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あるいは最強パーティーな連中の冒険 1



 鬱蒼と生い茂る森の中に一部。広く開けた空き地の様相を呈しているそこで、今は狂乱が繰り広げられていた。


「ぎゃははははっ。逃げろ逃げろーっ!」


 何日か前に剃ったっきり伸ばしっぱなしという感じの髭を生やした汚らしい顔だが、何よりも頂けないのはやはりその目であろう。弱者を嬲って己の優越感を満たしたいという腐り切った精神が濁り切った瞳に表れてしまっている。


「きゃぁあああっ」


 その男が追い駆けるのは、服のあちこちが破れたり引き裂かれたりしており、半裸に近い年頃の女性だった。今にも服から毀れ出そうになる部分を手で覆い隠しながら、涙に濡れた顔で必死に逃げ回っている。


 この二人の追いかけっこを、周囲で輪を作るように座り、酒を浴びながらゲラゲラと笑って、時には揶揄する言葉を投げ掛けたりして眺めている複数の男たちも居た。


「あとどのくらい持つと思う?」

「それよりよ、何人目まで持つかを賭けようぜ」

「おおっ。お前天才か!?」


 彼らは疑いようの無い外道だった。真紅を纏うあの男がこれを見れば、即座に私刑執行を決断していることだろう。


 しかし今この場に彼は居ない。


 いつでも世界は弱者に理不尽を迫る。こうして嬲り者にされて無残な羽目になる弱者が少なくないのも、このルスティニアにおけるまた一つの真実の姿であった。


 が――


 ざくっと草木を掻き分ける音が聞こえ、盗賊の一人が森の中を振り返る。


「あ――」


 その瞬間、男は思わず呆けてしまった。


 男から見ても、その男はあまりにも美しかった。


 全身を黒衣で固めているせいで、腰まで伸びる鮮やかな銀髪が余計に映える。怜悧な眼差しの中で紫紺の瞳が妖しく輝きを放っており、冷たい容貌をいっそう盛り立てていた。


 現れた銀髪の男は、広場の端に立ち尽くすと、感情の窺えない能面のような顔で場を睥睨する。


 その時になり、この場に居る全員が男――アレクサンドル・ラヴァリエーレの存在に気付いたらしく、一様に身動きを忘れてしまっていた。


 が、嬲り者にされていた女が縋るような顔で、


「た、助けて下さい!」


 と悲鳴のような懇願の声を上げながら彼の方へ駆け出すと、彼女を追い駆けていた男が正気に戻り、ふざけるなと罵倒しながら女を拘束する。


「お、お願いっ、助け」

「黙りやがれ!」


 ぱぁんっと頬を叩かれて、女は恐怖のあまり押し黙ってしまう。


 その最中、アレクサンドルはタバコを銜えて深く煙を吸い込んでいて……


「切れかけのヤニの原料があると耳にして来てみれば……やれやれだ」


 はぁっと疲労感を漂わせた様子で吐き出す。


「おい、クズ共」


 アレクサンドルが女を捕まえている男を見ながら、男たちの全員に向けて喋りかける。


 その台詞に、男たちは一斉にいきり立つが、アレクサンドルの方に感じ入った風は無い。


 それどころか――


 元から鋭い眼差しが更にすぅっと細められた途端に、濃密な殺気が辺り一面を支配し、男たちは一斉に身を強張らせてしまう。


「お前たちクズ共がどこで何をしていようが私の知ったことではない。所詮この世の真理は弱肉強食、喰いモノにされる弱者が悪いのだ」

「お、おう……な、何ならあんたも一緒に」


 明らかに自分たちでは勝てないと思わせるアレクサンドルが、自分たちの行いを肯定するような言葉をくれたことで、もしかしたら助かるのかと希望の灯った顔で、女を拘束している男が話しかける。


 がしかし、アレクサンドルがぎんっと目を見開いたことで、その台詞を最後まで言い切ることはできなかった。


「お前、この世で最も醜い物は何だと思う?」

「は、はへ?」

「私はこの世の真理も良し悪しも関係なく、強者が弱者を嬲る様こそがこの世で最も醜悪で見るに耐えんと考える」


 アレクサンドルは自分で質問しておいて、男の答えを待つことなく、己の口で回答を紡ぎながら……


「いつ拝んでも目に耐え難いものだな、強者が弱者を嬲る様は」


 ぷっと口元のタバコごと息を吐き捨て……


「さて、どうしてくれようか」


 残酷な堕天使の形容が相応しい、この世の物とは思えない程に美しくも、見る者に寒気だけしかもたらさない薄笑いと共に一歩を悠然と踏み出す。


「ににに、逃げろー!!」


 男の声に反応して四方八方に散って行く盗賊たち。


 であったが――


 一瞬で地面に氷が張り付き、男たちの足を地面に縫い付ける。


「な!?」

「ま、まさか魔道士!?」

「動けよ。俺の足、動いてくれよぉー!」


 自分の足を氷の地面から引き抜こうと、全員が武器を投げ捨て、必死の形相で膝を両手で持って引っ張っているが、それが叶った人物は一人も居ない。特に女を拘束していた男は腕まで凍ってしまっていて、殆ど身動きが取れない様子だった。


 アレクサンドルの殺気に茫然自失となっていた女の足まで一緒に凍ってしまっていたが、彼は盗賊たちの方へゆっくりと歩みながら、彼女の足元に視線をやる。

 それだけで彼女だけは自由の身となり、呆然と自分の足元とアレクサンドルの間で視線を往復させていたが……


「とっととこちらに来い、小娘」

「は、はい!」


 反射的に応じながら駆け足でアレクサンドルの傍まで走り寄ると、その幻想的な美貌に今までの恐怖心を忘れ去ってしまったのか、ぽーっと見蕩れている。

 が、彼の冷たい眼差しがじっと自分を観察していることに気付いて、今の自分がどんな格好をしているのか思い出し、羞恥心と悲哀が複雑に混じり合った表情で顔を背けた。


「既にマワされておったか……」

「――――ッ」


 きゅっと唇を結んで俯いてしまう。


「私がもう少し早く来ていれば……などと謝罪はせん。お前に対してそうせねばならぬ責任など私には無いからな」


 びくっと身をすくめてしまいながら、いよいよ大声で泣き出しそうな女だったが、その前にアレクサンドルが彼女の肩を掴んで無理やり盗賊たちの方を振り向かせたことで、その行為の意味が理解できずに首を動かして振り返る。


「被害者はお前だ」


 極めて長身の彼が、彼女を背中から包み込むように抱きしめて……


 彼女の胴に回しても余裕のある長い腕、その右手で悠々と刀を抜き放った。


「少なくとも女にとって命に等しい尊厳が奪われた事実に疑いの余地はあるまい」


 彼女の華奢な手に、己が持つ刀を無理やり握らせる。


「許すも良し、罰を以って報いるも良し」


 彼女は刀を持たされた手を目を丸くして見つめ、唖然とした顔で再び振り返る。


「お前にはこのゴミ共に下すべき刑を決する権利がある」


 間近で見る彼は、それ以上は何も言わない。が、その瞳はじっと彼女を見つめており、好きにしろと言っているのが彼女には理解できた。


 キッと眼差しを強めた彼女は、自分を追い駆けていた男の方に、刀を両手で引き摺るようにして持ちながら歩き始める。不思議なことに、彼女が歩む数センチ先の氷だけが徐々に消えていくため、刀の重さで足元のバランスが悪い彼女も、滑って転んでしまうことはなかった。


 それを見た男は、恐怖に引き攣った顔で、しかし半身が凍り付いてしまっていては抵抗など何もできない。


「じょ、冗談だろ……? お、おい、待てよ! な? 話し合おうぜ」

「お前たちは……あたしが止めてと言っても止めなかった……ッ」

「あ、謝る! だから」


 他の男たちも、ばらばらに同じようなことを叫んでいる。


 が――


「お前たちが謝っても、お前たちが殺したカイルは戻ってこないっ!」


 力の限りに叫びながら刀を振り上げる。


 そのまま彼女は一思いに振り下ろした。


「ぎゃぁっ……あ?」


 男は反射的に両目を全力で瞑ったが、予想していた痛みの訪れはなく、閉じていた目を恐る恐る開く。


「争いを知らんうら若き娘の穢れ無き手を薄汚い血に塗れさせるのはやはり興が乗らん」


 そこでは、振り下ろされる途中で、銀髪の男の手によって腕を掴まれてしまい、なぜ止めるのかと鬼気迫る形相で銀髪の男を睨み付けている女が居た。


「あ、あんがと」


 ほっとした顔でお礼の言葉を口にしていた男であったが、口にできたのはそこまでだった。


「判決は下された」


 アレクサンドルは女から刀を奪い取り、彼女の顔を己の胸に押し付けながら身を翻す。


 同時にざしゅっと男の首が刎ね飛び――


ズダンッ


 ――地面から生えた氷柱の群れが、残りの男たちを足元から穿ち、二股に切り裂いた。


「見るなよ、小娘――心が穢れる」


 悲鳴の声も無く無残に生を終えた盗賊たち。


「楽に死ねたのだ。ゴミには過ぎた死に様よな」


 その死体が炎が包み込み、一瞬で燃やし尽し、その場には骨だけが残った。


 そこに至って、呆然と為すがままにされていた彼女を、アレクサンドルはゆっくりと離す。


「その思い切りの良さが有れば、お前は強く生きていけよう」


 笑いもしないが、態度だけは幾分柔らかく、ぽんっと女の頭に手を置いた。


 彼女は途端に顔を歪め、じわっと目に涙を浮かび上がらせる。


「ありがとうっ、ございっ……」


 最後まで言い切ることはできずに、声を押し殺して泣き出してしまう。


「カイルというのはお前の恋人か?」

「三日前に……結婚式……。カスリード商会の、カッスルの店舗の店長に、栄転で……ひくっ、一緒に……頑張ろうねって……」

「そうか」


 途切れ途切れで要領を得なかったものの、大体の事情は察しせたようだが……しかし何かを考えるような難しそうな顔で、顎を摘んで首を捻っている。


 その様子に気付いた女は、訝しげに彼を見上げる。


「どうか……?」

「いや、こんな場合は口付けの一つもかまして、忘我の内に無理やりしてしまうのだが……」

「は、はあ?」

「流石に、旦那を失ったばかりの未亡人にそれをするほど、私は破廉恥ではないのでな」

「あ、あの……何を……?」


 両手で体を守るようにしながら後ずさる女に、アレクサンドルは「引くな引くな」と、縦に手を振って言う。


「私と唇を交わせるとなると、大概の女は悦んで目を瞑るのだがな」

「おおおお夫を失ったばかりであたしそんな破廉恥じゃありません!」

「分かった分かった」


 今度は横に手を振って、もうそれ以上言わないでいいと示す。


「ナカを洗浄してやるから、少々の羞恥心は我慢しろ」

「え? あ……」

「あんなクズ共の子を身篭りたくはあるまい? 私はそれなりに高位の魔道士だと自負しておる。危険は無いと約束しよう」


 自分の状態を思い出して顔を真っ青にし、しかしその直後に自分が何をされるのか理解して顔を真っ赤にしてしまう。


 が、彼の言う通りだったので、大人しく彼の前に立って、顔を俯けながら、


「お……お願いします……」


 消え入りそうな声でそう言った。


 元々破けてしまっていて、布切れが申し訳程度に覆い隠していた下半身にアレクサンドルの指の感触を得て、いよいよ耳に至るまで顔中を真っ赤に染め上げてしまう。


「んっ……あ……あんっ……」


 相手が命の恩人な上に幻想的な美貌の持ち主だったおかげか、幸い嫌悪感は無かったようだ。


 が、そのせいで、胎内を傷つけないよう優しく暴れ回る水の感触が、決して小さくない快感をその身にもたらすようで、色っぽい喘ぎ声を零し続ける。


 時間にすれば一分ほどの短い間だったが、夫を想う心は今でも忘れていなくても、妖しげな美貌に胎内を犯される感触、それを自分の意思で受け入れたという事実の前には抗い切れなかったようで、作業が終わると腰が抜けた様子でぺたんと地面に座り込んでしまいそうになるところを、アレクサンドルが腰を抱き寄せた。


 頬を紅潮させた涙目で荒い吐息を零し続ける年頃の娘さんを前にしても、涼しい顔を崩さないアレクサンドルは……やはり、過去には相当泣かせてきたのだろう。


「ついでだ」


 その声と共に、ぶわっと彼女の髪が舞い上がる。


 驚いた彼女だったが、自分の全身が水浴びでもしたかのようにスッキリとしているのに気付いて更に驚く。


「立てるか?」

「はい……」


 小さな声で応えながら、ちょっと足を振るわせつつも自力で立つ。


 その背に、アレクサンドルは自分の黒コートを脱いで掛けてやる。


「あ、ありがとうございます」

「女をそんな格好で連れ回していては私の人格が疑われる」


 こんな時でも、相手のためでなく自分のためだと言ってしまうのがアレクサンドル・ラヴァリエーレという男だった。きっと、感謝されるのが苦手というタイプなのだろうと思われる。


「小娘、襲撃された場所は覚えておるか?」

「え?」

「戦場以外の場で無残に打ち捨てられた咎無き者ほど惨いものは無い」


 埋葬に付き合ってやると言外に告げるアレクサンドルに、女は顔を両手で覆って泣きながら感謝の言葉を口にした。










 埋葬が終わったアレクサンドルが女を連れて町まで戻る。


 男にしても妖艶という形容しか思い浮かばない美貌と、明らかに身の丈には合っていない黒いコートの裾を引き摺って、前を両手でボタン代わりに握り締めながら歩く若い娘さんという奇妙な組み合わせに、通りすがりの人間たちが呆然と見惚れたり、ひそひそと胡散臭そうな顔で囁き合っていたりするが……まあアレクサンドルが気にするわけがない。女の方はかなり気まずそうに羞恥で火照った顔を俯けて歩いているが、無理もないだろう。


「あ、あの……」

「黙って付いて来い」

「は、はい……」


 迫力の美貌に命令されては、一般人な彼女に抗えるわけもなく。


 とある酒場に連れ込まれる。


「ラヴァ……アレックス」


 途端に、アレクサンドルの帰還に気付いたカタリナが立ち上がった。声を張り上げたりはしなかったが、表情はかなり嬉しそうだった。普段通りに呼びそうになって慌てて偽名に言い直したのはご愛嬌だろう。


「そちらは?」

「あ、あたし別にそんなんじゃないですからね!?」

「いえ、そんな心配はしておりませんが」


 またやけに綺麗な女性の登場に、娘さんは半ば本能的にこの銀髪の恋人かなと察して言い訳するのだったが、カタリナの言葉がまるで「あなた如きの容姿でこの人が相手にするわけがないでしょう?」と言っているように聞こえてしまい、一瞬むっとなってしまう。

 が、自分を助けて夫の埋葬にまで付き合ってくれた人の仲間なんだから、自分の邪推が過ぎるだけだと思い直し、首を振って馬鹿な考えを頭から追い出す。


「やけにお時間が掛かったようですが、そちらの娘さんと何か関係が?」

「深くは聞くな。服を何着か見繕ってやれ」

「かしこまりました」


 粛々と受け入れるカタリナだったが、そうはいかないのが娘さんの方だった。


「そ、そこまで甘えられませんから!」

「よいか? 小娘」


 迫力の美貌に大上段から見下ろされて、一歩引きながら黙ってしまう。


「私がそうせよと言っておるのだ。お前は黙って従え」

「はははははいっ!」


 していることは善行以外の何物でもないはずなのに、なぜか到底、他者にそうは思わせないのが元最強勇者クォリティ。


 アレクサンドルは、カタリナに従われて酒場を出て行く娘さんにはもう興味が無いのか、ちらりと見ることもなく、酒場の奥へと向かう。


 途中で給仕の女に酒を注文するが、彼女はぽーっと見惚れているだけで返事をしない……のは彼にとってはいつもの出来事だったので、もう一度冷厳な声で確認すると、彼女が勢いよく姿勢を正して返事をしたのを聞き届けることもなく、カタリナの座っていたテーブルに自分も着く。


 そこには他にも男が二人に女が一人、カタリナ以外にも既に待っていた。


「あんたってホント、そんな冷淡で冷血で冷徹で冷酷で無情の非情の極悪の凶悪な見た目してるくせに、昔っから案外面倒見いいわよねー」

「死ぬか?」

「冗談よ」


 冗談通じない男ってこれだからやなのよ、とひっそりぼやくのはアグリアだった。


 彼女は、何だかもー色々とやる気が失せてしまい、国へ帰るのも面倒で、ロンダイク聖教国家を避けてリリス教国家を渡り歩き、シャリハーン首長国連邦をうろうろしていた時に、リドウの足跡を追っていたアレクサンドルたちと偶然ばったり再会してしまい、ちょうどいいから付き合えと、強引に連れて来られていた。

 もっとも、抜け忍状態の彼女の場合、アレクサンドルたちの庇護は内心ではありがたかったようだ。表向きは文句を言うこともしょっちゅうだが。

 あるいは、酷薄な見た目に反して案外面倒見のいいこの男のことだから、抜け忍状態と察した自分の身を案じてくれたのかな……とまで考えるのは流石に好意的解釈がすぎるかなと、ふと思うアグリアだった。


「ま、情けは人のためならずだ。因果は廻る。悪事を働く暇があるくれぇなら善行を積んどいた方がいい」


 と、こちらはガルフ。彼は当然、今もアレクサンドルと一緒に居た。


「マフィアのボスが語る言葉とはとても思えんな」


 ふっと皮肉っぽく鼻を鳴らすアレクサンドル。


「我々がしていたことは他国の法に照らし合わせても、特に犯罪に該当するものではありません。ただ、無法アウトローの意味を履き違えた頭の足りない馬鹿共に理解し易いよう、少々過激かつ退廃的な方向に傾いていただけです。仁義の欠片も知らぬ他所の国の者たちと同列に並べ立てられるのは非常に不愉快だ」


 これはクリスだった。


 彼はガルフたちが旅立つ前……正確に言えば旅立った直後だが、フランクの裁定に自ら赴いたガルフが、ついでに連れて来たのだ。クリスの後任は今頃、知らせを受けたレイアの用意した新たな人材がちゃんと行っていることだろう。


 実はこの烈震のガルフという男、生活破綻者と言っても過言ではなく、しかもそれを自覚しているので、あらゆる面に優秀な能力を持ち、気も利くクリスが何としても必要だった。彼も仕事を中途半端で投げ出すのは気が引けたようだが、敬愛するオヤッサンに自ら求められてのこととあり、大喜びで付いて来たらしい……外見は相変わらずの冷静沈着だったが。


「私を相手にそれだけ物を言えるノーマルも……」


 アレクサンドルは唇を緩めながら言うが、台詞の途中で不自然に黙ってしまう。


「いや、居たか。リドウの連れておったあの小娘が」

「確か恵子っつったか?」

「ああ。精神の在りようは完全に闘士だったな。物理的戦闘能力は望めんだろうが、将来が楽しみな小娘だ」


 あれは大物に成ると、くつくつと喉を鳴らしながら言う。


「リドウ殿ですか……」


 クリスが手元の木製ジョッキに視線を落としながら呟くように言う。


「まさか殲滅師だったとは……しかも齢二十一にしてヴァリー殿を下す」

「私を“下した”のではない。あれは私を“凌いだ”のだ――純粋にな」


 そこを間違えるなと、楽しげな邪笑を浮かべて言う。


「あんたの化け物っぷりを知ってるこっちにしてみりゃ、尚更に信じ難いわよ。あー、もー……シャイリーくんたちに潰されておいてホント助かったわ。そんなのに喧嘩売らずに済んで」


 テーブルに頬杖をついて、やだやだとぼやく。


「しかしそう言う意味ではシャイリー殿も……年齢を考えれば信じ難い使い手でしたな」

「ほう。俺は会ってねぇが、そこまでか?」

「何せ流化闘法使いですし、それを考慮せずとも」

「流化闘法か。魔法使い系の俺らにとっちゃあんま変わらんが、対気功士戦じゃ無双の戦力を発揮するからな、ありゃ」

「通常、純粋に実力で上回る気功士に対して、同じ気功士では、相手が余程のヘマをせぬ限りまず勝てんが、相手の防御力に関係なくダメージを与えられる方法を持つ流化闘法使いだけは勝機を自ら作り出せるからな」


 アレクサンドルの解説にクリスが深く頷く。


「本人に確認はしておりませんが、彼はおそらく【雪華】の秘蔵っ子でしょう」

「マジか!?」


 アレクサンドルやアグリアも驚きを表していたが、特にガルフが盛大な反応を見せた。体格に比して声も大きく、また野太く迫力のある声でもあるため、酒場内の他の客が一斉に注目するが、彼本人とアレクサンドルが「じろじろ見てんじゃねぇよ」とばかりにぐるっと一睨みすると、慌てて視線を逸らして、誤魔化すように自分たちの会話に集中し出した。


「はい。彼女の流派の面影がありました」

「ほへぇ。気功士を無理やり覚醒させようとしてんのは知ってたが、とうとう成功させやがったか」

「ご本人にとっても大成功でしょう、おそらく。彼の技量は年齢を考えれば明らかに突出しています。覚醒したのが彼でなければ、あそこまでの腕前を持つには至らなかったはずです」

「千鶴嬢ちゃんといい、凄まじいタレントの密度だなぁ、おい」

「タレントと言えば魔道士の小娘だ」

「高坂嬢ですね」

「あれはきっと、いずれ貴様を越えて往くぞ、ガルフ」

「ほっほう」


 アレクサンドルの言葉に、ガルフは心底楽しそうに顎を撫でながらニヤリと笑った。


「確かにあれはヤバかったわね……」


 アグリアが頬杖をついたまま、木製カップの中身をかき回しながら言う。


「現時点でも潜在魔力はあたしの倍くらいよ。多分、ガルフさんよりも上ね。しかも既に空を飛ぶ上に、ダブルキャストにスペルキャストの併用までやって、あたしの魔力障壁を一発でぶち抜いてみせたわ」

「経験は一年程度のはずだろ? そりゃマジでとんでもねぇな」

「あそこまで化け物染みた才能は正直初めて目にしたわね。しかもあたし、何だか目覚めさせちゃったっぽいし……」


 本当に余計なことしたわぁ、とがっくり項垂れる。


「仮に俺らが今リドウのパーティーと全面戦争したら、俺におめぇさんにカタリナ嬢ちゃんでまず俺らが勝つだろうが、五年もすりゃ逆転してっかもな、そりゃ」

「分からんぞ。魔神の手で育てられることがあれば、もっと短期間で我々に迫るかもしれん」


 そりゃいいと、ハイエンドな二人は邪悪に笑い合っている。


「それですが……」


 と、クリスが控え目に口を挟む。


「本当なのですか?」

「間違いなかろうな」

「オヤッサンやあなたの眼を疑うつもりは更々ありませんが、流石に……」

「まあ気持ちは分からんでもねぇがな、リドウの実力と、何つってもあの魔法を見せられりゃ、あんな冗談みてぇな実力者が自然発生したと考えるよりは遥かに現実的だぜ。もうあと二十くらい歳いってりゃ納得できんでもなかったがな、流石に若すぎだ」

「あれの兄も、あれだけに成れたはずなのかと思うと……何と勿体無い話と思わざるを得んな」


 アレクサンドルは本気で悔しそうに舌打ちを鳴らした。


「そこが良く分からねぇな。闘気と魔力はそうでも、他の素質はまた別だろうが」

「なに? 何の話?」


 初耳なアグリアが教えなさいよと主張する。


「リドウとガウェインは一卵性双生児だ」

「はあ?」


 素っ頓狂な声を上げるアグリアだった。アレクサンドルに、たまに言葉遊びで他人をからかう悪癖があるのを知っているからこそ、きっと今回のもその一つだと思ってしまっていた。


 が、いつまでも否定の言葉が返ってこないのを見て、アグリアはゆっくりと目を見張っていく。


「え? マジ?」

「ほぼ確実にな。ガウェインの出生については知っておろう?」

「そりゃまあ、あらしらくらいの世代には割と有名だし……あの件の行方不明の弟が月紅なの?」

「貴様はガウェインを直接知らんからな」

「クリソツってこと?」

「ぱっと見はな。目付きと髪形を同じにすれば完全に見分けがつかんだろう」

「それで殲滅師って……そりゃ確かに偶然で片付けるのは無理がありすぎか……」


 アグリアは両腕を組んで唸っている。


 その一方で、アレクサンドルはタバコを口の端っこで銜え、そのまま酷く険しい表情で喋る。


「素質はあった。全ての素養はリドウに決して劣るまい」

「本当かよ」


 ガルフは盛大に疑わしげな顔だ。


「この世界で本当に強くなる奴は闘気や魔力に恵まれた上で、更に別のセンスが求められる。それが、気功士としても魔道士としても極上のセンスに恵まれたなんて出来すぎたのがそうそう居るとは思えねぇんだがね。それが双子だなんて余計に出来すぎだぜ」

「信じ難い気持ちは理解できんでもないが……」


 アレクサンドルは相槌を打ちながら、吸いかけのタバコを灰皿に押し付ける。


「あれは私が直接この手で育てたのだ、間違いない」

「なにぃ?」


 ガルフが小さく驚愕の声を上げ、アグリアやクリスも目を見張っている。


「五歳の時、上の連中が私に鍛えろと連れて来た。以来、あれが十六になるまで私が鍛えておった。いずれ私を越えてくれという願いを込めてな」


 両腕を組んで深く背もたれに背を預けながら目を瞑る。


「何で十六で止めさせられたんだ?」

「上の連中に掻っ攫われたわけではない。私が自ら辞退した……教える価値が無くなったからだ」

「価値が無くなった?」

「私も流石に、教育者として魔神たちに己が匹敵するなどとは自惚れておらん。が、それでも当時であればリドウといい勝負をしたはずだと、仮にも師として自負しておる」


 薄っすらと開いた目でテーブルの上を漠然と見つめる。


「だが……ある時を境に、奴は弱くなった」

「怪我……な訳がねぇよな。リドウに匹敵するなら十六の時でも、死んでさえいなきゃ自力で治せたろ」

「本人は強くなったつもりだろう。実際、“それ”を手にしてからの奴の戦闘力は私に迫るものがあった。当時にリドウと戦っていればまず勝ったであろうよ」

「ほう?」


 興味深そうに相槌を打つガルフに対して、アレクサンドルは酒を呷り、テーブルにジョッキを叩きつけるように置きながら、忌々しそうにぎりっと歯を噛み締める。


「だが……そのせいで奴はそれ以上の『強さ』を得ることが叶わなくなってしまった。いや、自ら放棄したと言う方が正しかろう。私が教える価値が無くなったとはそういう意味だ」

「ふーん?」


 で、それって何だ? という目のガルフであったが、アレクサンドルの回答は、


「教えられん」


 というものだった。


「何でだよ」

「この世に宿命というものが在るならば、いずれ奴とはリドウが決着をつけるであろう。仮にも元は師として、奴の力の秘密がリドウに伝わる可能性がある相手には教えられんな」

「律儀だねぇ」

「それが闘士だ」

「違ぇねぇ」


 楽しそうに笑うガルフだったが、アレクサンドルが釣られて笑うことはなく、


「あるいは……」


 視線を落としながら、呟くように言う。


「私はリドウに証明して欲しいのかもしれん」

「あん?」

「あんなものが真の強さではない、と。同じタレントを持って生まれたリドウが奴に完全な勝利を飾ることで、私の信じた強さこそが真実であると……」


 この男の中でも色々と複雑な思いが絡み合っているらしい。


 ガルフとクリスは顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。


 憂いを帯びた妖艶な美貌に店内の女性の視線が釘付けになっている。先ほどの脅しは最早効力を発揮していないらしい。元々リドウたちに負けず劣らずの迫力の集団なのだから、結局はずっと気になって仕方なかったようだ。もっとも、アグリアも女性の内のはずなのに、彼女だけは「はいはい、バトルジャンキー、バトルジャンキー」と白け顔だったが。


 カップルで来店していた男たちが恋人に文句をつけているが、アレクサンドルが居る場所では大概がこのようになる。

 真紅の男を軽く病み気味なレベルで愛してしまっている絶世の美少女の場合、こんな時は女性の方まで見惚れてしまってカップルクラッシャーには滅多にならないのだが……ここはきっと、男と女の本能的習性の差なのだろう。


「ま、何にしても、将来が楽しみなガキ共ってことだな――リドウを含めて」

「それは間違いない」


 ガルフがそう締め括ると、アレクサンドルは大真面目に頷いた。


「あれがどこまで上り詰めるか……」


 そこに大きく興味をそそられると邪笑しながら、


「その時こそ、私が必ず勝利してみせよう」


 やっぱりバトルジャンキーでしかない元最強勇者であった。

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