第二章 五幕 敗北敗北敗北
ふぅ
「・・来た」
「うん・・でもっ」
里見のその言葉の続きが伝わること無く、和也も同じことを考え、一度身を隠した。
「男二人組・・みたいなんだが」
「どうしよっか」
後ろの二人にも相談するべきか迷い、振り向くが、うまく身を隠しているのか見当たらない。
「確かに、今までがあまりにも都合が良すぎたのかも・・な」
「うん。警察がいつもいつも男女二人組で行動している・・わけがないもんね」
だったら、これまでの幸運は大きく喜ぶべきの幸運だった、ということだ。
「いけば・・いいんじゃないかな」
「そうだ・・な。ここでアマタの分の死体を配置しておくことに悪いことはないだろ」
つまり、一人を無駄に殺すことになる。それを、和也は思考しないということにとどめておいた。
強く目を瞑り、開眼して、
「行くぞ」
「うんっ」
強く頷いて、まるで自然体で警察官へと近づいた。その手は結ばれたまま。
離れた場所で見ていたが、僕らはその行動に驚いた。
「オ、オイ・・あいつら行くぞ」
和也ならば。こんなところで男二人を殺害し、偽装した所で荒谷の分が無いことくらい分かるだろう。それを踏まえ、行動しているということは。
「一人、無駄に殺す、てことなんだろうね・・」
よくあの和也がそんな覚悟を決められたもんだ、とちょっとした上から目線にアマタは自身で少々の恥を知る。
「ま、もしもの時は私が男の警官服を着るさ。どっちにしろこんな作戦、その場しのぎでしか無いんだろ」
「ま、そうだけどさ。でもそれだとあまりにもすぐにわかると思う。男性と女性の体、てのはあまりにも違う。胸なんか見たらまるわかりだよ」
「ラッキーな事に私は貧乳だ・・・って、皮肉ってんのかっ」
「いや、そんなつもりは・・ほ、ほら、すね毛とかさ。スカートだし」
「そんなの剃ればいいだろ。それよりあれか?私のが、見たいのか?」
「荒谷さん。やめて」
ちぇ、つまんね、と言いつつも。
こうして会話をしているうちにも会話をしている四人の横二十メートル程の位置まで辿り着いた。
あとは後ろに円状に後ろに回って後頭部を殴るだけなのだが、きっとここからがバレるかどうかの勝負どころだろう。
と、そこで荒谷はその足を止める。
「オイ・・何か様子がおかしい」
え、とアマタも同じように遠目で和也たちを見やる。それは冷静な会話をしている様子ではなく、とても平静であるようには思えなかった。
その上、もう一人の男性警官は無線を口に当てて冗長にその口を開いていた。
「なんでかな・・。今はまだ和也と里見は不信感を与えるような行動を・・」
取ってないはずだ。警察も、探し出そうとしている男女四人組ならまだしも、たまたま見つけた高校生二人組に対してあそこまでの敵意を見せないはずだ。
だったらどうして、あのような行動になるだろう。何にしても高校生らしき人物が真っ当から話しかけて来ているにも関わらずあそこまで露骨に無線で連絡をとりあったりはしないだろう。
「四人組・・・」
あ。
「僕らは・・あまりにも馬鹿な見当違いをしていた・・!」
「は?」
冷たい汗が、蜈蚣のように背中を流れる。
「僕らを探していた時とは状況が違うんだ。あの時は逃げ出した四人組を探していたからこそ直ぐに行動には出なかったけど、今は僕らの内二人が死んだことになっている。
それも、男女二人組だ」
だとしたら。
今警察が探している人物の詳細は。
「もう一つの男女二人組だ・・!」
それは、今目の前の状況そのモノであった。
時は既に遅し。
和也は強い反論を投げかけようとした所で、その腰にかけてあったハンドガンを警察は手にし、撃鉄を後ろへと引く。
「おい・・やめろよ!」
「やめてください!」
和也と里見はその状況に対しての対応策は当然持ち合わせていなかった。
「うるさいぞ。お前らが容疑者である可能性が高い以上、送検させてもらう」
「そんな・・!」
当然、話を続けていたら疑われることに違いはなかっただろう。
だが、そのタイミングがあまりに早すぎた為に、和也の焦りはピークを迎えていた。
「それ以上抵抗するようなら・・わかっているな」
「・・ッ!」
と、引き金へと指を接触させる。
「荒谷さん・・!」
「さっさと助けるしか無い・・!」
身を隠しながら、それでもかつ走り、その場へと翔る。
だが、悪い状況はさらなる悪循環を呼び寄せ、警察の二人はアマタ達の存在に気付いてしまった。
「お、お前らは・・!?」
和也と相対している警察にはアマタが、無線に気を取られていた警察には荒谷が早々と足を運ぶ。
その一瞬の隙を逃さず、和也はそのハンドガンを持っていた側、右手首を全力で蹴りあげる。ハンドガンは地を転がり、警察は右手首を抑えること無く冷静に和也、アマタの二人へと相対する。
「早く上に連絡しろ!」
「わ、分かって、グッ!」
うめき声を上げた要因は荒谷による膝蹴りだった。それは不意を突かれたものとなり、溝内を抑えながらうずくまる。
『おい!応答しろ!六九班、応答しろ!』
転がった無線からはやはり予想通りの会話をしていたことが案じられた。
「和也!」
「あぁ、片付ける!」
アマタは腰から警棒、和也はナイフを手にして目の前の警察へと睨みを利かす。
「ハハァ、連絡が途絶えた部隊がいたかと思えば・・そうゆうことなんだな」
「さて・・どうかなッ!」
和也は長々と話しているほどの時間がないことを懸念してか、何のさくもないままにナイフを振り下ろす。
だが、当然のように男はスルリと受け流し、その手首を捻り上げてナイフを奪い取る。
「ケッ、素人が・・」
「ぐぅ!」
苦悶の表情を浮かべ、何も動ずることさえも出来ない和也。それを見越し、横からの打撃へと移行しようと動いたが、それも掴み上げられた和也によって上手く立ちまわることが出来ない。
(これが、プロなのかっ)
と、自然にそう感じさせてしまう何かがあった。
男は奪いとったナイフを和也の首に当て、一筋の赤い一閃をなびかせる。
「おっと・・それ以上動くなよ・・殺すぞ?大事なお友達だろ・・?」
「くっそが・・!」
和也も悶えるように動くが、警察だから知り得るであろう、人の弱い部分を上手に押さえつけ、力がうまくはいらない。
そこで荒谷もこちらへと合流し、
「月島・・どうなってんだっ」
「・・・」
無視ではなく、口で説明するより空気を読んでもらった方が適切であり、具体的だと思ったアマタによる無視という一つの行動だった。
『異常事態発生!B6C8ポイントへ、総員迎え!』
「「「「了解」」」」
まずい、とその無線からの通達より解釈できる。
(ここはB6C8ポイントなのか・・)
なんて悠長に考えている場合でないことも明白であった。
「お前らは・・ここで部隊が辿り着くまで黙って待ってな」
楽に死なせてやる、と語尾を付け足した警官は、それはそれは悪代官のようであり、とても治安を守るような正義の味方だとは思えなかった。
唐突に。低く構えていた荒谷は腰を上げ、嘆息する。
「仕方ない、か」
そう呟いた彼女は、スッと息を止める。
「おい・・?妙な動きはする、」
刹那。アマタの目から、荒谷は消えた。
音速を超える速度で荒谷は男の目の前へと辿り着き、顎を削り、衝撃によって離されたナイフを取り戻した事実を知ったのは警官が無様に地面へ倒れた後だった。
「うあぁぁっ」
残るのは、組み伏せる荒谷と苦悶の表情で悲鳴を上げる警察官。
和也はその身に自由が戻り、へなへなと地面へと膝をつく。
「うぉっ!」
それでも、成人を超えた男性の力はとても女子高生では抑えられるものではなく、体は起こされそうになっているところだった。
アマタは瞬間、地に転がっていたハンドガンを拾い上げ、撃鉄はさっき既に挙げられていたことを確認すると、その喧騒の場に近寄り、
ズドン、と。
耳をつんざくような音を上げて、その頭部を完全に貫いた。
「うぉ・・月島、テメェ」
荒谷は引きつった表情をしてその体中、または顔へと飛び散ったピンク色の「何か」を制服の袖で拭きとっている。
「ご、ごめ・・うっ!」
アマタもアドレナリンが出ていたおかげもあったこうも容易く人の頭蓋を撃ちぬくことが出来たが、事後のことはあまり考えていなかった。
故に、そう言った興奮分泌が収まった今、吐き気が流れるかのように催しその場へと胃酸を撒き散らす羽目になった。
和也は陰に隠れていた里見に「それ」を見せないように上手く立ちまわっていた。
(・・荒谷さん)
目の前で人の頭蓋が割れ、いわゆる脳漿が顔へと降り注いだというのに。冷えた目をしてそれらを淡々と拭き取っていた。
先ほど人の首を一度斬ったからといって、いくらなんでもここまでの免疫ができるものか?いや、できないはずだ。
それはきっと。ある故の覚悟なのだろうけれど。
それはアマタにとって懸念したくない事柄であった。
「和也」
ひと通りの汚れを荒谷は拭い終える。
「あ、あぁ」
和也が狼狽えていることには荒谷は反応を示さない。
「もう直、警察がここに到着するはずだ。お前だけでも早く着替えろ」
「そんな時間、あるのかっ」
「ある。もう首は切り終えてある」
一つ、転がっていた首を持ち上げた。それは、一番初めに荒谷が膝蹴りを入れた相手の顔だった。
「もうそいつの首を切り離してる時間はない。だからお前だけでも今すぐ着替えてくれ」
確かに、それだけならばものの一分も掛からないだろう。だが、それは、
「一人・・」
「駄目だ!だったら荒谷が着替えればいいだろ!」
「私は女だ。死体が男である以上このトリックがバレたら元の元からがダメになる」
「それでも、」
「いいからはやくしろっ!」
荒谷のその怒声は、完全にキレていた。
その理由は、やはり現状ではアマタ以外には分かる故もないのだろう。つまるところ、
(死ぬつもりなのか・・)
こんなにも苦く苦しい、それでも意味のある行動を何一つとることが出来ない自分にはうんざりしてしまう。
それでも。唯一、というよりは少なくとも、自分にできることがあるとすれば、
「和也、早く着替えてくれ」
なんて、ただ催促をするだけの事だった。
「アマタ・・?」
「早くッ!」
そんな虚偽の怒声であって。怒っているのは誰に対してでもなく、自分以外のだれでもない。
もうこれ以上荒谷を守ることは出来ない。
アマタは生まれて初めて涙が出そうになった。
それはつい先程のことだ。
まくり上げた袖の向こうに見えたのは、とてもではないがアマタの知る人知の限りではとても人間といえるものではなかったのだ。
「そ、それは・・」
アマタは驚愕することを受け入れる。それは、とてもではないが出来る予想の範疇を大いに超えていたからだった。
「私さ・・さっきからスゲー力が溢れるように漲ってるんだ。
でも・・それ以上に、今にも気を抜いたら、暴走しちまいそうなんだ」
その異様に膨れておきながら、体毛が覆い、それでも見える表面は真っ赤、というよりは黒ずんだようにも、紫色に鬱血しているようにも見えて。
それだけで、彼女の心身負荷の急性が物語られる。
「どうすればいいの」
「どうしようもないさ。自分でも抑え方なんて分からないし、意識を失おうと思えばいつでも失えるだろうよ」
「そんな・・」
案ずるに、
「シンヤと同じ、これがブラッドショック、ってやつなのかもな・・」
「どうする、つもり?」
「さぁ・・第一の人生の目標、生きる。それはついに叶わなくなっちまったんだ」
「そんな目標あったんだ・・」
「だから諦めることにした。それが果たして目標といえるかどうかはともかくな。生きるありきの目標を決めるべきだったのかもしれない」
「だったら・・第二の目標は?」
「そんなの・・決めてねぇよ」
「何それ・・」
「何だろうな」
笑えなかった。
「私はもうダメだ。どうしようもないだろうな。この生命、どう捨てようか。
第二の目標?多からず生きる時間を引き延ばす?いや、違う」
その時の彼女の表情は。
誰もが崇拝し、敬愛してやまない崇高な天使が、スラム街の愚民へと加護を与えるときのような。可憐な美少女以外の、何者でもなかったのだ。
「他の人の、第一の人生の目標の糧に為ればなーって・・そう思う」
先程の荒谷による突発的な超人的動作はきっとブラッドショックとやらの症状が裏目に出た幸運な副作用故だろう。
和也は息を止め、ものの数秒で服を入れ替え、大きく息を吐いた。
「・・もう一人は、どうしたの?」
「・・理念に反するかも知れないが、殺して埋めておいたよ」
代わりにならない者を死に貶めるはあまり気を乗らせることは出来なかったが、それも作戦成功のための一つの犠牲と割り切った。
それは、腐葉土と柔らかい土だったので和也以外の三人が協力すれば和也が着替えるのと同じくらいの時間で終えることが出来た。
「さ、いくぞ」
四人は死体を一つ置いて、急ぎ足でその場を後にした。
だがやはり。
それは時期があまりにも遅かった。
「まずい・・な」
周辺は、完全に警察に囲まれていた。
それはまるで、限度がない滝のように溢れかえり、四人が逃げる余地など、一つとして存在していなかった。
(四人、か・・)
一つも、なんて軽率な思考にアマタは呆れ返る。
あるじゃないか。一つだけ、助かる方法が。
だがそれは、アマタ自身、今最も考えたくないことであり、現に今起こってほしくないことだった。
「生き残っている高校生は残り一名だ!必ずこの周辺に隠れている!なんとしても探しだせ!」
「「「了解!」」」
威勢のいいその返答に対し四人は声を潜め、肝が冷える。
そして。
それはやっぱり唐突で、彼女にとって当然で、三人にとっては必然であって。
予見していた最悪の序章、荒谷がおもむろに立ち上がった。
「さて、と・・」
「み、美月・・しゃがんで、見つかっちゃうよ・・」
「どうせずっとここに隠れていても時間の問題だろ」
「やめてよ・・絶対、一人で何処かへ行ったりしないでよ・・!」
その言葉は固く鋭い響きがあった。
(そうか・・里見も、)
知っているんだ。荒谷が既にあのような状態に陥っていることを。別に、知る機会はいくらでもあった。少なくとも先程の自分の指摘の際に二人で衣服を取り替えた際には発覚することではあっただろう、と推測する。
「何、言ってんだ」
その目は燃え、
「私が行くしか無いだろ」
なんて、臆面もなく、それ以上に冗談の余地もなくその口を開く。
「荒谷さんっ!」
自分に止める資格ないことくらい理性では理解していた。それでも、叫ばずにはいられなかった。
「月島・・?」
思いもよらないアマタのその喧騒に満ちた表情に少々の戸惑いを見せる。
「それは・・それは、君の幸せのためなのかっ」
「・・何の話だ」
「とぼけないでよ!」
荒谷は小さく目を伏せ、
「幸せ・・なわけ、あるか」
「だったら!」
「どうもこうもあるかよ!」
荒谷は怒号を怒号で返し、アマタの身を怯ませる。
「だったら、お前は、お前なら今の状況を四人無事に抜け出せる方法を見いだせるってのかっ!」
「・・くっ」
「私を犠牲にする以外に、この状況から脱却する手立てに、心あたりがあるのか!
無いだろう!だから私はっ・・あっあぁぁ」
涙を流した。
「私は・・他人、いや・・アンタラのためなら、生きて欲しいから、今を捨てられる」
そして、飛び立った。
「美月ぃ!」
いいか、と最後に横目こっちへと向け、」
「ここは私に任せて、先に行け!」
そんな決め台詞を最後に。
彼女は人間の容姿を捨てた。
「あら・・や、さん・・」
今にも飛び出そうになったアマタを和也が必死に引き止める。
「アマタ・・!あとでちゃんと説明しろよなっ!」
「・・っ!」
唇から血が流れ、鉄の味を味わいながらアマタは弱々しくも、それでいてあらたなる決意を胸に首を縦に振った。
「いたぞぉ!」
大柄の警察がその拳銃を振りかざし、荒谷の存在を周囲へと知らしめる。
それによって、完全に視線は荒谷へと方向転換され、銃声が次々となり始める。
「ギャァァオオァァ」
そのケモノの雄叫びが、果たして誰のものだったのかなどとは勘ぐりもせず、三人はとにかく低い姿勢を保った。
黒い体毛を次々と焦がされ悲鳴を森全体に響くように叫ぶも、その銃声は鳴り止むことはない。
それでも、アマタが一度頭をあげて、見たその行動は、
「僕らから・・遠ざかってくれてる・・!」
その苦しそうな状況にもかかわらず、警察に対して抵抗を見せること無く此方とは反対方向へと猛獣のごとく駆けてゆく。
「美月・・まだ意識が残ってるんじゃないのかなぁ・・!」
だとしたら。
それは、あまりにも酷すぎる仕打ちじゃないか・・!
・・それでも、
「・・降りよう。とにかく、今は荒谷の奴の意思が叶うように、俺達が生き延びるんだ」
目の前で。
ついさっきまで友人だったはずの荒谷美月。
それを失ったことは、今日一日において、三度目の敗北であった。
楽しいなぁ