第三章 三幕 終わりを、始めよう
小説家には二種類いる、という話を聞いたことがあります。
逆算型と即興型。とか。
久しぶりの父親との会話を楽しんだアマタは酷く深いため息をついた。
(結局知らされたのは、)
自分の浅学さだったような気がする。あぁ見えてあの人は、上流大学を卒業しているので、頭は相当にキレている方・・というのも過小評価なくらいだ。
「うおおおっ!スゲェッ!」
突如として上がった声は、和也のものだった。一体何があったら彼をここまで盛り上がらせるほどになるのだろうと顔を上げると、
「うおお・・」
思わず、息を呑んだ。
眼前に広がっていたのは、地下とは思えないほどに広大な地下空間、格好良く言ってしまえば地下帝国みたいなものだった。
その明らかに常識を逸している正解に動揺を隠せない。
「どうだ、驚いたろ」
「いや、すげぇ、すごすぎる・・地下何メートルだと思ってるんだ・・」
あまりの衝撃に自分の口調が激しくなったが、そんなことは今まったくもって気にならなかった。
それにしても、今まで散々なくらいに下へ下へと梯子から階段にトンネル、そして今のエレベーターで降ってきた。それでいて、どうしてこのような場所を創造できようか。いや、できまい。
普通ならば、だが。だとすると、今、自分の父親は、その普通ではないその何か特殊なものを持っている、と?だとしたら、それはとんでもないものだろう。
「えっと・・確か、海抜地下二百メートルほどだったな。ま、地上の人間のための地下部分を俺達が使うわけにはいかなかったからこうして無理矢理なまでの深さにしたまでだ」
どうだ、凄いだろ、とこれでもかとばかりにドヤ顔を見せつける。
アマタが驚きに、
「い、一体、」
「凄い!すごすぎる!空太さんっ!」
アマタの声は和也の感激の声によって打ち砕かれ、届かぬものとなった。それほどまでに和也は興奮を抑えきれないでいた。
「だろだろぅ!?これが俺の全力、ってもんよ」
「全力って・・」
人の全力って、こんなものを作れるまでに進化していたのか?確かに日常生活では本当の筋肉が出せる力の三十%しか出せないという話だが・・。
地下二百メートルながらその内部の空間の高さは目測で二十メートルオーバーといったところだろう。
そして何より驚くべきは、まるで見えない対する視界の壁面。まるで横幅には限界がなく、どこまでもその空間が広がっているようだった。
所々に半径二十メートル近くある土円柱が下から上までを突き抜けており、この空間を支えているようだ。
天井を見てみると、いくつもの電球のようでしかし太陽のような光物質が内部を照らしだしている。下を見れば所々には緑が生え、人間も多からず存している。
これじゃまるで、
「一つの、国じゃないか・・!」
思わず口にせずにはいられなかった。
アマタにだって、男のロマンというものがあり、そして、今のこの地下空間はとてもその少年ごころを、ロマンという概念によって大きく揺さぶられていた。
何故この地中にこんなのがあるのか。何故植物があり、何故光があるのか、わからないことだらけだ。
だが、わからないからこそ、男のロマンは、突き動かされるものなのだ。
興奮も冷めやまないままにエレベーターが完全にそこまでつくとゲートが開く。
「さぁてと、とりあえずついてこい」
慎重にその土を踏むが、やはり地上とは変わらない感触だ。
一つ一つ、疑問を解消していこう。上の光源を見上げ、
「ここ、電気つながってるの?」
「自家発電だ」
自家発電って、自分の家じゃないのか?いや・・まぁそうゆうことにしておこう!
「なんで木が生えてるの?」
「生やしたからだ」
人は一体いつから自分で植物を生み出すことが可能になったのだろうか・・。
疑問符を浮かべるだけ浮かべておいて解決する気がしなかった。
「それに、見栄えが悪かったしな、土ばっかだと」
なんというか。このような空間がある、というこの大いなる事実だけで他の一つ一つの謎が一切謎と思えなくなる。ただ、そういうものなのだ、と。
ブラウン管テレビと同じようなものだ。アレに映像が映るが、中の構造が一体どうなっているかなんて知らない。ただ、そうゆうものなのだ、と。
木が生えている理由より、父さんが何故ここに木を植えたかを聞くべきだったのだ。となると、理由は酸素不足とか、そういったものもあるのだろう。
その前に。やはり、確固とした方法を聞くべきだ。
「こんな地下空間、一体どうやって作ったんだ?」
凛と、そう問うた。
「おっと、それは製作者である俺が答えさせてもらうぜ」
その声が一体どこから聞こえてきたのかがわからず、不意に周囲を見回すが、それらしき人物は見当たらない。
「オイオイ、どこ見てる?下だ下っ」
見ると、
「うわっ!」
頭部と両腕のみが土から生えている人間が、そこにはいた。
「ちょっとまってくれよ・・よっとっ!」
バン、と地中を両足裏で踏み込むと、その土男は土をまき散らしながら天井すれすれまで飛翔し、くるりと空中で一回転すると、ストンと目の前へと降り立った。
「え・・?」
いや、・・おかしくないか?いくら異常な光景を目にしてきていても、こればかりは現行的すぎて見過ごせない。
あまりに人間離れしていて、それはケモノじみている。つまるところ、
「ブラッドショック・・?」
その可能性は、ゼロではないはずだ。既に例が上がっているように、シンヤや荒谷もブラッドショックとやらにかかった時は身体能力が超向上したのだ。
少しだけ、その男に対して身構える。
「なんだ、アマタ、何故その言葉を知っている」
その表情は一体何を示唆したのか、空太の声色は少しだけ曇っていた。
「え・・あ、うん、名前だけだけど」
実例を見ている以上、だけというのは的確ではないかもしれないが、それについての情報が殆どない、という意味では正確だったのではないか、と思う。
「ふむ・・そうか」
「あ、あの・・ソラさん?俺、忘れてないっすか?」
土から生えていた人はどうやら生えていたわけではなく埋まっていただけのようだ。
「ん?そうかそうか、朱雀、お前、後輩の前ではいい顔したがるタイプなんだな!」
「ちょ、ソラさん、そうゆうのって、わかってても普通言わないことじゃないっすか!」
この男の名は朱雀、というらしい。赤いバンダナをして、工場臭い格好をしているが、体中土まみれであまり効果をなしているようにも思えない。
それより後輩というのはどうゆう意味だろうか。
「それで、ここを作った、というのは・・」
和也が気になっていたようで朱雀へと問う。
「一度見せてやれ」
「あいよ、ソラさん」
先程からソラさんソラさんと言っているのは空太だと思っていいだろう。それよりも気になるのはまるで舎弟のように空太を慕っているような素振りを見せているところだ。
ニヒッと笑うと、朱雀は唇の左下部を細く強く噛み、何を思ったか、流れでた血を飲み込む。
「え・・」
「まぁ見てな」
血を喉へ通すと、一度朱雀の体がビクンと跳ね、眼の色が変わったかと思うと、
「うおおりゃぁっ」
そう勢いづいて地へと両手をつくと、そこを軸に土がモリモリと音を立てながら盛り上がり、そして、朱雀が何かの意思で土を触り続けて数秒後、そこには天井までを結ぶ細い土柱が完成していた。
「・・・」
言葉を失う。これではまるで、
「ファンタジーの世界、とでも言うつもりか?」
「え?」
空太に自分の思考を察せられ、少々の驚きに苛まれる。
「俺も最初はそう思ったさ。だけどきっと慣れるさ。
世界にはこうゆう人もいて、そうゆうものなんだ・・ってな」
そんな簡単に済ませられる話だろうか。これでは物理学的な何かを冒涜しているようでならないが。
「若い頃、最初にリモコンを触った時だって俺も思ったさ。これは魔法なんじゃないか、ってな。だけど違った。それと同じだ。今では電波なしの生活では生きれない世界になっている。あることが当たり前の世界になっているんだ。仕組みはわからないけどな。
俺にとって、この朱雀の力も同じようなものなんだ」
「それとこれとは・・だって、リモコンだって、ちゃんとれっきとした理屈、理論ありきの産物だよ?」
「あぁ。だからこれにだって、ちゃんとした理論ありきの理由が、ある」
空太は妙にこういった断定的口調が多い、とアマタは思う。
「そんなこと・・」
「できる。・・説明はできる。納得するかどうかは関係なくな」
「なにそれ」
「なに、お前にもできるようになるさ」
「・・、え」
僕・・にも?
「さ、付いて来い。内部を案内してやる」
アマタ、和也、里見は淡々と歩くその空太の後ろを付いて歩いた。
「・・・」
アマタの後ろで、不貞腐れている朱雀が居ることを知るのは、決して遠い話ではない。
案内されるがままに歩く中で見たのは、せわしなく前後を右往左往と動きまわる多くの大人たちだった。ひと目に若めの人間はあまり目に付かなかった。
『医療棟』
と書かれた看板がぶら下げられたドーム状の(と言っても広くはない)、まるで即興で作ったかのような施設に三人は連れられた。形作っているのはコンクリートのようで、中には一応電気は通っている。
そして中へと連れられた先には数々の緊急搬送用の担架の上に乗った人間が横たわっており、そしてその表情を見た時、
「ウ、ソ・・」
その声は里見の驚愕から来る声だった。アマタと和也も同じような面持ちであった。
無理もない。なぜならその原因があまりにも衝撃的だったからだ。
横たわり、苦渋の表情を浮かべているその青年の面影は、そう、クラスメイトのものだったのだ。
「ど、どうして・・!」
その青年のみならず、辺りには顔見知りな人物がチラホラと横たわった状態ながらも見当たった。
その喜びは、未だ驚愕のあまりに口を開けない和也が実のところ一番大きいだろう。諦め、それ故に冷たい態度を取っていた原因そのものが払拭されたのだから。そして何よりその責任感からの嬉々なのだろう。
その喜びの表情を見たアマタでさえも更に綻びが零れそうだった。
「俺達が、助けたんだ」
空太はそう断言するかのように言ってみせるが、到底納得、というより理解することが出来ない。
「俺達・・って?」
「千五百人の・・高校一年生の子供を持つ親御さんだ」
驚いた。だが、それを理解しようとすると、どうしてもにわかには信じがたく、なんだか胡散臭く思えてきたのも事実だった。
「それ、ホント・・?」
「疑ってんのか・・ま、それもそうか」
ヤレヤレといった表情を見せ、表情を一変させる。
「アマタ・・それと和也くん、深夏ちゃん。君たちにはひとまずこれらの事実だけを伝えて安心をさせておきたかった。だが、できるのは申し訳ないが今のところそれだけだ」
事実、というのはクラスメイト或いは同級生が亡くなっていないということだろう。
「だから、詳しいことはすべて話す。だが、それは明日に回させてもらえるか?
・・実は救助した負傷者に対する看護人があまりにも少ないんだ。その上、誰もがそういった経験則を持っているわけじゃあ、ない。マニュアルを読ませて入るが結局はそれだけなんだ。だから出来る限りに人員を確保したいんだ」
つまり空太もその一部であるから自分もさっさと医療現場に戻りたい・・とそういうことだろうとアマタは解釈する。
「だったら、俺達も手伝ったほうがいいんじゃないですか?」
「そうそう、私もそう思う」
二人は気を遣っているのだろうが逆効果にも思える。
「いや、君ら三人は・・きっと今日一日逃げまわって疲れているんじゃないか?・・無理はしなくていい」
「無理じゃないですよ!」
「そ、そうです、私だって」
と言った所で、里見は都合良くか悪くか、虚言だということを晒すかのように足元をふらつかせる。
「お、おい・・」
「やっぱ休んどけ。・・こう言っちゃなんだが、・・中途半端に看護されてもかえって迷惑なだけだ。・・いや、善意に対してこんな言い方は、無いよな」
すまない、と頭を下げる。
「いえ・・。でも、自分たちの心身のことを考えてなかった俺らのせいでもありますから。なので・・お言葉に甘えさせてもらいます」
その言葉を渋ったのは、隣の里見に対して気を遣った故だ。和也だけなら正直なところ十分とはいかずとも体は持つ。
だが、今和也が一番に考えたい人はやはり里見だ。それをほっておいて他人の救助というのも木が引けたのかもしれない。
「了解了解。子供のうちは大人を頼っとけ!」
その言葉と同時に四人は再度歩き出し、目的地らしき場所へと辿り着く。
そこにはプレハブ小屋が簡易な生活スペースのようで、小部屋を五つに仕切られたそれがいくつもあり、その中の一箱でとりあえず一夜を過ごせということらしかった。
「二人部屋?」
空太から告げられた内容は至極簡単な事だった。
「あぁ。だから深夏ちゃんは一人で、後の男連中は別に今は二人で一緒に寝るもよし、広々と一人一室でもいいぞ」
どうせ今は誰も使ってないしな、と語尾をつける。
もしも空太が和也と里見の関係を知っていたらきっともう少し変わった言葉が出ていたのだろうか。だが、如何せん空太には時間がないらしいのでそんなことを説明してる時間はないのだが。(する必要もないだろう)
「簡易食なら中にあるはずだ。マズイだろうが今日くらいはそれで勘弁してくれ。そんでもって中にシャワーがあるから自由に使ってくれ。ほかに大したものはないが、ま、状況を察して我慢してくれや」
「・・お世話になります」
「おう」
和也の礼儀正しいそれらに空太は適当な返事を返す。
礼儀正しい、というのはある意味その人との人間関係において慣れ親しむことができていないことの同意語であることをアマタは知っている。
当然、出会って数時間で慣れ親しむような人間だとしたらアマタは和也と親友をやっていないだろうし、里見だって付き合っていないだろう。その上、目上で年上の人間だ。
だがアマタには不思議とこれ以上和也が空太に対して慣れ、そして親しむことがないように思えた。絶対的な根拠なんてものはないのだが。
だが一つ思えることが、感覚としてあった。
それは、
(和也は・・父さんを)
完全には信用し切ってはいない、というところだろう。
それも当然かもしれない。正直に言ってしまえば、こんな訳の分からないと言っても過言ではないはずの場所に連れて来られている以上、疑わない人間なんて里見のような良心の部分が強い人間等だろう。
(でも・・多分、今はそっちのほうがいいんだろうなぁ)
アマタでさえも、完全に空太に対して警戒心を持っているのだ。だが、それとは裏腹に、直感として空太は全くの嘘、もとい悪意を持っていないことを感じ取っていた。
そのことを思うと、何かと皮肉な事実であり、複雑な感情だった。
「んじゃ・・俺らも休もうか」
和也はそう言って部屋の中を見渡す。その表情をみてみると、やはり疲れソノモノは溜まっているみたいで、看護にはいかなくて正解だったんじゃないかと改めて思う。
「えーアタシ一人・・」
ショボーン、という擬音がにあるような表情が里見には浮かんでいた。
「あー・・っと、どうしようか・・」
和也は気まずいような表情を浮かべ、片唇端をひきつりつつこちらへと視線を向けている。
(・・あー・・はいはい)
分かります分かります。アマタは理解が早いのである。
察せられるに、アマタにとってはいい気分のことでもないだろう。正直言えば、否定してしまいたいところだが、それは二人のためにも気が引けることでもあるし、何より自分にそんな否定的な発言をする勇気と行動力は伴っていない。
だが、皮肉なことに孤独に対しての度量は充足を満たしていた。
「うん、守らないといけないからね。頼むよ」
頼むよ、なんてのもおこがましい言葉だろう。和也一人で十分だろうし、そもそもここは今のところ安全なのだ。
「・・悪いな」
「ゴメンね」
里見は和也を奪っていった形になったことを申し訳なく思い、腰辺りで小さく両手を合わせて謝罪の意を小さく表している。
「気にしないで」
微笑して、アマタも返事を返す。
じゃ、と手を振って二人とは別れ、各部屋へと身を収めた。
一人になった途端、訪れたのはひどい疲れの表れであり、二段ベッドが目に入ると、その瞬間に眠りへとつきたい感覚へと囚われ、飛び込むように底へ突っ伏す。
(まぁ・・その、なんだ)
荒谷美月との約束。里見深夏を守る、という任務をこれは放棄していることにはならないだろうか。
いや・・大丈夫だろう。何よりここは僕達にとってはどこよりも安全なんだ。それで・・守り切ったことに、なるだろう。それに、その任務は同時に和也にだって課せられている。
いいんだよ・・な。自分は、その責務を果たした、と。そう考えてしまっても。当然これから何かしらの危険が迫ったら身を挺して彼女を守るだろうが、ひとまず荒谷の満足はいただけただろうか。
「甘えるな」
なんて声が今にも耳に飛んできそうで、微笑した。
守り抜く、なんて大層な約束をしたところだが、こんな非日常だからといってそんな好都合に格好を付けられる場面なんてやってくるわけもなくやり終えた。
でも、それでいいんだろ?
返事は無い。だけど、答えなんてのは自分で用意した。
それでいい、と。
誰もが危険を伴わない世界。それが一番に決まってるだろ。自分だって出来るなら怪我を負いたくないし、和也にだって負ってほしくない。
アマタは一つ溜息を吐いた。何そんな大層なこと考えているんだ、中学二年生か、と自分への辟易の念を込めて。
到底危険が去ったわけでは、無い。
キシリと軋む骨組みのベッドからなる妙音がアマタの耳には妙に嫌に聞こえた。
(確か、シャワーがあったんだけ)
一度重い体を持ち上げて、水場へと向かう。
ま、そのなんだ。
自分は無駄に深く考え過ぎなのかもしれない。そもそも里見を守る、という役割は和也の専売特許みたいなものだ。それを一人の女の子の介入があったとはいえ、共有しようというのが、言ってしまえばおこがましい物なのかもしれない。
深く考えなくてもすぐに気付けたはずだ。そもそも里見は校内でも有数の美女として周りに認知されていたじゃないか。印象としては残さず、事実として知っていただけだが。
あまりしつこくおこがましいおこがましいというのも、人間としてめんどくさいと思われるかもしれないが、それもやはり和也同様、里見という高位な存在を守るということがおこがましいことの一つの理由になり得ると思った。
(実際、話してみても噛み合わなかったしな・・)
アマタという人間はある意味孤独でもいいという余裕がある自分に対して傲慢だったのだろう。さもそれがプライド、もしくは執念であるかのように。それにアマタが気づくことが出来なければ、アマタはきっと次なる人間性のステージへ進むことが出来ないだろう。
その前のステージ、孤独を好む、という域にいない以上まだマシといえるのだろうが。
当然、傲慢である以上、自分に次のステージがあることにすら、気づいてすらいないわけなのだ。他人を円滑に享受するということに。
頭上から降り注ぐ熱湯は、それまでの雑念を忘却させんとばかりにヒタヒタと体中を濡らし、感情を一転させるには小一時間があれば必要十分だった。
感覚として浴びていた時間は底まで長くなかったものの、上がって時計を見てみると、短針は既に十を越しており、それを思うと早くベッドにて意識を落とさねば、と気持ちも無性に焦ってきた。
(あーねよねよ)
難しいことなんか考える前にさっさと体を休めて動けるようになったほうが身のため心のためだろう。
・・・。
ちょっと、怖いな。
アマタは就寝の際にはその一日の出来事振り返っていくタイプの人間だ。だからこそ今日だけは上手く眠ることが出来ないかもしれない。一度二人の部屋に行って頭を下げて一緒に寝てもらおうかとも考えたが、二人の邪魔、というよりもっと気まずいことになったら死にたくなるのでそれだけはやめようという見解に収まった。
目を閉じ、無理矢理にも意識を闇の奥へと閉ざそうとする。だがそうしようとすればするほど、脳裏には数々の悲劇なる情景が浮かんできて、意識を覚まそうとして恐怖心を駆り立てようと眠りから遠ざける。
情景の中にはやはり、殺さざるを得なかった警察官の三人、そして荒谷美月の最後に見せたあの表情がどうしても浮かんでくる。
彼らに対して、一体どのような感情を抱けばいいのだろうか。
感謝?あながち間違っていないのかもしれない。自分の為に「犠牲」担ってもらったに相違ないのだから感謝して当然だ。
だが、彼らに感謝した所で帰ってくるのはとめどない怒りと限りない罵詈雑言の数々だろう。だったら・・感謝というのはただの皮肉だ。馬鹿にしている。
だったら・・罪悪感?
それこそ、感じないほうが難しいだろう。何しろ未来ある人間の道を四本も断ってしまった。・・もし天国地獄という概念が現実に実在するのだとしたら自分は問答無用に地獄行きだろう。まぁ、こればかりは仕方ないだろう。未来のことを考えるならまだしも後生のことを考えた所で人生には何の変わりを見せることはないだろう。・・前科についてもだけど。
そうやって記憶の断片を掘り当てていく度に、分かっていたことだがこみ上げてくる吐き気というのが増してくる。
そこで、一番嫌な一枚を意識が記憶容量の中から拾い出し、闇の中の視界へとその一枚を広げてくる。
アマタは、和也と荒谷が首を断ち切っているところを、実は遠目で見ていたのだ。
(こんな時に自分の視力の良さがバチになるとはな・・)
そして、その印象的に脳裏に焼き付けたのは首の断面だった。あんなものは頼むからもう二度と見たくないし、思い出したくもない。
中心少し下部に当たる部分には血塗られながらも元が真っ白だったことが分かる無理矢理に断ち切られた骨の断面。それは背骨へとつながり、脊髄も組み込まれていたのだろう。血塗られたそれらの部分からは脳からの信号が完全に断ち切られたのにもかかわらず未だ吹き出し続ける動脈からの血飛沫。一定のテンポで吹き出し続け、だんだんと弱くなっていくところが合い重なってより鳥肌を掻き立てる。
脈動血が収まると、そのときには月見高校の制服には血がべっとりとまではいかないが、首元から背中にかけては血が滴っていた。今更のことであれだが、首を断ちきる前に服を着替えておく、というのは小さきながらも中々に大きなことだったと思う。何しろもしも順序を間違えでもしていたら血まみれの警察の服を着ることになったのだから。
(うぅ・・)
今更ながら何故こんなことを再度思い出してしまうのだろうと後悔する。いや、したくないが、無理矢理に脳裏に浮かんでしまうのだ。
自分の脳のバカさ加減に、呆れてしまう。
(やばっ・・我慢できない)
横になっていた体を無理やり捻じ曲げ、重い体を持ち上げて口元を抑えつつ便所へと駆けこんでは、先ほど口にした簡易食共々胃液をこれでもかとばかりにぶちまける。
全てを吐き出すと、酸味めいたその口内を水で洗い流し、もう一度横になる。
「・・ハァ」
和也たちも、こんなふうに苦渋を味わっているんだろうか。それとも二人だったら心身共々支えあったりできているのだろうか。
「・・意味ないか」
こんなことを、考えても。
呟いて、布団の奥底へと現実の光から逃げるかのように潜り込む。これまで、そしてこれからのことを考えると不安が募り、本能的に身を竦めてしまう。
ーーいつか、自分はこれが少しばかり嬉々とした旅であると思っていたーーそんなことはとてもではないがもう頭の片隅にも置かれてはいなかった。
アマタの数多ある睡眠の中では、やはり最も快眠とは遠く離れた域の気分での就寝となった。
逆算型と即興型。その二種類に分類されるとしたら僕は完全に前者です。
元々この小説はこのラストだけを書きたい、と決めて書いたものですから。
とゆーか、だったら最初から異能力を取り入れていたほうがいい気もしますけどね・・。




