第13話
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「……先輩、記憶を消す技能って何APあれば買えるんでしょうね……」
「あはは……えーと……そ、そんな技能あるのかしら? ち……ちなみに、誰の記憶を消すつもり?」
「決まってるでしょ! 俺とコイツの両方ですよ!」
ようやく楓の胸揉み地獄(天国?)から解放されたアイは、自分の態勢に気付いて愕然としてしまった。
顔面騎乗位。幸せ固め。
男が女の子にしてほしい事ランキングがあれば、恐らく上位に入るであろう行為。
――かくゆう俺も、先ぱ……もとい、女の子に『こんなこと』をされれば、それだけでご飯三杯はいけるだろう。
だがしかし。
自分が女の子になって、見知らぬ男子中学生に『こんなこと』をしてしまうとは、夢にも思わなかった。
自分自身は黒歴史として一刻も早く忘れるとしても、彼はどうしたものか。
股間が膨らんだまま気絶していることから察するに、まず間違いなく何をされたか覚えているだろう。
大体にして、この中学生も男の股間に顔を埋めて勃起したなど、いい恥さらしのはず。
彼自身のためにも、この不幸な事故は一刻も早く忘れさせるべきなのだ。
そう。
この義体は完全な女の子なのだから、客観的事実でみれば、この少年は女の股間に顔を埋めたに過ぎない――という都合の悪いことは考えないようにしよう。
「……ええと、その……色々ごめんね。あたし、おっぱいの事になるとどうしても暴走しちゃって……」
「ええ……うん、大丈夫です。マジで色々と忘れますから、先輩もソイツが起きたら何事も無かったように接してやってください」
それが皆の為だ。
俺にとっても、中学生にとっても。
そして、コボルトを殺したことに強い罪悪感を抱いていた先輩にとっても。
「……そうね、2つの意味でお礼を言わせてもらうわ。ありがとう」
「2つ?」
「あたしを許してくれたことと、あとは……」
「あー、いや、気にしないでください」
こういう気遣いというのは、相手に見透かされると物凄く気恥ずかしくなってしまう。
話題を変えよう。
「それより、コイツはどうしましょうかね?」
「いかにあたし達自身が有利になることを最優先させるといえ、この状況で見捨てるわけにもいかないわよねえ」
そもそも見捨てるつもりなら、最初から助けていない。
「俺としては比叡中学校に送り届けてやろうと思ってるんですけど」
「私たち以外にも迷宮探索をしてるなら、これ以上ファストアクションを狙うのは厳しいでしょうし、向こうの学校と情報交換もいいかもしれないわね」
アイと楓が探索しながら見つけたファストアクションは以下の5つだ。
【ファストアクション 魔法使用 ボーナスAP7】
【ファストアクション 回復 ボーナスAP2】
【ファストアクション パーティアタック ボーナスAP5】
【ファストアクション 迷宮破壊 ボーナスAP3】
【ファストアクション 合流 ボーナスAP9】
上2つは、楓の背中の傷を治した際に発生したファストアクションだ。
本音を言えば楓が習得した【氷華1】で魔法攻撃ボーナスも狙いたかったが、そちらはあえて使わず、回復用のMP温存を優先した。
魔法使用についての説明は後にしよう。
パーティアタックはその名の通り。
「絶対あるわよ!」と楓が自信満々で宣言するので狙ってみたが、これには苦労させられた。
結果的にはガチビンタぐらいの衝撃でボーナスを入手できたのだが、どちらがどちらを叩くかで大いに揉めた。
『男が女の子を殴れるわけないでしょう! だから俺を殴ってください!』
『あんた、どの乳提げて自分が男だって言い張るのよ! いいからホラ、あたしをバチンとやりなさいよ!』
『それを言うなら、どの面提げて、でしょうが! ああもうラチがあかない。こうなったら先輩を怒らせれば……』
アイは『貧乳』というNGワードに加え、おっぱいで楓の頬を優しくビンタするという荒業で、貧乳少女の怒りを買うことに成功した。
……成功したのだが、一発殴られる代償として数十回胸を揉まれてしまった。
迷宮破壊は壁の薄いところを探し、楓の丸太を破城槌のように使用して壁を壊すことで入手。
合流は、いまさっきこの中学生を助けた時点で発生した。
恐らく、他所からスタートした人間と初めて遭遇したことが条件だったのだろう。
その他、ファストアクションとは違うが、レベルが2から4まで上げたことによるAPボーナスが2。
どうやら現時点におけるレベルアップ時のAPは1で固定らしい。
永続的に1ずつ増加なのか、それとも一定レベルをを越えれば2ずつ、3ずつと付与数が増えていくのかは不明だが。
アイ 所持AP3+ファストアクション合計26+レベルアップボーナス2=現AP31
楓 所持AP11+ファストアクション合計26+レベルアップボーナス2=現AP39
ちなみにパーティを組んでいる状態であれば、メンバー全員にファストアクションのボーナスAPが加算されることが判明した。
「それにしても、結構APが溜まってきましたね」
「安全な場所に移動したら、各種ステータスとかもチェックしながら今後の対策を練りましょ」
※
「う、うーん……」
どうやら中学生の目覚めが近いらしい。
それに目ざとく気づいた楓は、がしっとアイと肩を組んでひそひそ声で言う。
(いい? 分かってると思うけど、あんたは女の子として振る舞うのよ)
(分かりませんよ! 何で俺がそんなことをしなきゃなんないんですか!)
この人はいきなり何を言い出すのか。
(そっちの方が色々便利だから……ううん、逆ね。あんたがその体を持っていることで、余計な面倒を背負い込む可能性が高いのよ)
(……たしかに、この義体は協力な武器そのものですからね)
可能かどうかはさておき、『殺してでも奪い取る!』と考える輩が出てこないとも限らない。
(それもあるんだけど、むしろ問題は、あんた自身が男にも女にもなれる、ってことなのよ)
(それが他人に知られると、何か不都合でもあるんですか?)
むしろ、さっきの戦闘におけるこの中学生のように、俺のことを完全な女の子だと思い込んで、色欲に満ちた目を向けられることの方が困るんだが。
(いい? 女の体に男の心を持った人間が目の前に現れたら、普通の人はどういう態度を取ると思う?)
(えーと……)
(ぶっちゃけるけど、普通の女の子ならあんたのことを変態扱いすると思うわよ。『自分の体なのをいいことに、女の子の体をオモチャにするなんて最低、イヤらしい!』って)
(うぐっ……)
身に覚えがありすぎるが、仕方ないだろう。
――健全な男子なら、俺と同じ立場になれば絶対に同じことをするはずだ。
しかしまあ、楓の態度があまりに明け透けなので気にしなかったが、よくよく考えれば普通の対応を取ってくれる人の方がまれだろう。
(ま、まさか先輩も俺の事を変態だと思ってるんですか?)
(うん)
まさかノータイムで肯定されるとは思わなかった。
ある意味、クラスメイトどもに見捨てられた以上に精神的ダメージが大きい。
(でもまあ、いいんじゃない? あたしだって男の子になったら、立ったままおしっこしてみたいと思うだろうし)
楓は一息おいて続ける。
(それ以前にあたし自身、女なのにおっぱい――ただし巨乳に限る――が大好きな変態だしね)
あ、変態だという自覚はあったんだ。
(で、そんな変態であるあたしをあんたは軽蔑する?)
(しません!)
今度はこっちがノータイムで答える。
たしかに胸を揉まれる身としては、楓の性癖には頭を抱えさせられるが、それでも彼女を軽蔑するかどうかは別問題だ。
(つまりはそういうこと。あんたが女の子になったこと自体は不可抗力だって知ってるから、よっぽどのことが無い限りは軽蔑しないわよ)
よっぽどのことと言うのは、立場を悪用して他人を傷つけることだろう。
(っと、話がそれたわね。あんたが『男の心を持った女の子』だって他の男連中に知られたらもっとやばいわよ)
楓曰く、
『なあ、お前も男なんだから、男の気持ちが分かるだろ? 頼むからおっぱいを見せてくれよ』などと頼み込んでくる連中が出てくる。
そこで仕方ないな、と許可したが最後。
連中の要求はどんどんエスカレートして、胸の次はアソコを見せろ、我慢できなくて触る。
しごく、ぶっかける、そして本番、という18禁的な流れになる。
(まさか、そんなことが……)
(ううん、絶対にそうなるわ。間違いない。なんなら花京院の魂を賭けてもいいわよ)
(勝手に他人の魂を賭けないでください)
どうせ賭けるなら自分の貞操を賭けてくださ……っていかんいかん。今の話に引きずられて妙な事を考えてしまった。
(とにかく! そうならないためにも、その体のときは女の子として振る舞うべきよ)
(うう……分かりました)
楓に押し切られ、アイはしょんぼりと頷いた。
【ファストアクション 合流 ボーナスAP9】は晃の方にも発生していないと整合性が取れなくなるので、12話において一部追記しました。
話の見通しが甘くて申し訳ありません。