第三章 一幕 イキル>アキラメル
この三章、信じられないほどの長さです。
三章
一心不乱に山を降り、警察の目もほぼ無い公道を駆け抜け、付いた先は月島家だった。
「・・とりあえず、飲み物出すよ」
気を遣い、アマタは冷蔵庫からお茶を取り出してコップを差し出す。
「アマタ」
「・・ん」
それは睨みつけるようにして、
「荒谷のこと、俺にもちゃんと教えろ」
そして、涙を流すまいと堪えた和也の瞳があった。
「・・だから、僕はこのことを知っていたんだ」
「・・そう、か」
事情を説明し終えると、和也は落胆した様子をうかがわせた。
「荒谷は・・俺達を、守った、ってことなのか」
「そんなの・・そんな、友達の犠牲の上で成り立ってる私の命なんて・・!」
いらないよ、と吐き捨て、里見は俯く。
「さて、と・・」
何を思ったか和也は表情を一変させて立ち上がり、まるで自宅かのようにキッチンをゴソゴソと触り始めると、
「とりあえず、飯食うぞ」
そう言って、和也はカップ麺の包装をバリバリと剥がし始めた。
アマタはそんな様子に苦笑して、
「・・僕、ちょっと上行ってくるから」
そうして重い足を億劫となりつつ二階にある自分の部屋へと引きずり込んだ。
泣いた。
声を殺して泣いていた。
理由なんて、風景ごと何回でも思い出すことが出来た。
アマタ自身、これまでの生涯において人の死に直面した事自体、初めての経験だったのだ。上に、死んだ理由が自分を含めた三人のためなのだから。
涙を流さずにはいられなかった。
苦い思いで、自分の右腕を凝視する。
それは、至って平凡以下の人間そのものの腕であり、異常なんて皆無だった。
思い起こすと、
「いつからだったんだろう・・」
荒谷があのように苦しみ始めたのは。もしかしたら一番初めからだったのかも知らない。
だったとしても、この結果は変わらない。
逝った荒谷は、決して帰ってこない。
「あぁ・・」
無常観、と云ったところだろうか。
変わらないものなど何もない。常とは存在するはずのないものなのだから。
何より、自分がこんなに感情を表に出せるなど、思ってもいなかった。つまり、常から無常を再認識させられた、そんな思いだった。
いや。
そうじゃないんだろう。再認識なんて、そんな抽象的な話じゃない。
ただ、羨望していただけなのだろう。何にも突き動かされること無く、ただその孤高を貫き通す、なんてクサい自分という存在に対して。
空想上でしかない自分に、俯瞰から腐ったレンズを通して眺めていたに過ぎない。
溺れていたのだ。
「さて・・」
どうしよう、かな。
アマタにとっての理想の存在。それはもしかしたら消えた荒谷という存在が一番近かったんじゃないか、と。今になってそう思う。
「どう思ったんだろうか」
死の直前に、何を想っただろう。
果たして僕みたいな陳腐な存在が生きていて、それが目的としてあって、何よりそれは果たされているのだろうか?
今こうして絶望の淵に嘆いている自分が在ることを。
「・・あぁ、違うよな」
そう、言い切れる。まぁ、僕が陳腐な存在だということは否定しない(出来ない)。
きっと彼女にとっての里見深夏という人間は唯一無二といえるほどの比類なき親友だったのだろう。想い焦がれ、慕ってさえいただろう。
だからこそ自分の命を捨てる、いや、懸ける覚悟ができたはずだ。
フフッと自然と笑みがこぼれた。
何故なら、こんな理屈からすると、今僕がこうして生き残ってるのなんて、
「ただの、副産物みたいなものなんだよな・・」
なんて、せめてもの幻想をまたしてもマイナスイメージで塗り固めてしまう。
「今というラッキーを踏みしめたい・・か」
和也が言っていたことだ。・・いや、厳密に言えば、仮面上の和也だったっけか。
どうでもいいや。
今僕にとって必要なのは、理屈じゃなくてただ生きたいと願うためだけのポジティブな思考だけだ。妙にセンシティブになりつつある自分を少し塗り替えるだけでいいんだから。
ラッキーをラッキーで終わらせない、希望につなげてみせる。
荒谷さんの犠牲を、絶対に無にさせたりなんかしない。
そう考えただけだ。
アマタはいつの間にか軽くなっていた足を持ち上げ、
「ぃよぉしっ!」
自身の頬を一発叩き、無理矢理に目を覚ます。
「・・ん?」
下に降り、この気持を素直に二人へと伝えよう、そう思いドアノブへと手をかけかけたアマタはその机の上にある一枚の封筒に目を落とした。
『天太へ』
と、やけに硬い字の置き手紙は、やけに重く感じた。
「それ、誰からのだ」
下へ降り、二人に見せた所で和也はそう疑問符を浮かべた。
「開けてないから分かんないけど・・多分、父さんだと、思う」
あまたはその筆跡になんとなくの見当があった・・様な気がしていた。何しろ父親の字なんてものはそうしょっちゅう見るものでもないので、確証には至らなかった。
「とりあえず、中見ていいか?」
和也は質問に対する答えを天田から待つまでもなく、丁寧に手紙の封を開けていく。
だが、中に書かれていた内容は期待に反して薄いもので、たったの二行だった。
『もしこの手紙を見ることが出来たならば。
月見高校へと来い』 月島空太
それはやはり、父親の名前であり、同時に書かれていた内容は聞こえはいいものの、至って困難で、自殺行為と同意であるとしか思えない命令事項であった。
「どうする?」
うぅ、と泣きじゃくる赤子かのような声が聞こえ、
「もう無理だよ・・そのうちに警察に私たちを見つけられて殺されるんだよ・・」
「ムリなんかじゃ・・無い」
そんな弱音を、弱い自分が打ち砕く。
「荒谷さんは、何のために身を挺したの?」
「俺達のため、だろうな」
「そう。だったら、いまこうして絶望していることを、荒谷さんは望んだのかな」
「・・・」
里見は硬い口を開かない。
「僕は生きよう、って思う。思えた、かな。今からどんなに苦しいことがあったとしても、怒れること、悔しいこと、悩み、嘆き、死にたくなることがあっても。
今の僕は、生きることを絶対に諦めない。そんな覚悟を、荒谷さんは僕に恵んでくれたんだ。・・二人は、どうかな」
「俺は・・あぁ、深夏を守れ、って、言われたしな」
「言われたの?」
「あぁ」
僕と里見の二人で行動していた時だろうか、と推測する。
「里見は・・どう?」
「私は・・」
分かんない、と俯く。
「どうして」
「私の命は・・美月が命を払ってまで救う価値があったのかな・・って」
そっか、とアマタは相槌を打って、
「ないよね」
素直な感想を、素直に述べた。
「・・え?」
「人が生きる。それは、永続的に時間を浪費し、買っているってことなんだよ。
だけど、死んだらそれは一気に消えてなくなる。自分にとっての過去は、無かったことになるんだ。
蝋燭みたいなものさ。光を灯している限り、その光は消えない。
蝋が消えたらそれで終わり。だけど、終わったってことは、それだけの時間を買って、生きたってことでもあるんだよ」
アマタは間を置くこと無く冗長に口を開き続ける。
「荒谷さんはその自分の分の蝋を僕ら三人に継ぎ足してくれたんだ。本当はそこで消えるはずだった灯火を、繋いでくれたんだ。
それは、非常に尊いことだと思わないかな?」
「・・うん」
「だったら。そう思うなら、僕らには、生きる「義務」がある」
「・・よく分かんない」
つまりさ、と和也は強く立ち上がり、
「荒谷は俺達に全力で生きろ、って伝えてる。そういう解釈でいいんだろ」
「有り体に言えばそんなものだよ。・・さて、里見も荒谷さんを犠牲にして生き残ったなんて思わないで、荒谷さんが居たから生きている。
そんな風に、解釈してしまおうよ」
「・・いいのかな」
「何がいいかどうかなんてのは人の都合による解釈でしか成り立たない。って前に和也言ってたよね」
「えっと・・確か、自分がいい、って思ったことは結局自分にとって都合がいいこと、ってことだったろ?だから、他人にとってどうかなんてのは自分の判定基準の内には入らない・・そういうことだろ」
「大局的に今ここで里見が立ち上がることがいいことかどうかなんてのは判らない。
だけど。ここで立ち止まることが、僕らにとって完全に悪いことであることだということは、確信できる」
はぁ、と里見は溜息を吐いて、
「あーーーーーーーーーーっ!」
「ひっ!」
突然の里見のシャウトにアマタは尻込む。対して里見は立ち上がり、
「生きればいいんでしょ、生きれば」
「深夏・・!」
「・・ごめん、変な心配かけて」
「それで一緒にいてくれるなら、何の文句もないよ」
全く、ノープロブレムだった。
(何より、こうした荒谷さんの意思を尊重した姿勢をとるのだったら)
僕は、里見を守る存在で在らなきゃいけない。
それは永続的に出来ることではない、とアマタは今思う。それでも、いつしか必ずそれに、その思いに応えなければいけない時がある、と。
その時がきたとしたら・・それはやっぱり、不幸なことなんだろう。でも、その行為を後悔しないための覚悟が今の僕には身についている、とアマタは「信じ」ていた。
一つ嘆息をし、
(まるで、裏切られることを期待しているようなじゃないか)
純粋に、今は荒谷さんに対しての敬意を払っていたいだけなのに。
「で、どうするんだ、結局」
うーん、とアマタは顎に手を据え、
「具体案としては、やっぱりこの手紙に従って学校に行く、って事なんだろうけど・・」
それはやはり、それ相応の大いなるリスクが伴う、ということでもある。
あのさぁ、と腰を据えた目をした里見が口を開く。
「意外と、大丈夫なんじゃないかな」
「いい案でもあるのか?」
「うん」
神妙に頷くと、自分の今着ている警察の制服へと指をさす。
「とゆうよりはさ、私たちって、制服を着ていたから狙われてたんだよね。高校の制服=高一の可能性がある、ってことでさ。
だけど森で私たちを見つけたその瞬間に発砲、なんて真似はしなかった・・つまりさ。
私たちだって見つかっちゃいけない状況なんだけど、それ同等に警察側だって、無駄に関係のない一般人を、殺したくない、ってことなんじゃないかな」
フム・・確かに、とアマタは納得した。
山から降りてくる途中には、普通に外に出歩いている主婦の方だって多からず居た。その時は全力で走る僕達をジト目で見られてあまり気分のいいものではなかったが。
つまりそこから推測するに、これだけ大規模な作戦を決行していながら一般人には無干渉でいたいとゆうことの現れなのかもしれない。
一般人は、攻撃されない。
「だからさ、私たちが高校生だと思われない、疑われない格好をしておけば、堂々とひと目を気にせず道を歩ける、ってこと」
さすがに学校に侵入する時はひっそりとするけど、と最後に付け足される。
そしてアマタたちは月島家の両親の部屋に一斉にガサ入れをし始めた。それは他人、もしくは両親が見たら不法侵入者が自分の家をあさっている、とひと目で判断されかねないものであったが、それについては目を瞑り、場を任せることにした。
数分後、それぞれが見つけた月島家の父親である空太の一般的な黒の光沢が光るスーツ、そして里見が持ったのは月島家の母親に当たる月島蘭子の所有物であるグレーの生地がその雰囲気を醸し出すカジュアルなスーツをだった。
「月島くん」
「ん?」
慣れなさそうなその服装を持った里見から発せられた事項は、考えてみればふつうのコトであった。
「お風呂、貸してくれないかな」
ちょっと、サッパリとしたくて、とその黒く美しい髪を掻き上げる。
「うんいいよ、和也も入りなよ」
「え、一緒は・・」
「いや、そんな意味合いで言ったわけじゃないんだけどな・・」
里見は半分ほど笑いながら、その重そうな着替えを持って浴室へと向かう。
「俺も後で使わせてもらうよ」
「どうぞどうぞ」
そういえば、風呂と言っていたからお湯ごと沸かすのだろうか、とも思ったが、別段それならそれで構わないので何の念頭にも置かない。
リビングから外を見ると、庭にはまだ取り込んでいない洗濯物があり、同様に浴室にはバスタオルがない、ということに気付いた。
里見が上がってくる前に置いておかねば、と思い、周辺を気にしつつ、外へと足を踏み出し、急ぎ気味でバスタオルだけを持ち運ぶ。
「里見ー?入ってるー?」
ドンドン、とドアを叩くも、反応がないということはシャワーを浴びている最中だということだろう。案の定、シャワーのような音も、よくわからない鼻歌も此方には漏れてくる。
(・・大丈夫だろっ)
どうせ、ものの数秒でこのタオルを置いてくるだけなのだ。何も心配することなど無い。
思い、ガラッとドアを開け、足を踏み入れたタイミングというのは、シャワーが止まり逆方向の扉が開き、その濡れた肢体が上がってくるタイミングと同時だった。
(なんて残酷な運命なんだ)
両者共々と云ったところだろう。
「「・・・」」
里見深夏という女子高生はそもそもそう何かあるごとに騒ぎ立てるほどに阿呆な頭を持ち合わせていない。
つまりここで、きゃーへんたいと言われてしまえば僕はもう和也に殺されるくらいしか選べる因果は存在しないわけだけど、さて里見のファーストマウスブレイクはなんという言葉なのだろう。それは、まあ里見、という人間である前に一人の女子高生だということを踏まえている以上、予想の範疇をこすことなんて無いだろうけど。
体を浴室側の壁に隠し、顔をだけをこっちへと向け、そのピンク色で艶かしい唇をわなわなさせているという状況は一体、何を伝えようとしての行動なのだろう。
「・・っキャ、」
(甘いッ!)
アマタは目の前で自分の暴言などを吐かれる前にその手に持ったバスタオルを里見へと投げつけ、
「きゃっ」
そうして発せられそうな叫びを上書きし、音的な心配を無へと返した次は、当然自分の保身が第二の選択だ。
右手でその慣れた手つきでスライドドアの引掛けに指をかけ、そこを軸とした半円形運動によって外部へと身を出すと、即座にその右手を裏拳の如く弾き返してドアを閉じた。
『ワァァ』
と、何やら内で叫んでいるようだが、もう耳は閉じている。勢い良く閉じ過ぎたスライドドアは反発し、小柄な猫なら通れそうな隙間を作っていたので音沙汰なくその隙間を閉じてゆく。
「・・ナイススタイル」
アマタはそう言って、その場を悠然に立ち去ったのだった。
「アマタ、何かあったの」
アマタが妙に汗をかいていることを案じ、心配そうな目を向ける和也だったが、
「いや、和也に話すようなことじゃ、無い」
というより、事実だけを伝えたら、ものすごく怒られそうな気がする。話すようなことじゃない、なんて言ったが、心の内で少しの訂正をする。話せない、と。
「君の彼女の裸体を目に焼き付け、謝罪の言葉もなく帰ってきて、その余韻に浸っているところだ」
なんて、堂々と伝えられるものならば和也との仲はもっと良かったのかもしれない。とゆうより最後のはあまりにも蛇足だろう。正直者と聞けば聞こえはいいかもしれないが、そんなのはただの性欲マシーンと相違ないだろう。とゆうか、無茶苦茶馬鹿だ。
(それにしても・・)
里見は、いい体をしていた。すべてを思い出すことが出来る。だが、これ以上考えることはもう目の前の男に対しての背徳感によって困難を極めた。
(ナ、何を興奮しているんだ、僕は・・)
自分で思うのもなんだか自分らしくない、自分を自分で評価するのも自分らしくないので今思うことは一体何なのだ、といった感じだが、やはり、今の僕は僕らしくない、と切に思った。
(やっぱ、謝るべきだよな)
なんて、今更自責の念にでも駆られてみる。
まぁ思えば当然のことであり、むしろしなかった僕は一体何なのだ。
アマタは、酷く後悔した時間を過ごした。
「アマタ?何前屈みになってるんだ?」
「な、何でもない・・」
前屈みになる理由なんて、明白である故に、考えてはいけないことなのだ。
「よっしいく・・けど・・」
慣れ親しんでいないネクタイをキュッと引き絞り、張り切っている様子を見せつける和也だが、残り二人の様子からなにか妙な雰囲気を感じ取っていた。
「・・アマタ?」
「ん?う、うん、行こうか」
「・・・」
そんなふうに飄々と頷いてみせるアマタを里見は敢然と睨みつける。
「し、深夏?」
「・・なにっ?」
その矛先は、何故かも分からず和也へとも向けられた。
「何をそんなに怒っているんだ・・?」
「それはね、月島くんが覗」
「よし、行こうか二人共!」
二人の手を握って、無理矢理に外へと飛び出した。いかにも強引過ぎる方法だとは思ったが、これもきっと因果の道理なのだろう。
一足す二章分より多いかも。




