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序章

「こんのおおおっ!」


広大なダンジョンに少女の高い声が響き渡る。

鉄雄てつおにとってみれば紛れも無く自分の喉から出た声なのだが、どうにも慣れない。


いや、慣れないのは声だけでなく、自分のすべてだ。

つい数時間前まで普通の男子高校生だった鉄雄の姿は、いまや見る影もなくなっていた。


針金のように固い短髪は、腰まで伸ばした柔らかな赤毛になり。


特徴のない地味な面貌は、他者を魅了する妖精のようにあどけない顔つきに変わり。


170センチあった身長が20センチ近く縮み。


厚い胸板の代わりにほどよく実った2つの果実が鎮座し。


股間からは男のシンボルが消え失せ。


早い話が、地味な少年から可愛い女の子になっていた。


「はあああああっ!」


鉄雄は少女の肉体で――少女の声で雄叫びをあげ、目の前の『異形』へと肉薄する。


――ガルルルルッ!――


その怪物を端的に表現するなら、二足歩行する犬。

いわゆるコボルトだ。

人間の子供ほどの大きさであるにもかかわらず、そこから繰り出される鋭い爪は、人肉をいともたやすく切り裂いてしまう。


実際に『鉄雄本来の肉体』も、このかぎ爪の餌食となって重傷を負ってしまった。


右、左と素早く繰り出されるコボルトの爪を、それ以上の速度で避ける鉄雄。

この借り物の少女の体は、鉄雄おとこの体と比べて遜色が無いどころか、それを遥かに上回る身体能力を発揮してくれる。


「ああくそっ、このっ、このっ!」


しかし、身長やリーチ、重心が男と違いすぎるため、自分の体をうまく動かすことができない。

戦闘に特化したハイスペックな『義体』を持て余す様は、宝の持ち腐れと言うしかない。


加えて煩わしいのが、この胸だ。

ミもフタもない言い方をすればおっぱい。


今現在の鉄雄の恰好は、レオタードのようなボディスーツだ。

肌にぴっちりと密着しているために服を着ている感触が無いのもいただけないし、動くたびに胸がぷるんぷるんと揺れ、戦いにくいことこのうえない。


……一応、鉄雄の名誉のために言えば、この服は少女型義体が最初から身に着けていた服で、着替えが無いためこのままでいるだけだ。

決して好き好んで扇情的かつフェティシズムな恰好をしているわけではない。


「お姉さん、頑張ってください!」


そして最も鉄雄の足を引っ張ってるのが、この少年だ。

彼がコボルトに襲われているところを助けに入ったのだが、少年はこの場に留まって声援を送り続けている。


戦うでもなく逃げるでもないのなら、いるだけ邪魔だ。

敵の的が増えるだけにすぎないというのに、どうして分からないのか。


……いや、彼をかばうこと自体はそう難しいことじゃない。

いかにコボルトが並の男より強いといえ、こっちはそれ以上に強いのだ。


問題は、少年がこちらに『女の子を見る視線を向けてきている』ということだ。


同じ男として、可愛らしい女の子の胸やお尻をつい見てしまう気持ちは分かる。

だが、そういう視線を浴びる方としては気になってしょうがない。


男のときは分からなかったが、女の体というのは視られることに敏感なのだ。


いっそのこと『俺は男なんだからそんな目で見るな!』と言ってやりたい。

まあ、言ったところでまず信じてくれないとは思うが。


「ちょっと、アイ!」

「なんですか、先輩!?」


戦いの場から少し離れたところでこちらを伺う三人目――鉄雄の相棒である少女が不意に怒鳴る。


ちなみにアイというのは、鉄雄が女の子の姿のときの呼び名だ。

自分としては激しく抵抗したのだが『その姿で鉄雄なんて違和感が半端ないのよ!』と、先輩に半ば強引に改名されてしまった。


「動きが単調になってるわよ! もっと集中してコボルトに隙を作って!」

「分かってます! 今やります!」


鉄雄――アイは彼女の激に応えて気を引き締め直し、素手でコボルトに的確な打撃を与えて動きを止める。


かえで先輩、今です!」

「ッシャオラァ!」


何かが間違っている気合いを入れ、両腕に抱えた丸太を突き出して突貫してくるセーラー服の少女、楓。

直線的で鈍重ながら勢いのついた一撃は、コボルトの顔面に命中。


「くたばれえええええッ!」


楓はなおも前へと進み続け、コボルトの頭部を壁へと叩きつけ、丸太とのサンドイッチでコボルトの頭を潰す。


ぐちゃっ、という小気味のいい音と共に、飛び散る獣人の血と脳漿。


「うげっ」


人間ではなくても、生き物のスプラッタな光景は見て気持ちいいものではない。

しかし、殺らなければ殺られる。


その覚悟を持たないままダンジョンに入り、無惨な死体と化した『かつて人だった肉塊』を何度か見ている。

俺はあんな風になりたくはない。

女の体になってでも、怪物の命を奪ってでも……生きたい。


そしてその思いは、アイの相棒である楓も同様だ。


「このっ、このッ! 死ねっ、死ねっ、シネッ!」

「せ、先輩、もう大丈夫です! そいつはとっくに死んでます!」


興奮した楓は、自分が何をしているのか理解していない。

重い丸太に振り回されながらも、その凶器を重力に任せ、何度も何度もコボルトの首なし死体に叩きつける。


「あたしは死にたくない、死にたくないのよッ! だからッ! 代わりに! あんたが死になさいよッ! このクソ犬ッ!」

「先輩ッ!」


アイは錯乱する楓を正面から抱きしめる。

自分の体が女になっているのには色々悩まされるが、他の女の子に触れることに対して緊張や罪悪感が薄れるのは救いかもしれない。


「ア……アイ?」

「はい、先輩」

「私……また殺しちゃった……生き物を……グシャッと……この手に感触が……うっ……うあああああああああっ!」


楓はそのままアイの胸にすがりつき、嗚咽を漏らし始めた。


無理もない。

彼女もまた、昨日までは殺戮と無縁だった普通の女子高生にすぎない。


いかに自分が生きるためといえ、そして相手が怪物といえ、他者の命を奪う『重さ』は堪えるのだろう。


「うっ……ぐすっ……アイ……ごめんね。もう大丈夫だから……だけど、もう少しだけあんたの胸で……」

「俺の胸でよかったらいくらでも貸しますよ。大きくて重くて肩が凝るだけだけど、先輩の慰めになるんだったら望むところです」

「あ?」


ぴしり、と空気が凍りついた。


背が低く胸が大きいトランジスタグラマ体型のアイに対し、楓の胸にはさほど『夢と希望』が詰まっていない。


「ふーん、そう、そうよね」

「あの……先輩?」

「男のくせに、こんなに柔らかくて可愛い女の子になっちゃってさあ……」


楓の声は震えているが、それは泣いていた為と思えないほどドスが効いていた。


「生まれつき女であるあたしより大きなおっぱいをつけてるなんて、到底許せるものじゃないわよね」

「せ、先輩! 胸を揉まないでください!」

「くっ、このっ! ほんと羨まし……じゃなく憎たらしいわね! そのおっぱいを少しでいいからあたしに分けなさいよ!」

「や、やめ……ふあぁん……」


男のときは味わったことのない感覚に、体が勝手に艶めかしい吐息をだしてしまい、自己嫌悪に陥ってしまう。


「うりうり、ここか? ここがええんか!」

「先輩、キャラ変わってます! お願いですからやめてく……あっ……やんっ……」


――結局、楓がアイを解放するまでの3分間、広大なダンジョンに少女の高い声が響き続けた。

他のなろう作家様たちの作品を読んでいるうち、自分もこういう話が書きたい、と思ってキーを叩きました。


読むのに費やした時間程度は価値があった、と思っていただけるよう頑張ります。


※2015年2月3日

コボルドだったりコボルトだったりした部分を修正しました。

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