第一章 ナインポインツ2009 一幕Plant&Plant
機械音が重なり合う無機質なノイズ。
ナインポインツ郊外にある印刷工場は「人生の墓場」と呼ばれている。
枯れ行く植物人間達の巣・・俺も同じ意見だ。小銭を握り締める為に感情を殺し鉄くずと同化。
真面目な馬鹿には打って付けだと、まともな奴は捨て吐くき魂を劣化させて行く。
灰色の壁が牢獄の様にネガティブな空間を包囲。
壁一枚、挟んだ世界から五月蝿いぐらいなる選ばれた人間・・が作りだしたミュージック。
ひどくポジティブで攻撃的なリリックで脳裏で踊るロックスター。カナディアンがイエローモンキーをバウンスさせる。
そいつをつまみに隣で会話を弾ませる男たち。
「俺も昔バンドやっててモテてたんだぜ。」・・と、ニヤつくデブ。
やつれた男はデブの機嫌を窺う様な眼つき。
「おれもやってましたよ。オールコピーですけど。」
「は。コピーじゃ話になんねーだろ。もっとこう・・クリエイティブなもん捻りださねーと。」
「オリジナルを作っても売れないとここで重労働する羽目になる。」
口を滑らしたかの様に口を塞ぐが、デブはおどけた男を満足げに見下していた。
「ちがいねー。夢見る若者の成れの果てが俺って訳だ」
さらにオドオドとしだした男を俺は無表情に眺めていた。俯いた目線を泳がし獲物を見つけたハイエナ。
話の方向を自分以外に向けた打開策。男は小声で・・俺にも聞こえる程度の声で。
「それより、あいつ・・知ってますよね。」
二人はあいつを盗み見る・・気分の悪いこった・・いやらしくニヤつくデブ。
思い出した・・こいつは通称ブル。ボスつらした最低賃金労働者の古株。一度、弱みを見せたら最後、骨まだしゃぶられ贅肉の足しにされる。
脂肪でたるんだ顔はブルドックよりのきついが、ニックネームの由来はここだろう。ここで生きる術を身に着けた番犬。
ブルの声はさっきから耳障りだ・・
「天から地に堕ちた奴だろ。ウケるよな。」
「あのブルーイナフの13番目もここじゃ新入りですよね。」
「あぁ、、堕ちた奴は無様だよな。その点、俺たちを見ろ。これ以上堕ちようの無い生き方をしてるからこんなとこでもやってける。」
「ブルさん、それって・・だけど新入りには教育が必要ですよね。一年もあいつには誰も手をだして無いんですよ・・」
トラの柄を借りたハイエナは上っ面の鋭い睨みを利かせた。
「おいおい。腐ってもあのサーティーンだぞ・・」
「大丈夫ですよ。ここらで一発釘刺さないと、他の奴らにもしめしがつきませんよ。あいつ下に着ければ、もううち等逆らう奴いなくなりますよ。
それともブルさんビビッてるんですか。」
一瞬、苦い顔をしたがすぐに厳つい顔を作り直した。
「・・・そうだな・・俺の力を示してやる。てめーも俺に嗾ける様な真似は二度とするなよ」
威嚇する様に痩せこけた男を片手でなぎ払い叫んだ。
「新入りー。」
「くだらねーがこれが現実か・・泣けてくるぜ・・」
ため息混じりに吐き捨てた。
「ムカつく野郎だ・・おい、先輩の言うことは聴くもんだろ。それとも、元ブルーイナフの13番目は作業員に身を落としてもVIP待遇を希望か。」
「自分に何も無い奴ほど年功序列が大好物なんだよ。知ってるか・・いや、お前見たいのは十分承知の上、糞を踏み染め生きているんだろうけどな。」
痩せこけた男は無言で睨み付けている。
「OK。まずは口の利き方から教えてやらねーとな。いいか、どこの世界にもルールってもんがあるだろ。これは見えないが息を吸うよりも重要だ。お前の主張なんて俺たち世間様ってのに潰されるのがオチ。いきがっててもいつか俺達と同じ世界で同じ様に新入りをいびり、つまらねー愚痴にジョークと糞を吐き出すだけの人生だと理解する。何故だか分かるか・・俺達の人生に意味なんてないからだ。御高くとまってる様だが、お前のプライドなんてこの町ナインポインツでは最低賃金にも満たない安代物、ここで生きたかったら小銭に頭をお下げ、先輩に可愛がられた方が利口な生き方だ。だから、社員に媚を売る前に俺のあそこをしゃぶるんだな。」
睨んでいた面を一転させてブルのジュークに反応する男。
「はは。それじゃー口の使い方も教えねーとな」
それを誇示するかの様にニヤついている。本当にうんざりする世界だ、、
「くだらない演説だな。お前らのルールブックに二つ付け加えてくれ。ルール1、まず朝起きたら歯を磨け、、ドブ臭くて鼻がへし折れそうだ・・ルール2、ダイエットでもしろよ。しゃぶって欲しい訳は自分でモノを握れないからじゃないのか、、おまけに女に相手にされないからって男にさせるって、、そいつの口から嫌な匂いがするぜ。だから、俺にとやかく言う前にまずはルール1だ。」
「ちぃ・・まだ空気が読めない様だ・・ここじゃブルにブルっちまう方が得だっててのにな」
太りすぎた体を威圧感に変化させた典型的なゴシック・フェイク・サッグ。胸倉を掴みかけた短い指。パシっと弾かれる。痩せた男は影からスナイプする様に罵る。
「ここがハム工場じゃなくてよかったな。空気が読めなくて、てめーを冷凍された豚と同じフックにかけてロッキー・バルボア並のパンチを浴びせてやりそうだ。」
「こいつ・・ぶっ殺すぞ」
「安い殺し文句だな・・ブルドック野郎」
警備員の様な軽武装で工場の社員は囚人を見る目つきで監視していたがようやく異変にきずき、走りよってきた。
「ブル何やってんだ。」
悲しい条件反射。舌打ち。小声で警告。
「ブルーイナフはナインポインツじゃ過去の産物だ。お前も死んだお仲間の元へ送ってやるぜ・・」
やっと臭い息から開放されたようだ・・ブルーイナフは過去の存在、それは間違っていない。時代に取り残された亡霊。もう七年もたったがあの日、俺はすべて捨てたはずだったが・・一つだけ残ったものがある・・
「お前が・・清春か。」・・社員は無表情を装ってる様子。意外と若い・・新入社員といったとこか。
「あぁ。だったらなんだ。」
息を大きく吸い込み、吐く。こいつの中で攻撃の態勢が整ったらしい。分かりやすい奴だ・・。
「お前らここをナインポインツのストリートと勘違いしてんのか。規律を守れないならとっとと失せな。暴力しか能のないお前らの代わりに職にあり付きたい奴は五万といるからな。」
「はん・・分かってるって。あんたには逆らわねーよ・・例え新人社員でもな。それは俺の担当外だ」
ブルは意味ありげにニヤついた。ここにいる限り何処も変わらない・・おそらく、そういうことだ。ブルと痩せた男は舐めた目で二人を見て去って行った。
「清春・・お前があの・・一様、忠告しとくがブルには気を付けろ。ここがサバンナならあいつは孤立した獲物を狙うハイエナだ。まぁ・・今のもさっきのも、先輩の受売りだけどな。」
まだ青さの残る笑顔で笑いかけてきた。風貌は制服を着ているだけでダウンタウンの売れないラッパー。どうみてもサラリーマンにはみえないが・・
「ハイエナは群れても所詮ハイエナだろ。」
「数は力だ・・いくらあんたでも分が悪いだろ。」
「暴力はご法度なんだろ。あいつらがそれ以外の解決策を考えてるとは思えないけどな。」
「会社は組織だ・・金が絡む以上、俺も公なのは見逃せない。出来損ないの悪党と植物人間の管理で家族を養ってる。規律を乱す様なら・・分かるだろ。」
一瞬、ばつの悪そうな顔で見上げ、話を切り替えた。
「そうだ、ブルーイナフの話聞かせたくれよ。俺あんたのファンだったんだよ。」
きらきらした目で聞いてきたが、愛想のない言い方で答えた。この世界にうんざりして枯れかけていたのかもしれない。
「町の名がナインポインツになったんだ、そんなもん聞いてどうする。」
「俺たちは真実を知りたいだけだ。色々、流れてる。妙な噂から映画の様な作り話も今じゃ定番になってる。13人の中にユダがいたってな」
「・・俺達の中にも随分口の軽い野郎がいたんだな。」
遠くから大きながなり声が響いた。
「斉藤。いつまで油売ってんだ。」
「やべ・・見つかった。・・すいません先輩、今行きます・・。あっ、清春・・あんたに客だぜ。」
「は。俺に客。」
「正面の大通りにいるそうだ。抜けさせてやるからいきな。」
「なんでそこまでするんだ。俺には何の義理もないだろ。」
「言ったろ。俺はあんたのファンだって。それに元ナンバーズ同士の再会ってのに貢献でりればツイてるってもんだろ。俺の知る限りブルーイナフの13人は最高のチームだったからな・・早くいけよ。」
がなり声。
「斉藤。てめー何時から俺を待たせられるほど偉くなったんだ」
「す・すいません。」
頭を小突れながら愛想笑いをふりまいている。がなり声の奴も斉藤のことをまんざらじゃない感じで怒りをぶつけている。いいチーム・・それに、ナンバーズ・・生き残った五人・・ユダ・・・俺に何の様だ。
プラント 正面玄関入り口
客って奴に近着くに連れ、さっきの音楽が鼓膜を刺激してくる。耳障りじゃないが今はそんな気分でもない。大通りに面した工場地帯に派手なキャデラックがうねりを上げ、薄汚れた作業着姿の男を待っている。この場に似使わない車からは見慣れた顔が乗り出した。
「清春。待ってたぜ。」
NO、2・・セカンド。
「スネーク・・」
「なんだその格好。お前がこんなとこで働いてるなんてウケるぜ。」
何の反応も見せずにキャデラックに乗り込んだ。車内は昔と変わらないスネークご愛用の甘いバニラの香りが漂っている。
「今更何の様だ。知り合いには話した覚えが無いんだけどな・・相変わらず鼻が利くな」
「俺は蝮だぜ。鼻なんか利きゃしねーよ。」
潰れた鼻をペタっと押した。サモア系のガタイを揺らしダボっとしたB系ファッション。この鼻と雰囲気はブルーイナフ結成前からの相変わらずスネークだった。今更、昔話に花を咲かせるつもりも無かった俺は、この匂いをかき消すかの様にタバコに火をつけた。
「随分と羽振りが良さそうだが何してんだ。」
過去を振り返るように大きくため息をついた。
「今の俺はナインポインツの一角、スネークへッズの頭だよ。初めてお前と会った時みたいなギャングチームじゃないぜ。ビジネスで今の地位まで上りつめたんだ。」
「それは正解だ。お前はでかい割りに強くねーからな。」
「お前ら化け物と比べんなよ。俺の能力はギャンブル・・洞察力、つまり駆引きだぜ。どんなポーカーフェイスな野郎でも手札を暴き出す。清春・・お前はこんなとこで燻ってる人間じゃないだろ。」
「なんでもお見通しって面だが、あれから7年もたってる。永過ぎる月日は人を腐らして当然だろ。」
バン・・ハンドルを叩く。スネークのマジでムカついた顔。
「サーティーン・・てめーもジンクスってのに遣られた口か。」
俺が嫌いなこと、いつの間にか受け入れていた。
「てめーも・・」
胸倉を掴みワンパン。
「俺を見ろ。また一からやり直せたんだよ。七年のかかってな。それなのに、てめーは
いったい何をしてたんだ。流れ着いた先が人生の墓場で死体の真似事か。これじゃてめーのやって来たこと、おれ達との事が嘘みてーじゃねーかよ。久しぶりに会ったってのにがっかりさせんなよ。」
・・・
「相変わらず人をのせんのが上手いなスネーク」
「もうガキじゃないんだ。ここを飛び出すきっかけなんて俺に作らせんなよ。」
胸の手を払い空を見つめた。いつの間にか雨雲が空を覆い、ボンネットに大粒の雨が降り注いだ。
「泣きたいのはこっちだぜ・・。」
強まる雨音。
「はっ。」
「何でもない。俺はもう行くぜ。」
フードを被りドアに手を掛けた。スネークはジッと正面をにている。
「スネーク・・ありがとな。」
「ここを辞めたらお前に打って付けのポジション用意しとくぜ。」
「これだけで十分だ・・もうてめーの世話にはならねーよ。」
強まる雨の中、車を後にした。
「清春。」
立ち止まり振り替える。
「明日の八時・・カートルームで待ってる。俺は蛇、、諦めないぜ。」
「ヘッドハンティングならお断りだな。」
苦笑いと共に雨は強まりキャデラックは消えて行った。
正面玄関に向かう途中。雨に打たれながらジッと待つ者がいた。哀愁漂うっていうか異様な狂気を纏っている。
「これは珍客だな。」
「待ってたぜ新入り・・お前には特別授業のサービスだ。」
「なんだってんだ。今日は厄日か、止めとけよブルドック野郎。今の俺は気分が良いんだ。」
振りかぶる大降りのパンチ・・かわす・・
正面玄関でこっちの気配を伺う斉藤。目でそのことを合図したがお構いなしのブル。俺を潰したくてしょうがないらしい。
よろけた体勢を戻しさば折・・
「口に効き方から教えてやるよ。」
「使い方の間違えだろ。腹がつっかえて自分の息子も握れないか。」
「てめー・・いい加減にいろよ。」
同時に体ごと灰色の壁に突っ込んだ。・・軋む
斉藤はそう通りの展開に対処すべく走り寄る。ブルは頭に血が上ってるらしく形振り構わず襲い掛かる。悲鳴。
「ブル止めろ。」
片手で吹っ飛ぶ斉藤。
「てめーはひっこんでろ。」
「ぐぅ・・こんなことしたら・・」
睨む・・黙り震える。
「おい、ブル。お前さっきよりノリがいいじゃねーか。」
「てめーもやる気満々て感じだぜ。」
「あぁ。今日はスネークに踊らさだれてやるぜ。」
「セカンドってのがきてサーティーン復活か。青臭い話だな。」
拳打&ヒット・・倒れる巨体。
「てめーのドブ臭い息よりましだろ。俺がサーティーンと踏まえて襲ってくる奴はひさしぶりだ・・これはワンちゃんてのは失礼だったか。」
ブルはよろけながら立ち上がった。
「俺を・・舐めるなよ。これでも・・昔は・・」
「なら・・お互いこんなとこおさらばしようぜ。」
鬼気迫る表情で両腕を振るうブル。
「あばよ。ブルファイター。」
突き刺さるロシアンフック・・沈黙・・意識を失いコンクリートの池に崩れ去る大男。
その時、ブルにブルってた斉藤の金縛りが解けた。よく観ればギャラリーも顔を覗かせている。
「清春・・やっちまたっな。もうここには入られない・・。」
「あぁ。分かってる」
BUUUUU
斉藤は救急車の手配をし、ブルは濡れ地面に顔を付けたまま動かなかった。ギャラリー仕事のチャイムを聞くと何事も無かったかの様に散って行った。
俺はロッカールームに向かい、来た時と同じゴミ袋に私物を詰めていた。高らかな笑い声が聞こえる・・さっきの痩せた男だ。
「いやー助かったぜ。お前がブルをやってくれたをおかげで目の上のたんこぶがきえてくれたて、これからは俺の時代だ。」
「お前がブルを唆したのか。」
「ずっと待ってたんだ。あいつはなんだかんだ言っても過去に取り付かれてるんだよ。成功できなかったトラウマって奴か。くだらねー。」
「触発できて倒せる奴を待ってたのか、てめーもマスカキ野郎だな。」
「なんとでもいえ・・な・・」
ドカン・・ぐにゃりと、くの字に曲がるロッカー。それになぞる様に痩せた男がへばり付く。
「馬鹿か・・ブルの事なら自分に害は及ばないと思ったか・・カスが」
返事が無い。咳き込む息も飲み込んでいる。
「これぐらいでへばるんじゃ。あいつの後釜はつげないな・・お前はほっといても勝手に干されるだけだ・・好きにしな。」
俺はゴミ袋を片手に工場を後にした。
「クソ・・また振出しに戻った。」と、雨に打たれながらバス停の標識を蹴飛ばした。
バスに揺られながら考えた。老人が嫌な目でゴミ袋片手の若者を見ている。こんなことを七年繰り返したが、スネークは今じゃナインポインツの一角・・差が着いたもんだ。
女神との約束・・俺が求める者はここにはないってのが、スネークが来たおかげでようやく分かった気がする。本当はとっくに知っていた答え・・俺は永く眠っていたようだ。