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桂木明人は普通の少年 2

 桂木明人や小杉純也らが魔王城へやって来てから数日。本日は明人の持っていたDVDの上映会が行われていた。


 上映会と言っても、リリステラが明人のために鑑賞施設を作るのはまだ先の話で、彼が一緒に持っていたDVDポータブルプレイヤーを全員で覗き込むという趣向であったが。


 サロンのテーブルに置かれたプレイヤーの前に、リリステラを挟みザイケンと老人形態のリーチェンがおり、ザイケンの膝にリュリュが、リリステラの膝にシュリが座っている。母性溢れるリリステラはともかく、ちょい悪系なザイケンよりは気のいいおじいちゃまなリーチェンの方が子供を膝に座らせるのは似合っているように思えるが、今のおじいちゃまは封印解除状態や魔法で肉体を構成しているのではなく、幻影を纏っているだけなので、実体は骨でしかなく、膝に座るには堅いのだ。


 更にその五名の後ろにずらっと立ち並ぶ、サリスを始めとしたメイドさんたち。彼女たちも、主から声を掛けられて、現在この城に残っている全員がこの場に勢揃いしていた。


 純也や田島和美、川村明子は参加していなかった。それどころか、特に純也は既に色々と問題を起こしており、魔王城側は特に気にしていないらしいのだが、本人はふて腐れてしまっていて、既に交流は殆ど断絶していた。


 上映前に、その問題行動の代表例を紹介しよう。










 それは、明人も一緒にリリステラからザイケンを紹介された時の出来事であった。


「うわ、イケメンなおじ様」

「俳優みたいね」


 と、女子たちが小さく囁き合ったのを聞き届けてしまい、純也はザイケンへの対抗心を抱いてしまった。ルスティニアに放り出されて以降、女子たちから常に持ち上げられ続け、生意気(本人主観)な明人も黙らせ続けてきた優越感が、劣等感を覚える事を今更己に許さなかったのだ。


「なあ、おっさん」

「あ?」


 テーブルに肘をつきながら、煙管を口に銜え、あまり興味無さそうな顔で明人を含む日本人たちを眺めていたザイケン。

 彼は、自分の方へ一歩近づきながら生意気を口にする小僧にも、特に何とも思っていない様子で対応したが、傍で見ている明人にとっては、リュリュですらあれなのに魔王なんて相手に突っ掛かるなんてと、とても生きた心地がせず、凍り付いてしまっていた。


 そんな明人の心情などお構いなしに、純也はザイケンを挑発的に見下していた。


「おっさんも魔王ってやつなんだろ?」

「ああ」

「強いんだろ?」

「そりゃな。弱いとは言えねぇだろうよ」

「じゃ、ちょっと試させてくれよ」

「やめとけ」

「あんだよ。真剣勝負から逃げるのか? はっ、もしかして魔王とか言うくせに怖気づいたのか?」

「三度は言わせんじゃねぇぞ。生意気な小僧は嫌いじゃねぇが、粋がるにしても、もちっと腕を上げてからにしろ、ド素人が」

「んだと!?」


 と、純也が憤った瞬間だった。


 がんっ、と純也の頭が石造りのタイルへ激突した。


 その瞬間を目視できなかった明人たちが身を竦ませる中、ザイケンは、額や鼻から血を、更に目からも涙を流す純也の頭髪を掴み上げながら、ドスの利いた声を発する。


「ちょっと小突いただけで死んじまいそうな未熟者を相手にするのはな、半端じゃなく神経使うんだよ」


 こういう点は、弟分よりも遥かに過激な鬼さんであった。


「おぬしは大概、加減が苦手じゃからの」


 この時はまだスケルトン形態だったリーチェンが、揶揄するように言ったが、ザイケンは無視した。


「俺たちの世界じゃ、未熟者から真剣勝負を挑まれて真剣に相手をしねぇ方が悪いんじゃねぇ。相手を真剣にさせる事すらできねぇ腕で挑んできた身の程知らずが悪いんだ。温和な俺じゃなかったら今頃てめぇは死んでるぞ」

「むしろおぬしでなければ、もう少々穏便に済んどったじゃろ」

「いちいちうっせぇんだよ、リーチェン」


 リーチェンの茶々も二度目とあって反応してしまうザイケンであった。


「俺に相手してほしけりゃ、相応の腕と覚悟は身に付けてからにしろ。分かったか、小僧」

「ば、ばい……」


 涙ながらの鼻声で肯定すると、ザイケンは無言で部屋から出て行った。


 ため息したリリステラが、純也の頭を膝に載せながら、治療魔法を行使する。


「全力で攻撃してしまえば容易く命を奪う事となりかねぬ未熟者を相手に、どうしたら真剣になど行けるものでしょうか。強者が加減をした状態で互角の闘争を演じろとは、それは最早単なる我がまま以外の何物でもなく、身の程を弁えぬその手の言動を、我々の世界においては『礼儀がなっていない』と申します。あなたも『この世界』で生きるおつもりなら、努々お忘れになってはなりませんよ」


 と、治療を終えて立ち上がるリリステラに、純也は己が今さっき味わわされた苦痛など忘れ去ったようなニヤケ面で、彼女の肩に手を掛けようとした。


「リリィちゃんは優しいなぁ。俺のために」


 と、彼がそこまで言った時、リリステラの姿は彼の視界から消滅していた。


 え? と疑問に思った瞬間、純也は己の肩に背後から優しく手を置かれた感触を覚えた。


「わたくしはあなたに、『わたくしの名はリリステラである』と申したはずですね?」

「……い」


 ガタガタと震える唇は、肯定の返事すらまともに許さなかった。


「わたくしを『リリィ』の名で呼ぶ事を許された者は極めて限られるのですが、わたくしはその名をあなたに許すような言動を致しましたか?」

「い……いえ……」


 やっとの事で応えた純也。その背後のリリステラはにこりと笑みを深めるのだが、その瞳は冷たい輝きを放つ。


「良かった。わたくしの記憶違いではなかったようですね。では、二度とその名を口にせぬ事です――たとえそれが友人との談笑中であっても、独り言であっても、死す事があろうとも、尚」


 声音は至って普通の、常時の優しさに満ち溢れた風情なのに、誰もがそこに底冷えする物を感じ取っていた。


 ふっと意識を飛ばして床に崩れ落ちる純也を見ながら、明人は呆然と呟いたものであった……


「さ……催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなものじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」


 抑揚の無い声で紡がれたそれが、まさか真にそのネタを用いるに相応しい状況であったなどとは、明人自身も思いもしていなかったが。










 さて、時間を戻そう。


 件の上映内容は無論と述べるべきか、アニメであった。


 この頃はまだ、リュリュやシュリの事を見た目通りのロリだと思っていた明人は、この二人にあまり過激な物はどうかと思い、ポップでキュートでマジカルでミラクルな感じの、物理法則など徹頭徹尾に無視した魔法で悪の手先と戦う、少女なのか幼女なのか判断に難しい絵面の娘たちの、愛と勇気と友情の物語を選んだ。


 それを鑑賞しての大魔王様の感想はこれだ。


「今の変身場面は衣装が入れ替わったのではありませんね。原子配列変換でしょうか? 幼き身ながら見事なものですが、何ゆえわざわざ変身するのでしょう?」

「姫様、魔法少女に理屈を求めてはいけません」

「はぁ……」


 あまり受けが良くないなと思った明人は、次に剣と魔法の戦いを少年少女が専門の学園で訓練しながら、激しい戦いに巻き込まれていくといった内容の作品を選んだ。ただし、ラブコメ要素あり。


 一同は取り敢えず黙って鑑賞していたのだが、ある時リーチェンがおもむろに口を開いた。


「のう、坊よ。こやつらの力の根幹の魔剣とやらを無許可で使用するのは法で規制されとるんじゃよな?」

「はい、そういう設定ですね」

「この娘っ子ら、嫉妬やら照れ隠しやらで小僧を魔剣で攻撃して学園の施設を破壊しておるのじゃが、これは許されてよいのかの?」

「ラブコメですから、主人公とヒロインのイチャラブのためなら、設定上の法律なんてガン無視で問題ありません」

「わたくしからもご質問をよろしいでしょうか」

「はい、姫様」

「この少年、魔剣の使い手は希少で、他国からも狙われているというお話ですが、不意打ち一つ対応できぬ未熟者以下の内から気楽に街中を出歩くのは問題にならぬのでしょうか? おそらく陰で護衛が付いているのでしょうが、それにしても危機感が不足しすぎている気がします」

「ラブコメですから、主人公とヒロインの仲を深めるイベントの最中に襲ってくる無粋な敵は居ません」

「国家単位で戦争してるっつう割には、正々堂々とした連中しか居ねぇのな」

「無暗な現実思考でそこら辺の整合性を深く考えるものではありません――ラブコメですから」

「そか……すげぇな、らぶこめって」


 最後に何やら盛大な感心を示すザイケンであった。


 やはり一同の反応が微妙だったので、次に明人が選んだのは、主人公であるロリな魔法少女と、千年を生きる見た目ロリな闇の眷属の王女との宿命を描いたもので、ガチな戦闘シーンあり、生々しい怪我もすれば血も流れるという、比較的ダークな代物であったのだが……


 ぶっちゃけこれが一番受けた。


 特に――リュリュへ。


 概ね全員が素直に楽しんでいたようなので、明人はどんどん続きを流していったのだが、その最中、これまでは身動き一つせずに、ザイケンの膝の上でお人形さんをやっていたリュリュが、段々と目を見張っていくのだ。


 上映の途中で、食事の必要の無い魔王連中以外が空腹を訴え、本日の鑑賞会は終わりにしようとなったのだが、食事が終わった途端、リュリュは明人の傍へ駆け寄り、彼の袖を引っ張りながらじっと見上げた。


 戸惑いを露わにする明人に、リュリュは物静かに言ったものであった。


「……続き」

「え?」

「さっきの……続き」

「あ、ああ、観たいんですか?」


 こくりと頷くリュリュに、明人は口元をほころばせて了承した。


 結局二人でワンクール十三話を全て一気に鑑賞し終えたのだが、その途端、リュリュはすくっと椅子から立ち上がった。


 プレイヤーを片づける明人が訝しげに見守る中、リュリュはサロンから続くバルコニーへの扉を小さく開け、隙間からするりと外へ出る。


 彼女はそこで立ち止まると、腕を組みながら指で己の顎を摘み、そのまま身動きをしなくなってしまった。

 どうしたのだろうと明人も彼女を追って外へ出ると、彼女は俯き気味にぶつぶつと何やら呟いていて。


「攻撃内容は魔力砲がそのままそれらしく見える。魔法の威力自体は、石の巨大建造物を一撃で崩壊させ、石造りの地面に直径三十メートル、深さ五メートル程度の穴を空けるとなると、熱量は10の七乗レグトくらい……ならダブルでいける。飛行も問題無い。けど、魔方陣が複雑すぎて、シングルだけじゃ固定できないかも……」

「何言ってるんです?」


 明人の疑問の声は無視で、リュリュは夜の空にふわりと浮き上がった。


 人が生身で空を飛ぶのは初見の明人が唖然としていると、視線の先のリュリュは空中で立ち止まり、くるりと背後を振り返った。


 刹那、明人は元々半開きだった口を盛大に開け放つ羽目になった。


 リュリュが左から右へと首を動かしていくにつれ、紫色をした立体的な魔方陣が空中に描かれていくのだ。


 リュリュはその全景を完成させると、しばらくじっと眺めていたと思ったら、やおら振り返った。


 そして、両手を高々と振りかぶり――


「らぐな・でぃざすたー!」


 光の砲撃が遥か空の彼方へと消え去った。


 と同時に、リュリュは空中に浮かんだまま、手のひらで顔を覆いながら、何やらスタイリッシュなポーズを取る。それは、先ほど鑑賞を終えたアニメの中で、闇の王女がキメポーズでやっていたもの、それそのままであった。


 それを見た明人の反応は、


「マジですかー……」


 という気の抜けたものであった。


 無表情なのに、どことなく満足したような雰囲気を漂わせながら戻ってきたリュリュへ、明人は何とも言えない顔つきで話し掛ける。


「リュリュちゃん……あ、ごめん、リュリュさん、つい」

「別にちゃんでいい。敬語も要らない」

「じゃ、リュリュちゃんさ、闇の王女レティシア・フィリス・アークロイドを気に入ったの?」

「……うん」


 リュリュは「何か文句でもあんの?」という目で見てくる……ように思った明人は、いやいやと両手を勢いよく振る。


「感心してるんだ。凄いもんだよ、マジで再現しちゃうんだもん」

「結構……難しかった。かなり慣れないと、魔方陣を一瞬で展開するのは無理。レティシア・フィリス・アークロイドは凄い。あんな無駄をしてでも、自分のスタイルを貫くなんて……」

「いや、あれただの演出だから。元々あのアニメの中の魔法はそういうもので、魔方陣は勝手に出てくるだけだから」

「……そんなのはありえない」


 微かに目を狭めるリュリュを見ながら、明人は納得するものがあった。


 この世界の連中は、魔法と言う現象に馴染み深いせいで、魔法に類する現象を自分たちの常識の中で解決しようと無意識に頭を働かせてしまうのかもしれない、と。

 完全な再現には時間が掛かったとは言え、リュリュは実際に『ラグナ・ディザスター』を成し遂げてみせたのだから、それも頷ける話だ。


 その後もどうしても納得がいかないらしいリュリュへ、明人は何とか言葉を重ねる事で、ようやく彼女へ納得させたのだが、それでも彼女は『闇の王女』というキャラクターへの興味を失う事はなかった。


「……でも、レティシア・フィリス・アークロイドはカッコイイ」


 と言って。


「ああいう中二病キャラが好きなんだね、リュリュちゃん」

「……ちゅーにびょー?」


 明人がこの世界の翻訳マジックに気づいたのはこの時であった。


 サロンの中へ戻りながら、明人は中二病について、歯に衣を着せる事無く説明した。


「……要するに、そういう一種のスタイルを演じて遊ぶ事を指してるんだろ?」


 それの何がいけないのか、と、リュリュは無表情ながらに疑問を感じさせる雰囲気で言った。


「まあ、その通りっちゃその通りでしかないんだけど……ってか、キミって中二病キャラが普通に似合いそうだよね」

「ん……私もそう思う。レティシア・フィリス・アークロイドには親近感が湧いた」

「今度、もっと色々教えてあげようか?」

「中二病キャラについて?」

「うん」

「ん、お願い……明人」


 薄っすらとだが、唇を緩めて笑むリュリュは本当に可愛らしくって、どうして今自分はデジカメを持っていなかったのかと、明人はこの瞬間、大いに後悔して嘆いたものであった。










 それから三ヶ月ほどは特に問題も発生せず、穏やかに時が過ぎ去った。


 明人プレゼンツの中二病研究会にシュリも参加するようになり、時たま、彼女とリュリュがネタ技の応酬を繰り広げリアル魔法少女大戦を演出し、それを明人が撮影しては、この時には既にリリステラが用意してくれた大型スクリーンで、彼女本人も一緒になってその即席映画を鑑賞したりと、なかなか楽しくやっていた。

 ちなみに、リリステラがネタの数々を覚えたのは、主にこの鑑賞会の時である。


「姫様には是非いつか、『大魔王からは逃げられない』と仰って頂きたいですね」

「左様にございますが? その気になったわたくしから逃走を成し遂げるのは、我が事ながら、極めて困難であると申さざるを得ません。せめて当銀河系の外にまで逃げ出すくらいはして頂かなくては」

「…………うわー」


 乾いた笑いの裏側で、どうせならいっそ「これはメ○ゾーマではない、メ○だ」もお願いしたいなと思う明人であったが、ネタを教える代わりにリュリュから色々と教わっていたので、この世界の魔法でそのネタは無理があるなと諦めざるを得なかった。


 かように、世界最強が統治するこの城は実に平和なもので、更にはエターナルロリータたちによって自分の趣味も満足させられてと、明人は実に満ち足りた日々を送れていた。


 しかし、とうとうこの時期、純也が暴発してしまった。


 それまでの彼は、リリステラは諦めたものの、サリスを筆頭とするメイドさんたちをナンパする事に日々の時間を費やしていた。

 彼女たちは決して明確な拒絶をせず、あくまでもお客様に対しての丁寧な態度を貫いていた。そのせいで、最初純也は、自分が本当は相手にもされていないという事実を認識する事ができず、いずれ彼女たちも自分の物になるだろうという甘い期待を抱いていたらしい。


 が、ナンパを繰り返すこと三ヶ月が経過した頃、ようやくその事実に自ら気づけたらしかった。


 そこで問題となったのが純也自身の性格である。彼は日本に居た頃から、自分自身が誰よりも注目を浴びている存在でないと気が済まない性質だった。それがルスティニアに来てから魔王城へやって来るまでの数十日間で、更に強くなってしまっていたのだ。当然、我慢できるわけがなかった。


 その日、魔王城を出て行くと主張する純也と、それを知らされた明人によって、魔王城は小さな騒ぎを迎えていた。


「本気なの?」

「何がだよ」

「やめておけって。ここの人たちとまともに交流してなかったキミは知らないだろうけどね、このルスティニアはマジでヤバい。外の世界にだって魔王はうろついてるし、魔物どころか人間にだって、キミなんて瞬殺できるレベルがごろごろしてるんだぞ。実際にザイケンさんに瞬殺されたのを忘れたわけじゃないだろう?」

「あれは魔王だろ? 流石に相手が悪すぎた。それに今なら分かんねぇかもしれねーよ」

「まともに訓練もしてなかったじゃないか! それで自動的に強くなれるほど、この世界は温くないんだよ! 子供じゃないんだ、いい加減弁えろ、小杉!」

「うっせー! 大体てめー、いつから俺の事を呼び捨てるようになりやがったんだ!? 散々世話してやった恩を忘れて、少し偉い相手が現れたらすぐ尻尾振りやがって!」


 明人はくっと呻きながらも言い募る。


「せめて、ザイケンさんに頼み込んで剣の腕を鍛えてもらってからにした方がいい。決して悪い人じゃないから、素直に謝れば」

「はっ、冗談じゃねぇ。大体、そのおっさんもここしばらく顔見ねぇじゃねーか。へっ、お前はここでくすぶってりゃいいさ。俺は外の世界でビッグになってやる」


 ダメ人間の典型的な台詞じゃないかと呆れた明人は、これ以上どう説得すべきかと視線を左右に彷徨わせる。


 と、こんな場面でも怯える事無く、平常運転で自分たちを眺めているリュリュが目に入った。

 明人は彼女へ近づき、小声で訊ねる。


「リュリュちゃん、あいつに勝てる?」

「……判らない」


 と、いつもながらの独特な間を置きつつ、じっと明人を見上げる。


 リュリュはしょっちゅう、明人の限らず、こうして他人を真正面からじっと見つめるので、もう慣れて来た彼であったが、今回の彼は、自分が彼女に無茶を押し付けようとしている自覚があったので、少し気まずげにたじろいでしまった。やはり彼女の外見が外見だけに、荒事を依頼するのは非常に抵抗感があったのだ。

 それでも、彼女の魔法が決まれば確実に勝てるであろうという計算があったために、明人は諦めずに口を開こうとした。

 しかしその前に、リュリュの方から自主的に明人へ質問する。


「……あいつをぶちのめしてほしいのか?」

「う、うん……できる?」

「……他人の実力を見切るのは苦手、気功士なら尚更」


 リュリュはちらっと純也を流し見る。


「……もし……あいつと闘気無しで戦うなら、明人は勝てると思う?」

「え?」

「明人があいつと同じだけの闘気を持っていたら、明人は勝てると思う?」


 明人が疑問の声を上げる前後で少し内容に変化があったが、つまるところ、対等の条件ならば勝てると思うかと問われたのかと彼は理解した。


「僕は運動自体があまり得意な方じゃないし、逆にあいつの方は半ばヤンキーみたいなもんで喧嘩慣れしてるだろうから……正直、厳しいと思う」

「……厳しいだけで、勝算はあるんだな?」

「そりゃ、ルール無用で何でもありなら、やりようはあるよ」

「なら問題無い」


 リュリュの最後の質問に明人が答えた途端の即答だった。


「よーするに、素人なんだろ、あいつ」


 なら最初からそう言え、と不満そうに目を細めてくるリュリュに、明人は大いに戸惑ってしまった。


「……あいつって実際、僕からするとメチャクチャ動き速いんだけど、魔法を唱えてられる暇ある?」

「……メチャクチャ速いって理解できるって事は、明人で視認できるんだろ?」

「え?」


 リュリュの質問の意図が理解できず、明人は目を瞬かせた。


「……あいつの動きを明人の動体視力で追えたか、と訊いてる」

「あ、うん」

「やっぱり問題無い」

「ホントに?」


 どうしても見た目が見た目なので、心配そうな顔で確認してしまうが、どうやらリュリュのご機嫌を損ねてしまったようで、彼女も些かむっとしている。


「……音の十倍までのスピードなら余裕。千倍くらいまでは対処できなくもない」


 そこまでとは知らなかった明人は、思わず心の中で「冗談だろ……」と呟いていたが、なら少なくとも自分でも目視可能な純也程度は余裕なのだろうと確信し、注文を追加する事にした。


「殺さないで相手はできる? できれば、ある程度あいつの実力を発揮させた上で完封してやってほしいんだけど」

「……やってみないと判らないけど……たぶん、問題無い」


 返事の内容に一抹の不安を覚えながらも、明人はリュリュと純也の模擬戦を成立させた。


 結果は言うまでもなく、リュリュの圧勝であった。


 純也にはリュリュが余裕を持って張ったダブル魔力障壁を突破する事ができず、黙って自分を眺める彼女に苛立ちながら剣戟を重ねること数十秒もすると、彼女がダイレクトキャストで放った雷撃によって射抜かれ、あまりにも一方的に撃沈した。


 それでも、目を覚ました純也が意見を変える事は無かった。


 更に、彼と共にここを出て行くと主張する女子たちも明人は説得したのだが、彼の努力は報われず、彼らが城を出て行く姿を、明人は黙って見送った。


 その時の明人の表情は苦虫を噛み潰したようなものであった。ドライに徹していたわけでは決してなかったのだ。

 なぜならば、明人には負い目があった。それは奇しくも、純也が激発した時に言った台詞に由来する。


 魔王城に来るまでの間、日々ストレスの募らされる相手だったとはいえ、明人が純也を利用していたのは紛れもない事実だ。

 盗賊もいて、魔物もいる。そんな世界で知り合いは無く、護衛を雇える程の金も無く、稼ぎ先は見当もつかない。少なくとも、ルスティニアの常識を一通り調べ終え、治安のいい国に辿り着くまでの間は、あの力を無しに生き抜くのは不可能だとしか明人にも思えず、「小杉くん、頼むよ」の低姿勢でやってきたのは拭い難い事実だ。


 それなのに、溜まっていたストレスと不満から、自分でも知らない内に呼び捨てにしてしまっていた。自分の方が現実を理解しているのだという優越感すら、本当は自分の中にあったのではないかとすら明人は思う。


(何だよそれ……最悪だ。自分を虐げてた相手より優位に立ったからと言って逆に虐げるような話、僕は大嫌いだったはずじゃないのか……?)


 これより更に一年余りして、一条千鶴から純也たちを行かせてしまった事を責められた時に、明人が思わずむっとなって強く言い返してしまったのは、この時に覚えた自分自身への嫌悪感を思い出さされてしまったが故の苛立ちの表れであったのかもしれなかった。










 その後、ザイケンが麗覇サキを連れて帰ってきて、他にも数名の同級生たちが発見されて城までやって来て、リドウの一時帰還を迎える。更にそれから半年もしない内に、とうとうアレクサンドル・ラヴァリエーレら一行までもが魔王城を訪れるに至った。


 アレクサンドルの怜悧極まりない容貌に好き好んで近づくのが躊躇われた明人は、当初はできるだけ距離を置いておこうとしたのだが、恵子の持つ拳銃についてリリステラへ教えたのは明人だと既に知っていたアレクサンドルの方が明人について興味を持ったらしく、明人の思惑は儚い夢と化した。


 それからすぐに、明人はリドウの求めにより、魔王城から旅立つ事と相成った。


 無事、ガーラホルン自治領まで辿り着き、護衛と称して付いて来たアグリアに先だってベアトリクスとの面談を終える。その後、彼女たちは二人きりで話があるから、先に出て行くようにと言われ、明人はベアトリクスお付きの護衛騎士に部屋へ案内される事となったのだが、部屋を出て行く直前に、ベアトリクスから思い出したように告げられた一言で、行き先を変えた。


 明人は護衛騎士に伴われて、地下の牢屋まで足を運ぶ。


 そこには、一年以上前に喧嘩別れした純也が居た。


「何やってんだよ、キミ……」

「お前、桂木か!? お前もこの世界に来てたのかよ」


 この台詞で、明人は本当に純也には記憶が無いのかと実感した。


「な、なあ桂木、俺をここから出すように、お前からも頼んでくれないか? 頼むよ、な? 友達だろ、俺たち」


 明人がここに居る理由も考える前に泣き落としに入った純也。


 徹底的に自分を下僕として扱い、貶めてきた男が今更友達かよ、と、明人は怒りと憐れみが混在したような顔になってしまう自分を止められないでいた。


「そんな権限があるわけないだろう。それから、キミの境遇には僕も多少思うところはあるけど、勝手に友達にするのはやめてくれないか。鳥肌が立つ」


 自分にも悪かったところはあると思っていても、そこまで大人……というか、お人好しにはなり切れない明人は、険悪な声音でそう言い放った。


 気の短い純也はそれで一気に激発したが、明人は黙って聞き流すだけで、何も言い返そうとはしなかった。


 そして、純也が大声で罵倒し続けるのに疲れてしまうと、明人は結局それからは一言も口を開かずに、待てよ、殺すぞ、とまた声を張り上げる純也に背を向けて、地下牢から出て行った。


 騎士に案内されて辿り着いた自室で、騎士に礼を言ってからドアを閉め、疲れたような溜息をしながら椅子に深く腰掛けた明人は、天井を見上げながら呟く。


「僕は……」


 そこから続く台詞が発せられる事は無かった。それは彼自身だけが知る事であったし……もしかしたら、彼自身も自分が何を思い苛んでいるのかすら、本当は分かっていないのかもしれなかった。

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