第12話
【ファストアクション 合流 ボーナスAP9】
――やっぱり僕は夢の中にいるのかな?
晃がこれほどの目に遭っておきながら、そんなことを考えてしまったのは、少女の美しさがあまりにも現実離れをしていたからだった。
自分を一瞬で魅了した美貌だけではない。
炎のように燃えるようで紅葉のように萌える長い赤毛。
万年雪のように白い肌、抱きしめただけで折れてしまうのではないか? と思えるほどに細い腰。
清楚な顔立ちと相反するようにたわわに実った胸の果実。
「おい、しっかりしろ、おい!」
さらには天上の調べのように美しく澄んだ声。
そして少女の肢体をぴっちりと覆い、丸みを帯びた女性特有のボディラインを強調させる白のレオタード。
もしこの世に神がいることを証明しろと言われたら、自分たちをこの状況に陥れたことではなく、この少女という美を生み出したことを挙げてしまうかもしれない。
「生きてるなら返事をしろ! おいっ!」
「え? あ、はい。僕は大丈夫です」
九死に一生を得た事よりも、彼女のような存在が自分に話しかけてくれたことの方が実感が沸かない。
――ヴルルルル!
「チッ、くそっ!」
腕を抑えられていた犬の怪物が、空いている方の手で少女に攻撃を仕掛ける。
腕を狙われた少女は舌打ちひとつ。
犬怪物の毛むくじゃらの腕を放し、ずた袋のような服を着た胴体へと蹴りを放つ。
「自分から後ろに飛んでダメージを和らげたのか? このコボルト、かなり強い個体ですよ!」
「そうみたいだけど、決意が鈍らないうちに『殺したい』の! お願い、アイ!」
晃はそこではじめて、赤毛の少女の名前がアイということ、そのアイに連れがいることに気付いた。
アイが浮世離れした美しさだとするなら、こっちのポニーテール少女は人間臭い魅力に溢た美しさと言うべきか。
すらりとした四肢からにじみ出る躍動感は、彼女が何故か丸太を抱えていることに違和感を抱かせてくれない。
「……わかりました。それとそこの中学生!」
「はっ、はいっ!」
「ここは危ないからどっかに隠れてろ!」
そしてアイは、晃の返事を待たずに犬人――彼女はコボルトと言っていたか――に向かって駆けだした。
「はあああああっ!」
――ガルルルルッ!――
二足歩行する犬から放たれる左右の斬撃を、アイはそれ以上の速さをもって避ける。
その速度たるや、目で追うのがやっとの動きだ。
しかし晃はアイの一挙手一投足を決して見逃すまいと、その場に座り込んだまま目を見開く。
「ああくそっ、このっ、このっ!」
「お姉さん、頑張ってください!」
アイとコボルト。
どちらが強いかで言えばアイで間違いないが、どちらが巧いかと聞かれれば、コボルトと答えざるを得ない。
晃には戦いの専門的なことなど分からないが、素人目に見ても、アイは明らかに自分の体に振り回されていることが分かる。
フックを放てば横にぷるんと。
蹴り上げを放てば縦にぽよんと。
レオタードから零れんばかりの胸が慣性に従って揺れるたび、アイの体はそちらへ引っ張られるように動きを崩してしまう。
かたや晃といえば、その胸の動きに視線を囚われてしまっている。
……いや、胸だけではない。
桃のように柔らかそうなお尻だとか、レオタードのハイレグ部分とタイツの間に覗く地肌だとか、ムダ毛が全くないツルツルの腋の下とか。
とにかくそういった、女の子の『性』を感じさせる部分から、目を逸らすことができないのだ。
――うぅ、やばいよ。勃っちゃった。
女の子の大事な部分をつい見てしまうのが男の本能なら、『コレ』もまた男の本能であって、自分の意思ではどうしようもない。
思春期真っ盛りの晃にとって、アイの姿はとにかく刺激が強すぎるのだ。
――本当に僕って最低だ。
自分のために戦ってくれている人の雄姿に見とれるならまだしも、発情して股間を滾らせるなんて最悪すぎる。
最低限、彼女の邪魔にならない場所に移動したいのだが、腰が抜けた状態ではそれすらままならない。
ならば【火焔1】を放ってアイを援護するべきか?
しかし、アイとコボルトは激しく動き回って位置を変えている。
いきなりの魔法で誤射したら、それこそ目も当てられない。
「ちょっと、アイ!」
「なんですか、先輩!?」
晃が自己嫌悪に陥っていたそのとき、少し離れた場所から戦闘をじっと伺っていたセーラー服姿の少女が叫んだ。
「動きが単調になってるわよ! もっと集中してコボルトに隙を作って!」
「分かってます! 今やります!」
叫んだ少女の言葉に何か力が込められているのか、猪武者のように愚直な攻撃を繰り返していたアイは、打撃にフェイントや緩急を折りまぜ始めた。
――ゴアアアアアア!
やがてアイのボディブローがコボルトの胴体に突き刺さり、犬面の怪物はぴたりと足を止める。
「楓先輩、今です!」
「ッシャオラァ!」
そこに楓と呼ばれたポニーテールの少女が丸太を突き出しながら迫ってきた。
気合いというより執念めいたものすら感じさせる一撃は、コボルトの顔面にそのまま吸い込まれていく。
「くたばれえええええッ!」
この時点で勝敗は決したはずだが、なおも楓の追撃は続く。
彼女は前進を続けることで、丸太にひっついたコボルトを壁際まで後退させる。
そのままコボルトの頭を丸太と壁に挟む形で潰してしまった。
「うげっ」
ぐちゅっ、とコボルトの頭が潰れる音と飛び散る脳漿に、短い悲鳴をあげるアイ。
その表情はどこか冷めていて、『汚いなー』程度にしか思ってないように見受けられる。
そして晃は緊張に次ぐ緊張から解放されたせいか、あるいは残虐シーンを見せられたせいか、そのまま意識を手放してしまった。
*
ぱちり、と晃は瞼を開け、
「せ、先輩! 胸を揉まないでください!」
「くっ、このっ! ほんと羨まし……じゃなく憎たらしいわね! そのおっぱいを少しでいいからあたしに分けなさいよ!」
「や、やめ……ふあぁん……」
身じろぎひとつせずに、そのまま寝たふりを決め込んだ。
一体全体、何がどうなっていまの展開になったのか分からない。
分かることと言えば、晃が仰向けで倒れていること。
それをまたぐような恰好で、立ったままのアイが楓に胸を揉まれていることだけだ。
「うりうり、ここか? ここがええんか!」
「先輩、キャラ変わってます! お願いですからやめてく……あっ……やんっ……」
アイの艶を帯びた嬌声が、晃の鼓膜を震わせる。
執拗に胸を揉まれる少女の流した汗が、晃の額にぽたりと落ちる。
どうしよう。
完全に起き上がるタイミングを逸してしまった。
モアベターな選択としては、禁断の遊戯に耽る彼女たちが、気絶した(フリをしている)晃に気付き、呼びかけられたところで起きることだろう。
だが、晃はさきほどからずっと、ナニがアレ(勃起)しているのだ。
アイたちが晃に意識を向けるということは、屹立したアレにも気付くということ。
よって、その前に起き上がり、股間の膨らみを隠さなければいけないのだが。
「あふぅ……もう……ダメぇ……」
楓の指技により脱力したアイが、その場にへたりと腰を下ろしてしまう。
……そう。丁度真下にいた晃の顔面に、股間部をくっつけるような形で。
「もがっ……もがが……」
もっこりとした膨らみの男の局部とは違い、なだらかな曲線を描く少女のぺたんとした股間部が、晃の口と鼻を完全に塞いでしまう。
密着された美少女の股間から汗と花の混じったような匂いが漂い、晃の鼻腔を刺激する。
「ふはは……まだよ。まだ終わらないわ!」
「お願いですから……もう許して……ください……ン……」
しかも晃にとって幸か不幸か、この状態になってなお、アイと楓はこちらに意識を向けてくれない。
このままでは、せっかく命拾いしたのに窒息死してしまうかもしれない。
でもまあ、男としてこれ以上幸せな死に方は無いよね、などと考え、晃は再び意識を手放した。
ようやくプロローグ部分に追いつくことができました。
文書量のワリに展開が遅い拙作で、同じ場面を再度書くことには迷いがあったのですが、第三者的視点でのTSっ娘を書きたくてこのような展開になりました。
アイ主観とはまた別の赴きを楽しんでいただけたなら幸いです。
※平成27年2月17日 話の整合性を取るために1部追記しました。