第四章 六幕 前夜
その日までのブラッドクオリア化を望んだ者は約一五〇〇人と、密かに大きな数字を占めていた。それも、アマタの知らない所で和也や里見、それと大多数の人間が呼びかけた努力の功績らしい。
だが、全ての真実を白日の下に晒された今、一筋の光が差した。
「クオリア化を、受けてくれるの!?」
やったーありがとう、と喜ぶのは里見の姿だった。
横目で見守っていると、あっという間にぞろぞろと立候補する人間の数は増えてゆき、里見の目の前には数十人者行列が出来ていた。
「ね、ねぇ、和也、これって・・」
隣を見ると、里見のそれの倍はあるであろう数の人間が、彼の前には溢れかえっていた。
「あ、あの・・」
そして、振り向いた眼前。
「え・・?」
アマタの目の前にも、少数ながらの列が出来つつあった。面倒だ、と思う以上に喜びの気持ちがアマタの心には広がり、手続きは速やかに行った。
「どうしてみんな、いきなり立候補してくれたの?」
手続きを終えたアマタは(手続きなんてのは投薬する係の人に誰が投薬を受けるかを名を告げるだけなのだが)勇気を出して皆に聞いてみる。
「だって・・」
アマタの考えは、きっと談合の結果を聞き、日本政府に対した恨みによる行動だろう、という見解だった。
だが、彼ら曰く、その見解は間違いで、それ以上の意外な理由だったのだ。
それは、空太の熱意、だと言う。
「どうゆうこと?」
聞くと、空太はなんと三〇〇〇にも及ぶ数の高一に対し、一人残らずすべての子に声を掛け、励ましていたそうだ。そんなこと、全く持って知らなかったアマタは驚嘆を漏らす。
そして同時に、今起きている事件の全貌も話していた、ということなのだという。
空太は一言もこうは言わなかったそうだ。「俺は、君たちのために頑張っている」、と。
だが、全てを聞いた皆はそれを空太がしてきたことと知っている。
そして、先程空太は談合を上手くすることが出来なかったことに責任を感じ、孤独に身を潜め、誰とも会っていないことを知ったらしい。
だからだ、と。彼らは理由を言い終えた。
「つまりさ・・恩返しってこと?」
「うん、そだよ」
怒りや復讐、というマイナスを払拭するためのモチベーション。
それに反した、恩返し、というプラスを付加するためのモチベーション。
それは、想定していた内乱などという小騒動など、皆目起きるわけもなく、しかも空太の指示に従い、敵と戦うことが出来る最高のコンディションだ。
(最高の形だ・・!)
アマタは一人震えた。この勝利へと突き進む希望に、終わりが見えなかったから。
自らを戦場へと招き入れることを決意した高一は、談合から一ヶ月を過ぎた頃、ついに三〇〇〇人中二九五〇人まで伸び、更にその小さな残りを含めて全員が真の戦士になりかわろうとしていた。
「そういった意味じゃ、談合は成功だったと思っていいのかな」
皆が訓練場にて奮起する中、和也と里見を見つけ、語りかけた。
「俺も、空太さんが引き金になるなんて、思ってなかった・・な」
「わ、私も・・。どうせ、「アイツラウゼー」とか、そんな理由で戦い出すのかな、って思って・・たよ」
どうやら考えることは同じようだ、とアマタは安心する。
それは、二人の目の前にいる愚か者のこと。言葉とは裏腹の、「それだけは話題にしないでおこう」という雰囲気を、アマタは無理にも感じ取ってしまう。
「・・ゴメン。無理に気を遣わせて」
「「・・・・」」
二人は押し黙った。
アマタはこのブラッドクオリアブームと言っても過言ではない中、その投薬を行わなかった。
自分は、戦わない。それは、ただの恐怖心からくる本心であり、皆がやっているからなどというなぁなぁで済ませてはいけないことだと、未だにアマタは思い続けているからだ。
「いまさら・・だろ」
「そうそう」
二人は気にしていないように振る舞ってくれている。
だからこそ、今ここではアマタには苦々しげに笑うことしか許されていなかったのだ。
そして、約束の二ヶ月後に控える戦争までの時間があと五日となり、皆の緊張感もそろそろ高まってきた頃。
アマタは空太に一人呼び出され、今こうして二人で対面していた。
「・・・」
一体何の用だろうか、と沈黙の中考えあぐねていると、
「お前、最近頑張ってるのな」
口火を切った言葉は、少し意外な称賛の意味合いを持つ言葉だった。
「っていうと・・」
どのことだろうか、とアマタは考える。
あれから僕は他の血の力を持つ人同士を比較したり軽く実践を交えたりさせつつ、どうすれば戦力として己を高めることが出来るかを、アドバイスして回ってきた。きっかけは空太に任されたスキルの調査だが、その延長線上のようなものだ。
きっとそのことだろう、と予測する。というかそれ以外考えられない。
「いや、なに」
彼はハッキリと言葉を出せず、言いあぐねる。
「お前が・・他人と関われるようになったんだなと、思ってな」
成長したな、と空太は言いたいようだった。
「父さん、別に僕のことあんまり知らかったじゃないか・・」
そもそもここに来るまでは一年半顔を合わせていなかったのだ。勿論それが今こうして生きている自分がいることに繋がることは分かっているのだが、それでもその知ったかぶりのような態度には異を唱えざるを得ない。
「ま、そうだよな・・」
空太は真っ直ぐに肯定する。
「・・僕はさ、力を持たないから」
戦場で力になることは出来ない。だから、それまでの支えくらいにはなっていたかった。
出来る事を、せずに後悔をしたくないのだ。
「そこに、信念はあるんだよな」
「信念?」
そんな大層な感情を抱いているつもりは毛頭ないが、自分の中の芯は貫いているつもりかと言われれば、正直なところグレーゾーンと言わざるをえない。
「お前、当日どうするつもりだ」
「当日、って戦争の日?」
「あぁ。闘えないお前を責めるつもりはないが、闘えない以上お前は何も出来んだろ」
「うーん・・・」
怖いから、どこかに隠れていたい。それが正直な本心だ。
だがそんな弱音を彼が許すとなんて到底思えない。
それに、
(みんなに顔立てできないしな・・)
皆、アマタが力を持たないことを知っている。だが、それでもアドバイスを聞いたりコミュニケーションを絶やさないのはやはり仲間という意識が確かにあるからだろう。
ならばアマタだってそれを裏切る訳にはいかない。もう既に裏切りという形はとってしまっているのかもしれないが、それでも出来る事はあるはずだ。
「お前には、戦況監視員を担ってもらおうと思う」
「せんきょーかんしいん?」
聞きなれない単語に疑問詞を浮かべる。
「なに、難しい仕事じゃない。戦う舞台がどこかは知ってるよな」
「えっと、月見高校周辺だったっけ・・」
母校にて(もはや母校といえるのかは分からないが)そのような紛争を行うのは非常に心のいたたまれることだが、それも仕方ない。生死をかける問題だ。
戦闘区域が月見高校だという理由は、政府の人間に最初に見つかった人間が入っていった地下へと繋がる通路がそこだという何とも短絡的な理由だ。
「お前はその高校の屋上から街中を見渡して、戦況を俺に報告してくれ」
「そんな大役できるかな」
「大役なわけあるか。この戦いにおける主人公なんてのは三〇〇〇人近くの勇敢なる戦士だろ」
確かに、そうだ。どこが大役だ。安全地帯で傍観して、ただ見た情景をつらつらと口にすればいいだけなんてのは彼ら戦士に比べればヌルすぎるほどの仕事だ。
「あ、ちなみに和也くんと深夏ちゃんは一緒に屋上に残るぞ」
「え、なんで」
確かにそれは喜ばしいことなのだが、彼らはどう考えても主力戦力のはずだ。前線に出ないなど、どういった理由があるのだろうか、と考えていると、
(いや、あるじゃないか・・)
和也のスキル。敵意、殺意のある攻撃に対した防御膜を張ることが出来るあれは、確かに防御向きだ。本拠地となる月見高校を大範囲で守るという目的ならばこれ以上ないくらいのうってつけだ。
次いで里見はというと、他人の血の力を増強させる力だ。それは和也のスキルとの相性を考えた故の作戦だろう。
「まー全武力とか言ってたけど多分全部は出してこねぇと思うけどよ・・。空中からの攻撃なんてのはあり得ないでもないだろ?」
「そうだね・・」
アマタは相槌を打つ。
「ま、言いたいことは言い終えた」
「そう」
「あ、いやまだあったな」
「なんだよそれ」
空太の顔色が曇る。
「もしもの話だ」
空太は面持ちを固める。
「お前が、ブラッドショックに陥った時。俺達は、問答無用にお前を死滅させるだろう」
「・・そっか」
まるで、殺害予告のようだった。
アマタの体にはまだ一つ残らず死滅させていないメルトブラッドが体中に残っている。だから、ブラッドショックに陥る可能性は残されている。
だが、陥る心配は殆ど必要ないようだ。その回答は里見が教えてくれたから。
「月島くん、大きな痛みも味わわないし、感情だって全然揺らがないから」
大きな痛み、大きな感情の揺らぎが、体の中の血の力を発現させるためのブラッドクオリア以外の唯一の方法だ。
アマタはその二つの条件を満たすことはまずない。先述のとおりだ。
「構わないよ」
「・・済まないな」
「なんで謝るの?」
自分が臆病なだけだというのに。
「ブラッドクオリアだけしといて戦わないという選択は出来ないことになっているからだ」
「そんなこと、わかってるよ」
力を持ってしまえば、戦うことは強制される。逃げることは許されない。
だから危険を承知でアマタはその危険因子を体内に宿し続けた。
アイツに、戦わせてはいけない、と。そう思わせるためにも。
「ゆっくり寝ろよ」
「うん・・ありがと」
空太は席を開けた。
アマタはこの戦いに対して実のところこんなことを思っていた。
勝てる、と。そんな確信にも置ける何かを。
だからこそ、アマタは確信以上に自分の勘がいやに働いていたことに敏感だった。
この戦いは、悲劇の幕開けでしかない。
この戦いは、終わりの始まりだ、と。
そんな勘は、アマタの脳内をかき乱すかのように回り続けた。
それはついに戦争当日となっても変わらなかったのだ。




