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敗北の旅  作者: 壇狩坊
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エピローグ 無知

             エピローグ


 親密な関係を持つ人の死を目の前にした時、アマタ自身が果たして自分は何を思うかは全く予想できないわけではなかった。

 きっと、悲しいだろうなぁ、と。

 その程度の認識を、半年前までは持っていた。

 この半年間、アマタは親密な関係を持つ人間を多く失った。

 荒谷美月という自分らのために命を賭し、亡くなっていった尊敬すべき者。

 月島空太という親子ながら希薄な関係性でありながらも、確かに自分を生み出し、大事なことを教えてくれた父親。

 そして、今。

 目の前で、微動だにしない黒木和也の姿を目前に、アマタは両拳を握る。

「どうして・・」

 ダンッ! と近くの壁をアマタの右拳が穿つ。

「どうして、和也が死んでるんだよッッ!」

「月島くん…」

 アマタが眼を覚ましたのは、今から十分前。あの凄惨な戦いから二日ほど経過した時だった。ホッとした里見を横目に、アマタは無理に体を起こした。周りの人間は彼の身体の危険を案じたが、アマタはそんな声を聞くこと無く和也の元へとやってきた。

「里見はさ…」

「え?」

 アマタの暗い呟きに里見は反応する。

「もしかして、僕があの戦いの最後、意識を戻した時、和也が死んでいたことを知っていたの?」

「…うん」

「どうして…じゃあ、どうして、あの時ちゃんと教えてくれなかったのさ!」

 アマタは自分の矛先が、果たして今向けている方向で正しいのかがわからない。怒っている理由が分かっていても、その感情を何処かへと漏らさずはいられなかった。

「だって…月島くんだって、あのときは限界だったんだよ? だから、余計なっ子と言って、無理に負担をかけないほうがいいんじゃ、ない、かって…」

「それこそ余計なおせ―」

 そこで、アマタは自らの愚行に気づく。

「…ゴメン」

「……」

 そこで五秒ほどの沈黙を取り、自らの頭を覚ます。

「僕が…誰に怒るかなんて、そんなのは決まっているはずなのに」

「え?…ちょ、待って」

 里見は俯いていた顔を上げ、アマタの顔を見る。

 その瞳の中に満ちた、私怨、邪悪な念を察し、身の毛がよだつ。

「僕は、和也を…父さんを、荒谷を殺したこの国を、絶対許さない」

 ―――ッ! と。

 言葉を聞いた里見は、頭の中が真っ白になった。

(どうして…)

 里見はこの二晩、考えに考え続け、熟考の末にアマタに何を、どう説明すべきかを頭の中で具体的に構成していた。

 それが、どうしてこうも悪い方向へと進む?

 自分の無力さ加減に、里見は言葉を失う。

 この億劫な気分の理由は、決して今のアマタの姿を見て、というだけではない。

 最大の懸念は、アマタ自身の手で和也を殺したという最悪の事実をを、果たしてアマタへと告げるかどうかだった。

 どうやらアマタはブラッドショックに陥ってからの記憶がぐしゃぐしゃに錯乱しており、彼が言うには自分の中の和也と里見に会ったらしい。


 アマタは、自分自身の手で和也の命を奪ったことを、知らない。


「里見」

「何、かな」

 決意に満ち、それでも暗い目のアマタは里見へと問う。

「この国の被害状況は、どうなってるの?」

「国…あ、えっと…」

 国という単語でこの地下を指し示した人は、まだ誰一人としていないはずなのに、と里見はどこか意味合いを勘ぐってしまう。

「大雑把に言えば…破壊的だよね」

「詳細を、教えてくれないかな」

「うん」

 里見は持っていたトートバッグの中に入っていたファイルに羅列された文字を、矢継ぎ早に読み上げた。


「…大人は、五十人しか生き残っていない…?」

 全ての情報を聞き終えたアマタは、何よりも壮絶な虚無感に囚われた。

 自分の無力が故の結果に。

「…うん。そこが、確かに目に見えて一番の被害だろうね…」

「で、でも、…どうして…?大人は、体育館内で救護活動をしていたはずだろう?」

 真っ当な疑問をアマタは里見へと投げかける。

「屋根が爆破されたんだよ…。私たちが空撃を防護幕で守ってたけど、それが無くなったら無防備になっちゃって…」

「は…?無くなったって、どういうことさ!」

 やけに、自分の声が荒れる。

「どうしようもなかったんだよっ!」

「そんなので、納得出来ない!」

「最善だったんだよ!」

「あ、そっか…和也が死んだから、か…」

「その時は生きてたよっ!」

「じゃあどうして!」

「それは、」

 言ってしまえばいいのだろうかと、里見は葛藤する。

 理由は明白だった。それを言えば、彼は更に絶望することは目に見えているからだ。

 暴走した月島くんを止めていたからだよ、と。

 そう口に出来ない自分が情けなく、里見はギリギリと歯噛みした。

「私が、未熟だっただけ…だよ」

「え…、そっか…ゴメン、変に言及して」

 彼女は、自分がその責務を負うことを選んだ。そうすれば、自分が弱い人間だということを提示すれば、彼が自分を責めないことを知っていたからだ。

(ズルっこいなぁ…私)

 彼女からは溜息も出ない。

「高校生も、一五〇〇人と少ししか生きてないって…」

 つまり、一五〇〇人もの人間が一日で戦死したことになる。

「やっぱり、抗力のある弾丸が相当被弾したみたい。乱戦状態みたいだったけど、被害総数は多分政府側よりもこっちの方がヒドイと思う」

 アマタは脳内で考えた。

「大人が四五〇人…高校生が一五〇〇人、つまり」


「約二〇〇〇人が、この戦争で亡くなったこっち側の数…だよ」


 戦争において、明確な勝者など存在しない。

 組織間でその熾烈を極め、命を貪り合う。

 じゃあ生きていたら勝利なのだろうか? 決してそんなことはない。

 今回のような双方に甚大な被害を生み出した現状は、敵を撤退させたとはいえ、勝利とは程遠い。

「でも…」

 里見は小さく呟いた。

「あっちは…政府側は多分、もう次の戦いのための準備を整えていると思う」

 厳しい現実だった。

「じゃあ今、ここは安全とは…」

「言えない…かな」

 さらなる追撃は、いつ来てもおかしくないということだ。

 もう二度と、空太の時のような交渉の余地などはないだろう、とアマタは思う。

「里見」

「ん?」

 不意にアマタが里見へと呼びかける。

「僕が…フルブラッド、だっけ?を…したんだよね」

「うん。そう言ったね」

「それって、どのくらいの強さなの?人類史上最強って聞いたけど、現実味無くて…」

「どのくらい…」

 それを、自分の強さを問うということは。

「もしかして、月島くん…立ち向かおうとしてるの…?」

「…」

「ちょっと待ってよ…。そんなの、二の舞を演じることになるだけだよっ!」

 里見はアマタの戦意を止めるべく、躍起になる。

「質問に答えてよ…」

 落ち着いた声で、里見は答える。

「そんなのだめ。誰も、もう戦いを望んでない」

「じゃあどうするの…? このままやられるがままにやられるの? そんなの、誰が望んでるの…」

「だから、この戦いを踏まえて交渉を…」

 はぁ、とアマタは息を吐く。里見だって分かっている。

「それが、あまりに楽観過ぎることくらい、わかるだろう…」

「分かってる…けど」

 二人に沈黙が流れる。

 アマタは健やかに眠り続ける和也の目を見る。

「和也だったら…どうするだろう」

「そんなの、やめようよ」

 里見の言葉を無視する。

(和也、だったら…か)

 和也はいつも人のことを思っていた。里見を主軸に、他の人のことも。

 もしも彼がここに生き残っていたら、何よりもまず里見を守ることを第一とするだろう。

 その次、だ。そこで何をするか。

「僕は、戦うよ。その得体のしれない力を用いて」

 彼の選択するであろう選択肢を取る。

「だから、誰ももう、」

「僕が一人で、戦うから」

「―え」

 はっ、とアマタの顔を直視する。

「この地下を、独立国家として、日本っつ―腐った国から疎外してやる」

 憎しみに満ちたその瞳に、里見の介入する余地はなかった。

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