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 オレンジに染まった静かな校内を、三人きりで歩いていく。

 先頭にはよわい先輩、その後を俺と加島先輩が並んで歩いていく。道順はどうやらさっきの巡回と同じらしい。

「あの、加島先輩」

「んもう、千草くんったらん! あたしのことも下の名前で呼んでくれなきゃいやいやん」

 すげーわざとらしい仕草で体をくねらせる上級生の姿がそこにあった。……めんどくせーヒトだな……。

「あーはいはい。シイカセンパイー」

「よろしい。質問を許可する」

 色々訊きたいことはあるんだが――

「なんでまた生徒が下校するのを見計らって活動開始なんですかね」

 実に疑問の残るところである。

「あー。ほら」

 そう言って指差す方向にはよわい先輩の頭。

「にゃん! にゃん!」

 ――の、上でぴょこぴょこと跳ねまわる黒い物体。

「あー……」

「流石に部外の人にあんまりお見せできるものじゃあないでしょう?」

 我ながらナチュラルにスルーしてきたものだが、実際アレは何なのか。そういえばあの黒いの。さきの巡回中、他の生徒や教員の近くを歩くとき等、コロリと人形の様に動かなくなったりと微妙に芸が細かかったことを補足しておこう。

「で、アレなんなんすか?」

「にゃんさんだけど?」

「いや……、じゃあにゃんさんってなんなんですか」

「さあ。神様みたいなもの、なんじゃないの?」

「か――ええええ?」

「あ、第一目標はっけーん」

 まさかの神様発言にオーバーアクションする俺を無視して、椎華先輩があっけらかんと言う。つられて視線を向ければ、最初に印をしたポイントだった。

 さて、何が始まるのか……。

「よし、それじゃあ始めようか。千草くん、こっちへ」

「あ、はい」

 小さな円の前で手招きするよわい先輩に従って、その傍らまで歩み寄る。何故だかよわい先輩は右手を差し出して待っていた。

「……? あの?」

 白い掌が、慎ましくそこにある。

「手を繋ごう」

 ああ、そうか手を――

「って、ええええ!?」

「うん? どうかしたかい?」

「え、いや、その、なんだって手を?」

 狼狽する俺をよそによわい先輩は不思議そうに首を傾げていたりする。ううむ、この人こういうところ天然だよな。

「まぁ、繋いでみれば分かるさ、ほら」

「あららん? 千草くんったら顔が赤いんじゃなくてー?」

 楽しげな声にはっとして振り返ると案の定、いやらしいニタニタ顔があった。

 っく――! ほんとにこの人は!

「どうした? ほら」

「え、ええ、じゃあ」

 意を決して、差し出された白い手に自分の手を伸ばす。触れた掌は思いの外小さくて、温かかった。

「うん」

 先輩が満足げに笑った。たぶん、椎華先輩の言う通り、俺の顔は赤くなってると思う。夕日がうまく、カモフラージュしてくれるといいんだが。

「それじゃあ、このまま円を見てごらん」

「え、あ、はい」

 すぐさま先輩がそう言ってくれたのは僥倖で、逃げるように視線を放った。あのまま見つめ合うというのは、さすがに居たたまれないってもんである。

「……ん?」

 言われた通りに向けた視線の先は、何か様子がおかしかった。白線の円があるのはそのままで、けれど、

「何、ですか? このもやもやは」

 円の直上数十センチ辺りのところが、なにやら霞がかったように揺らめいている。なんというか、手の届くところにある陽炎、といった風情。

「『境界』に関して、絵を例にして説明したのを覚えているかい?」

「ええと、確か平面と立体の侵されざる――ってやつですよね?」

「そう。まあ、あれは例えでね、実際に私達が対するのは虚と実ということになる。君も都市伝説だとか怪談話のひとつやふたつ、知ってるだろう?」

「ツチノコとか七不思議とかそういうのですか」

「うん、そうだね。ああいったものは例外もあるが、そのほとんどが実態を伴わない噂や作り話の類が広く口伝されたものだろう? そういった『無い』ものが境界を越えて現実に『在る』という状況を作ってしまうことがある。その原因となるのが、そこにある『境界』の『綻び』だ」

 ……小さい体で胸を張り、キリッと何事か説明する先輩はかっこかわいいナー。

「ん? 千草くん?」

 今日の夕飯は何かナー。

「おーい?」

「――ハッ!?」

 目の前をひらひらする白い掌を認めて、我に返った。

「どうかしたかい?」

「え、いえ、その、なんというか」

 荒唐無稽過ぎて、脳がフリーズしていました、とは言えない。

「ああ、そうか。うん、確かにいきなりは信じられないだろうね」

 すみません、言ってました。

「ここにあるものは『種』のようなものだね。これが様々な実の無い噂や都市伝説、果ては怪談と結び付くと現実に『成って』しまうんだ。もっとも、この程度の大きさでは現実化はしないんだけどね。――よし、それじゃあ修正を始めよう。にゃんさん、お願いします」

 そう言うとよわい先輩は頭の上に乗せていた黒いの――にゃんさんを空いた左手でそっと廊下に降ろした。

 にゃんさんは「にゃん!」とひと鳴きして、とててて、と四足の付け根だけ動かしながら円に向けて歩きだした。

 ……どうなってるんだあれ。

「始まるよ、見ていてごらん」

 にゃんさんの体構造に関して考察していると、すぐ傍らから先輩の声が聞こえた。促されて視線を向けると、円のすぐ手前でにゃんさんがストップしていた。円の内側の空間は相変わらずゆらゆらと心もとない。

「ん――――」

 たっぷりと溜め込んで、にゃんさんがひとつ、ぴょこんと跳ねて見せた。

「――にゃんっ!」

「うわっ!?」

 ぽすんと迫力なく着地した瞬間、白線が眩しく輝いた。蛍光灯にでも変わった様に煌々と輝いた円は、直後に一点からすっ、と切れてじりじりと消え始めた。

「修正が開始された。あのラインが全て消えたら修正も完了というわけだ」

「……へぇ」

 目の前の光景にそんな声が漏れるだけで、唖然と見守ることしかできない。光に変わったラインは三十秒と保たずにきれいさっぱり消えてしまった。ゆらゆらと揺れていた空間も、今ではすっかり元通りになっている。

「完了だ。御苦労さまです、にゃんさん」

「んにゃんっ!」

 よわい先輩の労いの言葉に、くるりと振り返って誇らしげにひと鳴きした。……表情は変わらないが、心なしかどや顔に見えた。

「まぁ、まだいくつもやらないとだけどねー」

 良い気分でいるであろうにゃんさんを、ひょこっと出て来た椎華先輩が指先で小突きながら言う。

「基本的にはこれを繰り返していく形だね」

 要するに、都市伝説の類が現実に成る前の段階で手を打っていく、というのが活動の主な目的らしい。放課後が活動時間というのは少々痛いが、この程度の内容ならまぁ、許容範囲だ。……ちょっと不思議過ぎる気はするけども。

「それじゃあ、次へ行こうか」

 そう言ってよわい先輩は歩き始めた。くいっと俺の体も追随する。

 ――繋がれた手は、そのままだった。

「にゃんにゃんにゃんっ!」

「あはははは」

 後ろの方では怒っているらしいにゃんさんの吠える声と、椎華先輩の笑い声。野暮な突っ込みが入らなかったことにほっとしながら、繋いだ手の事には触れないまま、次の目標を目指した。

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