第9話
「ところで先輩、どういうファストアクションを起こしたんですか?」
「えーと……」
【ファストアクション 武器攻撃 ボーナスAP5】
【ファストアクション 魔獣殺害 ボーナスAP200】
「……の2つに、レベルアップのAPボーナスが1ね」
「…………」
開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。
【異界侵入】のAP300には及ばないものの、ボーナスAPが200というのもまた破格だ。
『命を奪った』という重い行為に対する見返りの大きさか。
「俺と出会う前に、既にコボルトを倒してたんですか!?」
「え、ええ……まあね」
楓の丸太に血痕らしきものが付着してたが、あれはコボルトの返り血だったのか。
そういえば、とアイは思い返す。
――俺がコボルトを攻撃したときはファストアクション【攻撃】を起こしたものの、殺したときは何も貰えなかったっけ。
あの時点では、楓が魔獣殺害のファストアクションを起こした後だったからか。
素手の攻撃が【攻撃】で、武器による攻撃が【武器攻撃】というのはややこしい。
この様子だと、まず間違いなく【魔法攻撃】のファストアクションもあるだろう。
「ま、まあ。あたしのAP入手経路はおいといて、いまは技能の習得に集中しましょ」
「っと、そうですね」
楓の話をもとに、彼女のAP推移を確認してみる。
この部屋に入った時点で楓の所持APは206。
そこから
【食料品召喚】でマイナス5
【ろ過】でマイナス10
【回復1】でマイナス5
【欠損補填】でマイナス150
よって、残APが36。
「こうしてみると、【欠損補填】のAPってメチャクチャ大きいよなあ」
「この技能が存在するってことは、単なる【回復】だと、失った腕や目を元通りにできないってことよね」
口調で分かるとおりアイは独り言として呟いたつもりだが、楓は律儀に反応する。
「万が一にも【欠損補填】を誰かに買われて売り切れになったら、あんたの本体を二度と元に戻せない、って思ったら焦っちゃって……その、ゴメン」
大量のAPを使ってしまったのは確かに痛いが、その気持ちはすごく嬉しい。
感情の赴くままに楓をぎゅっと抱きしめたくなるが、理性を動員させて思いとどまる。
――ヤバいな。
いま、完全に体の性別を基準に考えようとしてた。
女の子同士なら別に抱きついてもいいよな、って無意識のうちに思っていた。
落ち着け俺。
こんなナリをしてるといえ、俺と先輩は男と女なんだ。
付き合ってもいない男が女の子に抱き着いたらマズすぎる。
「い、いえ、大丈夫ですよ。今後、強い敵が現れて戦闘が激化すればこの技能にお世話になるかもしれません」
「本当に?」
「ええ。そう考えれば異界に閉じ込められた約2千人のうち、3人しか習得できない技能を手に入れることができたのは、正解ですよ」
生徒総数は概算で、
金剛高校が約800名
比叡中学が約800名
榛名女学院と霧島義塾が約200名ずつだ。
あくまでも確認できる範囲の人数であって、その他の学校も異空間に飛ばされているなら、その数はさらに膨れ上がる。
「そ、そう? それならいいんだけど」
「いいどころか、俺のことを気遣ってくれて、すごく感謝しています」
アイは頭を下げると、楓の反応を待たずに続ける。
「次はどっちがどの技能を習得するか決めるためにも、一度【食料品召喚】を使ってみませんか?」
(……あたし好きなのは大きなおっぱいそのものであって、百合の気は無いはずなのに、女の子相手に胸を高鳴らせるなんて……って、違う違う。コイツの中身は男なんだから、あたしは正常……)
楓の呟きは、戦闘用義体の聴覚をもってしても聞き取ることができないほど小さなものだった。
アイは再度、彼女に呼びかける。
「先輩?」
「え? な、何?」
楓はびくりと身を震わせてキョロキョロと左右を見やり、その都度ポニーテールの先端がゆらゆらと揺れる。
色々なことが立て続けに起こって、さすがの楓も疲れているのだろうか?
できることなら休ませてやりたいが、ここでの滞在時間が限られている以上、やるべきことをやらなければならない。
「次はどっちがどの技能を習得するか決めるためにも、一度【食料品召喚】を使ってみませんか?」
「そうね。ええと、タブレットにインストールされた【食料品召喚】のアイコンをタップするのよね?」
アイの再度の提案に楓は頷き、アプリケーションを起動させた。
【食料品召喚アプリケーション起動】
※この技能は、いつでもどこでも使用できます。
※この技能は魔力やMP量に関係なく、1日に1度しか使用できません。
※深夜0時をまたぐと、再使用が可能になります。
食料品を召喚しますか
はい/いいえ
「やってみるわね」
アイが頷くのを確認し、楓は【はい】をタップ。
するとタブレットが輝き、中から『何か』が飛び出してきた。
「金属の蓋と底の部分がパンパンに膨らんでるけど、缶詰みたいね」
「げ、こ、これってシュールストレミングですよ!」
――シュールストレミング。
ニシンを発酵させたスウェーデンの缶詰で、世界一臭い食べ物として不動の地位を築いている。
その臭さたるや、『くさや』の6倍相当だ。
室内で開缶すると数日間は臭いが残るため、屋外の人気がない場所でビニール袋などをかぶせてから開缶することが推奨される。
また、シュールストレミングは缶の中で発酵しているために、冷蔵保存しなければ発酵が進み、缶が爆発する事もあって大変危険である。
「ずいぶん詳しいわね、アイ」
「以前読んだラノベにこの食べ物が登場した際、どのくらい臭いのか興味本位で買って試してみたんですよ」
ちなみにそのラノベでは、勇者が魔王の謀略を打ち砕く兵器として使っていた。
「で?」
「ぶっちゃけ『無理』です。フタを開けて臭いを嗅いだ瞬間、気絶しました」
生ゴミを直射日光の下で数日放置したような悪臭がするわ、汁が服についたら何回洗っても悪臭が落ちないわで散々だったことを、楓に説明する。
コボルトの脅威を生徒たちに伝える幸田もこんな気分だったのかもしれない。
「さすがにそれはキツいわね。ならこの缶詰は、金剛高校のバリケード前にでも置いておきましょ。風向きは、何故かダンジョンから校庭の方にばかり流れてることだしね」
「……先輩、恐ろしいこと考えますね」
通路に常温放置しておく→缶詰が発酵して爆発する→悪臭がバリケードを越えて高校に流れ込む。
シュールストレミングの臭いがどれだけヤバいか知ってる身としては、その光景を想像すると睾丸が縮み上がる。
いやまあ、『玉』がないからそういう思いというだけだし、自分たちを切り捨てた連中に決して同情などしないが。
「毎回シュールストレミングが召喚される訳じゃないわよね? 次を試してみたいんだけど、日付が変わるまでできないっていうのは……」
「俺もこの技能を習得して使ってみますよ。じゃないと、今日食べる物に困るハメになりますからね」
イザとなったら『母乳』があるが、男としても人としてもあの機能には頼りたくない。
「それに、今後のことも考えると食べ物は多ければ多いにこしたことがありませんしね」
「ん、了解」
アイのAP 18→13
という訳で、アイも【食料品召喚】を取得し、アプリケーションを起動させる。
そしてタブレットから出てきたのは……。
「袋ラーメンね」
「それも5個入りの袋ラーメンですね」
どうやら母乳は免れたかと一息ついたものの。
「鍋もお湯もコンロも丼も箸もない状態で、どうやって食べればいいのかしら?」
「……最悪、麺をそのままガリガリ食べますか」
母乳の脅威がひたひたと迫ってくる足音が、アイは聞こえた気がした。