第二章 四幕 冷徹な真実
第二章が長いなぁ
「和也」
「ん?」
前方で二人歩く途中、里見は唐突に口を開いた。
「どうしてさ、ここまで月島くんに固執しているの・・?」
「固執・・しているようにみえるか?」
和也は普段のあまり見られない里見の表情に少々戸惑う。
「見えない。けど・・私はそう感じてる」
「ハハ・・ちょっと意味わかんないぞ」
咳払いをして、
「前も一回言っただろ。アマタは俺の唯一の親友で、最も信じられる存在だ、って」
「言ったっけ?」
「言ったよ」
和也は微笑み、言葉を並べる。
「俺はアイツが持っていないものを持っている自信がある。そして、アイツは俺の持っていないものを持っている確信がある。
あの冷えた目を、俺は常時持っていることなんて出来ないよ」
細い目を里見は和也へと向け、
「そんなこと、いつ思ったの?」
「・・どうだろう。具体的には・・入試だったかな」
「入試?」
あぁ、と和也は情熱的な目をして、
「俺、スポーツ推薦を貰う気でいたんだ。野球、今でこそ続けてるが本当はもっと上でやるつもりだったんだ」
「へぇ・・そうなんだ」
彼女としてこのようなことを知らなかった自分を里見は恥じた。
「でもアイツは俺に言ったんだよ。
『今の和也じゃ、あの高校には合格しない』・・ってよ」
「失礼だね」
和也は空笑いをして、
「俺も、あの時はムカついたさ。アイツは別に何か活動してるわけじゃないし、野球だってそんなに深い理解をしているとも思えない。
でも、だからこそ、いつも黙ってて根暗臭いアイツがそう確信めいたことを俺に言ったのは妙に印象に残ったんだよ」
ふぅん、と里見は適当に相槌を付く。
「・・女子にはわかんねぇかな」
「分かんない」
そうか、と和也は軽く項垂れる。
「それで、アイツは今まで怠っていた勉強を一から全部指導してくれたんだ。だけど、アイツの性格上、やっぱり強制はされなかった。
だからこそ、俺は頼み込んだ。教えてくれ、ってな。
案の定スポーツ推薦は落ちた。東京に行くつもりだ、って両親にも伝えてて、すげー親身に心配してくれた。だけど、そんな慰めがないといけないほど、俺は悔しくなかった。
それはやっぱり、幼馴染のアイツと一緒の高校に行ける、っていう本当の気持ちに気づけたからだろうな」
「・・BL?」
「ちげぇよ。それに、本当はアマタともう一個下のところに行くつもりだったんだ」
「月島くんは勉強はできるんじゃないの?」
「いいや。アイツも把握はできても理解には時間がかかるタイプだった。だからいざ勉強してみれば入試二ヶ月前の模試は俺と同じレベルだった」
「へぇ・・」
「だけど、変わったんだ。その理由は・・お前だよ、深夏」
「・・・え、」
他人ごと半分のような気で聞いていた里見は突然の和也によるカミングアウトに驚きを隠せず、大きく目を見開く。
「深夏がここに入学する、って聞いた瞬間、俺はアマタに提案した。
『もう一個くらい、上目指そう』ってな。
アイツも、他人に振り回されやすいタイプだし、月見高校の方が近いからな。目指すのはタダなんだって、ラグゼロで頷いたさ」
おかげで勉強はさっぱりついていけないけどな、と和也は首を振る。
「でも、・・なんか、月島くんに言われたから同じ高校にきた・・みたいだね」
「本当、そんなもんだ。・・不満か?」
「・・別に」
はぁ、と溜息を吐き、
「超えられないよなぁ」
と、里見はわざとらしく聞こえるように呟く。
「・・何に?」
「和也にとっての・・アマタくんに」
そんなの戯言だ、と言って和也は目を閉じると、
「深夏の方が、百億倍大事に決まってんだろ」
臆面もなく、胸を張って、凛、とそう答えた。
「・・本当かな」
里見は不安げな表情を浮かべる。
「なんつーか、ベクトルのタイプが違うっつーかな・・。友情的にはアマタ、愛情的には深夏ってのが形としては美しいんだろうが」
一息置き、
「その友情っていう情においても、やっぱり深夏の方が重きを置けるんだよな」
表にはみせられないかもだけど、と小さく付け加える。
「じゃあ、結局和也にとっての月島くんって、何なの?」
うーん、と考える。
「・・俺を殺せる人間、かな」
ノータイムで、
「何恥ずかしいこと言ってんの?」
その問いかけに対しいや、と否定から入り、
「もし俺にとって一番の存在である深夏に決別を告げられたら。
きっと俺は心中するだろうな」
「やめてよ・・。そんな話」
「だからもしもだって。でも、俺には自殺できるほどの勇気はない。だから、そんな時、アイツがきっと俺に終わりを迎えさせてくれるだろうな、ってことだよ」
「・・意味分かんない」
そんなに信頼、いや溺愛しているのに、何故私のほうが存在として上なのか。あまりにも不条理な言葉の羅列に里見は不快にさえ感じそうになった。
「俺なりの結論を出させてもらうとしたら・・。
深夏。愛してる」
里見は一気にその頬を染めた。
「・・恥ずかしいでしょ」
「かなり、な」
「でも嬉しいよ」
「そう思ってくれるのが、俺は嬉しい」
二人は手を繋いだ。
沈黙が続いた。
前述通り、アマタにとって荒谷という人間はとても希薄な存在であった。それは他人同然と言っていいほどに。なのでこの状況、マンツーマンで冗長に言葉を並べられるほどの度量は兼ね備えていない。
アマタにとって、先ほどの里見との対話自体、タダの暇つぶし半分、自分なりの考えで納得させたかった半分くらいだった。
故に、そのような口を開いて冗長に話してもいい、という状況がない限り、アマタの口は往々にして開かない。
(・・別に、欠点だなんて思ってないけどさ)
どんなクラスでも僕みたいな根暗キャラがいる。そういったモブキャラが青春を謳歌する人間を引き立てるのだ、と適当な理由をつけていた。そしてそのモブとしての存在を演じきる。だが、
(満足とは言えないよなぁ)
でも、
(充分ではあるんだよなぁ)
満足以下充分以上。そんな考えに「納得」してしまう。
(・・バカバカし)
考えて、それでいて理にかなっていて語呂がなんとなーくよければよし。そのような一連の思考がアマタにとっての暇をつぶす、というのだから他人から見たら退屈な人間極まりないだろう。
「お前、何笑ってんだ」
横からアマタの顔をのぞき込んだ荒谷の声に対してわ、と驚き、
「・・笑ってた?」
「薄くな。あんまり気を抜くなよ。私らがこうやって隠密的な行動を取っているところを見られたら一発アウトだからな」
「・・うん、分かってる」
そこで、そういえば、と切り出し、思いついた疑問を投げかける。
「なんで里見にあそこまで先に着替えを優先させたの?・・面倒、とかそんな適当な理由じゃない・・と思うんだけど」
・・・。荒谷は一つ間を置く。
「別に。ただ、アイツはきっと私に気を遣って先に着替えろ、って言うだろうんだって。そう思ったから、ちょっとした反抗心だ。
だがどっちにしろ警察の服を着るのは後方殴る側にならざるを得なかった。アイツにそんなコトさせるわけにもいかないし、うまくいくとも思えなかったけどな」
そのことを考えてなかっただけだ、と荒谷は手をヒラヒラとさせる。
「でも・・荒谷さん、そんなに子供みたいなこと考えるかな」
それはやっぱり、里見を出来る限り安全な立ち位置に配置させるかのような言動で。
「反抗期ってのは今だろ。何もおかしくない。
それに、アイツは・・純粋で、生きるべき価値がある。周りに幸福をもたらしている。だから、私はアイツに身の安全を優先させる」
「荒谷さん、そんな小説家みたいなこと考えてたの?」
「失礼な。国の作家に頭を下げろよ」
でも、とアマタは切るように言って、
「なんで「死後硬直」、なんてどさくさまぎれな事を言ったのさ」
一息を置かれる。
そう。あの時、まだ倒れていた警察は完全に死には至っていなかったのだ。
「・・どんだけ疑り深いんだよ」
「そうゆう生まれなんだ」
「どんな家だよ」
「月島家」
「知ってる」
「だろうね」
なんて、テンポの早い会話を繰り返す。
ま、多分、と荒谷が改め、
「私はきっとこの喧騒の中で長く生きていくことが出来る自信がなかったから、だな」
言葉の意味が全くわからず、
「・・どうゆうこと?」
「それはタダの勘だ。でも、守る私と、守られる深夏。もちろん生き残るのは」
「・・里見」
「そう。でも、そうゆうことがいいたいんじゃない。なんていうか・・お前、深夏を守ってやってくれ」
「それは和也の仕事」
「だったな」
「そんなに里見のことが心配なら、荒谷さん自身が守ってあげればいいのに」
「守ってるじゃないか」
「・・そうだけど」
「そうゆう話をしてるんじゃない、だろ」
「・・うん」
もっと、本質的な話だった。
「守られる存在になる資格、ってのはどうやったら手に入れられるんだ?」
一息、
「人に愛される存在になることじゃないのかな」
「愛されるためには?」
「媚を振りまく」
「嫌な言い方だな」
「ごめん、聞かなかったことにして欲しいかも・・」
アマタは心の内で里見に詫びた。
「私も、一度くらい人に守られたかったな・・」
「まるで乙女みたいだね」
「いいじゃないか、女子高生だぞ」
「そんな荒谷さんは知らない」
「お前、私の何を知っているんだよ・・」
第一印象、里見にくっついてる人。
だけど。本当は。里見の方がくっついていたんだろうか。
「僕には荷が重いんだろうなぁ」
「お前に背中なんか預けるかよ」
「・・ショック」
「なんてするたまかよ」
「プライドがないからね」
「自分に対してのパラノイアが尋常じゃないがな」
「僕の何を知っているんだよ」
「第一印象。周りに振り回されず、それでいて周りの空気を考えて、だが行動に移さない妄想癖」
「ひどい。かなり傷ついた」
「言い過ぎたな」
ふぅ、と息を吐き、
「私が深夏を守る理由。知りたいか?」
「・・さっき、言わなかった?」
「あんなの適当ないいわけだ」
適当・・だったらよかったのに。
「じゃあ聞かせて」
「・・・二つの相違点がある。深夏の学生証を死体のポケットに入れていったことは知ってるな?」
アマタは頷く。
「つまりそれは私が「深夏を」警察の誤認識として死なせるための行動。お前はそう思っているな?」
「・・うん」
「そうじゃない。もっと明確には私が「私を」誤認識「させなかった」行動、の方が正確なんだ」
少し考えるが、
「・・ごめん、やっぱわかんない」
「あぁ。もう一つは聞かせる、じゃない。見せる、だ」
そうして、アマタはその眼球に焼き付けた。
そこで、とても熱いものを目頭に登らせながらも、至極冷徹な真実を垣間見たのだった。
次ラストぉ