第五章 八幕 僕は人と
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~アマタの世界~
(ヤメロ)
(もう自由にさせてくれないか)
(もう、僕なんかどうなっても構わないじゃないか)
(どれが敵なんてのはもうわからないけど、とにかく殺すからさ・・)
動かない、拘束された体を無理矢理にこじ動かす。
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「和也、ダメだよ!」
「クッソ、出力が足りねぇ!破られる!」
防護膜を展開、更に上から被せるようにその防護膜を操作し、完全に身動きが取れぬよう封じた。だが、だからこそ形状、座標固定に出力が必要となり、本質の力量が完全ではないのだ。
(出力、上げるか・・!)
(でも、これ以上は私、体が持たない・・!)
出力は、喉元を通し摂取する血量にて調整することが出来る。だが、それは上げれば上げるほどに毎秒に使用される体内の血量は増え、更にあるデッドラインを超えると体に傷害が残る危険が及んでしまう。
既に二人はデッドラインギリギリまでに力を出し切っており、そして和也は今にもそれを越えようとしているのだ。
口元より、より多くの血を啜り、至高の赤い一滴が唇より滴り落ちる。
「ガアアァァァッッ!」
体の自由を奪われたアマタだったケモノはひたすらに体を暴れさせ、得体も知れないその障壁に対して抵抗を繰り返す。
和也は思った。この戦いに、果たして終りがあるのか、と。
里見は思う。もう、諦めるべきではないのか、と。
二人の持つその相違は、互いが口にすることが出来ず、ついにそのうだるような時間は数十分にまで及んだ。
「ぐああっ」
パァン、と。聞き慣れた破裂音が再び戦場へと轟いた。
(またやられたか・・!)
特攻をかけた青年は考える。
敵を殺してもいい、という許可が出た今、前とでは体の動かし方が大きく変わる。最も顕著に現れるのは力の加減をする必要が全くない、ということだろう。
今のような接近戦となると確かにこっちが優勢だ。
だが、一人を襲っている内に後ろからアンチウイルスを撃ち込まれたらハッキリ言って避けようがない。それでも一人を襲うことができるから双方一人ずつが死ぬ、という計算になる。
一見それならば引き分けにも思えるが、この状況が長く続けば、こちらは全戦力を失い、敵は戦力を失うも、それでも限界には至らない。
青年は思う。それでは駄目だ、と。
一度誰とも知らぬ住宅の屋根上へと距離を取り、戦況を見定める。
上空へと視線を這わせ、攻撃ヘリを狙い定める。
膝を抱えるように屈み、一瞬のインパクトに備え、
「・・フンッ!」
弾丸のように飛び出したその身は地盤であった瓦を砕き、攻撃ヘリへを大きく揺らし、体をベタリと這わす。
「らぁっ!」
機械的に回り続けるプロペラへと強い蹴りを繰り出す。反した脛は小さく痛みを伴ったが、大事に至ることはない。
プロペラを失ったヘリは浮力を失い、フラフラとそのままに墜落する。
(・・一機)
攻撃を繰り返す敵の猛攻は止まる兆しを決して見せない。
まだまだ先は長そうだ。
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~アマタと和也の世界~
「ねぇ和也」
「あん?」
「僕を、どうして止めるんだよ」
「どうして、って友達だからに決まってんだろ」
「・・ヒイキだよ」
「悪いか?」
白い世界、沈黙が流れる。どこからか聞こえてくる和也の声はアマタ自身の記憶からなる過去の和也だった。
「僕は、もう戻れないだろ」
「そんなことない」
「そんな無責任な」
「だな」
「なにそれ」
ハハ・・と二人空笑う。
「壊すことは簡単だったけど・・戻すことは難しいね」
「でも、壊れたっつー因果に抵抗しない限り、決して戻ることはない」
「抵抗、ってなんだよ」
「アマタがアマタ自身で、戻ってくるんだ」
「・・どうやって。今、僕がどうなっているのかもよく分からないし、ここがどこかなんてのも分からない。
・・何も、分からないんだ」
「だけど、俺と里見が今お前と戦っていることくらい、分かっているんだろ?」
「・・・」
分かっていた。
「それさえわかりゃ、お前次第じゃねぇの」
「僕の・・」
和也は背中を向け、フッと笑ってみせる。
「お前が生涯することが出来なかった決断、って奴を見せてくれよな」
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~アマタと里見の世界~
「月島くんは、本当に弱いよね」
「里見は僕をなんだと思ってるんだよ」
「恋敵」
「極端だね・・」
「極論だけどね」
「そうかい」
「うん。だからね、こんなところで和也に手を挙げないで欲しい。和也の・・和也のために、まだ生きてほしい」
「その我が儘っぷりは変わらないね」
「でも、そういう生き方を求めていたんじゃないの?」
「・・そう・・だったのかな」
他人に、求められる生き方。
「人に尽くす生き方。別にいいじゃない、それだってひとつの人生だよ」
「他人依存、ねぇ」
無意識にも、確かに自分はそうだったように思える。
「私も、なんだから」
沈黙が流れる。
「私は、月島くんが嫌い」
「直入だ」
「でも、その気持ちがハッキリしたんだ。そしてその理由も。
私は和也が大好きで大好きでたまらない。それはもう依存していると言われても、もう文句が言えないほどに。
けれど私自身は、依存してしまっている自分が、やっぱり嫌いなんだよ。
そして、そういった意味合いで私と月島くんは似ている。他人本位という意味でね。
だから私は私が、月島くんが嫌い」
「・・・」
「だから変わりたい。人を、月島くんを好きになれるように変わりたい。
だって、月島くんは和也の友達なんだもん。
・・月島くんだって、何も知らないままに嫌いになられるのなんて、イヤでしょ?
私も嫌だ。今だって、殆ど知らない。知らない人を嫌いなままにその人がどこかに行っちゃうのなんて、本当の他人でもない限り不快以外の何ものでもないよ」
「要するに、生きろ、って?」
「うん」
「里見も、僕に生きることを命ずるんだね」
「期待かな」
やっぱり彼女はどうにも買い被り症だ、とアマタは一人嘆息する。
だが、彼女のおかげでこうして理解することが出来た。生きて欲しい、と純粋に他人から望まれるこの限界の見えない暖かさ、心地よさを。
「あぁ……」
他人本位だったとして。
「ハハ……」
生きろ、と他人に願われたら?
「生きるしか、生きようと抗うしか、ねーじゃん……!」
アマタは丸めていた体を解放し、凛と背中を伸ばした。
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時がたち、雨脚が少し和らいだ頃、和也と里見は未だアマタのケモノと格闘していた。「ハ、ハ、」
二人の息切れは激しく、体中を巡る血管は渇望の一路を辿っていた。
「深、夏」
「何……?」
キレキレの声で、和也は里見へと声を掛ける。
「お前は、逃げろ」
「え」
その瞬間、里見はやけに雨の音がうるさく感じた。
「ど、どうして…?そんなの、」
「俺の、……最後の願いだ」
最後って、と口にしようとした途端、和也の能力が切れかかっていることに勘付く。
「正直言って、俺はもうここから一歩も動けない。……アマタだって、おそらくもうじき限界だろう。アレだけの巨体を動かし続けてるわけだしな。限界は、あるはずだ」
和也は視線をアマタへと向ける。
「カ、ア、アアァァァ……」
障壁を砕くべく、体を振るい続けるも、今こうして和也が現存している以上一向に砕かれることはない。
「もしも、だ」
「…うん」
里見は妙な勘ぐりを持たず、素直に応じた。
「アマタが戻ってきたらさ」
「うん」
「ちゃんとした、友達になってやって欲しい」
「うん」
「アイツは、一人じゃ、弱い存在だから」
「うん」
和也の声色は段々と弱くなる。
「他人と関わってこそ、アイツはアイツでいられる」
「うん」
「孤独の淋しさを味わったアイツに、共生の喜びを…教えてやって欲しい」
「和也も、いてよ…」
「いたいさ…。だけど、俺にはもう力が無い」
「三人で、一緒にいたいんだよ…」
「ハハ…そりゃ、」
和也は遂に能力を切らし、アマタを取り囲んでいた障壁は虚空へと消える。
そして、最後の力を振り絞り、腕を振り上げながら二人の元へと翔るアマタ。
「そりゃ、ほんと、理想だよな……」
「きゃ、」
和也は動かないと言っていた体を本能のままに倒れるように突き動かし、里見を横へと弾き飛ばす。そして、
里見の目を開いた先には、和也の左胸を貫く醜悪なケモノの姿があった。




