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No one can run away from the Greatest Demon

 魔物の群を撃退したアレクサンドルたちは、消耗した体を休めるため、草原のど真ん中に座り込んでいた。

 まるで、同僚同士でピクニックに来た社会人のカップルたち、と言うには男が一人あぶれているが、一見する限りは長閑な光景だ。


 もっとも……


「何と言う楽しい場所だ」

「こんな楽園がこの世にあったとはな、迂闊だったぜ。もっと若い内に気づいときゃよかった」


 くっくっく、と邪悪に笑う二人の野郎どもの姿が無ければ、の話ではあったが。


「何がどう楽園なのよ……地獄の間違いでしょ」


 アグリアが至極もっともな感想を言うが、誰も相手はしてくれない。


「アグリア殿も往生際が悪いですね」

「あんたが諦め早すぎなのよ」


 クリスが冷静な顔で評するも、アグリアは即座に反論を返した。これまた実にもっともな意見である。


「はぁ……一回くらい魔神のツラ拝んでみたかったからって、好奇心でこんなトコまで付いて来るんじゃなかったわよ」


 深々と嘆息しながら項垂れるアグリア。こんな事なら、まだ国からの追っ手とヤリ合っていた方が幾分マシだった、と小声で零している。


「魔神とまみえる事に恐怖は無いのですか?」

「リリス教の大親玉よ? 問答無用で無礼打ちなんてしてくるわけが……」


 アグリアは質問に素直に答えるが、その途中で「ん?」と首を傾げる。


「あんた、疲れて声少し変わった?」

「いいえ。わたくしは何も口にしておりませんが……」

「え? 何そのホラー現象」


 その時、アグリアは、自分の質問に答えるカタリナの顔が真っ青に、しかも強張っているのに気づく。


 ――それだけでなく、アレクサンドルやガルフまでもが驚愕で目を見張っているのに気づき、しかも、その視線の先が自分の背後に固定されていて、恐る恐る振り返る。


 この世のモノとは思えない美しい女がそこには立っていて、自分に向けてニッコリと笑いかけていた。


「お、おばけぇー!?」

「なわけなかろう!」


 アレクサンドルが、彼らしくもない焦燥露わな大声を発しながら、アグリアの襟首を掴んでその場から引っぺがし、大きく飛び離れた。


 それに伴って他の三人もばっと散開し、油断なく幽玄の美女――リリステラを観察する。


「どうやって我々に気取られずにここまで……」

「普通に空間を渡ってきただけですが?」


 リリステラが笑顔で紡ぐ答えに、一同はごくりと喉を鳴らす。


「空間転移ほどの大魔法を、我々の感知を逃れる精度のハイドキャストで起動させただと?」

「それ以前に、転移ってかなりの上級魔法で、行使可能な使い手って、辛うじて使えるってレベルを含めても、世界全体で三百人は居ないはずなんだけど、それが普通って時点で何かが間違ってるわよ……」


 アグリアがぼやきながら、アレクサンドルの手を払って自分で立ち上がる。


 リリステラは両手を腰のあたりで重ね合わせ、上品な仕草で立ちながら、一同をぐるりと睥睨する。

 ゆっくりと見渡し、そして一往復した時、中心に居るアレクサンドルで視線が止まった。


「貴兄、もしやアレクサンドル・ラヴァリエーレ殿ですか?」


 アレクサンドルは目を見張り、緊張に震える声で、しかしその顔は薄っすらと楽しげに笑いながら、


「そうだ」

「まあ!」


 胸の前でパンっと手を合わせて顔を輝かせるリリステラ。


「リドウから聞き及んでおりますよ、貴兄のことは」


 予想していたとは言え、その名が『この人物』から知らされると、一同も流石に驚かないわけにはいかなかったようだ。


「なるほど……」


 リリステラの双眸が緩やかに狭まる。


「リドウには一歩及ばぬようですが、人の身のまま、我が最愛の息子に伍するとは……実に素晴らしい」


 柔和な笑顔はそのままに。


 刹那――


「おやおや、やんちゃさんですのね」

「なっ……!?」


 いきなり消え去ったアレクサンドルが、抜き放った刀でリリステラを斬りつけた。


 しかし――


「嫌いではございませんよ」


 ――リリステラの白魚のような可憐な人差し指が、易々とアレクサンドルの刀を受け止めていた。


「おぉおおおおおおおっ‼」


 両手を前に差し出したガルフが気合の雄叫びを上げる。


 同時に、アレクサンドル諸共、リリステラの周囲の空間が歪む。


 が――


「空間圧縮ですか。なかなかの練度ですが、基本、空間に対して一定以上に上位の干渉力を持つ手合いには通用しませんよ」


 リリステラは平然とその場に立ったままだった。


「はぁっ!」


 そして、カタリナまでもが、普段のお淑やかな振る舞いをかなぐり捨てて、必死の形相で魔法を乱れ撃つ。


 不可視の風刃が無数にリリステラの身を襲うが、風刃は彼女の身に届く前に、空中で霧散してしまった。


「氷花乱舞ッ!」

「竜華葬送」


 アレクサンドルが創造した氷の女王がリリステラに襲い掛かるが、彼女の息子が最も好む紅蓮の巨竜は、一瞬で氷の女王を食い殺し、更にアレクサンドルに襲い掛かった。


 その光景を、呆然としたまま立ち尽くして見ているしかないアグリアとクリス。二人の間には圧倒的な戦闘力の開きがあったが、目の前で繰り広げられる神々の怒りを思わせる闘争の前には、力不足という点で殆ど変りなかった。


「せ、セクストキャスト!? 人に辿り着ける領域じゃないわよ! しかもフルキャストの威力が人間あたしたちとは桁が違いすぎるわっ!」

「動きが止まった一瞬しか見えませんでしたが、ヴァリー殿の攻撃を生身で受け止めたようにも見えましたね――闘気の反応は一切感じられないのですが」


 流石にクリスも、若干冷静さに欠いた緊張感をみせている。


「アグリア! 手伝え!」


 辛うじて炎竜から逃れたアレクサンドルが叫ぶ。


「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! そんな怪獣大決戦にあたしなんかが」

「魔力任せに適当に放っていればいい! それ以上は望まん!」

「くっ……同士討ちになっても知らないからねっ。勝手に避けてよ!」


 しかし、狙いをつけるだけなら、アグリアにとっても難しい事ではなかった――何せ、リリステラは開始位置から一歩も動いていないし、また一歩も動こうとする気配が感じられなかったのだから。


 が、それですら、大魔王の眉一つ揺るがす事すらできなかった。


「しかし……」


 東京ドームくらいなら一撃で更地になりそうな魔法が雨霰と己が身に降り注ぐ中でも、リリステラは優雅な佇まいを崩す事なく、頬に手を添えながら、こてんと愛らしい仕草で首を傾げる。


「なぜ、わたくしはいきなり挑まれているのでしょうか?」


 その口から語られる言葉は、非常に今更ながらの感想だったが。


「その余裕ヅラが気に食わんだけだ!」

「あら、まあ……それは困りましたね」


 とても困ったようになど見えない態度だったが、それが尚更、アレクサンドルには気に入らない。


「カタリナ、ガルフ、アグリア! 合わせろ!」


 名を呼ばれた者たちはそれだけで理解し、同時に己に可能な全力の攻撃魔法に取り掛かる。


 本来ならば、そんな“猶予”は無い。


 が、今のリリステラは、「この者たちは、次は何を仕掛けてくるのでしょう? (わくわく、わくわく)」と好奇心剥き出しで楽しんでいた。


 それが理解できるのが尚更癪に障るアレクサンドルであったが、ここはその“慢心”を存分に利用させてもらうことにした。


「天地雷穿ッ‼」


 それはアレクサンドルが可能とする最強の魔法だった。


「おらぁっ!」

「轟雷ッ!」

「あんま得意じゃないんだけどねっ!」


 それに合わせて、他の面々も雷の魔法をリリステラへ向けて放つ。

 巨大な破砕音を立て、地を穿った四重の雷撃。それは、避けようとする気すら見せないリリステラを確実に捉えた。


 彼らが何の相談も無く雷の魔法を選択していたのには、もちろん理由がある。そもそも、アレクサンドルの親和属性は高坂愛奈と同じ雷系なのだ。普段、氷系を好んで使用しているのは、リドウが切り札を他人の目に晒したがらないのと似たようなもので、自分の親和属性を氷系だと勘違いさせておきたい、という理由があった。

 しかし、幸か不幸か、カタリナやアグリアは長い付き合いから、そしてガルフには過去闘った時に知られてしまっていた。

 この場面で率先して指示を出したアレクサンドルに“合わせる”のであれば、雷系以外に選択肢は無い。そのくらいの判断も咄嗟にできないようでは、彼らはとっくの昔に死んでいる。


「……やったか?」


 と言ったのはガルフで、慎重に煙幕の中心点を見つめている。


 しかし、


「それを地球では――」


 声色はあくまでも優しく、そして静かに辺り一面に木霊する。


「――フラグ、と申すそうですよ」


 ぶわっと風が吹きすさび、おびただしい土煙を一瞬にして吹き飛ばした。


「羽……?」


 カタリナの言葉が示すように、姿を現したリリステラの背中に一対の翼が生えていた。

 一片の曇りも見当たらない純白の羽。もしも天使がこの世に実在するならば、彼らはきっと、こんな羽を背中に生やしているに違いないと思わせる、華麗にして可憐な翼であった。


「無傷……だと……!?」


 続けてアレクサンドルが小さく叫んだ。


「いいえ、お見事でしたよ」


 ふわっと、重力を無視した動作でくるっと一回転、まるで舞を踊るかのように、優雅に身を翻す。翼から羽が数枚、ひらひらと地面に舞い落ちた。


「封印が一つ、勝手に外れてしまったのですが、その上でわたくし自身へ影響を及ぼすとは、よくぞやってのけたと申し上げましょう。実に……実にお見事。心から賞賛致します。が……」


 と、リリステラはドレスのスカートを摘み上げる。その先の、ほんの一部分。数値にすれば一センチくらいだが、スカートの先が黒焦げて形を失い、ぱらぱらと地面に破片が落ちる。


「お陰様で、ドレスが焦げてしまいました。これ、お気に入りだったのですよ……」


 リリステラは悲しげに視線をスカートの先へ落とした。


 その瞬間――


 全員の背筋にぞわっと寒気が走る。


「子供の戯れと侮ったわたくしにも責任はございますが……」


 その言葉と同時に、


「子供が悪戯を過ぎた時には、少しきつめにお仕置きが必要……と思われませんか?」

「――――ッ!?」


 アレクサンドルは殆ど反射神経が赴くままに、アグリアの側へ駆け寄る。そのまま、腰が抜けて立てなくなっている彼女の襟首を掴み上げ、そのまま一直線にリリステラから反対側へ駆けだした。

 その際に一瞬だけ周囲へ視線を走らせてみれば、ガルフがクリスを抱えて空へと飛び立つ姿や、アレクサンドルと反対側に居たカタリナも、彼とは逆方向へ逃げ出そうとしている姿が見られた。


 よし、と心中で頷いたアレクサンドルに、アグリアの恐慌した声が聞こえてくる。


「な、何なの? 何なのよアレは!? あんな力がこの世にあっていいわけがっ……!」


 半分正気を失ったアグリアを見て、アレクサンドルは落ち着けと話し掛ける。


「落ち着け? 落ち着けですって!? そもそも、流れであたしも参加しちゃったけどねっ、あんたがちょっかい出さなきゃ、あっちは友好的な感じだったじゃない!」

「気づけぬ内にあそこまで接近されて、少々プライドが傷ついてな。一泡吹かせてやろうとしたのだが――すまなかった」


 あそこまで桁外れとは想像だにしていなかった、と素直に謝罪の言葉を吐き出すアレクサンドルだったが、アグリアの方は到底、それでは治まらない。


「もう終わりよっ。あ、あんな化け物から逃げられるわけが」

「責任は取る。お前は元々無関係だからな、せめてお前だけでも逃がしてやる」

「それはかなり難しいと思われますよ」


 声だけならば、聴いているだけで幸福感すら得られそうな麗しい音色だった。


 思わず立ち止まったアレクサンドルが、緊張した顔で周囲を見渡すが……声の主の姿は無い。


「地球にはこのような言葉があるとお聞きします。すなわち――」


 アレクサンドルは、背後から己の首筋を撫でる冷たい感触に冷や汗する。


 反射的にアグリアを連れて空間転移を行使した。


 が……


 ――大魔王からは逃げられない――


「――のだそうですね」


 いや、そんなもんは知らん、と応じられる余裕は、流石のアレクサンドルにも無かった。


 声は己の背後、斜め上の方から聞こえてくる。そちらを振り向いたアレクサンドルは――


 己に向けて、手のひらを突き出している天使の姿をその目にした。


 そんな時でも、アレクサンドルはつい思ってしまった――美しい――と。


 リリステラの手のひらから白光が放たれようとする。


 アレクサンドルは、何とかその直前にアグリアだけは遠くへ放り投げる事に成功した。


 遠くへ吹き飛ぶアグリアの悲鳴の声は、しかし轟音によって掻き消された。


「がぁっ‼」


 極大の光線に射抜かれたアレクサンドルは、地面に叩きつけられながら苦痛の悲鳴を上げた。


「化け物め……」


 薄れゆく意識の中で辛うじて悪態を吐くアレクサンドルの耳に、


「婦女子に対して何たる暴言。目が覚めたらお説教です」


 ――この歳になって、冗談ではない。


「ああ、このような場合はO・HA・NA・SHI、と申すのでしたね。せっかくお教え頂いたといいますのに、わたくしとしたことが不覚」


 ――だから何だその妙な文句は。


 アレクサンドルは心から真面目にそう思ったが、突っ込む前に意識が闇の底へと沈んでいた。










 『お説教』の中身は各々方のご想像にお任せするとして、一同は今、ようやく落ち着いてリリステラと言葉を交わしていた。


「……伏してお訊ね申し上げる。御身が魔神であらせられるか?」

「左様にございます」


 恭しく礼を取って慎重に問うアレクサンドルに、リリステラも優雅に一礼しながら応じてみせた。

 完璧な作法だ。宮廷で王女に礼儀作法を教える教育係がこれを見ていたならば、感動のあまりに弟子入りを申し出ていることであろう。


「……そう怯えんなよ、アグリア嬢ちゃん」


 一方では、全身をがくぶると震わせているアグリアを肘で小突くガルフの姿もある。


「が、ガルフさんたちがおかしいのよっ。あ、あんな……」


 青ざめた顔でリリステラを見つめて言う。


「正直、世界を滅ぼす力なんて、流石に誇大妄想でしょって侮ってた部分があったのよ。でもあんなの……あんなの……」

「『封印が一つ外れた』っつってたしなぁ……」


 逆説的に、複数存在する封印の一つでしかないのだ。一つ外れただけでも、感覚的に戦闘力が倍増していた、とガルフは感じる。封印が幾つ存在するのか知らないが――


(人間の手に負える相手じゃねぇよ、こりゃ……アグリア嬢ちゃんの反応も無理はねぇ。屈するのは趣味じゃねぇが、逃げが許される状況なら、俺も真っ先に逃げを打つぜ)


 さしものガルフでも、諦念が先行するほどに次元の違う力だった。


「ところで、本日はどのようなご用向きで?」

「あなたに拝謁するために」

「では、よろしければ我が城に遊びにいらっしゃいますか?」

「よろしいか?」

「ええ」


 リリステラはにっこり笑顔で肯く。先ほどまでの圧倒的な威圧感が嘘のように穏やかな気配を漂わせている。


「ちょうど、今、我が城ではリドウの連れてきた子供たちの面倒を見ています。あなた方も、今よりなお高みを目指すのであれば、よろしければ我々が手解き差し上げますよ」


 にたぁっとアレクサンドルの唇が歪む。


「特にラヴァリエーレ殿、貴兄はリドウに比べて大分荒が目立ちます」

「荒い? 私が?」

「才は申し分ございません。気功士としては、ともすればリドウすら上回るでしょう。ですが、貴兄はどうやら、半ば以上を独学で学ばれたように見受けます」

「おっしゃる通りだ」

「そのせいで、リドウに比べると若干荒さが目立ちますね。もっとも、リドウもまだまだ発展途上なのは変わりありませんが。貴兄はザイケンの教えを受ければより洗練されるでしょう。ザイケンも喜びます」


 ザイケン、という名には聞き覚えがないアレクサンドルが訝しげな顔をするが、


「戦鬼ですよ」

「戦鬼公! それは願ってもない……ッ」


 リリステラは、勝手に燃え上がっているアレクサンドルを見て唇を綻ばせる。


「他の方々も、お望みならば我々が手解き差し上げますよ」


 という声に、ガルフやカタリナは喜んでいる様子だったが、アグリアは未だ怯えを残していた。

 クリスだけは平素の揺るがぬ能面だったが。










「ところで、レディ・リリステラ」

「はい?」

「大魔王からは逃走を許されぬのか?」

「地球の諺ではなかったのですか? 貴兄は地球の出だと聞いておりますが」

「……そんな話は聞いた事が無い」

「では、一部地域で発生した言葉なのでしょう」

「……何かが激しく違う気がするのだが…………」


 リリステラが桂木明人から教えられているネタの数々は、別に彼がネタと言及しているわけではなく、実は彼女、地球の諺か格言みたいな物なのだろうと思っていた。


 ……まあ、余談である。

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