贄に差し出したことを『屁』とも思わない奴だったら、そもそも罪の意識に苛まれることはないというのに。


「いまはただ、置き去りにした友人のためにも後悔し続けてください。そしていつの日か、その罪に対して十分に反省したのなら、私が彼等に代わって晃を許します」

「うっ……ひっく……あり……がとう……ございます」


もちろん、アイに晃を許す権利などない。

だからその許しは、アイにとっても晃にとっても欺瞞、あるいは自己満足でしかないのだろう。


          *


「ねえ、先輩」

「なに?」


アイは胸の中で泣き疲れ、寝てしまった晃の頭を優しく撫でる。


「私はいつの日か、幸田たちを許すことができると思いますか? "私たち"は、金剛高校の皆を許すことができると思いますか?」

「アイツ等次第ね。連中が晃のように可愛げのある性格なら許せるでしょうし、そうでなければ……」


楓の表情や声色からは、連中の性格がどうあってほしい、という願望が全く見えてこなかった。


          *


「アイさんって、たまに言葉遣いが乱暴になりますよね?」

「戦闘中だったので、つい興奮して荒い言葉になってしまったんでしょう」


「アイさんって、何でそんな格好レオタードしてるんですか?」

「え、ええと……新体操部の朝練の最中に異界に転移してしまって、着替える間もなくダンジョンに足を踏み入れたからです」


「アイさんって……」

「……もう勘弁してください……」


晃に胸を貸してからこっち、やたら懐かれてしまった。

出会った当初のぎこちなさはどこへやら。


相手をするのに疲れて楓に助けを求めるも、彼女は『ゴメン、無理』と首を横に振るだけだ。


――アイ、楓、晃の三人はパーティを組み、通路の遺体を回収しながらダンジョンを進んでいた。


楓のタブレットに表示されている地図を確認しながら、途中で出会った遺体のところまで戻る。


遺体の搬送ついては、当初は晃が『僕がやります』と立候補したものの、アイの機転でその労力は大きく省けた。


「魂の入って無い肉体は道具とみなされて、タブレットに収納できるんですよ」


さすがに直接そう言わず、晃を気遣って言葉は選んだが、『鉄雄の体』から理解した知識を披露してやる。


人間サイズそのものが10インチのタブレットに吸い込まれる原理は相変わらず不明だが、

『四次元ポケットみたいよね』

という楓の感想は、実に的を射ていると言うべきか。


「ちなみに、タブレットの中に収納すると、時間が止まった状態になるのよ」

「つまりは、どんなに時間が経っても腐ることはない、ということです」

「本当、どういう仕組みになってるんですかね、これ」


晃がしげしげとタブレットを眺める。

彼はそこで思いついたように、【ステータス】と書かれたアイコンをタップした。



八月一日楓【パーティリーダー】 

性別:♀

レベル:4 

HP:13

MP:13

力:9

速さ:8

耐久:7

魔力:10

所持AP39

取得技能:【回復1】【欠損補填】【解毒】【氷華1】【食料品召喚】

     【生活必需品召喚】【ろ過】【地図表示(狭間の牢獄)】



葉鐘アイ 

性別:♀

レベル:4 

HP:13+6

MP:13+6

力:9+4

速さ:8+4

耐久:7+3

魔力:10+5

所持AP:31

取得技能:【戦闘用義体♀】【生命+1(戦闘用義体♀に付随)】【アイテムボックス拡張+1(戦闘用義体♀に付随)】

     【食料品召喚】【罠感知】

特殊能力:戦闘系ステータス150%



早乙女晃

性別:♂

レベル:1 

HP:8

MP:8

力:4

速さ:3

耐久:4

魔力:4

所持AP:9

取得技能:【火焔1】【地図表示(狭間の牢獄)】


「何なのこれ!?」

「何ですか、これ!?」

「何これ!?」


驚きの声はきっかり三人分。

楓、アイ、晃の順だった。

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