第一章 三幕 虚勢の末路
これで一章は終わりです。
森を歩き続け、小一時間。時刻は午前十一時といったところだろうか。月島高校は妙に校則が厳しいところがあり、携帯の持ち込みは厳禁だった。
もう無理ー、と里見が丸太に座ると、皆も休憩を取る体制になる。
「つーか、こんなに離れる必要もあったのかよ」
男っ気の強い荒谷でさえも息を切らしていた。もちろん、アマタもである。
「まぁもうこれ以上離れる必要はないだろう。だとして・・」
その時だ。どこからか声が聞こえたような気がした。
「・・聞こえた?」
「あぁ。深夏、一応体伏せとけ」
そう言って和也は里見の頭を軽く押さえつける。
「オーイ!」
ハッキリとその声が聞こえた、その声元に振り向くと、
「お・・おぉ!シンヤ!なんでここが分かった!?」
和也にシンヤと呼ばれる彼はその太い体を揺らしながら近寄ってきた。
「オメーらが外出てったの見ててよ、おかっしーなーって思ってたんだ。先生もいつまでたっても戻ってこねぇし・・。だけどすぐ外に出ようなんて思わなくてよ、窓の外を見たら明らかにおかしな情景が広がってるわけだ」
「爆発は、大丈夫だったのか」
「丁度俺が裏から校舎から出た時に上から爆発音がしてよ。思いっきり走って逃げてきたっつーの・・ったく」
「でも・・無事でよかった・・!」
アマタは里見と目を合わせると里見がニッと笑い、同様に返した。考えていることは同じだった。
「そ、そうだ!爆発の時、上の様子はどんな感じだったんだ!?」
シンヤは首を振る。
「・・すまんが、何もわからん。爆音だけが耳に残った」
「悲鳴とかは、聞こえなかったの?」
「悲鳴・・いや、あれはどうだ・・」
シンヤは突然戸惑いの表情を浮かべ、思考する。その表情を荒谷はジッと睨む。
「・・何か、あったんだな?」
「え?・・あぁ、いやでも・・アレは悲鳴とゆうよりは・・」
間を開けて、
「ケモノの雄叫びのような、そんな感じだったか・・」
ケモノ?と皆が頭に疑問符を浮かべる。
「うち、そんなの飼ってたかな?」
「深夏、どの学校でも校舎内で動物を飼う学校はないだろう・・」
「うーん・・だとすると」
農業高校とかだと飼ってるんじゃないかなー、とアマタは一瞬考えるが、今がそんなことを言える空気くらいは理解できた。
シンヤの言葉に皆が試行錯誤する。だが、結論には至らない。
「人・・か」
そう荒谷が呟いた。
「もしくはただの聞き間違いだろう。ま、そんなに気にするようなことじゃ」
「いやでもその後めちゃくちゃ銃声が聞こえたぞ」
「「何でそれ先に言わねーの?」」
和也と荒谷が若干キレ気味にシンヤへと突っかかる。へへっと顔を引き攣らせながらシンヤはスマンと謝罪を述べる。
「銃声か・・なんだか、穏やかじゃないね」
「大丈夫だ・・」
里見の弱音に対して、和也はギュッと手を握ってフォローする。
「あ、ありがと」
「・・うん」
アマタはその光景を見ないように、無理に目をそらす。さすがに野暮だと思ったのだ。だが、向けた先立っていたシンヤとやらは妙に不満気な表情を浮かべていた。
だが、その表情をすぐに翻し、パンっと手を叩く、
「ま、こうして生き残ったわけだ。一緒に逃げようじゃねぇの」
「あぁそうだな、よろしく頼む」
荒谷の時とは打って変わってな待遇だなぁと思いつつも口には出さない。
「里見、俺が守ってやるよ」
何の躊躇いもなく、シンヤはその言葉を発した。
「ハハッ大丈夫だぞシンヤ。その役目は彼氏である俺の仕事だ」
俺が守ってやる、と里見を見つめ言い終える。シンヤは乾いた笑いをしながら、
「・・あぁ、そうだな・・」
そんな、なにか不吉な予感をアマタは感じ取った。
(・・あぁなるほど)
そういえば、と思いアマタは状況を察した。
俺が守ってやる、なんてキザったらしい言葉を発せられた里見は、
「和也ぁ・・!」
とフラットに抱きつく。
「おぃ、やめろ・・」
アマタはその時のシンヤの顔を見てやろうか、とも思ったが正直自分でもしていてあまり気分のいいものでもないし、見たところでどうかできることでもないのでただ顔を伏せておいた。
だけどその時、
「おい、シンヤ」
荒谷がそうずさんに声を掛けたが、
「・・・」
その顔はまるで笑っているかのような、ひどく怒っているかのような、数々のマイナスベクトルな感情を多く含ませたような、そんな色であり、しかしそう言った表情とゆうのは別段珍しいものでもないはずであり、あったとしてもそれは人に話しかけられる、もしくは数秒もすれば崩れ去るのが世の常である。
荒谷はその表情を妙に不気味に感じて、一歩距離を置くが、
「・・んん、あ、なんだ。どーでもいーけど、先行こうぜ」
妙な空気をアマタは感じ取っていたが、それは杞憂だろう、と自負していた。
まずいな、と小さく荒谷が背後で呟いたことさえ、些細な事でしかないのだと。
シンヤが先頭で、その後ろを里見と和也が横隣(手を繋いで)、そしてアマタ、荒谷とゆう配列で歩き始めて十分ほど続いた。
道中は里見と和也以外は一切と言っていいほど口を開かず、先ほどの一件で里見に火が付いたのか、和也とは一向に離れようとせず、俗に言うイチャイチャに近い空気があった。
「和也は優しいねー」
「うるせぇ。黙って歩けよ」
そんな言葉を笑顔で言ってのける和也は自分とは反対世界にいるような。そんな錯覚さえも覚えた。
そこで突然、先頭のシンヤは背後のカップルを一瞥し、立ち止まる。
「・・どうした、シンヤ」
突然何事かと驚き、和也が声を掛ける。
「あぁーーーーーーやめた」
シンヤは、淡とそう言った。
「・・え?ど、どうした・・?落ち着けよ・・」
言動に疑問符しか浮かべられない和也は同じ問を投げつける。
「落ち着く?この状況で俺に落ち着けとお前はほざくのか?」
こっちに尻を向けていた状態からグインと振り返ると、
「ふざけるなァ!」
と、怒号が上がった。
「お前はいつも里見とはベタベタベタベタとくっつかねぇ奴だったよなあ。でもよぉこうやって人数が少なくなったり、親しい人間ばかりになるとそうやって深夏に手を差し伸べるんだよなぁ」
「お前・・さっきから何言ってるんだ。当たり前だろ、深夏と・・付き合ってんだから」
ふーん、とシンヤは目を細める。
「だったら・・もういいや。ここで全部終わらせてやる。
ほら、これ」
そう言って、シンヤはポケットからケータイを取り出し、何かを操作した後こっちへと放り投げた。
和也の手に渡り、画面を覗くと、
「深夏・・!?なんでお前が」
アマタの案の定、それはそういった類のものだった。
「好きだったんだよ」
それだけだ、と言ったきり短い沈黙が流れた。
「でもお前が付き合いだしやがった。はぁ?ふざけんなよ。大体、深夏も深夏で鈍感すぎるんだっつーの。
なぜ俺に気づけない?こんなに俺はお前を愛しているのに!
なぜ和也なんかに振り向いた?すこし俺よりスペックが高いくらいで!」
「テメェ!」
和也の右拳による殴打がシンヤの頬を襲い、後ろへと倒れる。
「和也・・やめなよ」
へへ・・とその口からの血を拭きながら皮肉な笑みを浮かべる。
(その皮肉な表情はきっと、自分に向けてなんだろうなぁ)
と、アマタは傍観していた。
「ほらぁ・・またじゃん。深夏は殴られた俺ではなく殴った和也の献身を優先する。俺にはもうその心が判らない。俺は不幸だ。
小学校の時からずっとこの愛を燻らせてきた。見守ってきた。だけど和也が中学の時に現れた。憎かった。完全に深夏の心をつかんでいるのを見て殺してしまいそうにもなった。
だけど・・そうなる以前から部活で一緒に頑張ってきたからよぉ。妙な良心が働いちまって・・もう何も行動を起こせなかった。
なんなんだろうな・・俺は深夏のために生きてきた。ずっとずっとずっと!ストーカーじゃねぇかと自分でも思うくらい、おかしいくらいに愛していたんだ。
なのによぉ・・その深夏をただの中学のぽっと出なんかに取られちまって・・じゃあ俺はどうすればいいんだ?」
取られた、という言い方にアマタは小さく苦笑した。
「どうするも何も!お前がさっさと告白しねぇのが悪いんだろうが!」
「何の見込みもねぇのにわざわざ振られるほど俺は馬鹿じゃない!
周りはオレのことを嘲笑っていたさ。あぁそれは本当にあからさまにナ。
「アイツは里見の事好きみたいだ」「でも和也に取られちゃったんだってね」「絶対無理だよね」「戦える見込みもない」
・・なんてな。まるで苦痛だった。そんなこともいざ知らずお前はズカズカと深夏へと近づいて掻っ攫って・・いいご身分ダ」
アマタは見た。その時、シンヤの腕が妙なくらいに膨張したのを。隣の荒谷も感づいたようで、
「オイ、離れるぞ!」
その言葉は和也には届かない。
「いい加減にしろよシンヤァ・・!」
再びその右拳は猛威を振るい、寝そべったシンヤに対して馬乗り状態になる。
「他人のこと、気にして、恋愛なんか、できっかよ!」
「憎めよ・・お前がいくら憎んだところで、この俺の憎しみには叶いはしねぇ」
和也は更に拳を振ろうとしたところでピタッと動きを止め、バッと離れる。もうその頃にはシンヤの体は最初の違和感とは比べるまでもなく体中が膨れ上がっていた。
「オマエニハワカラナイ。オレノコノ憎シミナンテ・・ワカルハズモナインダァァァ!」
熱を持った衝撃がシンヤの体から発せられ、至近距離にいた和也は後ろ方向へと吹っ飛ばされる。
「う・・あ」
申し訳ないが、アマタには今の和也に気を使えるほどの度量はなかった。なぜなら目の前のシンヤという人間「だった」存在に対して目を完全に奪われてしまったからだ。
衝撃、とゆうか、感想というか、とりあえず。
(これはSFかなんかの世界か・・!?)
それは衝撃を体の外へと放出し、体中の全ての部分部分が膨れ上がり、体長は全長三メートル、横幅二メートル程で、服は引き裂け眼光は赤く燃え上がり、ダラッと垂らしたヨダレがその獰猛さを象徴し、既に人間ではないことを示していた。
そしてそれは、完全なる殺意を生まれて初めてアマタが目にした瞬間だった。
二章は逃走劇です。