朝物語
朝の喧騒に包まれた教室内。そんな中で、廊下側一番前列の俺の席の前を通りかける同級生。
「おうっ、おはよう、君ヶ崎!」
「んっ……何かしら? 今、ゴミのような声が聞こえたような……」
「おいっ、ゴミのような声ってなんだよ!? お前分かって言ってるだろ!」
「――あっ、おはよう、ゴミ……賢神君。今日も相変わらずごみ溜めにいても違和感のない顔してるわね」
「人のこと遠回しにゴミとか言ってんじゃねえよ! いや、つうかお前今、ゴミとか呼び掛けたよな!?」
「――謂れの無いことを言わないで頂戴」
「あれっ、なんだこの威圧感。……すまん。どうやら俺の聞き間違いだった――」
「ゴミをゴミと呼んで何が悪いのよ」
「やっぱり呼んでたんじゃないか!」
「だってゴミなんだからしょうがないじゃない」
「言い訳になってない言い訳!」
「大体、私が見た辞書でも公認だったわ」
「そんな訳ないだろ!」
「本当よ。ゴミという単語の説明の最後の類義語の欄に賢神文月って書いてあったもの」
「何だその、人権無視も甚だしい辞書は!?」
「ちなみに、一応逆に賢神文月でも調べてみたら意味は、『ゴミ。埃。』って書いてあったわ」
「最早、ただの罵倒になってる!」
「……まあ、それはもういいわ、賢神君」
「俺が良くないんだよ!」
「突然だけど、私あなたを尊敬してるのよ」
「本当に急だな……って俺に尊敬? 何でだよ?」
「その顔で人前に出る勇気が凄いと思って」
「それは尊敬じゃなくて軽蔑だ! 意味は全くの逆だからな!」
「あっ、そうね。軽蔑ね。ごめんなさい。じゃあ改めて。賢神君、私はあなたを軽蔑しています」
「そんな改めて言わなくても! もう今までの発言で充分伝わってたよ!」
「最早その顔は、十八歳以下の視界に入れることすら禁止するべきだと思うわ」
「人の顔を勝手にR-18にするな! 俺の顔は普通に全年齢対象だ」
「というか寧ろ、あなたという存在はいなかったということにしたいわ」
「そこまで!」
「ええ。ということで、賢神文月はこの物語の登場人物であり、実在しない人物です」
「俺の存在をフィクションにされた!」
「ふう……疲れたわ」
「朝から散々人の精神力削っておいて、勝手に疲れてんじゃねえよ」
「ハァ……」
「俺はお前に渾身の右ストレートを食らわせたい……って、それはそうと、そういえばお前、今日は珍しくポニテじゃないか。いつもはロングなのに。何かあったのか?」
「……昨日あなたがポニテが好みとか言ってたからでしょ。だから、私の毛ほどしかないあなたへの優しさでポニテ萌えーって言わせてあげようとしたんじゃない」
「お前は俺をどんなキャラだと思っているんだ。ていうか、女子が私の毛ほどとか言っちゃダメだろ」
「……本当に気持ち悪いわね、賢神君。私の、(てん)毛ほどよ。――まあ、それはともかく……どうかしら、これ?」
「んっ!? ああ、可愛いと思うぜ。お前のその整った目鼻立ちをより一層際立たせているよ」
「……そう」
「今すぐ抱き着きたいぐらいだ」
「……私明日あなたと同じ電車に乗るわ。そしてこう言う――『この人、痴漢です』って」
「なっ、お前、そんな女性の最大の武器を俺に行使してくるな! 社会的地位の抹殺が免れないじゃないか!」
「えっ! あなたにまだ社会的地位とかあったの!」
「あるに決まってんだろ! 何でそんな今世紀最大の驚きみたいな顔してるんだ!」
「えっ、だって……そんな、嘘……」
「何でそんな困惑してるんだよ!? 本当に悲しくなるからやめろ!」
「……ごめん」
「やめろー!」
「ふっ……あなたに罵倒を浴びせるのって、楽しくてしょうがないわ」
「こっちは大変なんだよ、真性のドS。お前の冗談は朝からきつすぎだ」
「……えっ、何を言ってるの、賢神君?」
「んっ!? 俺、今なんかおかしいこと言ったか?」
「あなたがおかしいこと言ってるのはいつも通りなのだけれど、今のは特に変よ」
「何言ってんだ、君ヶ崎?」
「――私がいつ冗談言ったのよ?」
「えっ……お前、何言って……」
「私は一つも冗談なんて言ってないわ。私の発言は一字一句全て本気よ。本気と書いてマジよ」
「えっ、おいっ、嘘だろ……? 嘘だと言ってくれー!」
キーンコーンカーンコーン
「あっ、チャイム鳴っちゃったわね。じゃあ私、戻るわ」
「おい、今の流れで戻る気か!」
「だって、もうホームルーム始まるじゃない」
「くっ! 正論で何も言い返せないが、ただ傷を抉られただけなのは釈然としない!」
「……そういえば賢神君」
「今度はなんだよ?」
「……明日も私、ポニーテールにしてきてあげましょうか?」